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社会動向レポート

イノベーション大国 イスラエルへの招待

Start-Up Nation(1/2)

経営・IT コンサルティング部 コンサルタント 竹岡 紫陽

本稿は近年、注目が高まっている「中東のシリコンバレー」と言われるイスラエルに焦点をあてる。イスラエルは900万人に満たない小国ながらGDP比ベンチャーキャピタル投資額は世界一のイノベーション国家である。

1.イノベーション国家 イスラエル

(1)はじめに

近年、イスラエルが「イノベーション」「テクノロジー」といった文脈で取り上げられる機会が増えてきた。

イスラエルは旧約聖書の時代から続く、豊かな文化、歴史、あるいは遺構等が存在する国である一方で、その革新的な「イノベーション」「テクノロジー」も世界的に注目されている。イスラエル発の企業はこれまで、情報通信、暗号、医療機器、自動運転などの幅広い領域で多くの技術革新をもたらしてきた。イスラエルは「中東のシリコンバレー」、「シリコン・ワディ」(ワディはヘブライ語およびアラビア語で「枯れ川」を意味する。)とも呼ばれる。

筆者は2014年以降、継続的にイスラエルを訪問し、政策・産業動向の調査を行うとともに、日本企業とイスラエル企業とのアライアンスを支援してきた。

本稿ではイスラエルを訪問したことがない読者を想定し、最新動向を踏まえつつイスラエルに形成されているエコシステムの全体像を解説する。

結論を先取りすることになるが、イスラエルは大学、研究機関、または軍の技術のスピンアウトが多く、技術的な優位性が高い。特に、サイバーセキュリティ、人工知能といった分野での技術力には定評がある。これらの技術領域は、様々なものがネットワークに繋がる世界において鍵となる技術である。また、ハードウェアのイノベーションで世界を牽引してきた日本企業と相性の良い技術領域でもある。

(2)NASDAQ上場企業数、第2位の経済国家

国際通貨基金(IMF)の調査(1)によると、イスラエルの2018年の国内総生産(GDP)は3,656億ドルで世界34位である。GDPが近い国・地域としてとして、香港(3,603億ドル)、デンマーク(3,546億ドル)、シンガポール(3,466億ドル)などがある。一人あたりGDPで見ると、イスラエルは41.18千ドルなっており25位である。次いで26位は日本であり40.11千ドルである。イスラエルは、人口868万人、国土面積は四国程度の大きさ(2)ながら先進国と言える経済水準にある。

イスラエル経済の力強さを物語る例の一つが、米国の証券市場であるNASDAQへの上場企業数である。NASDAQは、海外企業の上場も多い。2018年10月末日にNASDAQに上場している、米国以外の国の企業は中国が120社で最多であるが、イスラエルは87社で第2位となっている(3)

(3)Star-Up Nation

イスラエルの力強い経済を支えているのは、起業家であり、イスラエルは「Start-Up Nation(起業国家)」と呼ばれる。これは2009年に出版された「Start-up Nation-The Story of Israel’seconomic miracle-」1がベストセラーになったことの影響が大きい。これによって多くの人がイスラエルを起業とイノベーションが盛んな国と認識することになった。日本でも「アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?」という邦題で2013年に出版されているほか、世界各国の言語に翻訳されている。

イスラエルには急速に成長し続けているベンチャー企業が多い。実際にベンチャーキャピタル(VC)の投資額(GDP比率)は世界一となっている2。特に、シード段階への投資割合が大きい。イスラエル企業はある程度の成長を果たすと、米国で資金調達をする機会も多い。そのようなケースはイスラエルでの資金調達に含まれないため、実際にはイスラエル企業は、統計よりも多くのVC投資を受けていると考えられる。

図表1 OECD加盟国のGDP比率ベンチャーキャピタル投資
図表1

  1. 出所:OECD Entrepreneurship at a Glance 2017より筆者作成

2.イスラエル型エコシステム

(1)イスラエル型エコシステムの特徴

イスラエルのイノベーションを育むエコシステムは、非常にユニークである。本章ではイスラエルが、世界で最もVC投資を集めるに至ったエコシステムを概観する。ユニークである所以は、イスラエルは建国の経緯から移民が多く、それに合わせた政策が実施されたこと、また徴兵制による軍での人材育成システムが機能していること、また世界最高水準の研究機関を有していることにある。

(2)高度移民の流入とテクノロジーインキュベータ

イスラエルは2018年に建国70周年を迎えた。建国時の人口は約80万人であり、現在、その数は10倍程度に増加しており、世界で最も急速な人口増加を経験した国である。急速な移民増加をもたらしたイスラエルの法的基盤は、他国に類を見ない。イスラエル独立宣言(1948年)の2年後、1950年に制定された帰還法では、「すべてのユダヤ人は、イスラエルの地に移民をする権利を有する」(4)と定められている。そのため、世界中のユダヤ人がイスラエルに帰還することが可能になった。

このような移民政策に加えて、イスラエルにおける科学・技術の基盤が整ったのはソヴィエト連邦(ソ連)の崩壊によるところが大きいだろう。ソ連崩壊に伴って、大量のユダヤ系科学者、技術者の移民がイスラエルに流入することになった。この大量の高度移民の受け皿として、またその知識の活用を目的として、産業に応用しようとする政策が実行されている。

それは1991年から実施されているTechnologyIncubator Program(TIP)である。政府が認定したインキュベータの投資に対して、政府助成を行うもので、この政策は現在まで続けられている。高いリスクを有する研究開発を推進する政策として効果を上げてきた。また、この政策は、イスラエルの国土全体の発展を考慮し、認定インキュベータを1箇所に集中させるのではなく、複数の地域に設置した点に工夫が見られる。その結果として、後述するように、イスラエルの広くはない国土に、複数の研究開発のハブとなるような地域がいくつも存在するに至っている3、4、5

(3)Yozma-ベンチャーキャピタル産業の創出

研究開発を推進するにあたって、TIPの他に、重要な政策が存在している。技術への投資を行うベンチャーキャピタルを創出するための政策である。

自国にベンチャーキャピタルが数社しか存在しなかったイスラエルは1993年にYozma(ヘブライ語でInitiativeの意味)を開始した。このプログラムは、政府が民間VCにLimited Partnerとして出資を行うことが可能なFund of Fundsを組成し、イスラエル国内に多くのVCを創出しようとした政策であった6、7

このYozma Programは、ドットコムバブル崩壊前に一定の成果を出すことができたため、イスラエルに多くのVCを創出することに成功した。イスラエルは政策的にVC産業の創出に成功した稀有の事例として評価されているた7。その後、VC投資は堅調に増加し、今日では、世界で最もベンチャー投資が盛んな国となったのである。

(4)イスラエル国防軍による人材育成

イスラエルにおけるイノベーションにはイスラエル国防軍(IDF:Israel Defense Force)が重要な役割を果たしている。イスラエルは、男女問わず徴兵制を採用している。そのため、イスラエル人は一部の例外を除いて高校卒業後、2年または3年の兵役に就く。このとき、厳しい選抜試験をくぐり抜けた者は、技術開発やインテリジェンスを担う部隊に配属されることも多い。例えば、世界的に知られる諜報部隊であるサイェレット・マトカル、空軍の特殊部隊であるシャルタグ、そしてシグナルインテリジェンス(信号、通信などを利用した諜報活動)を担当する8200部隊などが代表的な部隊として知られている。IDFは豊富な実戦経験と高度な技術力で世界的な評価も高い。これらの部隊は、高卒の人材に対して短時間で、軍事教練の他にもコンピュータサイエンス、暗号理論、ハッキングなど科学・技術に関する学問を教え込んでいる。 除隊後には、軍で培われた技術力とネットワークを活かして起業する者も多い。中でも、8200部隊は、除隊後に起業する例が多いとされる。例えば、8200部隊退役者が創業した著名な企業として、Checkpoint Technologies、CyberArk、Palo Alto Networksなどが挙げられる。

(5)世界最高水準の大学

ユダヤ人が科学の分野で強みを有していることは広く知られている。毎年のようにユダヤ人がノーベル賞を受賞しているように、その科学への貢献は非常に大きい。イスラエル国内にも高い研究水準をもつ大学・研究機関が存在する。まず、イスラエルのMITと呼ばれるテクニオン工科大学とエルサレム・ヘブライ大学が挙げられる。この2つの大学はイスラエル建国よりも古い歴史を持っており、ヘブライ大学で最初に行われた講義はアルバート・アインシュタインによる相対性理論であった(5)

この他に、テルアビブ大学およびネゲブ・ベングリオン大学、そしてワイツマン科学研究所が主要な大学・研究機関として立地している。これらの大学は、コンピュータサイエンス、数学、化学、バイオテクノロジー、ロボティクスなどの分野で高い評価を得ているとともに、技術移転機関を有しており、積極的に民間への技術移転にも取り組んでいる。

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