Mizuho RT EXPRESS
中国の若年失業率は高止まりへ
─ 新卒急増で就職環境は一段と厳しく ─
2022年7月22日
調査部アジア調査チーム 主任エコノミスト 月岡直樹
naoki.tsukioka@mizuho-rt.co.jp
若年失業率が顕著に上昇、構造要因と政策要因も作用
コロナ感染拡大とゼロコロナ措置による景気の減速が、中国の雇用環境を悪化させている。都市調査失業率は4月に6.1%と、2020年2月のコロナショック以来の水準に達し、上海のロックダウンが解除された6月には2022年の政府目標「5.5%以下」のラインまで改善したものの、なお厳しい状況が続いている(図表1)。都市新規就業者数も1~6月の累計で654万人と、2020年を除けば近年で最も少なくなっている(図表2)。通年で政府目標の「1,100万人」を達成できる見込みではあるが、雇用創出の遅れは否めない。
図表1 都市調査失業率と若年失業率
(出所)国家統計局、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 都市新規就業者数(年初来6月末累計)
(出所)国家統計局、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
特に、16~24歳の若年失業率の上昇が顕著である。中国には新卒一括採用の雇用慣行がなく、若年失業率は以前から高めに推移していたとはいえ、2021年12月から2022年6月の半年間で5.0%Ptも上昇(14.3%⇒19.3%)しており、OECD主要国と比較しても高い水準に達していることが分かる(図表3)。米国と同じ9月入学の中国では、若年失業率が卒業時期の6~8月にかけて上昇し、年末にかけて低下する傾向がある。しかし、2022年は卒業時期を迎える前から高まっている。
図表3 主要国の失業率と若年失業率
(注)2022年5月時点。英国のみ2022年3月時点
(出所)OECD、中国国家統計局、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
若年失業率の上昇には、コロナによる景気減速要因だけでなく、構造的な要因と政策的な要因も作用していると考えられる。
構造的な要因は、高学歴化が進んだ結果としての雇用のミスマッチである。大卒・大専卒はホワイトカラーを志向しており、学歴に見合わない製造業の現場は3K(危険・汚い・きつい)の職場であることもあって敬遠される。大手就活サイト「智聯招聘」と中国人民大学中国就業研究所は「高等教育機関卒業生就業市場景気報告」(以下「報告」)において求人倍率(=求人数÷求職者数)を発表しているが、職種別にみると、「工場労働者・技術労働者」の求人倍率は高く(求人数>求職者数)、深刻な人手不足の状態にあることが分かる(図表4)。
図表4 「工場労働者・技術労働者」の求人倍率
(出所)智聯招聘、中国就職研究所より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
政策的な要因は、高学歴者を多く採用してきた業種に対する規制の強化である。中国政府は2020年12月以降、ITプラットフォーマーに対する独占禁止法に基づく取り締まりを強化しているほか、2021年7月には教育サービスについて、教育格差の拡大を防ぐために小中学生向け学科類科目(国語、数学、英語、歴史等)の学習塾を非営利化させる方針を打ち出した。これが、2022年の就職戦線に暗い影を落としているのである。
ITプラットフォーマー各社は取り締まりの強化を受けて、従来の拡大一辺倒の事業戦略を見直さざるを得なくなっており、大規模な組織再編や人員削減にも乗り出している。国家インターネット情報弁公室によれば、アリババやテンセント、バイトダンス、美団(Meituan)等ITプラットフォーマー12社における2021年7月から2022年3月中旬までの新規雇用者総数は29.59万人、離職者総数は21.68万人で、従業員総数が7.91万人の純増になったとしている。ただ、2022年3月にはアリババが年内に全従業員の15%に当たる約3.9万人をリストラする可能性があると報じられたほか、テンセントも3月にクラウド・スマート部門で15%の人員を、5月にゲーム部門で10%の人員を削減したとのメディア記事が出ている。また、7月にはテンセントやバイトダンス等が新たに数千人規模のリストラを進めていることが報じられた。各社ともリストラと並行してハイスキルなIT技術者の獲得や新規事業での採用を続けているとみられるものの、業界全体として雇用創出力が落ちていることは否定できない。
一方、年間70~80万人の新卒を受け入れてきたともされる教育サービスは、規制強化によって各社とも既存事業の大規模なリストラや非学科類科目(スポーツ、音楽、芸術等)授業の拡充を含む業態転換を迫られて生き残りに必死であり、新規採用どころではない状況である。
「報告」が示す「インターネット・EC」と「教育・研修」業界の求人倍率は、2021年後半以降に急低下していることが分かる(図表5)。これは、若者の求職に対し、企業の求人が潤沢ではなくなってきたことを表す。習近平国家主席はかつて、民営経済は都市労働就業の80%以上に貢献していると語ったが、高学歴者の雇用の受け皿となっていた民営主体の2大業界において雇用吸収力が大きく低下したことが、若年失業率の上昇に拍車をかけた形である。
図表5 業界別の求人倍率
(出所)智聯招聘、中国就職研究所より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
2022年は新卒急増で就職難に追い打ち
中国政府が経済運営において特に注意を払っているのは雇用(就業)問題である。実際、政府の基本方針である「6つの安定」(就業、金融、貿易、外資、投資、先行き期待の6つを安定させること)と「6つの保障」(就業、基本的民生、市場主体、食料・エネルギーの安全、産業サプライチェーンの安定、末端行政運営の6つを保障すること)のそれぞれについて、トップに据えられているのは「就業」である。李克強総理は、2022年3月の全国人民代表大会閉幕後の記者会見において、「今年、就業が必要な都市新規労働力は約1,600万人に達し、数年来の最多である。高等教育機関卒業生は1,076万人で、過去最高である」と指摘した上で、「目下、新規都市就業者は毎年、必ず1,100万人以上としなければならず、1,300万人以上であるのが望ましい」と雇用創出の重要性を強調している。
李総理が指摘しているとおり、2022年は高等教育機関の卒業生が前年比19%増の1,076万人と急増する見込みである(図表6)。その背景には、中国政府が2019年に大学専科(大専または専科と呼ばれる。以下、大専)の定員を大幅に拡充したことがある。日本の短期大学や専門学校に当たる大専は通常3年制であり、2019年の定員拡充時に入学した大専学生が卒業するのである。
図表6 高等教育機関の卒業者数
(注)2022年は見込み
(出所)教育部、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
この新卒急増は、景気要因・構造要因・政策要因による若年失業率の上昇に追い打ちをかける新たな要因となろう。「報告」によれば、卒業予定者のうち就職希望者に占める内定獲得者の割合は2022年4月中旬時点で46.7%と、前年同期の62.8%から約16%Ptも低下しており、就職戦線の厳しさのほどがうかがえる。
そのため、中国政府は若年層の雇用確保に躍起となっている。2022年3月には、その就職率を少しでも高めようと、「100万人就業インターン」プロジェクトを開始した。卒業後2年以内の未就職卒業生や16~24歳の失業者をインターンとして受け入れた企業に対して補助金を支給し、インターン後の採用率が50%超えた場合には補助金を上乗せするとしている。5月には国務院が通達を出し、新卒等若年層の就職・起業支援を強化するよう指示した。通達は、①新卒者を採用して期間1年以上の労働契約を締結した中小零細企業に対して補助金を支給すること、②新卒者の起業に対して一時金の支給、創業担保貸出の提供と利子補給、税金・社会保険料の減免といった支援を行うこと、③卒業後2年以内のフレキシブルワーカー(ギグワーカー等)に対して社会保険料を補填すること、等を明記している。加えて、国有企業に求人規模の拡大を求めており、国務院国有資産監督管理委員会はこれを受けて6月16日にオンライン会議を開催し、国有中央企業に新卒採用枠を率先して拡大するよう発破をかけた。
ただ、こうした政策措置は若年失業率を大きく引き下げる特効薬にはなりそうもない。構造要因や政策要因を短期に解消するのが難しいからである。若年失業率は今後、卒業時期の8月頃にピークを迎えた後、景気回復と季節要因から年末にかけて緩やかに低下するものの、従来の水準に比べて高止まりするとみられる。つまり、中国版の就職氷河期世代が生み出されることが懸念される。日系企業にとっては優秀な人材を確保する追い風となろうが、中国経済にとっては若年層の所得減少が消費を抑制させる逆風になろう。政府には、高学歴層が求めるホワイトカラーの就業機会を創出する抜本的な対策が求められる。