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関係人口創出のポイントは訪問者と地域をつなぐ「架け橋」の存在

COVID-19を受けて変化する地方創生の新たな展開

2022年2月
みずほリサーチ&テクノロジーズ コンサルティング第2部 田端 慎吾

1. 観光振興主体による地方創生の課題

「地方創生」という言葉は、2014年11月の「まち・ひと・しごと創生法」の施行を契機として世の中に広く浸透した。止まらぬ地方圏の過疎化に歯止めをかけ、東京一極集中を緩和する手段として、政府は地方創生を実現するための施策を推進してきた。地方創生とは、大まかにいえば、多くの人々がその地域を訪れ、あるいはその地域に住む人々が増えることで、地域経済が活性化し、活力あふれる地域を形成していくことであるが、その柱として多くの地域で注目されてきたのが観光振興であった。

地域にとっての訪問者は、その人が当該地域に抱く意識の強さによって、交流人口(旅行者)、関係人口(リピーター、ファン)、さらにその先に移住を経た定住人口に区分することができる。地方創生への寄与度でいえば、交流人口よりも関係人口を、関係人口よりも定住人口を拡大したほうが大きくなる。


関係人口の位置付け
図表1

  1. (資料)総務省「関係人口ポータルサイト」より作成

人口減少が続く地方圏では、地域資源を活用して観光の魅力を打ち出すことで交流人口を拡大し、ひいては関係人口・定住人口の拡大へとつなげていこうとする取り組みがこれまで多く見られた。しかし大多数の地域では交流人口からその先の関係人口・定住人口の拡大へと続かず、結果として、2015年以降も地方圏*1から三大都市圏*2(東京圏、名古屋圏、大阪圏)への人口流出が続いた。特に観光資源の少ない地域においては地方創生の新たな施策や考え方が求められている。

2. 新型コロナウイルスによる転換

そのような中、2020年以降の新型コロナウイルスの感染拡大によって、人々の生活様式は大きく変化した。デジタルの浸透によりライフスタイルの自由度が増し、住む場所と仕事場に必ずしも近接性を求めない働き手が増加したことや、大学等の教育現場でオンラインの活用が急速に広がったこと、また感染確率の高い都市部を避けて生活するニーズの高まりなどを背景に、長らく転入超過が続いてきた東京圏でも、2020年7月にはじめて*3転出超過となった。今後地方で働くことを検討している都市部居住者が全体の約7割というデータもある*4など、都市部に住む人の多拠点居住*5を含む地方での暮らしへの希望が増加してきている*6

地方へ移住してみたいという層が実際に移住先を絞り込むにあたっては、従来の観光では体験できない地域のローカルな体験や情報、そして地域の人々との交流が必須となる。例えば、地域イベント・ボランティアに参加したり、同じ嗜好を持つ地域の人々と交流するなかで、学校・病院など実際に生活する際に必要なリアルな情報を得られたり、自分とその地域との「関わりしろ」を実感することができる。移住を決める際には、こうした地域における移住者へのサポート体制を感じられるか等が重要となる。そのため、従来型の観光を契機とした地方創生から、移住のニーズに的確に応える工夫をし、移住の手前の関係性としての関係人口(地域とのつながり)の創出・拡大を念頭においた地方創生へと、新たな展開を図ることが重要となろう。

次項にて、移住希望者の増加を機会と捉え、人と地域の「つながり」を創出することで、関係人口とその先の定住人口の拡大を目指す長野県での取り組みを紹介したい。

3. 人と人とのつながりの強化による関係人口創出

長野県は避暑やウインタースポーツの観光地として有名であるが、近年は軽井沢などの一部エリアを除き地域の活力は衰退してきている。定住人口を拡大するためには、観光資源やイベントに頼らない持続的な関係人口の創出が重要となる。コロナ禍で弱まった「人と人とのつながり」への需要が高まる中、訪問者(ゲスト)と地域コミュニティの「架け橋」となり、地域への誘引力強化を目指すのが、世界最大級の旅行コミュニティプラットフォームであるAirbnbの日本法人・Airbnb Japan株式会社(エアビーアンドビー、以下「Airbnb」)の取り組みである。

同社は2021年5月に、長野県内の関係人口と新たな観光需要の創出を推進することを目的として、県内の観光振興を手掛ける一般社団法人長野県観光機構とパートナーシップを締結し、辰野町を起点に南側に広がる伊那谷エリアを取り組みエリアの1つとして、関係人口を増加させるためのプロジェクトを開始した。

その後、2021年9月に県内の辰野町ともパートナーシップを締結し、『暮らすように旅をする』をコンセプトに、町の課題である人口減少に対して、企業誘致や空き家対策に関する取り組みを展開している。具体的には「たつのWORK TRIP*7」との協業による企業のお試し移転やワーケーションの推進、また、辰野町の空き家バンクと連携した空き家・古民家などのリノベーションの推進*8などが挙げられる。辰野町によるこれらの補助制度への利用申込はすでに予定件数に達しているという。


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たつの宿泊施設開業補助金の概要と採択団体
制度の概要
  • 辰野町への移住定住や企業誘致の促進並びに関係人口創出の推進を図るため、Airbnb に登録し、暮らすように旅する機会を提供する事業(町内に宿泊施設を開業)を支援
予算・採択数
  • 1者30万円・予算上限90万円(3組)
採択団体
  • 二拠点シェアハウス川島(仮)/ MoonBase株式会社
  • 一屋(はじまりや)/ O to &
  • 古民家シェア&ゲストハウスおいと間 / 間(あわい)

(出所)辰野町ウェブサイトより作成


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たつのWORKTRIP補助金の概要と採択団体
制度の概要
  • 辰野町外の方にAirbnbの宿を利用して暮らすように旅をするための費用(宿泊代、町内コワーキング利用料、二次交通費)を支援
予算・採択数
  • 1組30万円・予算上限120万円(4組)
採択団体
  • 株式会社dot
  • 株式会社ファーストアイデアジャパン
  • みなものふたり
  • 地域活性化コミュニティ Rural Labo

(出所)辰野町ウェブサイトより作成


Airbnbは、辰野町と同じ「伊那谷エリア」に位置する飯田市及び南信州観光公社とも、地域の空き家等と移住者を結び付けるための仕掛け作りを進めていく方針としている*9

Airbnbにおける本取り組みの責任者である谷口紀泰氏は、関係人口創出を目指す現在の取り組み内容および今後の展開等について次のように語っている。

近年、世界中のAirbnbのゲストの間では、テクノロジーの進化や生活観の変化によって「Live Anywhere(好きなところで暮らし、仕事をする)」という傾向が強くみられるようになっており、Airbnbでは2022年は世界的にその傾向が本格化すると考えています。各自治体やDMOと相互連携をすることで、Airbnbの仕組みを通じて、多様な人材交流を創造する「関係人口」の拡大や魅力溢れるまちづくりに貢献し、さまざまな場所で暮らしながら仕事をする人を応援することが可能となります。ホームシェアリングのリーダーである当社の取り組みが、地域経済への貢献や社会課題の解決の一助になると考え、本取り組みを推進しています。

具体的には、昨年5月の長野県観光機構との連携から、地域での具体的な取り組みを開始しました。取り組みエリアの1つである辰野町と昨年9月に連携し、「たつのWORK TRIP」という企業誘致プロジェクトの共同開催や、空き家改修のプロジェクトを開始し、主にZ世代を中心に関係人口を創出しております。また、リニア開通後を見据えた飯田市でのまちづくりを、農家ステイ・空き家等の活用を通じて、飯田市、南信州観光公社と連携して進めております。

ホストとゲストをつなぎ、地域の人を巻き込んでいくことで新たな旅行のあり方を提案することが、Airbnbの役割であり、最終的にはガスや水道のような欠かせないインフラのような存在になりたいと強く願っています。そのためにも「新しい旅行のあり方やライフスタイル」の先進的な成功事例を地域の方々と一緒につくり、最終的に他のエリアへの当社の貢献を広げていき、ホームシェアリングによって新しい人の流れを作ることで地域経済を活性化させていきたいと考えています。

谷口 紀泰 氏
Airbnb Japan株式会社ホームシェアリング事業統括本部事業開発部 部長(パブリックセクター担当) 兼 営業部 部長

また、今後も引き続き関係人口を増加させ、共に地域を創る共創人口を拡大していくことで、持続可能な地方創生の実現を目指す辰野町の野澤隆生氏は、取り組みの位置付けや想定される効果等について次のように説明する。

辰野町は、蛍舞う豊かな自然環境、まちから里山が近いコンパクト感、ヒトコトモノのネットワーク、空き家等の豊かな余白などの資源があります。そういった辰野町の魅力に惹かれ、様々なジャンルの能動的に面白いことをやりたいプレーヤーが集まってきています。その中で、町民と訪れる人々が様々なシーンでふれあい、「暮らすと観光が溶け合う」と感じるケースが増えてきています。アフターコロナを見据えて、辰野町と「暮らすように旅をする」をコンセプトとしたAirbnbの方向性は、非常に合致していると思います。今回の連携は大きな後押しとなり、今後の具体的な取り組みによって地域にさらに光を与えてくれると考えています。

辰野町は、2015年から関係人口・移住人口増加に取り組んでおり、毎年80名から100名が辰野町に移住されています。空き家DIY改修イベント事業の効果もあり、空き家バンクの成約率は80%となっています。その取り組みの中で、大事にしているポイントが3点あります。

  • 1点目は、ミスマッチを起こさないように、地域のありのままの現状をしっかりお伝えすること
  • 2点目は、年代、地域内外、趣味嗜好等の関わりしろを作り、地域のヒトコトモノをマッチングすること
  • 3点目は、地域内外の間に立ち、双方の翻訳者となること

実は、この大事にしているポイントは、Airbnbのホストさんが全てフォローされています。Airbnbのホストさんは、「観光案内所」「関係人口案内所」「移住案内所」など多彩な役割を担っています。辰野町のハブであるAirbnbの宿に宿泊した方は、能動的で面白いことをやっている100名のネットワークに繋がれるのです。Airbnbとの協定により、共創パートナーとして連携し、今後も引き続き関係人口を増やすとともに、共に地域を創る共創人口を増やすことが、地域の持続可能な手段だと考えており、関係人口・共創人口増加を推進してまいります。

地域が競争し移住者を取り合うのは、日本全体で人口が減っている中、誰も幸せにしません。地域に上下はなく、多彩な色に溢れています。人が自分の好きな色を選べるようにしてあげることが、日本全体で多様性を抱擁し、みんなが幸せになれる手段だと信じています。

野澤 隆生 氏
辰野町 産業振興課 商工振興係長 兼 企業支援係長 兼 地籍調査係長

4.訪問者と地域をつなぐ「架け橋」の必要性

本事例のポイントとして、①地域のコミュニティとのつながりを強化することで訪問者(ゲスト)の受入体制を整備すること、②新たな開発ではなく既存施設等の有効活用による自主的かつ持続的な発展を目指していることが挙げられる。これらの実現には、自治体と連携の上、訪問者(ゲスト)と地域コミュニティの架け橋を担う存在が重要であり、本件では宿泊施設運営者等のホストをハブとしてそれを実現したのである。辰野町には必ずしも大型の観光資源が存在するわけではないが、既存の施設や住宅、空き家等を有効に活用し、旅行と移住の間、働くと移住の間をつなぐ取り組みにより関係人口創出や移住促進で継続的に結果を出している地域といえる。関係人口創出ならびにその先の共創人口創出を目指す本取り組みの今後の展開に注目したい。

5. おわりに

With/Afterコロナで人々の意識や行動の変化がみられるなか、全国的に地方創生の戦略を見直す必要性が高まっている。コロナ禍で弱まった「人と人とのつながり」を重視することで、関係人口を創出・拡大して地方創生を実現する地域が増えていくことに期待したい。

  1. *1東京圏、関西圏、名古屋圏の三大都市圏以外の地域における県庁所在市や、人口が概ね30万人以上の都市である地方中核都市と社会的、経済的に一体性を有する地域を指す。
  2. *2東京都を中心とする東京圏、大阪府を中心とする関西圏、名古屋市を中心とする名古屋圏の総称。
  3. *3総務省統計局によると外国人を含む移動者の集計を開始した2013年以降、東京圏の単月として初めて転出超過となった。
  4. *4株式会社リクルートキャリア「新型コロナウイルス禍での仕事に関するアンケート」、調査時期:2020年8月7日~10日、調査対象:全国の20~60代の回答者のうち、東京・神奈川・大阪在住者かつ転職意向ありと回答した者(n=225)
  5. *5国土交通省では二拠点居住を「都市住民が本人や家族のニーズ等に応じて、多様なライフスタイルを実現するための手段の一つとして、農山漁村等の同一地域において、中長期、定期的・反復的に滞在すること等により、当該地域社会と一定の関係を持ちつつ、都市の住居に加えた生活拠点を持つこと」と定義している。多拠点居住はこれを複数の地域に拡大したもの。
  6. *6例として、内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2020年)や、国土交通省「二地域居住」に対する都市住民アンケート調査結果と「二地域居住人口」の現状推計及び将来イメージについて、NHK「新生活の新しい選択肢?“多拠点生活”」(2021年3月)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「移住の決め手はコロナ前後で変化したか?自然環境は移住の決め手になりうるか?」(2021年8月4日)等がある。
  7. *7多様な人・モノ・コトに溢れる辰野町へのワーケーションを通じて、新たな働き方などを創造するプロジェクト
    https://www.tatsuno-job.jp/worktrip/
  8. *8「たつの宿泊施設開業補助金」は、より充実した宿泊施設開業のための準備資金として活用されることを目的として、辰野町が実施主体となり、審査、採択及び交付を行う補助金である。
  9. *9Airbnbプレスリリース:「関係人口」創出と持続可能で魅力溢れるまちづくりを目的に 飯田市、南信州観光公社、Airbnb Japanがパートナーシップを締結(2021年11月16日)
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