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ビジネス最前線

変革リーダーの資質と能力に関する一考察(1/2)

コンサルティング第1部 上席主任コンサルタント 藤原 慎朗

本稿では、2021年改訂「コーポレートガバナンス・コード(以下CGコード)」で要求される「中核人材の多様性確保」に着目し、不確実な社会環境下で企業価値を高め続ける「変革リーダーシップ性」はいかにして醸成されるかを考察した。コンサルティング実例のもと、実在の変革リーダーの共通項と思われる「リーダーシップ性の資質・能力」を抽出した上、企業の中核人材(管理職)が経営を舵取りするリーダーへの成長を遂げるために有効と思われるサクセッション環境について論述する。

1.2つのサクセッションプラン

2021年6月に上場企業が行う企業統治においてガイドラインとして参照すべき原則・指針であるCGコードが改訂された。2022年4月にプライム市場へ移行するグローバル企業には「より高いガバナンス水準」が求められ、独立社外取締役3分の1以上の選任(プライム市場)、スキル・マトリクスの開示、他社での経営経験者の独立社外取締役への選任、中核人材における多様性の確保など、企業のサステナビリティに向けて、従前より一段踏み込んだ内容となっている。

改訂CGコードは、欧米を中心とした海外の機関投資家を想定する為、プライム市場へ移行する企業は独立社外取締役の導入等、「より高いガバナンス」に向かって当然動いていくと予測されている。日本全体がモニタリングモデルへ移行していくまでに時間軸として一定年数を見込む必要はあるが、この動きは波及すると思われ、日本企業では「監督機能」と「経営執行機能」の分離が漸進的にスタンダート化していくだろう。従って、経営の後継者育成計画(以下サクセッションプラン)は監督を担う「取締役」(以下ボード・サクセッション)、経営の舵取りによって企業価値を高める「経営執行役」(以下CEOサクセッション)の2つが自ずと存在することになる。


図表1 2021年改訂CG コードで示す2つサクセッションプラン
図表1

  1. (資料)株式会社東京証券取引所資料*1よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

2.改訂CGコードで着目すべき「中核人材」

ボード・サクセッションの実効性の議論において、多様化する経営環境・専門化する事業戦略を監督するだけのスキルを持った独立社外取締役の質的・量的確保維持は、日本企業にとって容易ではない。量的な側面では、2021年改訂CGコードにより今後上場企業で相当数の社外取締役(単純計算で延べ4,000人程度と試算されている*2)が必要とされており、高いスキルを保有する人材の激しい獲得競争が見込まれることや、社外取締役の候補になり得る人材マーケットが現段階では十分に整備されていない為、当面は経営陣のネットワークに頼らざるを得ないことが背景として挙げられる。また、質的な側面では、スキル・経験に加えて経営執行への建設的な批評を行えるかなどの資質面の見極め、取締役としての職責を果たしているかの検証など、練り上げたスキル・マトリクスをもとに見極め・検証プロセスと仕組みを整備することが必要となろう。

一方、本稿で筆者が着目するのはCEOサクセッションである。自社の稼ぐ力とその企業文化を持続発展させ、企業価値を高め続けるには有能な経営者が輩出され続けなくてはならない。「次世代の当社の舵取りは、誰に預けるべきか」の問いは、多くの企業の頭を悩ます経営課題であろう。日本電産の永守会長やソフトバンクグループの孫社長の後継者問題がメディアでも注目されたように、CEOサクセッションの難しさは、企業価値を高めるには強烈なリーダーが必要であって、かたやリーダーが強烈であればあるほど、後継者は輩出されにくい点にある。また、変革リーダーシップの特性を持つ人材は文部科学省*3や経済界*4でも定義され、政策的な期待が寄せられているものの、持続可能な社会構築の実現に繋がるような態度や志向性に及ぼす影響の実証研究が殆どなされていない現状*5,6もある。実際、どんなリーダーシップのどの要素が企業・組織のサステナビリティに好影響を与え、または悪影響を及ぼすのか根拠が乏しいまま、リーダーシップ待望論が展開されている。

今回のCGコード改訂では「より高いガバナンス水準」に注目が集まっているが、日本各社は後述するように構造的にリーダー輩出が不得手である為、「中核人材」からいかにリーダーを輩出するかに対し、監督機能としてのガバナンスと同等の価値をもって着目すべきである。良質な中核人材とは何か、どのように発掘するか、企業価値を高めるリーダーをいかにして輩出するか、という本質的な問いに対し、各社は明確な解を携えることを要求されている。

サクセッションプランに関する研究は、リーダーを発掘・育成するためのフレームワークとして仮説に留まっているのが現状で、現場に密着しながらマネジャーの行動を描写しようとするあまり、その背後にある原理・原則を理論として明らかにすることが不十分な領域である。それ故に、日本企業のサクセッションプランの実態を見ると、能力開発焦点が曖昧で運営プロセスも形式的な企業は少なくない。そこで本稿では、「変革リーダーの資質・能力とは何か」を管理者行動研究結果や、弊社のコンサルティング実例をもとに整理し、共通項と思われる資質・能力を抽出した上で、CEOサクセッションの実践的展開に資する「日本企業が整えるべきサクセッション環境」を考察していきたい。


3.マネジャーの延長線上に経営者は育たない

端的に言えば、特に日本においてリーダーシップの能力開発は難しい。この理由は日本固有の人事システムにある。日本においては、マネジメント力を特に醸成する仕組みが多く採用されている。工業化とともに発展してきた人事制度の歴史上、高度成長と共に発展・成熟した経緯があり、

  1. (1)設備へ経営資源を投入し大量の物量と品質をコントロールする組織命題
  2. (2)人材配置と管理統制
  3. (3)マネジメント優位の人事システム
  4. の三者が長年フィットしてきたと思われる。

    経験が人の能力開発の70%を占める*7ことは、多くの経営者が知るところであるが、良く与えられる経験の1つに「部下育成」経験が挙げられるだろう。経験学習理論でいうと、部下育成の量が多ければ多いほどマネジメント経験量は得られ、基礎力が高まる一方、変革・部門連携(共創)の経験量が減少する傾向が指摘されている*8

    現在の日本の産業は成熟期にあり、変革を求めつつも平時の動きは足元業績に関心が寄っている。利益を論じれば「コストの多寡」、生産性を論じれば「労働時間の長短」といった問題に着眼し、原因と対策をより精緻に行うことで仕事を細かく分解して分業することが、組織をマネジメントによって統制する方向に一層拍車をかけている。また、昨今のジョブ型人事と対比されるように、日本の人事システムはメンバーシップ型であり、データから見てもCEO平均年齢は62才・執行役員登用年齢は58才と欧米に比べてそれぞれ6.3才・4才遅く*9、マネジメントとしての仕事で相対的に評価された人材が出世していく。役員はマネジャーの延長線上にあり、冒頭に述べた経営人材像には確率的に仕上がりにくい構造という点は直視しなければならない事実だろう。

    CEO候補人材が育たないからといって、経営の舵取りとは、全てを外部人材に頼る類のものではない。経営のサステナビリティとは単に社会・市場の動きに呼応するだけでなく、その企業固有の精神・文化の承継も含まれるためである。故に、CEOサクセッションでは「経営人材の内部輩出が理念の根底に流れていること」が重要で、現在はこの実効性が問われている。

    1. (1)後継候補者(以下サクセッサー)の発掘
    2. (2)サクセッサーへの経験の与え方
    3. 一般的にサクセッションプランの成否の要諦と言われるこの2点に、日本企業ではどのようにして実効性をもたらすことができるのであろうか。以降、主に以下企業の実例をもとに実効性に資する共通項を探っていきたい

      左右スクロールで表全体を閲覧できます

      ■参考とした弊社コンサルティング先企業
      A 社 5,000名規模の人材派遣業(非オーナー系)
      B 社 300名規模の製造業(非オーナー系)
      C 社 4,000名規模の卸売業(オーナー系)
      D 社 200名規模の製造業(オーナー系)

4.変革リーダーの共通項として考えられる2つの資質

まずサクセッサーの発掘において、目を向けるべきは「資質」と筆者は考える。資質は本質的に変化が難しい人間の特性であることから、若年層から目をかけて発掘することが理想ではある。しかし、サクセッサーの対象を改訂CGコードでいう「中核人材(管理職)」とする場合は、サクセッサーへのヒアリングを通じて、

  1. (1)仕事に取り組む本質的な動機
  2. (2)誰から何を学んだか
  3. (3)エポックメイキングな出来事は何で、なぜそう感じたのか
  4. こういったバックグラウンドを捉えて個々のサクセッサーに内在する「資質」を見極めることが大切になる。弊社がコンサルティングを通じて観察した経営トップの共通項として考えられる、2つの資質を紹介したい。1つ目は「使命感」。2つ目は「自己愛性」である。

    弊社が接した、創業あるいは業容を拡大した経営者は、キャリアの若年段階、具体的には22才~25才には「社長になる」「経営をする」という明確なビジョンと使命感を持っていたという。創業オーナーは当然のことと思われるが、興味深いのは非オーナー系でも同様であったことである。非オーナー系A社長は、そのために与えられた業務遂行の傍ら、上司となる当時の社長と行動を共にし、読む本を全て読破し、会話・指摘の裏側にある意図や見えている世界を徹底的に理解しようと努力したという。こういうマインドを持った若者は、他の若者と同じ仕事を与えられても着眼や学び方が全く異なることは自明であろう。経験学習理論でもこのA社長の資質と行動の優位性は、他社の研究調査によって証明されている。若い段階(27才までが理想)で経営哲学に触れる経験・経営層のそばで変革に関わった経験を持つマネジャーは、それ以外のマネジャー(部下育成の量を積んで上に上がった人材)よりも革新性コンピテンシーに優位なデータが出ている*10

    2つ目の自己愛性は、

    心理学分野においてマキャベリズム・サイコパシーと並ぶDark Triad(社会生活上望ましくない3つの性格特性)の1つ

    とされており、利己的な行動は一見して企業文化の継承に有効な「利他性」と真逆に位置する資質と捉えられがちだ。現に、集団行動を阻害する人材は出世競争の中では後れをとるケースも少なくない。しかしながら、リーダーには一定の自己愛性は必要で、弊社が出会った業容を拡大した経営者(A・B・C・D社長)も、押並べて自己のビジョンに正直であり、周囲からの声を伺うと「利己的で強引な側面」が表出する一方、その強引さが本人の魅力の一側面として認識されていた。B社長の周囲に深く話を伺うと、本人が本来保有する性格特性のみで周囲と接するのではなく、「場面によっては温かみや苦悩も含めた人間的な側面も周囲に示しており、これが部下を魅了する」とのこと。ある研究では、本人が本質的にDark Triadの1つを有していても、トップとなったときは「単に目立ちたい欲求」や「利他的に振舞うことで利己的な欲求を満たす」ことが真に利己的な行動を抑制する傾向を示すことが指摘*11されており、社会生活とビジネス上の性格特性は一線を引いて検討すべき価値ではないかと考える。

    資質の発掘方法は、欧米で広く採用されている外部機関によるアセスメント方式が有効だ。各部門が選定したサクセッサーリストをもとにバックグラウンドインタビューをかけるのもよいし、対象となる階層を集めて研修名目でワークを通じたセンターアセスメントを行うことでもよい。重要なのは、着目すべき有効な資質にターゲットを絞り、客観的な目を発掘プロセスに組み込むことにある。

  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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