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社会動向レポート

SBTiによる新基準開発

企業に求められるネットゼロ目標とは?(3/3)

環境エネルギー第2部 主任コンサルタント 森 史也

4.おわりに ネットゼロの行方

ここまで、企業にとってのネットゼロ宣言の重要性や論点、そして今後影響力を持つ可能性のあるSBTiによるネットゼロ基準の概説を行った。ネットゼロ宣言を行い、実現に挑むことは、企業が脱炭素化時代を生き抜く上で非常な重要な取組みである。しかし他方、その統一的な基準としてSBTiの提起したネットゼロ基準は、非常に厳しいものであることが確認された。

では、SBTiのネットゼロ基準は普及するだろうか。筆者は先行して世に送り出された「SBT」と同様に、SBTiの基準がネットゼロのデファクトスタンダードとなる可能性は高いと考える。「SBT」も、当初は基準の厳しさに対する批判もあったが、今日では全世界で2,600社以上が目標設定に関与し、1,200社以上が認定を受けるまでの普及をみせた*12。企業側の事情に合わせて基準を緩和しなかったことで、SBTに対する信頼度・ブランド価値がむしろ上がったとの声もきく。基準の厳しさは、必ずしも普及の阻害とはならない。

しかも、SBTiの基準を満たしたネットゼロ認定企業は、2022年3月時点で既に7社存在し、そこには世界最大規模のセメントメーカーHolcimも名を連ねている。多排出産業からもSBTiのネットゼロ基準に叶う削減目標を設定することを選ぶ企業が登場しているのだ。

また、SBTiのネットゼロ基準において、直近に取組むのはNear-term SBTであり、その削減水準は、既に存在する1.5℃水準のSBTやwell-below2℃(2℃を十分下回る)水準のSBTと変わらない点にも注意が必要だ。ネットゼロ基準として追加されたLong-term SBTやニュートラル化に挑むことになるのは10年以上先である。現状では商業化されていない削減技術や除去技術が社会実装され、企業にとって取り得る手段が増える状況も想定されるのだ。この可能性に賭けることができると考える企業が多ければ、SBTiのネットゼロ基準があっさりと普及し支配的な存在となる未来もあり得るだろう。

もちろん、SBTiの基準に準拠したネットゼロ目標の設定が正解と断言することはできない。本稿では、企業のネットゼロ宣言が、各国政府の脱炭素政策に対応したビジネスモデル変革の契機や、この新たな事業環境下で成長する企業を選定したい投資家・金融機関へのシグナルとなる可能性を指摘した。しかし、各国政府の政策がSBTiの基準と整合するとは限らない。また、投資家・金融機関も企業のネットゼロ対応力を測る際に独自の基準を用いる動きも出ている。SBTiのネットゼロ基準への準拠が唯一の解とは言い切れない。

ただし、企業が独自の基準でネットゼロの宣言や実現に向けた取組を推進する道を選んだ場合にも、SBTiのネットゼロ基準が参考となることは間違い無い。対象とすべき排出量の範囲や、ニュートラル化に頼らず実現する削減の度合い、そしてニュートラル化に使用できる手段等について、自社本意で安易な条件を設定し、それが外部の期待と大きく乖離したものとなれればどうなるか。ビジネスモデルの変革や投資家・金融機関からの評価・選定に役立たないものとなれば、せっかくのネットゼロ宣言と取組みが無意味なものとなってしまう。

準拠するかどうかの最終判断は一旦横に置き、まずはSBTiのネットゼロ基準の内容把握と自社への適用検討から行うべきであろう。緻密な検討を行うことでこそ、取り得る策は見えてくる。本稿がその入り口となれば幸いである。

  1. *1経済産業省、第9回 世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会(2021年12月24日)
  2. *2Science based targetsの略。気候科学に基づくGHG排出量削減目標を意味し、パリ協定が掲げた2℃目標や1.5℃目標を、企業レベルの削減目標に落とし込んだもの。気候変動枠組条約締約国会議(COP)の公認は受けていないものの、ESG投融資の世界では、企業レベルでのパリ協定に整合した削減目標として広く受け入れられている。
  3. *3CDP、WRI、WWF、国連グローバルコンパクトにより共同運営
  4. *4IPCCSixth Assessment Report WG1より。
  5. *5BECCS:CO2回収、貯留(CCS)付きバイオマス発電
  6. *6DACCS:大気中CO2の直接回収・貯留
  7. *7投資家・金融機関による投融資に伴うGHG排出量の実質ゼロ化の宣言については、氣仙佳奈の「金融の脱炭素化―イニシアチブ整理を通じた企業への影響の考察―」をご参照いただきたい。
  8. *8削減貢献量は、従来使用されていた製品・サービスを、同じ機能の自社製品・サービスで代替することによる、サプライチェーン上で排出を回避した「削減量」を定量化する考え方。
  9. *9SBTの詳細を知りたい方は、環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBTについて」を参照いただきたい。
  10. *10温度上昇をある一定のレベルに抑えるためには大気中のCO2濃度を一定の数値まで留める必要がある。オーバーシュートは一時的に温度上昇(ここでは1.5℃)に抑えるCO2濃度の閾値を超えて排出する行為。
  11. *11スコープ3排出量は、サプライヤー等のバリューチェーン上の取引先のスコープ1・2排出量の集合体であり、削減を進めるには取引先に対する働きかけ(エンゲージメント)が必要となり、成果を得るまでには多くのステップや時間を要する。詳しくは、西脇真喜子「脱炭素社会の実現と自社の成長につなげるサプライヤー協働」(みずほリサーチ&テクノロジーズ コンサルティングレポートvol.2 2022)をご参照いただきたい。
  12. *12 SBTiウェブサイトの2022年3月時点の開示データより
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