ページの先頭です

Mizuho RT EXPRESS

ダウンロードはこちら (PDF/578KB)

日本の「体感実質賃金」は大幅マイナス

─「値上げ許容度DI」も低下。賃上げ促進が急務 ─

2022年7月6日

調査部経済調査チーム 主席エコノミスト 酒井才介
同              南陸斗
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

日用品の値上げが続き、家計の体感物価はCPIを大幅に上回る伸び

4・5月のコア消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下「コアCPI」)は、2021年春に実施された携帯電話通信料金値下げによる下押し影響の大部分が剥落したことに加え、歴史的な資源高・円安の同時進行を受けて日用品価格が大幅に上昇したことで、前年比+2.1%まで急上昇した。消費増税の影響を除けばコアCPI前年比が2%超えとなるのは13年半ぶりであり、物価高は人々の関心を集め、今回の参議院選挙の大きな争点となっている。

品目別に前年比変動率が高いものをみると、食料やエネルギー関係品目の大幅な値上げが目立つ。原油・小麦等の商品価格の世界的な高騰を受けて、食用油(5月前年比+36.2%)などの油脂・調味料や調理カレー(同+11.4%)などの調理食品、ポテトチップス(同+9.0%)などの菓子類、ハンバーガー(同+7.6%)などの外食が値上がりしているほか、燃料費の高騰を受けて、ガス代(同+17.0%)や電気代(同+18.6%)、他の光熱代(同+25.1%)の高騰も続いている。そのほか、半導体不足などの供給制約を受けてルームエアコン(同+11.0%)など家庭用耐久財などでも値上げが進みつつある。

購入頻度別にみると、ガソリン(同+13.1%)や中華麺(同+11.2%)、食パン(同+9.4%)など家計が「頻繁に購入する品目」(年間購入頻度が15回以上の品目、CPIの1割程度のウェイト)の値上げが進んでいる(図表1、該当品目全体の前年比は5月で+4.9%と大きく上昇)。

図表1 商品購入頻度別のCPI前年比

(注)「頻繫に購入」は年間購入頻度が15回以上の品目を示す
(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

株式会社ナウキャスト「日経CPI Now」で飲食料品等の日用品を対象とした日次物価指数をみても、6月以降も上昇傾向が続いている(図表2)。

図表2 日次物価指数 (前年比、7日間移動平均)

(出所)株式会社ナウキャスト「日経CPI Now」により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

購入頻度の高い日用品の値上げは家計の体感物価を高めやすい。日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」によると、「1年前に比べ現在の物価は何%程度変化したと思うか」とのアンケート調査に対する家計の回答(中央値)をみると、最新調査(2022年6月調査)では前年比+5.0%となっている(図表3)。

図表3 体感物価とCPI・名目賃金の比較

(注)家計の体感物価は「1年前に比べ現在の物価は何%程度変化したと思うか」とのアンケート調査の回答の中央値。CPIは総合指数。名目賃金は現金給与総額(5人以上、就業形態計、調査産業計)。CPIと名目賃金の4~6月期は4・5月平均
(出所)日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」、総務省「消費者物価指数」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

本稿では、同アンケート調査における家計の回答を、「家計が体感している物価」という意味で「体感物価」と呼ぶこととしよう。体感物価は、2008年のエネルギー価格の高騰局面では前年比+10%まで大きく上昇したほか、消費増税があった2014年や生鮮食品・エネルギーの価格が高騰した2018年においても前年比+5%まで上昇した。足元でも、エネルギー価格や食品価格の高騰を反映して、体感物価は2014年の消費増税時並みの高まりが続いている。

「体感実質賃金」が大幅マイナスで個人消費を下押し

図表3のとおり、体感物価はCPI・名目賃金を大きく上回る伸びで推移している。体感物価は、物価動向に対する家計の主観を直接的に表しており、消費マインドにも大きな影響を与えるだろう。

一般的には、家計は、自らの労働で得られる名目賃金(名目所得)に物価動向を加味した「実質賃金」(厳密に言えば、税・社会保険料も含めた実質可処分所得)により消費水準を決定すると考えられている。ただし、図表3のとおり、「物価動向」と一口に言っても、家計が体感として感じている体感物価とCPIの動向では大きな乖離が見られる。

そこで、名目賃金をCPI(持家の帰属家賃除く総合)で実質化した「実質賃金」(毎月勤労統計調査における定義と同じ)と、体感物価で実質化した「体感実質賃金」の推移を比較した(図表4)。

図表4 実質賃金と「体感実質賃金」の推移

(注)実質賃金、体感実質賃金の4~6月期は名目賃金の4・5月平均を用いて算出
(出所)日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」、総務省「消費者物価指数」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

体感実質賃金の伸びは、2014年6月期以降、実質賃金を上回るマイナス幅で推移しており、足元(4・5月平均)では前年比▲3.9%程度(実質賃金は同▲1.8%)となっている。さらに、実質個人消費との相関係数(伸び率同士の相関)を比較すると、「体感実質賃金」の方が「実質賃金」よりも相関係数が高い(図表5)。

図表5 体感実質賃金・実質賃金と実質個人消費の相関係数

(注)2006年第2四半期~2019年第4四半期で算出(コロナ禍の影響が含まれる2020年以降のデータは除いた)
(出所)総務省「消費者物価指数」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、内閣府「四半期別GDP速報」などより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

つまり、家計はCPIよりも体感物価に反応して消費行動を決定しているということだ。CPIの動向をエコノミストのように把握している家計は少ないと思われ、一般的には、体感物価で「実質賃金」(体感実質賃金)を評価し、消費水準を決定していると考えるのが自然だろう。足元の体感実質賃金のマイナス推移は、家計が財布の紐を固くすることにつながると考えられる。

「値上げ許容度DI」も低下。特に低所得者は貯蓄によるバッファーが薄い

物価高が家計のマインドに与える影響について、酒井他(2022)と同様に「家計の値上げ許容度」から確認してみよう。日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」の2022年6月調査までのデータを用いて、値上げが「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した割合から「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した割合を差し引いてDIを算出し、サンプル期間の平均からの乖離を図示したものが図表6だ。

図表6 家計の値上げに対する許容度(DI)

(注)値上げが「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した割合から「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した割合を差し引いてDIを算出し、サンプル期間の平均からの乖離を図示(2004 年 6月から 2022 年 6 月)
(出所) 日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

商品市況高騰が本格化した2021年度後半にDIが低下傾向で推移し、足元(2022年6月)ではDIは過去平均対比▲0.5%Ptで推移している。家計の値上げ許容度は急速に低下していることが示唆され、先にみた体感物価の上昇・体感実質賃金の低下と整合的である。

コロナ禍で積みあがった家計の貯蓄が物価高に対する「バッファー」になると考えられるが、酒井他(2022)や中信(2022)が指摘しているように、超過貯蓄の多くは消費性向の低い高所得者層が蓄積しており、貯蓄が増えておらずバッファーが薄い低所得者層の「値上げ許容度」は相対的に低くなると考えられる。また、低所得者層は生活必需品に対する支出ウェイトが高く、食料品等の日用品の値上げの影響が大きいという点でも「値上げ許容度」はより低くなるだろう。実際、内閣府「消費動向調査」で収入階級別の消費者態度指数をみると、低所得世帯は2022年入り後の悪化幅が特に大きく、消費マインドへの負の影響が顕著である。

低所得者は消費税率3%引き上げ相当の負担増。物価高対策として賃上げ促進が急務

ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源高、内外金利差拡大等に伴う円安を受けて仕入価格が高騰することで、家計が許容しようがしまいが、値上げに踏み切らざるを得なくなる企業は今後も増えていくだろう。日本銀行「短観(全国企業短期経済観測調査)」(2022年6月調査)によると、小売、宿泊・飲食サービス、対個人サービスといったBtoC関連業種において、仕入価格判断DIの高騰に伴って現状・先行きの販売価格判断DIが大幅に上昇している(図表7)。

図表7 BtoC関連業種の販売価格判断DIと仕入価格判断DI

(注)2022年7~9月期は先行き判断DIの値
(出所)日本銀行「短観(全国企業短期経済観測調査)」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

食料品等で幅広い品目の値上げが続くことで、家計を圧迫する見通しだ。

原油価格について2022年平均でWTI原油価格が1バレル=108ドル程度での推移(酒井・南(2022)と同様の想定)、為替レートについては6月以降1ドル=135円程度の水準での推移を仮定した場合の家計の負担増を試算したものが図表8だ。

図表8 食料・エネルギー価格上昇に伴う年収階級別の負担増

(注) 2022年の2021年に対する負担増額(年間)を試算。二人以上世帯、用途分類別データ。「激変緩和措置あり」は燃料油価格の激変緩和措置について2022年中は現行制度が延長実施されると仮定。「激変緩和措置なし」は激変緩和措置の影響を除いた試算。負担額は食料とエネルギー(電気代、ガス代、他の光熱、ガソリン)の合計。負担率は、年間収入対比の負担額
(出所)総務省「家計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

総務省「家計調査」の2021年の年間収入階級別の名目支出金額をベースとして、2022年に予想される食料・エネルギー価格の上昇に伴う支出増を2022年の負担増とみなして算出している。これによると、政府による燃料油価格の激変緩和措置が年内は延長実施されると仮定した場合でも、2022年の家計の支出は1世帯当たり平均で+6.5万円程度増加することになる。低所得世帯(年収300万円未満)は5.2万円程度の支出増となるが、年収に対する負担率(食料・エネルギーの負担額/年間収入)の増分をみると+2.2%Ptと他の収入階級層と比べても高く、消費税率3%引き上げ(収入対比でみた税負担率が+2.4%Pt上昇)に相当する負担増が発生する計算だ。

エネルギー・食料品の価格上昇を受けて年内のコアCPI前年比は+2%台での推移が続くことが見込まれる。政府の経済政策(新たな旅行需要喚起策である「全国旅行支援」や各種物価高対策)によるCPIへの影響は現時点で不透明であるものの、10~12月期には2%台後半までコアCPI前年比は伸びを高める公算が大きくなっている。賃金が伸び悩む中では、実質賃金、体感実質賃金のマイナス幅が更に拡大する可能性が高く、低所得者を中心とした節約志向の高まりが先行きの個人消費を下押しするだろう。

低所得者への逆進的な負担が大きい日用品を中心とした物価上昇は、「成長と分配の好循環」を掲げる岸田政権にとって大きな逆風だ。一方、物価高対策が重要だからと言って、事業者への補助金支給や低所得者への給付をいつまでも続けるというわけにはいかない。賃金の伸びを高めることで、「体感実質賃金」「実質賃金」いずれでみた場合でも家計の購買力を増大させることを通じて、物価高に対する日本経済の耐性を強化することが急務であり、岸田政権が掲げる「人への投資」は極めて重要だ。

[参考文献]

酒井才介・中信達彦・南陸斗(2022)「家計の値上げ許容度は高まっているのか?~「値上げ許容度DI」は低下。家計の節約志向は上昇」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年6月10日
酒井才介・南陸斗(2022)「政府の「総合緊急対策」の評価~資源高・円安を受けた物価高による家計負担増を緩和」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年4月27日
中信達彦(2022)「日本の消費回復はなぜ弱いのか~感染懸念・物価高を受けた中間層の消費抑制が背景」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年6月28日

ページの先頭へ