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Mizuho RT EXPRESS

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政府の対策を考慮しても物価高の家計負担大

─ 食品ロス削減など家計の工夫も重要に ─

2022年8月2日

調査部経済調査チーム 主席エコノミスト 酒井才介
     同               南陸斗
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

食料品や耐久財など、値上げの広がりは2008年の資源高局面を上回る

4月以降のコア消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下「コアCPI」)は、2021年春に実施された携帯電話通信料金値下げによる下押し影響の大部分が剥落したことに加え、歴史的な資源高・円安の同時進行を受けて食料品やエネルギー(ガソリン代・電気代)、家具・家事用品(ルームエアコン等)が値上がりし、前年比+2%台での推移が継続している。

足元のCPIの上昇品目と下落品目の比率の差(DI)を見ると、幅広い財で値上げが進んでいることが確認できる(図表1)。

図表1 財における上昇品目と下落品目の比率差(DI)の推移

(注)前年比変動率がプラスの品目の割合とマイナスの品目の割合の差分。シャドーは消費税引き上げ時期
(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

消費増税時を除けば、上昇品目の超過割合は2008年の資源高局面を大きく上回る状況だ。食料の上昇品目割合(2008年7月:70%→2022年6月:75%)が高まっていることに加え、家具・家電等の耐久消費財で上昇品目数の増加が顕著(2008年7月:29%→2022年6月:80%)であり、半導体不足などの供給制約に加え、年初来の円安が影響している模様だ(図表2)。

図表2 財・サービス別にみた上昇・下落品目割合

(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

足元の輸入物価は資源高・円安の同時進行を受けて高騰が続いているが、内外金利差の拡大等に伴い円安が進展する中で、為替要因による押し上げも徐々に大きくなってきている(図表3のとおり、4~6月期の輸入物価高騰のうち為替要因は4割程度となっている)。

図表3 輸入物価の推移(要因分解)

(注)為替要因は、円ベースと契約通貨ベースの差分
(出所)日本銀行「企業物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

政府の対策がなければコアCPI前年比は+3.0%まで上昇、家計負担増は9.8万円

米国や欧州を中心に海外経済が減速に向かうことが見込まれ(みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)を参照)、原油等の商品市況は2022年後半から2023年にかけて低下に向かう可能性が大きいものの、当面はロシアによるウクライナ侵攻前と比べて高水準での推移が見込まれる。また、坂本(2022)が指摘しているように、ドル円相場は、2022年末にかけて日米長期金利差拡大、経常収支の黒字幅縮小、日米金融政策の違いを意識した投機筋の円売りを受けて1ドル=140円台前半まで円安が進展する可能性が高い(足元は米国の軟調な経済指標や利上げ幅縮小観測を受けて円高方向に振れているが、インフレ率を抑制するためには4~6月期米国GDPのマイナス幅程度での調整では不十分であり、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げは年内に中立金利を上回る水準まで続くことが見込まれることから、先行きも円安基調での推移が続くとみている)。

こうした状況の中、輸入物価は当面高止まりする可能性が高く、酒井・南(2022c)が指摘しているように値上げに踏み切らざるを得なくなる企業は今後も増えていくだろう。政府が物価高対策を実施しない場合、昨年の通信料値下げの影響が全て(▲1.5%Pt分)剥落する2022年10~12月期にはコアCPI前年比は+3.0%まで伸び幅が高まる見通しだ(図表4。感染第7波が収束した後の実施が見込まれる政府の「全国旅行支援」がCPIに反映される場合。全国旅行支援が消費者の平均的な消費行動に該当しないとの整理でCPIに反映されない場合は前年比+3.2%まで伸び幅が拡大するとみている)。

図表4 コアCPI前年比の見通し

(注)燃料油価格の激変緩和事業について10月以降も延長を想定。全国旅行支援については2022年10~12月期から2023年1~3月期までの実施を想定
(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

2022年度の家計負担(食料品、エネルギー、家具・家事用品の価格上昇に伴う支出負担)は、政府の物価高対策が実施されない場合、前年度対比で1世帯当たり約9.8万円増加すると試算している(図表5。総務省「家計調査」の2021年度の年間収入階級別の名目支出金額をベースとして、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)における内外経済見通しや足元の経済指標等を踏まえ、酒井・南(2022c)の試算をアップデートしている)。

図表5 食料・エネルギー・家具家事用品の価格上昇に伴う年収階級別の負担増(2022年度)

(注)2022年度の2021年度に対する負担増額を試算。二人以上世帯(世帯人員の平均は2.95人)を想定。「物価高対策なし」は、輸入小麦の政府売渡価格の抑制(2022年10月~)及び、燃料油価格の激変緩和措置(2022年10月以降も延長を想定)、節電ポイント、肥料支援の影響を除いた試算。負担増額は食料、エネルギー、家具・家事用品の負担増額の合計。負担率は、年間収入対比の負担額
(出所)総務省「家計調査」等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

食料品で約3.9万円、エネルギーで約5.1万円、家具・家事用品で約0.8万円の増加になるとみている。低所得世帯(年収300万円未満)の収入対比でみた負担増は消費税率4%引き上げ以上の大きさとなり、特に影響が深刻である。

政府の物価高対策で家計負担は2万円軽減も、約8万円の負担増が残存

こうした中、政府は4月に「総合緊急対策」を策定し、9月までの燃料油価格の激変緩和措置の実施や、低所得の子育て世帯に対する給付等を実施している。さらに、7月29日には、電力会社の家庭向け節電プログラム参加者に対するポイント支給や、化学肥料の使用量を2割減らした農家に対して肥料価格上昇分の7割を補充する支援金を創設するために2022年度予算の予備費から2,600億円を支出することを閣議決定した。物価高の背景にある資源高や円安そのものを日本政府(あるいは日本銀行)が直接制御することは困難であり、当面は、これまで実施されているような卸売段階での価格の抑制や低所得者への給付措置といった対策が中心になるとみられる1

現在9月までの実施が予定されている燃料油価格の激変緩和措置については、前述したとおり原油価格の下落ペースが緩慢になることが見込まれる点を踏まえれば2、10月以降も延長される可能性が高い。元売り事業者への補助金事業が10月以降も延長されると想定した場合のガソリン価格の見通しを示したものが図表6だ。

図表6 ガソリン価格の見通し

(注)燃料油価格の激変緩和事業について、10月以降も延長を想定。10月以降は2週間に1円ずつ、現行168円の基準価格が引き上げられると仮定した
(出所)資源エネルギー庁等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ここでは、10月以降は2週間に1円ずつ基準価格(現行168円)が引き上げられると想定した3。この場合、2022年度後半以降は自然体では1リットルあたり190円台の推移が続くことが見込まれる一方、激変緩和措置により170円台での推移に価格が抑えられる見通しだ(海外経済減速などに伴う需給緩和を受けてガソリン価格は徐々に低下が見込まれ、2023年10~12月期には補助金事業を終了できる計算になる)。2022年度後半のコアCPIを▲0.3~0.5%程度下押しすることが見込まれ、2022年度通年でみた家計負担は(9月までの措置の効果と合わせて)約1.5万円抑制される。

また、政府は小麦について製粉メーカーへの売渡価格の抑制を検討している。制度の詳細は現時点では不明であるが、自然体では次回改定時期の2022年10月期に小麦売渡価格は1トン当たり85,000円程度(前年比約4割の高騰)まで上昇する見通しだ(図表7)。

図表7 政府による小麦売渡価格の見通し

(注)2022年10月期は4月~7月の実績値による推計値。点線は政府施策により2022年4月期の売渡価格と同額まで価格が抑制された場合
(出所)農林水産省等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

仮に2022年10月期以降も前回改定時(2022年4月期)並の水準に政府売渡価格が維持された場合、小麦関係商品(食パン、麺類、菓子類等)の値上げが抑制されることで(政府売渡価格を抑制しない場合に比して)2022年10月以降のコアCPIが▲0.02%程度下押しされ、2022年度通年でみた家計負担は約0.2万円軽減されると試算される。

なお、今回予備費での支出が決定された節電プログラム参加者に対するポイント支給はCPIには影響を与えないほか、農家に対する補助もCPIへの影響は限定的だろう。

以上の物価高対策を考慮したとしても、2022年内のコアCPIは前年比2%台での推移が続き、2022年10~12月期には+2.5%まで伸び幅を高める見通しだ(政府の「全国旅行支援」がCPIに反映される場合。反映されない場合は同+2.7%まで伸び幅が拡大)。

上記の物価高対策を考慮した場合の家計の負担増は、図表5のとおり、前年度対比で1世帯当たり約7.8万円となる計算だ。燃料油価格の激変緩和措置で1.5万円、小麦の政府売渡価格抑制で0.2万円、節電ポイントで0.2万円4、肥料代支援で0.1万円5、これらを合わせて計2.0万円の家計負担軽減効果(前述の9.8万円の負担増の2割強相当の削減効果)を見込んでいるが、それでも家計の負担増が8万円近く残る格好になる。低所得世帯(年収300万円未満)の収入対比でみた負担増は消費税率3%引き上げ以上に相当する計算だ。4月の「総合緊急対策」による現金給付(5万円)だけでは負担増をカバーしきれず、4月の「総合緊急対策」で給付対象外となった低所得世帯(子どもがいない世帯、年金生活者等)の家計の圧迫は避けられないため、低所得者を対象とした給付措置の拡充等のさらなる対策が求められる。

家計の工夫も重要に。食品ロスの削減は食料支出負担増の2割弱を軽減

こうした政府の対策に加えて、家計の側で消費行動を工夫することも、物価高騰による負担を軽減するうえで重要だ。酒井・南(2022b)は、品目別の「節約志向指数」を算出し、家計は食料品などを中心に少しでも割安な商品を購入する一方で、衣料品関連や一部の白物家電などでは高付加価値商品を購入する動きがみられる点を指摘している。自分ならではの「プチ贅沢」を楽しみつつも全体としての支出を抑制する上で、このように支出のメリハリを工夫することが求められるだろう(企業側からみれば、こうした消費行動の変化に対応した商品の提供が求められることになる)6

物価高への対応策の一つとして最近注目を集めているのが、食品ロス削減の取組みだ。農林水産省によれば、2020年度の食品ロス量は522万トンで、うち事業系が275万トン、家庭系が247万トンとなっている(図表8)。

図表8 食品ロス量の推移

(出所)農林水産省等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

国民1人当たり換算で、1日約113gの食品ロス量が発生する計算となり、これは茶碗約1杯のご飯の量に近い。食品ロス削減の重要性は環境保護等の観点からこれまでも指摘されてきているが、足元では家計の物価高対策としても注目されるようになってきている。

家庭系の食品ロス7について、消費者がこれまで以上に食品ロス削減に取り組んだ場合、どの程度の家計負担の軽減効果があるのか簡易的に試算してみよう8。家計調査によると、2人以上世帯では米の1gあたりの支出金額は0.37円で、世帯人員の平均は2.95人のため、家庭での1日当たりロス(53.5g)×0.37円×2.95人×365日で、1世帯当たり年間約2.1万円相当の食品ロスが発生する計算だ。直近(2020年度)では、5年前と比較すると家庭でのロス量は▲14.5%程度減少しているが、足元の物価高騰を踏まえ、家計が食品ロス削減への取り組みを促進し、1年間でこれと同程度(▲14.5%)の削減を実現できたとすると、0.3万円程度の支出削減が期待できる計算になる9。図表5のとおり、食料品の価格上昇に伴う(政府による物価高対策を考慮した場合の)負担増は約3.6万円と試算されることを踏まえると、これの1割弱程度を軽減する効果があることになる11

また、事業系食品ロスの削減にも家計は貢献できる。賞味期限間近の食品を格安価格で販売するECサイト等も出てきており、家計からみれば、こうした「訳あり商品」を賢く購入することで節約にもつながる。ここでは、事業系食品ロスのうち、食品小売業・食品卸売業から発生する分(年間約73万トン、国民1人当たり1日15.8gの食品ロス)について10、消費者が値引き商品として半額で購入すると仮定しよう。この場合、先ほどと同様に米1gあたりの支出金額換算で計算を行うと、家計の支出負担が1世帯当たり年間0.3万円軽減される計算になる。先ほどの家庭系食品ロスの軽減効果(1世帯当たり年間0.3万円の支出軽減)とあわせて、1世帯当たり年間0.6万円程度(食料品支出増の2割弱)の支出軽減効果があることになる。家計の努力次第では、支出軽減効果は本稿の試算以上に大きくなる可能性もあるだろう。

物価高が個人消費を下押しすることは避けられないが、こうした未曾有の状況だからこそ、政府・家計・企業がそれぞれ知恵を絞ることが求められている。

[参考文献]

酒井才介・服部直樹(2022)「新しい資本主義・骨太方針をどう見るか?~人への投資の方向性は正しいが力不足。負担の議論は先送り、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年6月6日
酒井才介・南陸斗(2022a)「政府の「総合緊急対策」の評価~資源高・円安を受けた物価高による家計負担増を緩和」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年4月27日
酒井才介・南陸斗(2022b)「CPI前年比+2%超えの裏に隠れた課題~家計の「節約志向指数」は上昇、価格転嫁は不十分」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年5月20日
酒井才介・南陸斗(2022c)「日本の「体感実質賃金」は大幅マイナス~「値上げ許容度DI」も低下。賃上げ促進が急務」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年7月6日
坂本明日香(2022)「まだ続く円安。先行きを占う3要因~22年末にかけ150円を試す可能性。23年以降緩やかな円高」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年7月27日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)「2022・2023年度 内外経済見通し~グローバルインフレと世界経済の行方」、2022年7月26日


  • 1 中長期的には、酒井・服部(2022)が指摘しているように、グリーン化を着実に進めて化石燃料への依存度を低下させることや、賃上げ促進を通じて、資源輸入価格高騰等の物価高に対する経済の頑健性を構造的に高める取組みが必要である
  • 2 人件費や資材費高騰を通じた生産コスト増大も価格の下支え要因になるとみている。
  • 3 4月の物価高対策の策定にあたって2週間に1円ずつの基準価格引き上げが検討されたことを踏まえ、本稿では激変緩和措置の出口(終了)を見据え、酒井・南(2022a)と同様に10月以降は2週間に1円ずつ基準価格が引き上げられると想定した。
  • 4 節電プログラムについては、平時から節電を行っている世帯では追加的な節電の余地が小さいなど、家計の節電の度合いをどのように評価するのかといった点で制度設計上の課題が存在する。プログラムに登録した世帯には2,000円分相当のポイントが付与される予定だが、プログラムに参加する世帯の割合やプログラムによる節電行動の促進の度合いに不透明感が大きいことを踏まえ、家計平均として(プログラム登録時に付与されるポイントと同程度の)2,000円分の負担軽減効果があると仮定した。
  • 5 肥料が農作物の生産コストの約1割を占める(農林水産省資料より)点を勘案して生鮮野菜・生鮮果物の価格抑制幅を試算。
  • 6 家計の節約行動には懸念材料もある。物価高の中で低所得世帯が生活必需品以外の支出を節約する懸念が強まっており、例えば2008年の商品市況高騰時と同様に低所得世帯が教育費を削減すれば教育格差にもつながりかねない点には留意が必要だ。
  • 7 内訳は「直接廃棄」(賞味期限切れなどの理由により使用されず、調理などの介入がないまま捨てられたもの)が44.1%、「食べ残し」が42.5%、残りが「過剰除去」(野菜や果物の皮やヘタなどの不可食部分を過剰に除去してしまい、本来なら食べられる可食部分が捨てられたもの)となっている。
  • 8 図表5の家計負担は家計調査の2人以上世帯のデータをもとにした試算であり、ここでも2人以上世帯を対象に試算を行う。
  • 9 政府目標(第四次循環型社会形成推進基本計画)では家庭系食品ロスについて「2000年度比で2030年度までに半減させる」とされており、これに沿った削減が行われると想定した場合でも年間の家計負担軽減額は0.3万円になる計算だ。
  • 10 食品製造業、外食産業の食品ロス(顧客の食べ残し等)は一般消費者の購入余地が限られると想定し、試算の対象外とした。
  • 11 本稿での支出軽減効果の試算は米1gあたりの支出金額換算に基づく家計平均でみた簡易的な試算であり、実際の家計支出軽減額は世帯の支出品目の構成や世帯人員によって異なる点には留意されたい。
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