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社会動向レポート

EBPMを契機とした行政・研究の連携を

行政への浸透に向けたEBPMの課題とその一方策(1/3)

社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 森安 亮介

政府の政策立案の在り方を変える取り組みとして、2018年頃から各省庁で対応が進められているEBPM(エビデンスに基づく政策立案)。本稿ではその概要や発展経緯を概観するとともに、推進上の3つの課題を整理している。その上で、とくに行政と研究の協業体制の在り方について、解決の方策を検討している。

1.はじめに

少子高齢化の進展に伴い、国家財政はますます厳しくなることが予想されている。限られた資源を有効に活用するためにも、わが国の政策は、課題をより適切に把握した上で立案し、より有効なものを選択する必要がある。そこで着目されているのが「エビデンスに基づく政策立案(Evidence Based Policy Making。以下EBPMという)」である。後述するように、EBPMは因果関係を示す根拠や証拠に基づいた政策の立案を行うものである。わが国では2010年代半ばから導入が検討され、2018年頃からは各省庁でEBPM推進の組織設立や、省庁内の試行的な運用が始まっている。また、EBPMで用いられる専門的な統計手法も複数の省庁やシンクタンク等によって整理されている。なお、こうした手法はベストセラーとなった『統計学が最強の武器である』や『学力の経済学』など一般書でも紹介されており、一般的な理解も広まりつつある。

しかし、統計手法が整理されたからと言って、即座に行政がEBPMを実践できるわけではない。準備段階から実装段階に移りつつあるEBPMが、行政の政策立案現場に浸透するためには何が必要だろうか。本稿では2017年度に実施した自主研究事業「わが国の教育行政に浸透する科学的根拠に基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)の在り方の検討~日本型EBPMのメソッド開発に向けて~」で得た知見をもとにしながらEBPM推進上の課題を整理する。本稿の構成は次の通りである。まず第2節でEBPMの概要と発展経緯を概観した上で、わが国の現状を確認する。続く第3節でEBPM推進に向けた課題を整理する。第4節ではそうした課題を踏まえた解決の道筋を考察する。

2.EBPMとは

(1)EBPMの概要と発展経緯

OECD(2007)『Evidence in Education:Linking Research and Policy』では、EBPMを「複数ある政策オプションの中から意思決定し、選択する際に、最新最良のエビデンスを、良心的に、かつ明確に活用すること」と定義している。尚、ここでいうエビデンスとは、科学的な手法をもとに因果関係が明瞭に示されていることを指している。

エビデンスを生成するための科学的な手法論は、統計学の発達とともに1970年代頃から発展をとげ、現在では一定の基準も確立されている。例えばEBPMの発祥である医学や疫学領域では、そうした手法の信頼性の高さ(エビデンスレベル)がランク付けされており、よりエビデンスレベルの高い手法の活用が推奨されている。

こうした科学的な手法を、政策の領域にも導入する先鞭となったのが1990年代のイギリスである。財政逼迫や公的サービスの見直しが叫ばれる中、医療分野の「コクラン共同計画」(1993年)から波及し、社会政策分野全体の「キャンベル共同計画」に適用されたことがEBPMのはじまりとされている。その後、ブレア政権によってEBPMは強力に推進され、エビデンスの生成や活用を支援する第三者機関(What WorksCentre)も設立されるなど、EBPM実行のための体制が整備された。こうした動きは2000年代以降、アメリカを始め欧米諸国にも伝播し、今や世界的な潮流となっている。例えば教育領域では、アメリカの「落ちこぼれゼロ(No childLeft Behind)法」(2001年)成立によって、科学的根拠に基づくエビデンスを示さない限りは教育政策の予算要求ができなくなっている。加えて、その推進サポート体制として進められたWhat Works Clearinghouse(WWC)プロジェクトによって既存の教育研究が系統的に整理されおり、「どのような教育方法が科学的に有効か」という知見が得られるようになっている。こうした英米の事例からは、EBPMを一つの契機として科学的知見が政策立案現場や教育現場に活かされる様子も伺える。

図表1 エビデンスレベルの例
図表1

  1. (資料)Melnyk, B. M, Fineout-Overholt, E. “Evidence-based practice in nursing and healthcare; A guide to best practice”. Lippicott Williams & Wilkins, 2010, p.12をもとに筆者が整理

(2)わが国のEBPMの取り組みの経緯と現状

こうした動きも背景に、わが国でもEBPM推進に向けた準備が推し進められている。2016年6月閣議決定の「経済財政運営と改革の基本方針2016(骨太の方針)」では、文教・科学技術分野の基本方針に「エビデンスに基づくPDCAサイクルの徹底」がうたわれている。さらに、同年12月施行の「官民データ活用推進基本法」に基づく基本計画において、EBPM推進が明記された上で、各府省庁において一元的な統計等データの整備・管理を行うことが記されている。翌2017年5月の統計改革推進会議では、これまでの政策立案は「往々にしてエピソード・ベースでの政策立案が行われているとの指摘がされてきた」と言及した上で、EBPM 推進とその推進のための統計等データの構築を一体として進めていくことが明言されている。こうした流れを受け、「経済財政運営と改革の基本方針2017」や「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」にEBPM推進体制の構築が明記され、2018年からは各省庁のEBPM推進統括官等の新設や、省庁内のデータ活用、データ利用促進、事業効果検証への試験的導入など各省庁による推進が始められている。

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