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社会動向レポート

魅力的な大学運営に向けた米国大学基金の資金運用モデルの活用(2/2)

コンサルティング第3部 主席コンサルタント 樋口 圭介

4.日本の大学における資金運用への応用 ②基本資産配分の策定

基本資産配分の策定までの一般的なプロセスは図表3のとおりである。

このプロセスにおいて、重要となるのは以下の2つである。


図表3 基本資産配分の策定プロセス
図表3

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成。

(1)投資対象資産の検討

日本の資金運用においては、伝統的4資産と呼ばれる国内債券・外国債券・国内株式・外国株式での分散投資が一般的であり、公的年金のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオ(基本資産配分)も伝統的4資産で構成されている。(運用の多様化として伝統的4資産の枠内でインフラストラクチャー、プライベートエクイティ、不動産投資が行われているが、2021年3月末時点での投資割合は約0.7%である。)近年は企業年金中心に伝統的4資産を減らし、ヘッジファンド等のオルタナティブを増やす傾向にあるが、その配分割合は約15%に留まっている *5

一方、米国の大学基金では、図表2で見たように、投資を行うにあたって高い専門性を求められるPE/VC、市場性オルタナティブ、実物資産(不動産等)が50%以上を占める。そのため、米国トップクラスの大学基金では投資プロフェッショナルを多く抱えているが、日本の多くの国公私立大でそのような陣容を整えることは困難と考えられる。しかし、米国大学基金のような複数資産への分散投資原則をもち、人手やスキルを多く必要としないインデックスベース(各資産の市場全体に追随)の運用を行うだけでも伝統的資産での運用実績を上回る結果を上げることが可能とのリサーチ *6もある。日本の大学における資金運用の検討においても、市場規模や投資機会、投資収益率等の各種検討を行い、幅広い投資対象資産を選定することが重要である。

(2)ダウンサイドリスクの検証

大学の資金運用において長期投資が極めて重要であり、長期投資をコミットするためにはダウンサイドリスクの検証が欠かせない。ダウンサイドリスクの検証の目的は2つあり、1つ目は資金がどの程度毀損するリスクがあるか把握することにある。大学資金運用の原資が寄附金や(私学では)授業料等であるため、損失発生時に運用を停止するという議論が起きやすい。ダウンサイドリスクの検証を行うことで、運用開始時点で、どういった事象でどの程度まで運用の原資である寄附金等が目減りする可能性があるかを把握しておく必要がある。

目的の2つ目は、リスク事象により損失が発生した場合でも、その後に想定される市場回復により、どの程度の期間で資金が元本回復するか把握することにある。図表4は、国内債券(Nomura BPI 総合)と世界株式(MSCI World(配当再投資、円ベース))で運用した場合に、リーマンショックで被った損失を回復するまでにかかった期間を計測したものである。図表4中の資産分配A(株式65%債券35%)は、2008年7月末時点で株式比率65%、債券比率35%で運用を開始した場合の資産額の推移を、2008年7月末を100として示している。資産配分B で運用した場合、リーマンショックの損失を回復するのは発生から1年半後の2010年4月であるが、資産配分Aで運用した場合は2013年1月であり、実に2年半近くの開きがある。

どのような基本資産配分とするかで上記分析結果は大きく変わるが、大学理事会等でダウンサイドリスクについて認識することは、長期投資を実践するために極めて重要である。


図表4 リーマンショックの影響の回復期間測定結果
図表4

  1. (資料)Bloomberg、野村証券、MSCI データを元にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成。分析において運用報酬は考慮せず、月次リバランスを実施している。

5.おわりに

目標収益率、基本資産配分の決定後、運用プロダクトを選定するプロセスに入る。大学の資金運用においては、自家運用により投資信託等に直接投資するか、投資一任契約を締結した委託運用を行うか等幅広い選択肢があり、運用コストを考慮の上、選定を進める必要がある。また、投資後の運用プロダクトのモニタリングも重要であり、資産運用管理委員会等の運営も必要となる。

長期的に資金運用を行い、その成果を事業運営に活用するためには、図表5中の長期分散投資ポートフォリオの構築までのプロセスを確立させ、規律だった資金運用を行っていく必要があり、手間と時間を要するように感じる方もいるかもしれない。しかし、前述の米大学基金における投資実績と支出率からは規律だった資金運用を行う意義は高く、実際、イェール大学基金(312億ドル規模)では2003年から2020年までの過去18年間で累積約344億ドル(1ドル=110円換算で約3.8兆円)の運用収益額を獲得し、約175億ドル(同約1.9兆円)の事業収支への繰り入れを行い、競争力のある魅力的な大学運営を行っている。重要な点は、運用資金の成果を事業運営に拠出しながらも、複利効果(運用で得た収益を再投資)を得ることで資金規模が増加している点である。

日本の大学の資金規模は米国の大学基金の規模と大きく異なるものの、低金利環境下、現預金・債券投資により投資の複利効果が限定されているという課題が大きい。今後大学運営においては18歳人口の減少等による事業環境の悪化が懸念される中で、資金運用は重要な課題と考えられるが、寄附金等の大切な資金だからこそ、規律だった長期的な分散投資を行う必要がある。


図表5 米国大学基金の資金運用モデルの応用プロセス
図表5

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成。

  1. *1日本私立学校振興・共済事業団が公表している「学校法人の資産運用状況」(集計結果、令和2年度)では回答のあった655の大学・短期大学・高等専門学校法人における債券比率は44%、現預金比率は45%となっている。また過去5年間の同調査の資産運用利回り(全体)は平均0.26%(年率)となっていた(過去5年の資産運用利回りは同調査よりみずほリサーチ&テクノロジーズが算出)。
  2. *2National Association of College and University Business Officer(s NACUBO)のPublic NTSE Tables 2020 NACUBO-TIAA Study of Endowment(s NTSE)Results より
  3. *3Institute of Educational Sciences, National Center of Education Statistics のPostsecondary Institution Revenues より
  4. *4NACUBO: 2015 Endowment and Debt Management Forum のEvaluating and Executing Changes to Spending Policy より
  5. *5企業年金連合会「企業年金実態調査結果と解説(2019年度)」より作成。厚生年金基金と確定給付企業年金の資産構成割合におけるヘッジファンド4.7%とその他9.7%をオルタナティブとした。
  6. *6Investing Like the Harvard and Yale Endowment Funds, Michael W. Azlen, CAIA, Ilan Zermati, 2017
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