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社会動向レポート

未曽有の社会情勢は企業の海外戦略を変えたのか?

コンサルティング第1部
主席コンサルタント 三重野 友紀
コンサルタント 郷 裕太
コンサルタント 久保田 美咲


本稿では、昨今のグローバル環境の劇的な変化を受けた企業の海外進出行動の変化を概観し、 その上で、この激動する環境を乗り越えるために企業がどのように考え、行動していくべきか、 そのキーポイントを考察している。

1.はじめに

3年前には、企業を取り巻く環境が現在このような状況になっていると誰が予測できたであろうか?

新型コロナウイルスの流行が人やモノの物理的移動を分断し、米中摩擦やアフガン関連など地政学的構図は大きく変化し、長年アジア拠点として日本に近い存在であった香港や、今後の製造販売拠点として期待されていたミャンマーが政情不安に陥り、企業の海外戦略は今、かつてないほどの環境変化に晒されている。

では、海外事業を諦めて国内回帰が起こるのか?

JETROが2021年1月29日に公表した「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、今後の海外進出方針について、「縮小、撤退が必要と考えている」と回答した企業は全体の1.2%にとどまる。多くの企業にとって、このような状況下においても海外事業は必須のものとなっているのである。さらに将来を考えると、オリンピック・パラリンピックも終了し、国内景気を一気に刺激するビッグイベントは当面ないことに鑑みても、成長ドライバを海外に求める企業は今後も増加していくであろう。

短期的には海外製造販売拠点などについて進出延期や見直しは起こるものの、中長期的には海外進出への動きは続いていくと考えられる。

但し、近年の外部環境変化を受けて、その進め方、考え方は変わっていく、否、変わらざるを得ない。近年の状況を受けて、改めて自社の海外戦略を再考することになった企業も少なくないはずだ。それでは、何が変わっていくのだろうか。具体的に次項に示す。

2.海外進出に影響するファクターの変化

近年特にトピックとして取り上げられているファクターを2つ見てみよう。

(1)地政学リスクを踏まえたリスク分散の動き

新型コロナウイルスは企業の海外事業に大きな影響を与えた。先述のJETROアンケート調査によると、コロナ禍で2020年度の海外売上高の減少幅(平均)は38.4%となり、国内売上の減少幅26.1%と比べて大幅な減少となっている。

一方で、企業の海外拠点数は増加傾向にある。同調査によると海外で事業拡大を図る対象国・地域の数は1社あたり4.9となっており、2019年度の3.8から約1拠点の増加となっている。背景には、米中貿易摩擦を含む地政学リスクに対する企業のリスク分散の動きが進んでいることが考えられる。同調査時点で影響を受ける通商政策に関して「中国の輸出管理規制強化(29.3%)」「米国の輸出管理・投資規制強化(25.9%)」が上位2つを占めた。さらに、今後2~3年程度で影響を受ける通商政策に関しても「中国の輸出管理規制強化(36.4%)」「米国の輸出管理・投資規制強化(32.6%)」とそれぞれ7ポイント程度の上昇がみられる。

上記より、新型コロナウイルスの影響で一時的に収益は低下しているものの、拠点数を増やす方向であるなど現代において企業の成長とグローバル展開は切っても切れない関係であると言える。特に多国籍の企業が複雑に絡み合うグローバルサプライチェーンにおいては、一過性の(と考えられている)新型コロナウイルス以上に、今後中長期的にビジネスに影響を与える地政学リスク、特に米中貿易摩擦への対応が喫緊の課題となっている様子が伺える。

(2)ESGへの対応を踏まえたグローバルサプライチェーンの再構築の動き

世界の機関投資家がPRI(責任投資原則)に署名し、ESG投資が活発化している。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2017年にESG投資による日本株式の運用を開始し、2020年の日本のESG投資運用残高は約2.87兆米ドルと2016年の0.47兆米ドルの約6倍に拡大した。このように、ESGへの取り組みは日本企業においても無視できない潮流となった。

近年特にE(環境)の分野に注目が集まっている。世界各国が脱炭素目標を掲げる中で、日本も2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言した。一部報道では2022年3月期から有価証券報告書での気候変動リスクの記載の義務化が検討されていることも明らかとなっており、今後日本企業に気候変動に対する詳細な分析と目標設定・情報開示が求められることが見込まれる。気候変動対策に関する情報開示・評価の国際イニシアティブ(SBT・RE100・CDP等)では、自社内のGHG(温室効果ガス)排出量(Scope1、2)のみならず、上流(調達)や下流(使用)を含めたGHG排出量(Scope3)の情報開示・削減目標の設定を求めている。そのような環境下で、Apple 社は2030年までにサプライチェーン全体での100%カーボンニュートラル達成を宣言しており、世界的にサプライチェーン全体でのGHG排出量の見直しが起こっている。今後は、特にサプライチェーンの見直しにおいて大きな論点となる物流で発生するGHG排出量の削減を目的とした、調達先・販売先の国・地域に合わせたサプライチェーンの再構築等が起こることが想定される。

また、S(社会)に関しても、2020年3月に発覚した新疆ウイグル自治区での強制労働問題は記憶に新しく、ウイグル自治区の材料を使用していることがメディア等で取り上げられた日本企業もある。最近ではメーカー各社が自社のサプライチェーンの見直しを行っており、M&Aの際には買収先の調達網の人権審査を行う動きがある等、日本企業においても関心が高まっている。コロナ禍においては、特に安全衛生面での職場環境が問題となる可能性が高く、グローバルサプライチェーンの再構築が必要となることも想定される。

3.それでは、どうすればよいのか?

一言で言うと、海外戦略はさらに複雑化したということである。特定国を狙って売上拡大やコスト削減を目指すのではなく、地政学状況やESGなど様々なファクターを見据えて全世界目線で海外戦略が必要となってきている。

それだけでなく、特定事象の直接的な影響以外にも、昨今の景気停滞やコロナ対応等を受けて戦略やオペレーションを見直す際に、改めて、海外事業の収益低下や、海外子会社統治が十分できていない現状を認識してしまった企業も少なくないのではないだろうか?

今こそ、グループ全体を見渡した海外戦略を再度見直す時期ということである。それでは、その際のキーポイントはどこであろうか。


図表1 グローバル一体運営体制整備の考え方
図表1

(1)海外拠点・子会社を含めたグローバル全体における一体運営がより重要に

コロナウイルスの蔓延によるサプライチェーン断絶への対応や地政学リスクの観点から、海外拠点を増加させることによるリスク分散、ESGの観点から企業のグローバルサプライチェーンの見直し、海外拠点の移動など、様々な戦略転換を行いながら、ドラスティックな環境変化の中で企業が海外事業を継続的に発展させていくためには、各拠点を含めたグローバル一体的な運営がより重要となる。例えば、サプライチェーン全体におけるGHG排出量の算定において、将来的には自社の海外拠点・子会社では、本社と同一の水準でのデータ取得と本社へのレポートを行うための体制を構築する必要性が見込まれる。

つまり、海外展開する上で重要なのは、グローバル全体で戦略、さらには現地拠点でのオペレーションに至るまでの意思決定までが整合していること、それを実現するグローバル一体運営体制が整備されていることである。グローバル一体運営体制は、本社、海外子会社といった拠点間での戦略の整合性(=縦の繋がり)だけでなく、各拠点における戦略から機能・権限、運用ルールまでの整合性(=横の繋がり)の両方が担保されて初めて有効に機能するものであり、今後は戦略だけでなく、こうした体制もあわせて整備することが一層求められると考えられる。

それでは、次節で具体的な事例を見てみよう。

(2)事例から見る海外事業展開のポイント

前節で述べたように、環境変化の激しい現代において、海外展開するにあたり重要なポイントは何か、いくつかの事例から考察する。

小売業A社は、従来、堅実路線での海外進出を行ってきた。入念なマーケティング調査を行ったうえで進出し、各地域の実情に合わせた店舗運営を行い、着実な黒字化を実現してきていた。しかし、近年の中期経営計画で、A社は海外事業の大幅な拡大を打ち出した。ここで、これまでの堅実路線の海外事業オペレーション・管理と急拡大を目指す全社戦略の不整合が発生したのである。すなわち、ある地域では、現地でのオペレーションはそのままに、これまでの堅実路線とは異なるかなりのリスクを取った出店戦略を推し進めることとなった。その結果、当該地域の収益性は大幅に低下し、最終的には再生手続のもとで再建を行うこととなった。

A社の例は、中期経営計画で打ち出した目標と従来の堅実路線の出店戦略とが乖離していたことで、現地での意思決定が、従来の出店戦略における原則から外れざるを得なくなり、戦略との一貫性を欠いたことが経営悪化の主要因の一つであると考えられる。重要なのは、グローバル全体で戦略が整合していること、そして戦略に基づいた目標設定や意思決定といった基本的事項を確実に行うことである。

サービス業B社も、20年ほど前に初の海外本格事業で中国に進出したものの撤退している。撤退に至った要因は、事業計画を立案した本社の経営企画と実際に計画を遂行する現場との認識にずれが生じていたこと、計画時には想定外だったことが起きた際に現地では意思決定ができず、責任の押し付けあいになっていたことだという。

しかし、その失敗を糧に、B社は海外事業の体制を変えてきている。現在は、本社から派遣した人材を海外現地の責任者として明確な権限移譲を行い、それに伴う責任も明確化された体制の下で運営を行っている。その後B社は積極的なM&Aにより海外事業を拡大し、成功を収めている。現在は、連結売上の50%近くが海外売上である。

必ずしもすべての会社が本社からの派遣人材を海外現地責任者とする必要はなく、各社の戦略や現地の事情、背景によって様々な方法が考えられるが、B社の場合はこの体制によって本社と現地の間の意思疎通の齟齬を解消してきたと考えられる。そして、現地に根付いた実現可能な戦略、それに基づく機能・権限設計、レポーティングルール等の運用ルールといった仕組みを整備することにより、拡大していく海外事業を盤石なものとしていった。これらの仕組みの整備は、海外事業が大きくなるほど必要不可欠といえる。

このように、戦略の立案から機能・権限の設計、運用ルールまでが繋がっていないために、グローバル化を進めたものの一体的な運用がなされずにうまく機能しない、というケースは海外展開においていくつか散見される。企業が今後海外事業を継続的に発展させていくためには、グローバル全体での戦略~意思決定までの整合性、それを実現するグローバル一体運営の仕組みの整備が求められると言えよう。


図表2 事例から見る海外戦略のポイント
図表2

4.おわりに

国内景気が厳しい見通しの中、多くの企業において、グローバル展開は避けて通れない。むしろ海外事業は中長期的に引き続き大きく期待される成長ドライバであることは間違いない。しかし、近年の様々な事象により、海外事業において予想していなかった問題が発生または顕在化している企業は、決して少なくないであろう。

それに対して一時的なコストカットや、取り急ぎ人を送り込むといった対症療法的な対策にとどまらず、先に述べた、グローバル全体で戦略から(現地オペレーション等の)意思決定までが一貫して整合しているか、それを実現するグローバル一体運営体制が整備されているかを今一度見直すことが必要ではないだろうか。加えて、前述の図表1に示すマトリクスをご覧いただき、本社、海外子会社といった拠点間での戦略の整合性(=縦の繋がり)だけでなく、各拠点における戦略から機能・権限、運用ルールまでの整合性(=横の繋がり)の両方が担保されているか、チェックしてみていただきたい。コロナを契機に多くの企業がサプライチェーンや社内体制の変革を迫られている今がその好機ではないだろうか。

それにより、今後も起こるであろう様々な事象、スピードアップする環境変化をダイナミックに乗り越え、さらなる成長を遂げることができるであろう。

参考文献

  1. JETRO「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2021/1/29)
  2. 日本経済新聞 電子版「M&Aの大前提 「人権」審査は当たり前」(2021/8/18)
  3. GSIA「GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020」(2021/7/19)
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