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■経団連が提唱した「雇用慣行見直し」と誤解された「ジョブ型雇用」
企業の間で「ジョブ型雇用」を導入する動きが広まっている。その起点となったのは、経団連が2020年1月21日に公表した「2020年版経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」だ。春季労使交渉・協議における経営側の基本スタンスや、雇用・労働分野における経団連の基本的な考え方を示した報告の序文で、経団連の中西宏明会長は「中心課題の一つは、働き手一人ひとりの自発性と主体性を高める『エンゲージメント』(働きがい)の向上である」と春闘の改革に向けた思いを記した。中西会長の思いの根底には、経団連が2018年11月に提唱した「Society5.0(超スマート社会)」の到来に向けた危機意識がある。近未来を予測し、逆算で「AIやIoT、ロボット、ビッグデータなどの革新技術をあらゆる産業や社会に取り入れることによりする実現する新しい社会」(経団連)の青写真を描くには、採用の慣例や働き方、人材の育成・活用方法を根本から見直す必要があるというのだ。報告の副題が「Society5.0時代を切り拓くエンゲージメントと価値創造力の向上」とされているのも、そうした危機感の表れといえる。

しかし、この危機感は、経労報告に「日本型雇用システムはメンバーシップ型と称され、欧米型のジョブ型と対比される(中略)」という表現が盛り込まれたことで誤解されることになった。折しも、世間は新型コロナウイルス感染拡大に直面し、企業の間では急速にリモートワークが広まった時期でもある。社会経済活動の自粛が広まる中で、企業の間では経営不安と連動して雇用不安が広がる一方、多くの労働者はリモートワークによって「個々人の自律」と「1日の成果物」が求められた。そうした情勢の下で公表された報告が、年功序列賃金など日本型雇用制度の見直しに重点を置き、海外で一般的な職務を明確にして働く「ジョブ型雇用」を広げるべきだと訴えたことから、世間の関心は「職務(ジョブ)」「外部労働市場(雇用流動性)」に集まった。

経団連が日本の雇用システムに言及した目的は、日本で今後、どのようにして社外でも通用するエンプロアビリティの高い人材を輩出・活用するかということにあった。しかし、世間の関心に呼応して広がったメディア報道の多くも、そうした本来の目的に触れることなく、手段としての「ジョブ型雇用」の特徴や設計方法、導入後の影響ばかりに焦点を当てた。

■欧米は産業構造の変化に合わせ、職務記述を維持しつつ雇用システムを修正
欧米の雇用慣行は、職務記述書(ジョブディスクリプション)に代表されるような「ジョブ型」が源流となっている。職務記述書とは、欧米において雇用契約を締結する際に用いられる文書であり、「ポジションの職務概要」「責任範囲」「人材の要件」が明文化されている。欧米における「ジョブ型雇用」への誤解を解くポイントとして、この職務記述書が元々、主に生産現場で生産工程・現場作業に直接従事する、いわゆるブルーカラー向けに設計され、ホワイトカラーに転用された歴史的背景を知ることが重要である。

職務記述書は、重工業が発展した1920年代の米国で生まれた手法である。当時は手工業から重工業へ産業構造の転換が進み、スキルが低いブルーワーカーへの不利な条件提示や不当な解雇が横行した。そこで、自身のできる業務を職務記述書として明文化し、その記述書をもって労働契約を結ぶ雇用慣行(ジョブ型雇用)が成立したのである。職務を分解する職務記述は、20世紀初頭にフレデリック・テイラーが提唱した労働者の科学的管理法との親和性が高く、訴訟リスクを抑えるためにも有効であったため、米国ではホワイトカラーを含めて広く採用される雇用慣行となった。

ただ、「ジョブ型雇用」をめぐっては、JILPT労働政策研究所の濱口佳一郎所長が「日本の自動車メーカーが、GM(ゼネラルモーターズ)やクライスラーのようなシステムを導入するだろうか」(注1)と指摘するように、雇用システムとしては非常に硬直的な仕組みである。確かに、大量生産・大量消費の時代には、その硬直的な性質が強みでもあった。しかし、1990年代後半以降に脱工業化、IT化の波が押し寄せると、ホワイトカラーでは脱ジョブ化が進んだ。産業構造の変化とともに、欧米では職務記述に基づく雇用の仕組みを維持しながらも、求める人材に合わせて雇用システムを修正してきたのだ。とりわけ雇用システムの研究が進む米国では、1990年代後半に脱ジョブ化の流れが形成され、今や能力(タレント)主義がトレンドとなっている。日本でも導入されているコンピテンシー評価やブロードバンディング、目標管理制度といった仕組みも、職務基準による硬直的な人事システムを修正し、社員の柔軟な働き方や能力開発をより加速させることを目的とするものだ。そう考えると、ステレオタイプとしての欧米と日本における雇用システムの比較は理念的整理であって、根拠となるファクトは存在しないことになる。

むしろ、職能資格制度を基軸に工業化で発展してきた日本は、お家芸ともいうべき能力の開発において、米国の後塵を拝することとなった。能力主義がトレンドとなっている米国は、GDPに占める企業の能力開発費(対象:OFF‐JT)が2.08%と、世界第1位だ(注2)。翻って、日本は0.1%に過ぎない。米国がいかに国全体として能力開発に注力してきたかがうかがえる。その背景には、米国が自動車産業を中心に工業化で日本に後れを取ったことがある。その反省から、米国は産業と人材の関係性の研究を重ね、官民を挙げていち早く「Society4.0(情報社会)」の形成を仕掛け、脱工業化にまい進した。

経団連の危機感の本質は、まさにこの点にある。あるいは、「職務記述書の整備」が「ジョブ型雇用」の典型的な手法として紹介されることに対し、多くの経営者が抱いている違和感の正体も、こうした誤解にあるのではないだろうか。

■タレントマネジメントの日米比較から見える日本の「弱点」
代表的なタレントマネジメントを日本と米国で比較してみると、同じ能力をとっても能力階層の分類方法、昇進スピード、タレントの対象などに特徴的な違いが見られる(表)。

(1)タレントの対象

日米の最も大きな違いは、タレントの対象ではないだろうか。米国では、現場社員・組織とそれをマネジメントする人材や経営者候補が学歴によって大きく区分され、用意されるキャリアも異なることが公知されており、各々に期待される役割と結びついた専門的な知識・経験とパフォーマンスが重視される。そのため日本に比べて組織・職務行動が科学的であり、ハイパフォーマーを見定めて効率的に能力開発投資を行ったり、学歴の再取得や組織内の明確なパフォーマンスがキャリアにつながるよう自己啓発を促進したり、といった特徴が見られる。

これに対して日本は、一般社員と管理職が1つのシステムの中でつながっており、入社後から管理職に向かって成長カーブが引かれる。そのため、組織貢献度が高く、周囲の納得も含め人の上に立つのに相応しい人材を社内競争と称するふるいにかけ見極めていく。そうした方法論が非科学的とはいわないが、組織の不文律や周囲の評判がキャリアに結び付きやすい傾向にあることは否定できない。OJTに依拠した能力開発が常識となっているのも日本的といえる。その結果として、日本は米国と比べて役員登用年齢が高く、昇進スピードが明らかに遅いことがわかる。実際、日本の大企業では以前から、役員への抜擢登用が行われにくいことが指摘されてきた。取得可能なデータでも、この点は裏付けられる。これは指定校採用をやめたり、社内競争を経て1ステップずつ昇進していくことと無縁ではないだろう。

(2)マネジャーの権限

組織の観点では、組織マネジャーが持つ権限にも特徴が表れている。米国は、日本に比べて組織マネジャーの権限範囲が広い。これは組織の戦略を前提に、マネジャーは従業員の個々人について、「どのように能力を活用するか」「どのように能力開発を行うべきか」「どのように動機付けることができるか」を試行錯誤することが容認されており、その結果はマネジャーのパフォーマンスとして測られる。

これに対して日本では、権限を中央組織で掌握しているケースが多く、能力開発の面でいえば、組織マネジャーの思考は人事部門が用意したメニューや仕組みを「どのように正しく実行するか」に偏りがちだ。

■日本に必要なのは「意図をもった能力の開発と活用」
繰り返しになるが、日本も米国も本質は能力主義である。しかし、前述の通り、タレントマネジメントを比較すると、組織の機動性をはじめ、経営やマネジメント、一般社員各々の役割に必要なスキルやパフォーマンスの明確さ、自律・キャリア意識を誘引する階層構造といった点で、米国は日本に比べ、戦略・組織・人材の関係がより科学的・アカデミックであり、市場の変化にも適応しやすい構造となっている。言い換えれば、能力の開発と能力の産業への活用は日本よりも上手ということになる。

こうしたタレントマネジメントに関する代表的な比較は、多くの日本企業にとって、今後の人事システムを考えるうえで重要な示唆となるのではないだろうか。米国がなぜ上手に見えるかというと、「人材をどう活用するか」「そのために何をしたら能力を向上させることができるか」といったことに企業戦略上の「意図」を感じるからだ。その点、日本はどうだろうか。慣例・ルールに従い、組織の意図と関係なくローテーションをさせていないだろうか。あるいは、全員を平等に処遇しようとするあまり、人材開発投資に無駄が生じていないだろうか。

以下の観点で、中長期的な視座から早急に検討を開始すべきである。

●経営陣は自社が獲得すべき価値を特定し戦略として示すことで、各組織の役割・必要な人材の質と量を明確にできているか。
●組織マネジャーは自身が要求される役割に照らして戦略・組織・人材をつなぎ、スピード感をもって意思決定しているか。部下が享受すべきキャリア・インセンティブを十分に与えているか。
●従業員一人ひとりは、要求される役割に足るスキルを特定し、それを自ら向上させているか。

昨今のジョブ型雇用を導入する機運の高まりは、日本企業が「従業員の能力を上手に活用できているか」を自主点検する絶好の機会と捉えるべきである。仮に、これまで培ってきた強みが市場で通用しなくなってきた実感があるにもかかわらず、前例・慣例・慣行を重んじる人材活用実態が発見されたら要注意といえよう。「戦略・組織・人材の最適化」は言うは易く行うは難い。なぜ組織は変われないのか、どうすれば「Society5.0」に向けて戦略や組織、人材の最適化を推進できるかが問われている。

注1:「アングル:日立が進める『ジョブ型』雇用、日本での普及に懐疑的見方も」ロイター2020年7月14日付(https://jp.reuters.com/article/hitachi-idJPKCN24F16C

注2:厚生労働省『平成30年版労働経済の分析』(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2-1_02.pdf

■表 組織・タレントマネジメントに関する日米比較

(2021年3月15日)

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