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■人々の行動をどれだけ制限すれば感染拡大を防止できるか?
世界中で猛威を振るい続ける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。10月には欧州で春先以降2度目となる感染爆発が起こり、EU27カ国と英国の1日当たり新規感染者数は10月23日時点で15万人を超えた(注1)。春先のピーク時でも1日当たり新規感染者数が3.3万人だったことを踏まえると、足元の感染者数がいかに多いかがわかるだろう。

感染者数の急増に歯止めがかからなければ、多くの病院で入院病床や集中治療室がひっ迫し、医療崩壊につながりかねない。こうした事態を受けて、欧州各国ではさらなる感染拡大を防止するために、外出制限や店舗閉鎖といった感染対策が相次いで実施されている。

一方で、感染対策には経済活動の縮小という大きな副作用がある。とりわけ、飲食業、宿泊業、旅客交通業、実店舗形態の小売業などは、その直接的な影響を受けやすい。各国で、売上や収入の減少に直面した企業・個人に対する公的な支援が行われているが、財政的な制約もあり、政府が民間部門の経済的損失をいつまでも補償し続けることは困難だ。

感染拡大の防止と経済活動の維持という2つの相反する目標の間で、どのようにバランスをとるべきか、各国政府はぎりぎりの判断を迫られているといえよう。この難問に答えるには、まず、感染対策の疫学的な効果を明らかにしなければならない。すなわち、人々の行動をどれだけ制限すれば、感染拡大を防止することができるのか、ということだ。

■「感染対策の厳格度合い」と「人出の変化」を分析・可視化
ただ、感染対策の効果を明らかにするためには、2つの超えるべきハードルがある。

第1のハードルは、メカニズムの複雑さだ。ひと言で感染対策といっても、外出制限、店舗閉鎖、学校閉鎖、集会制限などさまざまな種類があり、それらが複雑に絡み合って感染者数の増減に影響している。また、影響の仕方も単純な比例関係ではなく、ある水準を境に影響の度合いや方向が大きく変わる、といった非連続的な関係をもっている可能性がある。したがって、分析を行う際は、そうした複雑なメカニズムを扱うことが可能な手法を用いることが求められる。

第2のハードルは、結果の可視化だ。いくら複雑なメカニズムを分析することができたとしても、その結果、どの要因がどれだけ感染者数に影響しているのかを理解可能な形で可視化できなければ、分析をもとに政策判断を行うことはできない。

経済分析で通常使われる線形回帰の手法では、複雑なメカニズムを扱えず、第1のハードルを超えられない。一方、ランダムフォレストやサポートベクタマシン、ニューラルネットワークといった一般的な機械学習の手法は、複雑なメカニズムの扱いに長けているものの、結果を可視化することができず、第2のハードルをクリアすることが難しい。

今回、この2つのハードルをクリアするために採用したのが、「交互作用項付き一般化加法モデル(GA2M)」と呼ばれる新たな機械学習の手法だ(注2)。GA2Mは、線形回帰と一般的な機械学習の長所を併せ持つ手法であり、複雑なメカニズムの分析を行うと同時に、その結果を可視化することができることから、近年注目を集めている。

効果検証に用いたデータは、感染対策の厳格度合いを表す英オックスフォード大学の厳格度指数データと、人出の変化を表すGoogleのモビリティ・データである。厳格度指数は、(1)学校閉鎖、(2)職場閉鎖、(3)公共イベント中止、(4)集会制限、(5)公共交通閉鎖、(6)外出制限、(7)国内移動制限、(8)入国制限――の8種類の感染対策それぞれの動きを数値化した指標である。一方、モビリティは、(1)小売・娯楽(レストランやショッピングセンターなど)、(2)食料品店・薬局、(3)乗換駅(電車、バスなど公共交通機関の拠点)、(4)職場――の4種類の場所・施設について、人々の訪問数や滞在時間の変化をみることができる。

これら計12種類のデータを使い、日本を含む主要先進国28カ国の2020年6~9月における感染対策の実施や、それに伴う人出の変化が、先行きの新規感染者数の増加リスクをどのように高めるか(もしくは低めるか)の分析を行った。

■感染増加リスクの上昇・低下を左右する「分水嶺」が明らかに
分析の結果明らかになったのは、レストランやショッピングセンターなどの訪問数・滞在時間を表す小売・娯楽モビリティが、先行きの感染増加リスクに大きく影響することだ。

図1は、小売・娯楽モビリティと2週間後の新規感染者数の増加リスクの関係を示している。小売・娯楽モビリティが平常時対比で▲10%の水準を超えると、感染増加リスクが3~8%ポイント高まる傾向があることが確認できる。逆に、小売・娯楽モビリティが同▲18%未満であれば、感染増加リスクが5~10%ポイント低下する。すなわち、レストランやショッピングセンターなどの人出の影響についてみると、平常時対比で▲20%~▲10%の水準を超えるかどうかが、感染増加リスクの上昇・低下を左右する分水嶺になるということだ。

また、感染対策では、外出制限、職場閉鎖、学校閉鎖が、先行きの感染増加リスクに影響しやすいことが明らかになった。

外出制限を実施していない状態では感染増加リスクが約3%ポイント高まるが、「自宅待機の推奨」や「不要不急の外出制限の要請」を行えば、感染増加リスクが約3%ポイント低下する傾向がある。加えて、最も厳格な「最低限の例外を除くすべての外出を制限」した場合、感染増加リスクが12%ポイント程度低下するとの結果が得られた。

なお、外出制限の実施が人出の減少を通じて感染増加リスクを低下させる影響は、先に見たモビリティの変化による影響に含まれている。したがって、ここで計測した影響は、手洗いやマスクの着用、ソーシャルディスタンスの徹底といった、人々の行動の質的な変化を促すアナウンスメント効果によるものが中心であると考えられる。

職場閉鎖と学校閉鎖も、先行きの感染増加リスクに大きな影響を及ぼす要因である。どちらの場合も、実施していない状態では感染増加リスクが5~10%ポイント程度高まるが、「閉鎖を推奨」や「一部の閉鎖を要請」を実施すると、リスクを高める影響がほぼゼロになる。さらに、「すべての閉鎖を要請(職場は必須施設を除く)」した場合は、感染増加リスクが逆に5~10%ポイント程度低下する傾向がある。なお、職場閉鎖と学校閉鎖を比較すると、職場閉鎖の方が、「すべての閉鎖を要請」したときの感染増加リスクの低下幅が大きい。ただし、経済活動への悪影響も職場閉鎖の方が大きいと考えられ、メリットとデメリットを勘案する必要があるだろう。

こうしたモビリティや感染対策の単独の影響に加えて、今回の分析に用いた手法では、モビリティと感染対策の交互作用による影響も考慮することができる。交互作用の影響を分析すると、外出制限や公共交通閉鎖といった対策を実施しても、食料品店・薬局のモビリティが増加すると、感染増加リスクが高まることがわかった。また、感染対策のうち公共イベント中止が実施されていない状態では、小売・娯楽モビリティが減少しても感染増加リスクが高水準にとどまることが確認できた。これらは、特定の場所や施設に人々が集中することで感染拡大につながりやすくなることを示唆しており、いわゆる「3密」の回避が重要であることを改めて認識させる結果である。

■日本の感染増加リスク低下には人出を9月前半水準に抑え込む必要あり
ここまでの分析結果を使って、日本の今年6~9月における感染拡大から縮小への局面転換をもたらした要因について確認してみよう。

日本では、6月後半から2度目の感染拡大局面が始まり、8月上旬には新規感染者数が1日当たり1,600人弱まで増加した。しかし、8月中旬になると一転して新規感染者数が減少し、感染縮小局面に入った。この感染拡大局面から縮小局面への転換をもたらしたと考えられるのが、東京都による感染対策の厳格化と、それに続く小売・娯楽モビリティの減少である。

東京都は7月下旬に不要不急の外出自粛を呼びかけたほか、飲食店などの営業時間短縮を要請する方針を示した。この一連の対策は、感染増加リスクを20%ポイント程度低下させる要因になったと推計できる(図2)。また、小売・娯楽モビリティは7月下旬の連休で一時的に平常時対比▲7.4%まで戻したが、8月上旬に再び同▲12.9%に減少し、主に感染対策との交互作用を通じて、感染増加リスクを約30%ポイント押し下げた。こうした7月下旬から8月上旬の感染増加リスク低下が、2週間後の8月中旬から下旬にかけて、感染縮小局面につながったと考えられる。

その後、日本の新規感染者数は減少基調が続いたが、9月末ごろから再び緩やかな増加傾向に転じている。このとき、感染縮小から拡大へ局面が転換する原因となったのは、モビリティの動きだ。9月下旬の連休時に、小売・娯楽モビリティは平常時対比▲8.1%(前週:同▲12.6%)に、乗換駅モビリティは同▲15.9%(前週:同▲23.3%)にそれぞれ回復した。これらは、交互作用との合計で感染増加リスクを60%ポイント以上程度押し上げたと推計できる。その後もモビリティの水準はあまり下がらず、10月半ばにかけて感染増加リスクが高水準を維持する要因となっている。

したがって、今後、日本で新規感染者数の増加を抑え込む状況が生じた場合は、モビリティを9月前半の水準まで減少させることが、感染縮小局面への転換を促す1つの目安となるだろう。

今回の分析は、新規感染者数が増加するかどうかの「リスク」を推計し、その要因を明らかにしたものだ。一方で、実際に感染対策の検討を行うにあたっては、新規感染者数の増加・減少ペースに対する効果の検証が求められることもあるだろう。こうした新規感染者数の「量」への影響については、今後、さらに分析を深める必要がある。

また、分析に用いた厳格度指数は、各国で実施された感染対策の内容を最大公約数的な指標で記録しているため、対策内容の細かな差異については考慮できていない点もある。現在、政府が設置したAIアドバイザリーボードの下で、スーパーコンピューターを用いた施設内の飛沫感染リスクの評価や、映像解析AIによるマスク着用・混雑度の検知、GPS位置情報を用いた移動制限の効果検証といった、感染対策に関する詳細なシミュレーションが行われている。より実効性のある感染対策を行ううえで、こうした取り組みの成果が期待される。

新型コロナウイルス感染症は、有効性のあるワクチンが開発され、世界各国に普及するまで、完全な終息は望み難い。今後も、当面は「ウィズコロナ」状態が続くとみられる中、感染拡大の防止と経済活動のバランスをどのように保つかを考えるうえで、今回の分析がその一助となれば幸いである。

注1:米ジョンズ・ホプキンス大学による集計値であり、各国当局の公表値と異なる場合がある。

注2:分析結果など詳細は、下欄「関連情報」のリポートを参照されたい。

■図1 小売・娯楽モビリティの感染増加リスクに対する影響

■図2 日本の感染拡大・縮小局面の転換要因

(2020年11月6日)

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