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技術動向レポート

データ駆動型材料開発の現在地とこれから(1/2)

サイエンスソリューション部 コンサルタント 石田 純一

人工知能(Artificial Intelligence, AI)は画像認識、機械翻訳をはじめ様々な分野に適用され成果を上げている。その1つが材料科学分野であり、これまで材料開発に要していた時間・コストを大幅に削減できるポテンシャルを秘めた技術として注目されている。本稿では、各国の研究開発プロジェクト、分析ツール、注目技術の観点からAIを用いた材料開発の現在地を俯瞰するとともに、課題や将来展望について考察を行った。

1.はじめに

(1)AIの活用と実施事例

日本企業は高い研究開発力を武器に、半導体・電池等の材料市場で強い存在感を発揮してきた。しかし中国をはじめとする諸外国との苛烈な国際競争にさらされ、近年その足元が揺らいでいる。新規材料を上市するまでには一般に長い開発期間・膨大なコストが要求されるが、国際市場で一歩先んじるためには優れた材料をいち早く供給できる効率的な開発体制が必要不可欠である。そこで、材料開発プロセスにAIを導入することで開発効率の向上を目指した試みが盛んに行われている。

たとえば、AIを用いた物性予測や材料スクリーニングにより、従来よりも高速かつ大規模な材料探索を行うことが可能になっている。九州大学をはじめとした研究グループは、AIモデルを用いたプロトン伝導性材料の探索を行い、たった一回の実験で未知のプロトン伝導性材料の合成に成功したと報告している*1。また、住友化学はベイズ最適化と呼ばれる手法を合成プロセスに活用し、望ましい性能を持つ耐熱性ポリマーを合成するためのモノマー組成比を効率的に探索することに成功している*2。さらに東北大学・防衛大学校の研究グループは、AIを活用することでFIB-SEM(集束イオンビーム─走査型電子顕微鏡)で取得したソフトマテリアルの3次元立体構造の超解像化や計測時間の短縮を実現している*3

このように、AIは材料開発の様々な工程・材料種に適用でき、各所で成功事例が報告されている。一方で学習データ数や材料の有効な記述子が不足しているような場合にはその真価が発揮されないこともあるため、技術の適用範囲を見極め状況に応じてAI・理論・実験・シミュレーションを適切に組み合わせることが重要となる。こうした背景から、近年ではAIと材料科学を知悉した二刀流人材へのニーズが高まっており、各方面で人材育成や採用が進められている。また、後述するように豊富な計算リソースを有するIT企業の存在感が増しており、独自の研究開発や材料系企業との提携が行われている。

(2)データ駆動型材料開発

一般に、データベースやAIを活用した材料探索など製造の前段階における手法をマテリアルズインフォマティクス(Materials Informatics,MI)と総称することが多い。また製造条件の最適化など製造プロセスにおけるAI関連技術をプロセスインフォマティクス(ProcessInformatics, PI)として呼び分ける場合がある。さらに測定や解析に関するAI関連技術は計測インフォマティクスと呼ばれることもある*4

本稿ではこれらの技術に明確な線引きはせず、まとめてデータ駆動型材料開発と呼ぶ(図表1)。これに関連した各国の研究開発プロジェクト、AIと研究者を結びつける分析ツール、近年の注目技術動向を整理することでデータ駆動型材料開発の現在地を明らかにするとともに、課題と今後の展望について概説する。


図表1 データ駆動型材料開発のイメージ
図表1

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

2.各国における研究開発プロジェクト

(1)米国

現在では各国がデータ駆動型材料開発を支援するプロジェクトを展開しているが、米国オバマ政権下で始まったMaterials Genome Initiative(MGI,2011-2016)はその先駆けとして知られている*5。現在もアメリカ国立科学財団、米国エネルギー省等の各機関がMGIの派生プロジェクト(材料データベースMaterials Project,開発支援プログラムDMREF,階層的材料設計センターCHiMaDなど)を継続的に運用している*6。特にMaterials Projectは世界中にユーザーを有する巨大データベースとして成長しており、ここに格納されているデータで学習を行った数多くのAIモデルが開発されている。諸外国の研究開発プログラムを触発するとともに、米国におけるデータ駆動型開発の基礎となる多くのプロジェクトを生み出したという点で、MGIは非常に意義深い取り組みであったと評価できる(図表2)。


図表2 データ駆動材料開発の関連プロジェクト例
図表2

  1. (資料)各種情報よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(2)欧州

欧州ではThe Novel Materials DiscoveryLaboratory(NoMaD, 2015-2018)やMaterials’Revolution: Computational Design andDiscovery of Novel Materials(MARVEL,2014-2018)が先駆的なプロジェクトとして実施され、現在も後継プロジェクトが進行中である(図表2)*7,*8。これらのプロジェクトの成果物は無償で公開されているものが多い。たとえばNOMADArtificial Intelligence toolkitを用いることで自前の計算環境を有しない場合でも材料のAIモデリングを体験することが出来るなど、データ駆動型開発の普及に大きく貢献している。

(3)日本

日本では情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I,2015-2019)や超最先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超プロジェクト,2016-2021)などのプロジェクトが行われてきた(図表2)*9,*10。また戦略的イノベーション創造プログラム(SIP,第一期:2014-2018,第二期:2018-2022)により逆問題解析・マテリアルズインテグレーションシステムの開発など産官学が連携したデータ駆動型開発やそのための基盤整備が進められている*11。各プロジェクトのメインターゲットにはそれぞれ無機材料、有機材料、構造材料など異なる材料が選定されており、データ駆動型開発をコアとした多様な材料系での技術開発が我が国における国家プロジェクトの特徴と言える。また、2021年4月には統合イノベーション戦略推進会議により「マテリアル革新力強化戦略」が策定され、革新的マテリアルの開発と迅速な社会実装、データ駆動型研究開発の促進、国際競争力の持続的強化がアクションプランとして掲げられており、継続的な研究開発支援が期待される*12

更に、近年は環境破壊や地球温暖化への危機感の高まりを受け、カーボンニュートラルの実現に向けて各国がCO2排出量削減に関する年次目標を設定するなど具体的な取り組みを始めている。日本でも大規模な研究開発基金(グリーンイノベーション基金)が発足しており*13、新たなエネルギーデバイス材料の創出に向けたデータ駆動型開発の試みが一層進展するものと予想される。

  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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