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大規模イベントとの連動とツアーホストのモチベーション強化が成功のカギに

DXを活用したバーチャルツアーを呼び水とする旅行意向の喚起

2022年3月
みずほリサーチ&テクノロジーズ コンサルティング第2部 斉藤 智美

1. コロナ禍におけるバーチャルツアーへの注目の高まり

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、国内外での移動が制限されたことから、旅行業界は大きなダメージを受けた。訪日外国人客数は、各国政府間で入国が規制されたことにより、2019年の3188万人から、2020年は412万人と前年比87.1%減となった*1。国内宿泊旅行者数(延べ宿泊日数)は2019年の5億9592万人泊から、2020年は3億3165万人泊へと同44.3%減となった*2

そのような中、オンライン技術を活用した、ライブ映像や動画による観光(以下、バーチャルツアー)への注目が高まった。2020年4月に大手旅行会社エイチ・アイ・エスがバーチャルツアーを開始したことを皮切りに、旅行事業者や交通事業者、地方自治体など様々な事業者・団体がバーチャルツアーを開催している。総務省の調査によると、1回目の緊急事態宣言時にバーチャルツアーを利用した人は4.3%であったが、16.6%が今後利用したいと答えていた*3。また、エイチ・アイ・エスは2021年10月までに、バーチャルツアーの体験者数が15万人を突破したと発表していることからも*4、バーチャルツアーには一定の需要が存在していることが確認できる。

2. バーチャルツアーによる旅行意向の喚起

消費者は、どのような目的でバーチャルツアーに参加するのだろうか。トラベルズー・ジャパンの調査*5によると、目的として真っ先に想定される「リアルな旅行の代替として」は34.9%と約3分の1に留まり、「将来の旅行の情報収集」が65.1%、「オンラインツアー(バーチャルツアー)自体への興味」が43.0%と上位に挙げられている。


オンラインツアーの参加目的
図表1

  1. (出所)トラベルズー・ジャパン株式会社「オンラインツアー実態調査」(2021年6月)より作成

一方で、バーチャルツアーへの参加によって、現地への旅行意向が高まっているという調査結果もある。JTB総合研究所の調査*6によると、バーチャルツアー参加後に、特に現地への訪問意向が高まらなかったと答えた参加者は4.6%に留まり、95%以上の参加者が、バーチャルツアーの参加により現地への旅行意向が高まっている。旅行意向が高まった背景としては、「前から興味があったので実際に行きたい」という回答に加えて、「オンラインツアーで案内された場所を実際に見に行きたい」「現地でしか味わえない食事などを食べに行きたい」「現地の人と交流して楽しかったので実際に会いに行きたい」「知らなかった魅力に気づいたので行ってみたい」という回答がいずれも2割超となっている。このことから、「現地ならでは」の魅力・体験を潜在的旅行者に対して発信することが、現地への旅行意向を高めるための鍵となっているものと考えられる。


オンラインツアー参加後の現地への旅行意向
図表2

  1. (出所)株式会社JTB総合研究所「コロナ禍におけるこれからの日本人の海外旅行意識調査」(2021年2月)より作成

以上をまとめると、旅行の候補先となっていなくても、それ自体への関心からバーチャルツアーに参加する消費者が4割程度存在し、バーチャルツアーで現地ならではの魅力・体験を伝えることで、現地への旅行意向を高める呼び水としての効果が期待できる。

また、旅行意向がなくとも特定地域への関心が高まるきっかけとして、大規模イベントの開催が挙げられる。大規模イベントと連動してバーチャルツアーを開催することで、現地への旅行意向を大きく高められるのではないかと考えられる。その事例として東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020)の都市ボランティアであるCity Castによるバーチャルツアーを採り上げたい。


3. City Castの新たな活動機会としてのバーチャルツアー開催

東京2020では、競技会場周辺における観客への交通・観光案内や運営サポートを担うCity Castが募集されていた。東京都や競技会場が所在する自治体が募集・運営しており、東京都で3万人、その他地域で1万5000人が募集された。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って海外からの観客受け入れを見送ったことにより、City Castの活動日数が減少することとなった。そのため、City Castの新しい活動機会として、海外居住者に向けてオンラインで観光案内をする企画が立ち上げられた。

本取り組みは、City Castの募集・運営を支援する一般財団法人日本財団ボランティアサポートセンター(以下、ボラサポ)と、世界最大級の旅行コミュニティプラットフォームを手掛けるAirbnbの日本法人であるAirbnb Japan株式会社(以下、Airbnb)の協力で行われた。ボラサポはCity Castへのバーチャルツアーのホストとしての参加募集を担い、Airbnbは、自社のプラットフォーム上で提供している「オンライン体験」の1つとしてツアーのゲスト募集を担った。

2021年4月に企画立案を開始し、2021年5月後半にCity Cast向けの案内・募集を開始した。バーチャルツアーのホストとして、東京都、宮城県、福島県、茨城県、埼玉県、千葉県、静岡県と、神奈川県の横浜、藤沢両市の計9自治体から89人の参加があった。

バーチャルツアーは、東京2020開催期間中の2021年7月24日~9月4日に実施され、20グループのツアーが累計約80回開催された。ツアーは国内外から多くの関心を集め、全体で約700人が参加し*7、うち約3割が国内参加者であった。Airbnbのサイトに寄せられた参加レビューでは「将来、訪問するのが楽しみだ」というコメントが複数見られ、国内外の多くのゲストに対して、リアルな旅行の需要を喚起できたと言えよう。

また、ホスト側の満足度も高く、ボラサポによるホストへのアンケートでは79%が満足、18%がやや満足との回答があり、今後もバーチャルツアーを開催したいと答えた人は75%にのぼった。実際に、一部のホストはバーチャルツアー実施後もそれぞれの地域で活動を続けており、地域の観光協会と連携したバーチャルツアーや、学生向けに英語で地域を紹介する活動などが行われている模様である。

4.参加者と地域をつなぐ「架け橋」の重要性

本取り組みでは、非常に幅広い国から多くのゲストの参加が得られた。そもそもの訪問意向も高かっただけでなく、ホストがモチベーション高く取り組むことができ、ホスト側の満足度も高かった点も注目すべきポイントであり、相乗効果で成功に結び付いたものと考えられる。

ホストは東京2020ボランティアの応募者であり、「ゲストに喜んでもらいたい」、「地元を知ってもらいたい」といったモチベーションの高い人々であった。しかし、オンラインでの観光案内には不慣れな人もおり、不安や負担も大きかったと推測される。これに対し、運営側であるボラサポ、Airbnbは、企画立案サポートの実施、地域ごとにグループ化するといった工夫を行うことで、ホストの不安を解消し、モチベーションを高く保つことに成功した。

1点目の企画立案サポートは、具体的には、City Castを通したツアーホストへの応募後、バーチャルツアー実施までの間に企画策定ノウハウや別地域における企画案の共有などを含む準備セミナーを運営側が実施すると共に、何度もリハーサルを行っていた。

2点目の地域毎でのグループ化については、バーチャルツアーのホストは個人での応募が多かったため、運営側で自治体単位でのグループを作成した。同一グループの仲間として支え合うことで孤独感を減らし、グループ内で各自の得意分野に合わせた役割分担を行うことで負担を軽減できた。例えば、英語が得意、電子機器の取り扱いに長けている、プレゼンテーション資料の作成が得意、といった形でお互いの得意不得意を補い合うことで、自身の得意分野を活かすことができたという充足感にも繋がったと考えられる。

これらの工夫の結果、宮城県東松島では復興「ありがとう」ツアーとして観光名所と共に東日本大震災の震災遺構を紹介したり、東京ではパラリンピックマラソンのコース上にある地理、歴史、パワースポットなどを元地理教諭が紹介したりといった、各所に工夫を凝らしたツアーが作り上げられた。

さらに、内容をブラッシュアップする工夫として、ゲストの反応を見ながら、内容や開催時間帯を試行錯誤し、その成功事例を共有したことが挙げられる。期間中の中間報告で各グループの実施結果や課題の共有を行ったほか、Tips集として好事例を共有したという。試行錯誤によって、ゲストの反応が良くなることも、ホストの充足感に繋がったと考えられる。加えて、リハーサル時などにホストが積極的に他のグループのツアーに参加し、お互い学び合う機会も設けられていた。離れた場所のツアーを見学することができるというのも、バーチャルツアーの特性を活かした工夫であると言えよう。

このように、お互い切磋琢磨することで、ツアーの内容もブラッシュアップされ、ホストの充足感に繋がると共に、ゲストの満足度向上にも繋がったと考えられる。

一方、多くの国からゲストが参加し、満足度も高かった背景には、無料であったこともあるが、加えて、東京2020という、国際的に注目度の高いイベントであったことが大きいと考えられる。来日を予定していた人のみならず、訪日の予定はないものの、東京2020を機に日本に関心を持った人も、バーチャルツアーへの参加をきっかけに、日本への旅行意向が高まったものと推測される。すなわち、イベントをきっかけとした地域への「関心」が、バーチャルツアーへの参加により、ホストからの「現地ならでは」の案内やホストとの交流を通じて「実際に訪問したい」という段階まで高められることができたのではないだろうか。これはまさに、「ゲストが心のつながりと共に世界を体験する」というAirbnbが提供している価値とも整合していると言えよう。

バーチャルツアーは、ホストとのコミュニケーションを通じてゲストの地域への「関心」を「旅行意向」にまで高めることに繋がるが、そのためには、ツアーホストの不安を解消し、モチベーションを高く保つことが重要である。イベントによって人々の開催地への「関心」が高まることを機に地域へ観光客を呼び寄せたい自治体や観光協会などにおいては、本事例のポイントとして挙げた、①ホストの企画立案を支援すること、②ホストの不安を解消できるような仕組みを作ることといった支援を行うことが有効であると言えよう。

5. おわりに

新型コロナウイルスの感染拡大も2年を超え、外出や旅行が制限される日々が続いている。その期間に開催を予定されていた様々なイベントも中止または規模が縮小されるなど、期待していた旅行需要が見込めず、肩を落としている地域も多いと推測される。しかし、実際の入場者数が制限されたとしても、イベントと連動して、空間の隔たりを埋めるDXを活用したバーチャルツアーを行うことで、イベントへの関心を将来的な旅行意向へと高められるのではないだろうか。

加えて、今後も大阪・関西万博をはじめとする国際的に注目度の高いイベントが予定されているほか、札幌雪祭りなどの人気のアニュアルイベントも多数存在する。このような比較的希望の大きいイベントにおいては、バーチャルツアーを呼び水とした旅行意向の喚起が有効に機能するものと考えられる。

移動が制限されている今だからこそ、地域は、イベントと連動したバーチャルツアーを開催することで、バーチャルツアー企画のノウハウを蓄積しつつ、コロナ収束後のゲストの旅行意向を喚起していくことが重要ではないだろうか。

  1. *1日本政府観光局「日本の観光統計データ」
  2. *2観光庁「宿泊旅行統計調査」
  3. *3総務省「ウィズコロナにおけるデジタル活用の実態と利用者意識の変化に関する調査研究」
  4. *4エイチ・アイ・エスプレスリリース:HISオンライン体験ツアー体験者数15万人突破
  5. *5オンラインメディア「Travelzoo」を運営するトラベルズー・ジャパン株式会社による「オンラインツアー実態調査」(調査期間:2021年6月24日(木)~6月27日(日)、調査対象:日本国内のトラベルズー会員、調査方法:Webアンケート調査、有効回答数:644件)
  6. *6株式会社JTB総合研究所「コロナ禍におけるこれからの日本人の海外旅行意識調査」(調査期間:2021年2月4日(木)~2月7日(日)、調査対象:<予備調査>全国15歳以上の男女 12,142名、<本調査>スクリーニング調査回答者のうち、2017~2020年の間に海外旅行に行った人 (ビジネス目的も含む) 2,187名、調査方法:Webアンケート調査
  7. *7 日刊スポーツ「オンラインでパラ大会会場散策、人気に 歴史や文化、パワースポット巡り」(2021年8月24日)
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