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■デジタル技術でコロナ感染拡大を制御し、主要国唯一のプラス成長へ
世界経済が新型コロナウイルスの感染再拡大による悪影響に依然として直面する中、中国経済はコロナによる落ち込みからいち早く回復している。世界で最初に新型コロナの脅威に直面した中国では、感染拡大の震源地となった武漢市でのロックダウンや長距離交通の制限、春節休暇の延長など、強力な感染拡大抑制策が2020年1月下旬より実施された。その結果、2020年1~3月期の実質GDP成長率は、前年同期比▲6.8%と大幅に落ち込んだ。しかし、4~6月期には同+3.2%とプラス成長に転じ、7~9月期は同+4.9%とさらに伸びを高めた。足元の経済指標も堅調な回復を示している。2020年通年では、中国は主要国で唯一プラス成長を達成する見込みである(注1)。

中国経済の順調な回復を支えた要因の1つが、接触確認アプリなど、デジタル技術を活用した感染拡大抑制だ。「健康QRコード」と呼ばれるスマートフォンアプリは、自身の行動履歴や健康状態を入力すると、感染リスクの度合いを「緑(問題なし)」「黄色(要注意)」「赤(危険)」の3段階で示し、公共交通機関や公共施設、商業施設など、さまざまな場所で通行手形のような役割を果たす。入館時にQRコードをスキャンすることで、個人の行動履歴の情報が蓄積されるため、感染経路の把握にも役立つ。健康QRコードは、中国国内で広く使用されているメッセージアプリの「微信(Wechat)」や決済アプリ「支付宝(Alipay)」といった既存のアプリからプログラムを起動するため、その開発・普及のスピードは非常に早かった。早急な医療体制の整備と合わせて、感染拡大の抑制に貢献したとみられている。実際、中国の現存感染者は2月半ばをピークに減少に転じ、中国政府は2月末から感染リスクに応じた経済活動再開を呼びかけた。その後、北京やウルムチ、大連など、一部の都市で感染再拡大や輸入感染が発生したものの、短期間での抑え込みに成功しており、アプリを通じた感染経路の把握が感染対策として有効に機能していることが示唆される。

また、コロナ禍を契機に「非接触」型の経済活動が重視され、すでに進展していたデジタル化がさらに加速したことも、コロナ後の中国経済を支えた。ネット通販(EC)やライブコマース(リアルタイムで映像を配信しながら商品を販売する手法。消費者はリアルタイムで商品に関する質疑応答ができる)による消費が活況を呈する一方、オンライン診療やオンライン教育の利用者が急増し、デジタル化は「ニューノーマル」下の生活の質向上にも貢献した。こうしたデジタル社会の基盤となるインフラの整備へ向け、中国政府は3月上旬、高速通信規格「5G」ネットワークやデータセンターなどの「新型インフラ建設」加速の方針を打ち出し、関連投資によっても中国経済は下支えされた。実際、中国国内の5G基地局は12月中旬時点で累計71.8万カ所と、6月末(40万強)対比で2倍近くにまで増加している。

■政府は「デジタルシルクロード」を主導、企業も新興国へ攻勢
このように、コロナ以前から進展していたデジタル化はコロナ後の中国経済の支えとなったが、同時に中国は海外、特に新興国でのデジタル領域における影響力も徐々に強めている。

例えば、中国とユーラシア大陸との経済関係強化を目指す広域経済圏構想「一帯一路」に関して、デジタル領域での連結性を高める「デジタルシルクロード」というコンセプトが打ち出されている。2013年に「一帯一路」が始動した当初は、鉄道・道路・港湾など交通インフラの建設プロジェクトが中心だったが、2015年以降は、一帯一路沿線での光ファイバーケーブルなど通信ネットワーク建設や衛星情報の共有が提案されるようになった。さらに2017年5月の第1回「一帯一路国際協力サミットフォーラム」では、習近平主席が「21世紀のデジタルシルクロードを接続する」という表現を用い、一帯一路沿線での「デジタル経済、人工知能、ナノテクノロジー、量子コンピューターなどのフロンティア分野での協力強化」や、「ビックデータ、クラウドコンピューティング、スマートシティの構築促進」の意向を示した。2019年4月に開催された第2回の同フォーラムでは、一帯一路沿線の16カ国が中国とデジタルシルクロード建設に関する了解覚書(MoU)を締結したことが明らかにされ、デジタル経済の発展における沿線国と中国との協力進展が示唆された。

こうした政府主導の戦略に加え、デジタル分野での中国企業による海外進出もコロナ以前から積極的に行われてきた。通信機器大手のファーウェイやZTEは、特にアフリカなどの新興国を中心に、デジタル化の基盤となる通信設備の建設を進めてきた。米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)が作成した中国企業対外投資データベース「China Global Investment Tracker」を用いて、2006年以降の中国企業によるテクノロジー分野における対外建設プロジェクトの地域別分布をみると、サハラ以南アフリカが約4割を占め、南・西アジア、東南アジア、南米などその他の新興国も合計すると約7割に上る(図)。特にファーウェイは、アフリカの4Gネットワークの約70%を建設し、圧倒的なシェアを占めている。インフラ面のみならずサービス面においても、中国巨大IT企業のアリババやテンセントなどは、新興国の地場EC企業の買収やユニコーン企業への出資を通じ、その存在感を高めてきた。具体例としては、アリババによる東南アジアEC大手Lazadaの買収やインドネシアのEC企業Tokopediaへの出資、テンセントによるインドのEC大手Flipkartへの出資やインドネシアの配車サービス企業Gojekへの出資などが挙げられる。

コロナ禍を契機に「非接触」「非対面」の重要性が高まる中で、デジタル化の加速は中国だけでなく、日本を含め世界中で切実な課題となっている。そのような環境下で、中国は官民一体となって、新興国を中心に世界中でデジタルインフラ・サービスの提供を加速させることが予想される。一帯一路に関しては、コロナ禍で中国からの技術者・労働者の移動制限と一帯一路沿線国の財政悪化により、交通インフラの建設プロジェクトが中断を余儀なくされる中、インフラに比べれば比較的投資コストの低いデジタル分野のプロジェクトが増加し、「デジタルシルクロード」がさらに進展するとみられる(注2)。5Gについても、すでに中国企業のデジタルインフラが浸透しつつあり、コストを重視する傾向にある新興国では、中国企業を継続的に活用する意向を示す国が多いだろう。実際、2020年7月に5G専用サービスの提供を開始した南アフリカでは、ファーウェイの設備を採用している。デジタルサービスについても、中国企業が提供する感染対策やコロナ後の生活を支えるサービスの利便性が認識されたことを受け、冒頭で紹介した「健康QRコード」やオンライン診療・教育の利用者が増加する可能性がある。こうした分野で強みをもつアリババやテンセントが、中国国内における感染制御の成功をもとに、海外ビジネスを拡大しようとするのは自然な流れといえる。すでに2社は一部新興国でビジネス基盤を持っており、参入コストも低いとみられる。

■技術標準国際化や監視システムの広がりに、米国は警戒を強める
こうした中国のデジタル領域での国際的影響力の拡大を警戒し、ブレーキをかけようしているのが米国だ。米国は、コロナ禍以前より、中国が米国企業から入手した民間先端技術を軍事転用しているのではないかと懸念を高め、対ファーウェイ輸出管理強化にみられるように、情報通信機器・サービスのサプライチェーンから中国企業を排除する動きを進めてきた。その後も、感染拡大の責任をめぐり中国に対する不信感がさらに高まったことを受けて中国への圧力を強めてきた。2020年8月には機微技術・個人情報流出阻止のため、米国から中国製アプリやクラウドサービスなどの排除を目指す「クリーンネットワーク計画」を発表している。

米国には、米国自身の安全保障への影響に加え、中国が世界のデジタル覇権を握るのではないかという懸念がある。米議会の超党派諮問機関である米中経済安全保障再考委員会(USCC)は、2020年版の報告書で「中国は情報管理、サイバーセキュリティー、デジタル経済のためのインフラ、世界的なインターネットガバナンス・標準に影響を持つ『サイバー超大国(cyber superpower)』を目指している」との中国経済研究者バリー・ノートン氏の発言を引用している。USCCは、中国によるデジタルインフラ・サービスに加え技術標準が世界的に広がり、次世代技術の国際標準規格策定において、中国が主導権を握ることを警戒している模様だ。中国は、自国の技術規格の国際影響力拡大のため、「中国標準2035」と呼ばれる中長期戦略を策定中とされ、国際電気標準会議(IEC)などの国際標準化機関のトップや主要ポストに人材を送りこむことでも存在感を高めようとしている。中国の技術規格が標準となれば、米国企業の海外展開で不利になるだけでなく、デジタル分野における米国の国際影響力の低下も招きかねない。

他方で、米国は以前より、中国の監視システムの世界的拡大と、それを通じた強権的な政治体制による社会統治、いわゆる「デジタル権威主義」の広がりについても懸念を示してきた。コロナ禍を契機に、感染対策を理由として監視システムが加速度的に浸透していくことを警戒している。前述のUSCCの報告書では、アフリカにおける中国のプレゼンスの高まりについて、サブセクションを設けて詳細に解説し、顔認証機能付きカメラやGPSなどを組み込んだスマートシティ・プロジェクトを通じた監視システムの広がりと、中国への個人データ流出について指摘している。

コロナ後の世界では、中国によるデジタル分野での国際的影響力の拡大が予想される。こうした中で、米国の対中警戒姿勢は今後も継続するだろう。バイデン新政権は、同盟国や価値を共有するパートナー諸国との協調を重視する方針で、対中政策に関しても同様の姿勢をとるとみられる。日本にとっては、中国のデジタル化によって得られるビジネスチャンスが存在する一方、中国によるデジタル分野での国際標準形成や監視システムがもたらすリスクについて、米国と協調しながら目を配る必要があろう。

注1:みずほ総合研究所「2020・2021年度内外経済見通し~世界経済は回復も、家計・企業行動の違いから各国でばらつき~」(内外経済見通し、2020年12月10日)
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/research/pdf/forecast/outlook_201210.pdf

注2:みずほ総合研究所「ポストコロナの中国『一帯一路』~伝統型インフラから新型インフラ重視に変容~」(みずほインサイト、2020年10月19日)
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/research/pdf/insight/as201019.pdf

■図 中国企業のテクノロジー分野における対外建設プロジェクトの分布

(2021年1月4日)


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