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技術動向レポート

時空間データ分析におけるモード分解技術の活用(1/2)

サイエンスソリューション部 コンサルタント 賀須井 直規

製品設計や自然現象の評価の際に実験・計測・シミュレーション等を通じて取得される時空間データは大規模化・複雑化を続けているが、その効果的な活用のための分析手法として、モード分解の技術が注目を集めている。本稿では、時空間データ分析の文脈におけるモード分解の数学的概要と活用方法について概説するとともに、製造および防災分野におけるモード分解に基づく特徴抽出・次元削減・標本生成の具体的事例を通じて、その有用性を示す。

1.はじめに

製品設計や自然現象の評価に際しては、その製品や現象を特徴づける物理量に関して、実験・計測・シミュレーション等の方法により一定の空間的・時間的範囲にわたるデータを取得し分析するのが一般的である。例えば、自動車車両の設計にあたっては、走行環境を模擬した風洞実験を行って周辺流れ場を計測する。また、ある地域での地震発生時の被害予測にあたっては、モデル化に基づく数値シミュレーションによって揺れの推定値を得る。

コンピュータやデータ記憶媒体の発達・低廉化、計測機器やシミュレーション技術の発展、インターネットの普及といった昨今の潮流により、こうしたデジタルデータは大規模化の一途を辿っている。一方で、大規模な時空間データはしばしば構造・傾向が複雑となり、その中から設計や評価に活用できる重要な情報を抽出することが困難になりがちである。この問題への対処法が強く期待されている。

実験・計測・シミュレーション等で得られた複雑な時空間データの構造を紐解き、本質的な情報を抽出する技術として、「モード分解」が注目されている。モード分解は、現象を構成するいくつかの特徴的な単位成分「モード」をデータから取り出すというもので、現象の本質的な理解、簡易な推定方法の構築、新たなデータサンプルの生成等に活用できる。

本稿では、時空間データ分析におけるモード分解技術の3つの活用方法「特徴抽出」「次元削減」「標本生成」に関する具体的な事例を紹介することを通じて、その有用性について記述する。

2.「特徴抽出」:現象の挙動特性の理解・説明

モード分解では、実験・計測・シミュレーション等で得た生の時空間データから、特徴的に見られる空間的・時間的な挙動成分を分離して抽出・可視化することができる。これは、現象の本質的な特性を分析・考察する上で有益な情報となる。

例として、円柱周りの流れの分析を考えよう。図表1左のように、水で満たされた領域内に円柱を立て、左側からさらに水を流し入れていく(このとき、流入分と同量の水が領域上、下、右側の自由境界から流出していく)。流入する流れがある閾値以上に速いとき、円柱の下流(右側)には、周期的な渦(カルマン渦と呼ばれる)の発生・流下を伴う非定常の流れ場が形成されることが知られている。今回は、この状況を数値シミュレーションで再現し、図表1右のような時々刻々の流れ場データが得られているものとする。

このデータに代表的なモード分解手法である固有直交分解(Proper Orthogonal Decomposition, POD)を適用すると、図表2のように、データはそれぞれ固有の強度、空間構造、時間変動をもつ多数のモードへと分解される。特に、各モードの時間変動のグラフ形状はほとんど正弦波となっており、元のデータの奥に、異なる振幅・周波数・位相を持つ複数の定在波が存在していることがわかる。空間構造からは、円柱近傍で流れが円柱背後に回り込む現象(モード0)や、円柱直背後から細長く後方まで達するような上下交互の流れ(モード1, 2)が見て取れる。モード1, 2については、グラフ内での振動数が1でカルマン渦の放出周波数と一致していることともあわせて、カルマン渦の放出・流下現象と強く結びついていると考えられる。

このように、モード分解は、既によく知られた現象論をデータそのものから直に引き出すことができる。このことはまた、モード分解が、未だ知られていない現象の構造をデータから抽出し、その本質を解明するための手段として活用できる可能性があることを示すものでもある。


図表1 円柱後流のシミュレーション
図表1

  1. (資料)みずほ情報総研作成

図表2 POD による円柱後流シミュレーションデータのモードの抽出
図表2

  1. (資料)みずほ情報総研作成

3.「次元削減」:現象の情報圧縮や簡易・迅速な推定

モード分解により得られた各モードの強度(の2乗)は、そのモードが、現象全体がもつエネルギーに対してどれほど寄与しているかを反映している。この寄与率に注目すれば、現象全体に大きな影響を与えている、すなわち多くの情報を持っている重要なモードを特定することができる。

図表3は、前章のシミュレーションデータから得られたモードを強度の大きい順に並べ、その強度とモード0からの積算寄与率を示したものである。得られたモードの数は全部で115であるが、寄与率はモード0~4の5つのみでほぼ100%に達している。したがって、今回検討対象とした円柱後方流れは、これら5つの重要モードのみでほとんどを表現できるといえる。このように、現象を記述するためのパラメータの数を削減することを次元削減と呼ぶ。

次元削減は、現象に関する本質的な理解や簡易な推定手法の構築に活用できる。再び前章のシミュレーションデータを例に、図表4にその例を示す。このデータは5,151個の観測点を含むため、ある時刻での流れ場データを記述するための未知数の数は5,151個である。一方で、このデータを5つの重要モードのみで表現するための未知数は各モードに対する変動係数のみであり、その数は5個である。したがって、このデータと同じモードが卓越すると考えられる類似した条件下で新たなデータを求める際には、5個の未知数を決定するために最小で5観測点での値を得ればよい。このように、モード分解に基づく次元削減によって、非常に少数の観測値のみから場全体を簡易的に推定することができる。


図表3 強度に基づく重要モードの選定
図表3

  1. (資料)みずほ情報総研作成

図表4 モデルの次元削減の例
図表4

  1. (資料)みずほ情報総研作成
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