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建設業界の生産性向上を牽引するデジタル技術

2022年10月
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 西脇 雅裕

建設業界で生産性向上が急務

道路、トンネル、港湾などの社会インフラは、我が国の持続的な経済成長や社会活動を下支えしている。安全でいかなる時も機能し続ける社会インフラは今後も必要不可欠であり、施工や維持管理といった整備を担う建設業界に求められる役割は依然大きい。

我が国における社会インフラ整備の需要は今後も一定数見込まれる。過去の建設投資需要を振り返ると、2000年代前半は50兆円前後で推移、リーマンショック後は40兆円台へと低下、東日本大震災の発生やオリンピック・パラリンピックの開催を契機に上昇、コロナ禍で微減というように、建設投資需要の多寡は経済、社会、自然災害などのマクロ動向によって左右され、現時点では約60兆円である*1。今後は、大阪万博、リニア新幹線といった事業における施工のほか、激甚化・頻発化する自然災害の対応に向けた防災・減災、老朽化インフラの増加に伴う維持管理の需要が見込まれ、一定の建設需要が想定される。

一方、こうした需要に応える供給サイド、すなわち建設業界に目を向けると、実務を担当する労働者に関して「労働者不足」や「労働時間制約」への対応が喫緊の課題であり、それらの解決に資する生産性向上が強く求められている。実際、建設業における付加価値労働生産性は、2000年から現在まで3000円弱/人・時間で推移しているのに対し、全産業平均は年々上昇を続けて2019年には約4530円/人・時間に到達し*2、全産業平均と比べて1.5倍以上ものギャップが生まれている。建設業界における生産性の底上げに向け、国土交通省においても従前より建設業の生産性向上や人材確保に向けた多角的な取り組みを進め、さらに2023年度予算概算要求においても重要テーマとして取り上げている*3

なぜ生産性向上が求められるのか ―管理者、技能者の視点から―

「労働者不足」や「労働時間制約」に資する生産性向上方策は、労働者の実態に合わせた方策、すなわち現場で活躍する主体ごとに講じていくことが肝要であり、建設業における主な主体は、管理者および技能者である。管理者は工事現場における技術上の管理や指導監督などの現場管理を担当し、技能者は専門的技能を元に建設工事の直接的な作業を担当する。両主体が連携しながらそれぞれの役割を果たすことで、付加価値として機能する社会インフラを創出できる。

社会インフラの創出を通じて生まれる付加価値額は、図1のとおり、生産性のほか、労働時間や労働者数といった要素から構成される。労働時間と労働者数は、図2のとおり、管理者は労働時間が多く、労働者数は増加中、技能者は労働時間が少なく、労働者数は減少中と主体ごとに特徴がある。こうした特徴が、生産性向上が求められる要因の主体ごとの違いを生む。

管理者については「労働時間」の大幅な抑制が、生産性向上が求められる要因となる。2024年4月以降、建設業界に時間外労働規制が適用され、原則、月間45時間かつ年間360時間の基準を満たす必要がある。管理者が所属する企業としてゼネコン26社*4を取り上げると、平均時間外労働時間は約55時間/月*5であった。時間外労働規制適用後の残業時間を平均30時間/月(360時間/年)とすると、現在よりも労働時間を大幅に抑制*6しつつ、代わりに生産性を高めていくことが望まれる。なお、大手総合建設会社における従業者数は直近約10年、緩やかに増加しているものの*7、少子高齢化が進行する我が国の状況を踏まえると、上述の労働時間の制約をカバーするほどの労働者数を確保し続けることは難しいと想定される。

技能者については「労働者数」の不足が、生産性向上が求められる要因となる。1997年の455万人をピークに既に100万人単位で減少しており*8、さらに少子高齢化の波が押し寄せる中、将来的には技能者数の減少が一層進むと予想される。他方、多能工技能者に関して実施したアンケート調査の結果によると、回答企業の4社に3社が残業時間は1時間未満と回答している*9。一見、この結果をみると労働時間の増加が解決策と思われるが、労働時間を増やすと、たとえば腰痛などの症状の発生が早まることや、重篤度が高まることで、技能者の早期離職の足かせにつながり、人材不足がさらに加速する懸念がある。そのため、技能者については、労働者数を維持する/増やすことと並行し、労働時間を増やさずに限られた労働時間で効率的に業務を行うという考えのもと、対策を講じることが望ましい。


図1 付加価値額と生産性等の関係
図1


図2 生産性向上が求められる要因
図2

出所:各種資料を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

建設現場におけるデジタル技術活用の方向性

要因が異なる管理者および技能者の生産性向上方策を検討するうえで、目覚ましい進展を遂げているデジタル技術の利活用が選択肢の1つに挙げられる。

管理者は現場において工事全体を管理する業務の性質上、業務内容も多岐にわたる。たとえば、管理という面では、工事進捗や工程、品質、予算、安全といった管理業務があるほか、管理を行ううえで必要な業務として、施工計画の策定や見直し、建機等の調達といった現場の状況に応じた調整や手続き、現場担当者への指示、作業後の出来形検査などがある。こうした多様な業務に対応する中、労働時間を大幅に抑制しつつ生産性を向上させていくためには、業務ごとに「そもそも当該業務を管理者が行う必要があるか」「業務に携わる人数や要する時間を減らすなど、効率的に行うためにはどうすればよいか」という問いを出発点に、現場の安全性を担保しつつ生産性向上方策を講じることが肝要である。

この中で、建設現場で使用されるデジタル技術は、個々の業務や工程を支援する技術、工程全体または工程を横断して支援する技術という大きく2区分が存在する。たとえば、前者は測量工程におけるドローン、調達工程における建機のオンライン発注システム、施工工程における施工計画策定支援シミュレーションソフトなど、後者はBIM/CIMなど、測量、設計、調達、施工、検査といった工程間、あるいは維持管理までを含めたライフサイクル全体の工程横断データ連携システムが挙げられる。特に今までアナログであった情報をデータ化することや、従来の煩雑な管理者業務をデジタル技術で簡便化するソリューション等が中心であり、それらによって各業務に当たる人員数や作業時間の削減等につなげている。今後もこうしたデジタル技術の活用は一層進むと考えられ、労働時間の制約の下で、より管理者の痒い所に手が届くソリューションの出現や利活用が想定される。

技能者については、すでに労働者数が減少しており、今後も一層の減少が見込まれるところ、技能者に真に求められる役割を再定義し、デジタル技術との役割分担を検討していくことが求められるであろう。この時「技能者の業務の内、デジタル技術で“代替”や“補完”ができる業務はあるか」という問いを起点に、生産性向上方策を講じることが望ましい。現在、技能者の業務を“代替”するアプローチとして、建設機械や建設現場ロボットなどの「自動化・機械化」の取り組みが盛んに行われ、試行、実用されている。ただし自動化された機械はいついかなる時も使用できる万能タイプでは決してなく、構造物や工程等で求められる役割や作業条件が大きく異なるため、むしろ一部の現場にしか適用できないものが多い。そのため自動化・機械化によって、全ての現場における技能者不足の解決にはつながらない場合があることには留意が必要である。

一方、近年注目される技術が、技能者を“補完”する人間拡張技術である。人間拡張技術は、人間の能力を補完・向上する、あるいは新たに獲得するための技術*10である。ロボティクスやセンサ、通信、AI、ハプティクスといった要素技術を駆使し、パワーアシストスーツやVR/AR/MR、アバターロボットなどのサービスが出現している。当該技術はまだ発展途上であるものの、建設現場における利用も期待される。たとえば、高齢による身体機能の低下や腰痛が発生している技能者にアバターロボットが寄り添って工具や資材を代わりに運搬するといった使い方のほか、建設機械に取り付けたカメラやハプティクスセンサ(振動や力などで人間の触覚を疑似的に再現する技術)によって過酷な現場に居なくともVRゴーグルによる360度の視覚情報とコントローラから伝わる触覚情報を基に建設機械を遠隔操作するといった使い方などが考えられる。こうした人間拡張技術は、建設現場における技能者数や業務時間の削減に寄与するのみならず、身体の制約によって働きたくても働けなくなった技能者が再び入職することや、重労働の環境で働く必要性から解放されることで職種としての魅力が高まり、外国人や女性、若手の働き手の入職につながるなど、人材不足の根本的な課題解決につながる可能性を秘めている。

今後、技能者に真に求められる役割は、デジタル技術による代替や補完が難しい役割とみられる。この役割は技術の進展によって大きく変わるものの、緻密さや繊細さが求められる作業や、時々刻々と変化する現場環境において状況に合わせて総合的に最善策を判断する業務など、豊富な経験と専門知識・スキルが必要な役割は、今後も技能者が担い続けると考えられる。全ての技能者の役割を自動化・機械化し、人材不足を解決するという方向性ではなく、技能者自身が担当する領域、デジタル技術が補完的な支援をしながら技能者が担当する領域、自動化・機械化で代替する領域といったように各現場の業務整理が求められるであろう。

管理者には労働時間の大幅な抑制、技能者には労働者不足というように、生産性向上が求められる要因が主体ごとに異なり、その要因に応じてデジタル技術の使い方は変わる。現場で活躍する主体が置かれている状況に即したデジタル技術の活用によって、建設現場における生産性が向上していき、安全でいかなる時も機能する社会インフラが持続的に創出され続ける未来に期待したい。

  1. *1国土交通省「建設投資見通し」
  2. *2一般社団法人日本建設業連合会「建設業ハンドブック2021」
  3. *3国土交通省「建設業の人材確保・育成に向けた取組を進めていきます ―国土交通省・厚生労働省の令和5年度予算概算要求の概要―」(2022年9月2日公表)
  4. *4スーパーゼネコン、準大手ゼネコン、中堅ゼネコンと呼ばれる以下の26社を対象とした。
    鹿島建設株式会社、株式会社大林組、大成建設株式会社、清水建設株式会社、株式会社竹中工務店、株式会社長谷工コーポレーション、前田建設工業株式会社、戸田建設株式会社、五洋建設株式会社、株式会社熊谷組、株式会社フジタ、三井住友建設株式会社、株式会社安藤・間、西松建設株式会社、東急建設株式会社、株式会社奥村組、株式会社鴻池組、東亜建設工業株式会社、株式会社福田組、大豊建設株式会社、東洋建設株式会社、鉄建建設株式会社、株式会社淺沼組、東鉄工業株式会社、飛島建設株式会社、株式会社錢高組
  5. *5企業情報プラットフォーム「Openwork」が公表する月間残業時間を基に、各建設会社の平均値を算出
  6. *61カ月当たりの所定労働時間を160時間、時間外労働規制適用後の残業時間を平均30時間/月(360時間/年)と仮定した場合、時間外労働規制適用後の月間総労働時間は190時間となる。一方、時間外労働規制適用前の総労働時間は月間約215時間(160時間+約55時間)と見積もられることから、今後は現在よりも約12%の労働時間の抑制が必要と試算される。
  7. *7国土交通省「建設業活動実態調査」
  8. *8総務省「労働力調査」
  9. *9国土交通省「平成30年度建設技能労働者の多能工化・働き方改革に関するアンケート調査」
  10. *10人間拡張:Augmented Human ―人間の能力を拡張する期待の技術―(みずほ情報総研レポート vol.20 2020)

西脇 雅裕(にしわき まさひろ)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 主任コンサルタント

社会基盤(建設テック、海洋テック、5G、スマートシティ)、モビリティ(海洋モビリティ、自動運転、MaaS)、デジタル(人間拡張技術、ロボット、AI、IoT)領域に関する調査研究・コンサルティングに従事。ICTインフラやITサービスの国際展開に向けた技術・市場動向調査、政策立案支援等にも携わる。

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