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社会動向レポート

民間ノウハウを活用したサステナブルな放課後時間の創出

多様化する学童保育事業の今後(1/3)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 杉田 裕子


小学生が放課後等に過ごす時間は、年間約1,600時間にもなると言われている。その潤沢な放課後の時間を「豊かで充実した時間」にしようと、民間企業等による学童保育事業への参入が進んでいる。

本レポートでは、近年の学童保育事業への民間企業等の参入状況を確認したのち、変化する利用者ニーズに対応する学童保育事業運営の課題と今後の方向性を考察する。

企業や保護者が考える「豊かで充実した時間」とは何だろうか。それは、こども本人にとっても「豊かで充実した時間」なのか。こどもが放課後の時間を通じて様々な人・体験と出会い、未来を拓く力を養っていくために、学童保育事業はどうあるべきか、弊社自主調査等も活用しながら紐解きたい。

0.はじめに

“学童保育”という言葉に、あなたはどのような情景を思い起こすだろうか。放課後、学校敷地内の建屋に荷物を置いたあと、校庭に走り出て遊ぶこどもたちの姿、児童館内の一区画で大人とこどもがおやつを食べる様子、或いは地域の方たちが公民館等でこどもを「おかえり」と迎え、一緒に遊んだりくつろいだりして過ごす夕暮れのひととき等だろうか。

もともと“学童保育”は、働く女性の数が増加し所謂「鍵っこ」が社会問題化した昭和30年代以降の高度経済成長期に、保護者等の自主運営や市町村事業として広がったものである。そのため、地域によって運営のあり様が大きく異なり、“学童保育”という言葉から私たちがイメージする姿は、実に多様である。

さらに近年、少子化や自由に遊ぶことのできる場・機会の減少、お稽古事や塾の増加、保護者の働き方の変化等によってこどもの放課後の過ごし方が変化・多様化する中で、事業の民間委託が普及するなど学童保育事業の運営方法・運営内容も一層多様化している。また、遅い時間の預かりや学習・スポーツの指導等、公的な事業だけでは対応しきれないところに民間サービスが参入する等により、“学童保育”という名の下で提供される支援・サービスの裾野も広がっている。

本レポートでは、近年の学童保育事業への民間企業等の参入状況を確認するとともに、多様な主体による学童保育事業が生み出す新たな価値を踏まえた今後の課題と方向性を考察する。

【各章のindex】

  1. 公的な学童保育事業(放課後児童健全育成事業)
    行政施策としての学童保育事業(放課後児童健全育成事業)の近年の動向、特に運営形態 の変化等を確認する
  2. 民間企業等が独自に実施する学童保育事業
    民間企業等が独自に実施する学童保育事業、所謂「民間学童」の動向・特徴を確認する
  3. コロナ禍を経た学童保育に対する利用者のニーズ
    新型コロナウイルス流行を経て、“学童保育”に対する保護者のニーズがどのように変化 したのか、またそれに「民間学童」がどのように対応しているのか/ 対応しうるのかを 考察する
  4. 民間企業等による学童保育事業の課題と展望
    民間企業等による学童保育事業の課題と今後の展望を考察する

  • (注)なお、本レポートでは「就労等により昼間保護者が家庭にいない児童に対し、放課後の生活・遊びの場を提供する事業」について、(行政施策であるか否かに関わらず)総称して「学童保育事業」としている。うち、児童福祉法に基づき行政施策として実施するものを「放課後児童健全育成事業」あるいは「放課後児童クラブ」(放課後児童健全育成事業を実施する施設等)、また行政施策とは別に企業独自で実施される放課後の預かりサービスを「民間学童」としている。

1.公的な学童保育事業(放課後児童健全育成事業)

(1)児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の運営

まず、行政施策としての学童保育事業の状況を俯瞰する。我が国における同領域の公的施策として、児童福祉法に基づく放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)がある。国は市区町村に対して子ども・子育て支援交付金を交付し、同事業の運営に要する費用の一部を補助している。

上述のとおり、学童保育事業はもともと各地域の多様な状況・運営形態のもとで発展したものであるため、放課後児童クラブの運営形態・運営方針も、地域ごと・運営主体ごとに様々であって良いとされてきた。しかし、こどもの視点に立った放課後の時間の過ごし方、それを踏まえた放課後児童クラブの「望ましいあり方」は、2015年に「放課後児童クラブ運営指針」*1が示されたことにより、徐々に標準化が図られている。また、同施策における課題整理と方向性検討のため、社会保障審議会(放課後児童対策に関する専門委員会)でも継続した議論が行われている。

こうした行政による放課後児童対策の結果、2022年度時点で放課後児童クラブの数は全国26,683か所、登録児童数は139万人強にも及ぶ*2。放課後児童クラブは、児童福祉法に基づく「児童の健全な育成」を支援する事業として、町村部を含めた多くの地域で放課後の居場所を必要とするこどもの育ちを支えている。


図表1 放課後児童クラブの数の推移
図表1

  1. (資料)厚生労働省「放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況」より筆者作成

(2)放課後児童クラブをとりまく近年の変化

上述のとおり全国に普及する放課後児童クラブであるが、図表1のとおり、女性の就業率上昇等に伴って登録者数・利用者数は増加の一途をたどっており、待機児童も生じている。また、社会情勢の変化等により、放課後の時間の過ごし方が変わるだけでなく、保護者の「こんな放課後を過ごして欲しい」というニーズも変化・多様化する状況にある。

このような状況を踏まえ、2018年9月には厚生労働省と文部科学省の連携のもと、「新・放課後子ども総合プラン」*3が策定された。同プランは、放課後児童クラブにおける待機児童の早期解消と、放課後児童クラブと放課後子供教室(放課後の学習や体験・交流活動、注釈4もご参照のこと)の一体的な実施*5の推進等による全ての児童の安全・安心な居場所の確保に向けた取組を推進するものである。

同プランに基づく放課後児童クラブと放課後子供教室の一体的な実施により、放課後児童クラブの「生活及び遊びの場」に、「学習や体験・交流活動の場」を加えることが可能になる。2021年度の調査結果によると、放課後児童クラブと放課後子供教室の一体的な実施を行う自治体では、その効果として「放課後児童クラブに通う子どもの生活・学習の体験を広げることができた」「放課後児童クラブに通う子どもと通っていない子どもが一緒に過ごす機会を提供できた」を挙げる割合が高い*6。放課後児童健全育成事業だけでは対応が難しい部分を別の施策が補完し、こどもの放課後の時間が立体的になっているのである。

なお、本項では、後述する(公的事業でないものを含めた)民間企業等による学童保育事業運営について考察する前提として、民間企業等が公的事業の枠組み内で実施する放課後児童クラブの状況にも触れておきたい。放課後児童クラブの運営には、公共が施設の建設と運営業務を行う「公立公営」、公共が施設の建設を行い、運営業務に関しては民間企業等に複数年にわたり包括的に委託する「公立民営」、民間企業等が施設の建設、運営業務を行う「民立民営」の3類型がある*7。図表1からわかるとおり、以前は公立公営の施設が多かったが、近年の放課後児童クラブの全体数の増加は、公立民営及び民立民営、すなわち民間企業等が運営する放課後児童クラブの増加によるところが大きい*8。運営形態を1つのパターンに絞らず「公立の放課後児童クラブもあれば民立のクラブもある」「公営の放課後児童クラブもあれば民営のクラブもある」など、複数の運営形態を取り入れる自治体も多い*9

公営の放課後児童クラブは、直営であるからこそ各自治体の状況や考え方を体現しやすい一方で、職員確保や活動方法・内容等について柔軟に対応することが難しい場合がある。上述したような運営形態の広がりは、従来からある放課後児童クラブの考え方を継承しつつも、民間の創意工夫を取り入れることで地域に様々な放課後の居場所を整備しようという自治体の方向性を示しているものと考えることができる。

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