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社会動向レポート

イノベーション大国 イスラエルへの招待

Start-Up Nation(2/2)

経営・IT コンサルティング部 コンサルタント 竹岡 紫陽

3.イノベーションの地理的広がり

(1)研究開発拠点の集積

イスラエルのエコシステムには、多国籍企業の研究開発拠点の立地に特徴がある。主な拠点は、テルアビブ、ハイファ、エルサレム、そしてネゲブである。イスラエルのベンチャー企業は、多国籍企業に買収されることも少なくないが、その多くが多国籍企業のイスラエル研究開発拠点となっている。それは政府が買収後に拠点をイスラエル外に移動させることを制限する政策をとっているためである。これにより、現在は300を超える研究開発拠点がイスラエル国内に存在する。

例えば、イスラエルで最も活発に活動している企業の一つであるIBMを例に取ると(6)、最初の研究開発拠点を1949年に設立し、これまでイスラエル企業を15社買収している。現在、イスラエル国内には9の研究開発拠点を設けており、従業員数は2,000名を超えている。

図表2 イスラエルの主な産業集積地点
図表2

(2)主要な拠点:テルアビブ、ハイファ、エルサレム

イスラエルで最も産業集積が進んでいるのがテルアビブ地域で、テルアビブおよび隣接するヘルツェリアなどが含まれる。ここに拠点をおく多国籍企業はGoogle、Checkpoint Technologies、Oracle、Microsoft、Ciscoなどである。また、テクニオン工科大学があり、リサーチパークなどが整備されているハイファには、Philips、IBM、GE、Apple等が拠点を置いている。さらに、エルサレムにはIntel、Siemensに加えて、イスラエル発の世界最大の後発医薬品会社であるTEVAが拠点をおいている。Intelに買収されたMobileyeもここに拠点がある。

(3)ネゲブ-ダビィド・ベン・グリオンの夢

これらの地域の他に近年、注目が集まっている地域としてネゲブのベエル・シェバがある。ネゲブはヘブライ語で南部の意味で、イスラエル国土の多くを占める砂漠地帯である。このネゲブ地域で最も大きな街であるベエル・シェバには、先端的なリサーチパーク、大学、多国籍企業の研究拠点、IDFの技術開発拠点、大規模な病院が存在し、イノベーションの中核を担っている。ベエル・シェバには、すでにIBM、ドイツテレコム、DELL EMCといった世界的な企業が研究拠点を設けている。

産・官・学・軍の距離が、イスラエルの他の地域よりも近い点がベエル・シェバの特徴である。ベエル・シェバの駅を挟んで、ベン・グリオン大学、リサーチパーク、IDFの技術開発拠点が隣接している。これまで述べてきたように、イスラエルのエコシステムにおいてはIDFの役割、とりわけインテリジェンスユニットの除隊者が重要な役割を果たしてきた。現在、ベエル・シェバに位置するIDFの技術開発拠点は、8200部隊を含むインテリジェンスユニットが立地している。また、ベン・グリオン大学はサイバーセキュリティ、ロボティクス、ライフサイエンスなどの分野で研究水準が高いことが知られている。これらの環境から、サイバーセキュリティを中心に多くのスタートアップが輩出されるに至っている。ベエル・シェバは、イスラエルの他の地域に比べてもより研究開発に特化をしている地域である。

ネゲブの都市・経済開発はイスラエル政府にとっても重要な政策テーマであり、開発助成、減税などの多くのインセンティブを用意している。このようなインセンティブに加えて、IDFの研究開発拠点もベエル・シェバに作られた。戦略的な取り組みによって砂漠の地に世界的なイノベーション拠点が生まれつつある。2019年に行われたサイバー領域のカンファレンスである「Cybertech2019」でも、ベンヤミン・ネタニヤフ首相がネゲブ地域のプロジェクトについて言及している。

ネタニヤフ首相も推進するネゲブ地域の開発はイスラエルの初代首相、ダビィド・ベン・グリオンの夢でもあった。ダビィド・ベン・グリオンは砂漠の開発が重要と考え多くの政策を実行し、晩年はネゲブのキブツ(ユダヤ人の共同生活コミュニティ)で過ごした。その墓もネゲブにある。ダビィド・ベン・グリオンが見た夢は、イスラエルのイノベーションの中心地として大きく飛躍を遂げようとしている。

図表3  Be`er Sheva-North 駅のプラットフォームから望むベエル・シェバのリサーチパーク
図表3

4.結びにかえて

(1)イスラエル訪問のすすめ

本稿では、イスラエルが、多くのイノベーションを生むスタートアップ国家(Start-Up Nation)へと変貌を遂げている様子を紹介してきた。日本からイスラエルへの投資は近年、急増しているが、一方でまだ訪問したことがないという人も多いだろう。

一度訪れてみると、これまでイスラエルという国に抱いていた印象は、良い意味で裏切られる。テルアビブ、ハイファは地中海に面し、美しいビーチが広がっている。エルサレムでは聖書時代からの伝統が息づいている。そして、ベエル・シェバでは砂漠とその開拓を目にすることができる。そして、それらの場所で、多くの革新的な技術が生まれているのである。

産業政策の観点からも、TIPやYozmaを参考に他国が政策を実行している。日本においても、TIPをモデルとした政策に取り組んでいる。

そして、イスラエル企業は、自国の市場が限定的であることから、設立当初よりグローバル志向が強い。世界第3位の経済規模と多くの大企業を有する日本市場はイスラエル企業にとって魅力的であり、関係構築の戦略的な優先度が高いと聞く。また、現地のイスラエル人と話をすると、日本は天然資源が限定されているにも関わらず、人への投資で高度成長を成し遂げたことに強い共感をもち、日本を好意的に捉えている一面もあり、相互の連携を促しやすい背景がある。

一方で、イスラエルは日本とは大きく異なる文化を持っていることには注意したい。現地のイスラエル企業と協業している日本人からは、日本の調整と組織的合意形成を重んじる会社組織との文化的な違いがよく指摘される。日本・イスラエル間の連携には、相互の理解を深めるためのコミュニケーションと互いの文化の尊重、時として両者の置かれている状況に配慮して、橋渡しする媒介役が必要になることもある。

本稿では、近年、注目の高まる現在の革新的なイスラエルについて紹介してきた。本稿を参考に、最先端の技術、イノベーション、新規事業などを所管している日本企業の担当者が、これまで以上にイスラエルに興味を持ち、現地に足を運んでいただく契機になれば幸いである。

  1. (1)IMF DataMapper
  2. (2)外務省 イスラエル国基本データ
  3. (3)NASDAQ WEBサイト
  4. (4)Law of Return, Jewish Virtual Library
  5. (5)https://new.huji.ac.il/en/page/452
  6. (6)Ministry of economy and trade, Israel, “Invest in Israel”
    (PDF/1,920KB)

参考文献

  1. Senor, Dan, and Saul Singer. Start-up nation: The story of Israel’s economic miracle. McClelland & Stewart, 2009.
  2. Entrepreneurship at a Glance 2017, OECD 2017
  3. Frenkel, A., Shefer, D., & Miller, M(. 2008).Publicversus private technological incubator programmes: privatizing the technological incubators in Israel. European Planning Studies, 16(2), 189-210.
  4. 竹岡紫陽;樋原伸彦.事業化支援を担うテクノロジーインキュベータ創出のための政策対応:イスラエル,シンガポールでの経験.研究・イノベーション学会年次学術報告2015.
  5. 竹岡紫陽;樋原伸彦.テクノロジー・スタートアップ企業の創出のためのハイブリッド・インキュベーション・ファンド・プログラム:イスラエル,シンガポールの事例からのインプリケーション. 早稲田国際経営研究,2016.
  6. Avnimelech, Gil, and Morris Teubal. “Creating venture capital industries that co-evolve with high tech: Insights from an extended industry life cycle perspective of the Israeli experience.”Research Policy 35.10( 2006):1477-1498.
  7. 西澤昭夫,忽那憲治,樋原伸彦,佐分利応貴,若林直樹,& 金井一賴.ハイテク産業を創る地域エコシステム.有斐閣.2012年
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