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Mizuho RT EXPRESS

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香港政府トップに李家超氏が就任へ

─ コロナ禍で打撃を受けた経済の立て直しが急務 ─

2022年5月9日

調査部アジア調査チーム 主任エコノミスト 月岡直樹
naoki.tsukioka@mizuho-rt.co.jp

警察官出身の李家超氏が次期行政長官に、社会統制が一段と強まる可能性も

香港行政長官選挙が2022年5月8日に実施され、前政務官の李家超(ジョン・リー)氏が当選した。現職の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏が再選を断念し、他の立候補者もいなかったため、2021年3月の全国人民代表大会による決定を受けて民主派の排除につながる選挙制度変更が行われてから初めてとなる行政長官選挙は、李氏の信任投票となった。制度変更で親中派一色に染まった選挙委員会(定数1,500)による間接選挙が行われ、李氏は中国政府の後押しを受けて投票総数1,428票のうち1,416票の支持票を獲得した。李氏は7月1日より5年間、香港政府のトップである行政長官を務めることになる。

李氏は、1957年生まれの64歳で、警察官として30年以上のキャリアを持つ。2017年7月より保安局局長を務め、2019年に発生した『逃亡犯条例』改正反対の抗議デモでは警察当局による厳しい取り締まりを主導したことから、『香港国家安全維持法』施行直後の2020年8月、林鄭氏らとともに米国から『香港自治法(Hong Kong Autonomy Act)』に基づく制裁対象に指定され、米財務省外国資産管理局(OFAC)の特別指定国民及び資格停止者(SDN)リストに追加された。一方で、民主派への強硬姿勢から中国政府の信頼が厚いとされており、2021年6月からは香港政府ナンバー2の政務官を務めていた。李氏は『香港基本法』第23条に基づく「国家安全条例」の制定を公約に掲げており、香港社会への統制が一段と強まる可能性がある。

住宅問題等の諸課題に取り組む考えを示すも、選挙公約は具体策に乏しく

李氏は選挙公約の4大方針として、①政府のガバナンス能力の強化、②土地・住宅の供給加速、③競争力の強化、④共生社会の構築と若者の発展機会の創出、を掲げた。①については、就任後100日以内に重要業績評価指標(KPI)を策定して政府をマネージメントするほか、政府の緊急動員体制の構築を進めるとしている。②は平均入居待ち期間の長期化(2021年12月末時点で6年)が問題となっている公営賃貸住宅について、周辺施設の整備完了前に前倒し入居を進めることや、タスクフォースを設置して100日以内に住宅供給拡大の具体策を提出する方針を示した。③では香港の国際金融センターとしての地位向上や林鄭氏が2021年10月に打ち出した北部都会区開発計画の推進を掲げており、④では後述するコロナ第5波の経験を踏まえた医療体制の充実や貧困の世代間連鎖の解消を図るほか、若者の社会階層上昇を支援するための政策と発展の青写真を策定するとしている。

李氏の公約は、準備期間の短さもあって、歴代行政長官の選挙公約に比べて具体性や新味に欠けるとの指摘もある。実際、住宅供給や若者支援のように、これから政策を具体化させるとしている課題も多く、警察官出身の李氏が経済・社会問題に迅速かつ効果的な対策を打ち出せるのかが注目される。

就任後の李氏にとって急務となるのは、コロナ第5波で打撃を受けた経済の立て直しである。香港は従前、中国本土と同様にゼロコロナを志向してきたが、2021年12月末にオミクロン株の市中感染が確認されて以降、感染が爆発的に拡大した。飲食店や娯楽施設の営業制限等の措置がとられたものの、封じ込めに失敗して医療崩壊の危機に瀕し、100万人あたりの1日の死亡者数(7日間移動平均)が一時、37.6人と世界最悪の水準を記録、年末以降4月末までの新規感染者は公式統計で累計119万人に達した。ただ、4月末時点で12歳以上の人口の47.1%がブースター接種を済ませていること、また総人口740万人の半数を超える400万人以上が感染済みと試算されていることから、集団免疫に達したとみられている。感染状況も落ち着いてきており、香港政府は4月21日、感染対策の段階的な緩和に踏み切った。

コロナ禍で経済活動が停滞したことにより、香港の2022年1~3月期の実質GDP成長率は前年比▲4.0%まで落ち込んだ(図表1)。持ち直しの兆しを見せていた小売指標は、再びコロナ前の7割を下回る水準へと沈んでいる(図表2)。香港政府は経済対策として、市民1人1万香港ドル(約16万円)の電子消費券の配布や失業者への一時金の給付、中小企業支援に主眼を置いた企業への賃金補助の支給等の財政措置を講じている。ただ、香港経済の正常化にはインバウンド再開が不可欠である。香港政府は5月1日、2020年3月以降制限してきた香港非居住者の入国を解禁した。李氏は中国本土との隔離なし往来の再開を最優先課題に挙げているが、中国政府は上海での感染拡大を受けてゼロコロナ措置を強化しているため、短期的にその実現は容易ではない。「結果を出す施政」をスローガンに掲げる李氏の手腕が早速問われることになる。

図表1 香港の実質GDP成長率

(注)2022年1~3月期は速報値
(出所)香港政府統計処、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 香港の小売販売額・小売販売数量

(注)月次ベース。香港政府統計処による季節調整値
(出所)香港政府統計処、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

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