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Mizuho RT EXPRESS

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企業の労働需要をどうみるか

─ 雇用保蔵で求人回復は緩やか。省力化で採用ニーズの変化も ─

2022年8月3日

調査部経済調査チーム 主任エコノミスト 風間春香
haruka.kazama@mizuho-rt.co.jp

雇用情勢は緩やかに改善

まん延防止等重点措置全面解除以降の雇用情勢は、就業者数が緩やかな増加基調にある等(図表1)、持ち直している。人手不足感の強い正規雇用の増加傾向が続くほか、対面型サービス業等の非正規雇用も持ち直しに転じている。2020年10月に3.1%まで悪化した失業率は、2%台半ばまで低下した(2022年6月:2.6%)。

経済活動の再開を背景に、企業の労働需要の高まりを指摘する声も増えている。景気ウォッチャー調査(2022年6月調査)の雇用関連DIは59.6で、新型コロナウイルス感染拡大前を上回る高い水準となっている。企業のコメントをみると、「新規開店や新サービスの提供開始などに伴う採用数が増加している」(南関東=求人情報製作会社)、「ここ2~3か月、企業の潜在的な求人意欲が感じられた」(北海道=求人情報誌製作会社)等の声がみられる。

そこで本稿では、雇用情勢の先行きを検討する上で重要となる企業の労働需要に着目し、足元にかけての需要の回復度合いやその背景を確認するとともに、今後の見通しを考察することとしたい。

図表1 就業者数

(注)みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値。
(出所)総務省「労働力調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 業種別の新規求人数

(注)みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値。
(出所)厚生労働省「一般職業紹介状況」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

求人数は回復も未だコロナ前を下回る

新型コロナウイルス感染拡大以降の有効求人倍率は、2020年9月に1.04倍まで低下した。その後は改善傾向が続き、2022年6月は1.27倍となっている。ただし、6月の水準はコロナ前(2019年平均)を下回っている状態だ。有効求人数はコロナ前(2019年平均)を9%下回っている。

業種別の求人動向(新規求人数)を確認すると、コロナ前の水準に戻っているのは建設と製造業である(図表2)。建設は、公共部門による災害復旧や国土強靭化、民間部門による建設投資需要が押し上げ要因になっていることに加え、作業員の高齢化等により慢性的な人手不足の状況が続いている。製造業では、電子部品デバイスや非鉄金属、電気機械や情報通信機械などの業種で政府が国家戦略事業に位置づけた半導体分野やカーボンニュートラルの実現・デジタルトランスフォーメーション(DX)に対応できる人材へのニーズ等が増えている模様である1。一方で、卸・小売や対面型サービス(生活関連・娯楽、宿泊・飲食)をはじめ、幅広い業種はまだ回復途上の状況となっている。なお宿泊・飲食については、インバウンドの受け入れ再開や旅行・外食需要の回復期待を背景に企業の採用意欲の高まりを指摘する声があるものの2、求人数自体はコロナ前対比低い水準である。

雇用保蔵者の存在により、労働需要は緩やかな回復

求人数の回復が緩やかである理由は、サービス業等の需要がコロナ前に戻っていないことに加えて、雇用保蔵者の存在も指摘することができる。雇用保蔵者とは、企業の経済活動等に必要な人員に比べて余剰となっている雇用のことである。

コロナ拡大以降、雇用維持政策として雇用調整助成金の特例措置が講じられてきた。雇用調整助成金自体は雇用保険事業として平時から実施されているものであるが、コロナ対応のために上限額の引き上げや助成率の拡充が実施され、当初予定からの延長が繰り返されてきた(現時点では2022年9月まで延長が決定されることとなっている)。2022年7月22日時点での雇用調整助成金等の累計支給決定額は約5兆9,210億円となっており、リーマンショック時の実績(2009年度:6,538億円、2010年度:3,249億円)を大幅に上回っている3

雇用保険適用事業所に占める雇用調整助成金受給事業所の割合(2020年2月~2021年1月)は17.9%で、リーマンショック期(7.1%)よりも割合が高い4。感染拡大の影響を受けたと考えられる業種を中心に利用されており、宿泊・飲食が約4割と最も高く、生活関連サービス・娯楽が続く(図表3)。

では、雇用調整助成金等の支給は、どの程度の雇用維持効果をもたらしているのか。一定の仮定の下で雇用調整助成金の支給が無ければ失業者になったとみられる労働者(雇用保蔵者)を試算すると、2022年4月時点で40万人~60万人弱、失業率換算で0.6~0.8%ポイントの上昇となる(図表4)5。結果は幅を持って解釈する必要があるものの、雇用調整助成金が無ければ失業率は3.2~3.4%に高まると推察される。雇用保蔵者が残存するため、企業は新規求人よりも雇用保蔵者の活用を優先すると考えられる。こうした状況は、コロナ禍で雇用が大幅に減少し、経済活動の再開局面で求人が顕著に増加している米国とは大きく異なるものである。

図表3 雇用調整助成金の利用状況

(注)雇用調整助成金の支給に関する行政記録情報(雇用調整助成金システムデータ、一般助成金システムデータ、雇用保険データ)によるもの。
(出所)令和4年度第3回雇用政策研究会説明資料(2022年6月20日)より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 雇用調整助成金による失業率抑制効果

(注)1.申請から支給決定までに2カ月かかると仮定し、雇用調整助成金の支給が無ければ失業者になったとみられる労働者数(潜在失業者数)を試算し、労働力人口で除したもの。
2.潜在失業者数=延べ休業日数/1人当たり1カ月平均労働日数×0.544(労働政策研究・研修機構(2017)のアンケート調査における「仮に雇用調整助成金の支給を受けられなかった際に雇用を削減するための措置をとった」と回答した割合)。延べ休業日数=1カ月当たり雇用調整助成金支給額/平均助成額。
(出所)厚生労働省等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

コロナ禍で労働需要の質的変化が進んでいる可能性

新型コロナウイルスの感染拡大以降の労働需要の質的変化により、企業が採用を厳選していることも、労働需要の回復が緩やかであることに影響している可能性がある。日本商工会議所・東京商工会議所の調査(2022年4月)によれば、人手が「不足している」と回答した企業に対応方法を聞いたところ、「生産性向上・業務効率化」に取り組むと回答した企業の割合が60%超であった6

実際、コロナ禍においては、ICTやロボット導入による業務の自動化・省力化への取り組みが増えている。こうした動きは中長期的な人手不足への対応としてコロナ前からあったものだが、感染防止のための非接触需要が加わったことで、その動きが加速している。2022年度の設備投資計画をみると、業務の自動化・省力化効果が大きいとみられるソフトウェア投資額が、製造業、非製造業ともにコロナ前の2019年度を上回る水準となっている(図表5)。労働集約的である小売や宿泊・飲食等でもソフトウェア投資を積み増す動きがあり、例えばオンライン注文・予約システムや自動発注システム等の導入が広がっている。ソフトウェア以外でも、スーパーマーケット等の小売ではセルフレジ・セミセルフレジの普及が進み(図表6)、飲食では配膳ロボットの導入等が増えている様子である7

図表5 2022年度設備投資計画(大企業)

(注) 2022年度は6月調査ベース。ただし、2002年度以降の6月調査と実績値との関係を踏まえて修正した値を使用。
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表6 スーパーマーケットの
セルフレジ・セミセルフレジの設置率

(注) 国内にスーパーマーケットがある企業921社が対象。「設置店舗がある」と回答した企業割合。
(出所)一般社団法人全国スーパーマーケット協会「年次統計調査2021年」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

自動化や省力化による労働需要への影響については、需要を減退させるのか、もしくは補完しながら逆に増加させるのか、現在でも解釈が定まっているわけではない8。しかしながら、企業の採用基準や求める人材像が徐々に変化している可能性はあるだろう。企業は量的な意味での人材確保だけでなく、ICTやロボット導入に代替されない能力・スキルを持った人材を確保したいとの意向を強めていると考えられる9

今後の労働需要は緩やかな回復傾向が持続する見通し

以上をまとめると、今後の労働需要はインバウンドの受け入れ再開や旅行・外食等のサービス消費の増加を背景に、回復傾向が続くとみられる。7月に入り全国的に感染者数が急増しているが、欧州主要国が感染急増から概ね1カ月程度でピークアウトしていることを踏まえると、日本の感染ピークは8月初旬頃になる可能性が高い10。10~12月期以降に「全国旅行支援」の実施やインバウンドの受け入れ緩和が見込まれることは、労働需要を高める要因となるだろう。一方で、雇用保蔵者の存在や企業における業務の自動化・省力化の動きを踏まえると、労働需要の急激な増加は見込み難く、緩やかなペースでの回復となりそうだ。さらなる感染拡大や原材料価格高騰による企業収益の圧迫等、企業の労働需要の抑制につながるリスク要因も存在することから、注視が必要である。

参考文献

酒井才介(2022)「年率+2.1%のプラス成長を予測(4~6月期1次QE)」(みずほリサーチ&テクノロジーズQE予測)
戸田卓宏(2022)「コロナ禍・中長期における賃金の動向と賃金の上方硬直性に係る論点整理」(労働政策研究・研修機構ディスカッションペーパー)


  • 1 リクルートエージェント(2021)「2022年転職市場の展望」等による。
  • 2 日本経済新聞「飲食バイト、時給最高」(2022年6月30日)等による。
  • 3 厚生労働省令和4年度第3回雇用政策研究会資料(2022年6月20日)、労働政策研究・研修機構「雇用調整助成金のコロナ特例について」による。
  • 4 注釈3と同じ。
  • 5 雇用維持効果は、労働者が休業のみを行った場合(休業ケース)と休業と同時に教育訓練も行った場合(教育訓練含む休業ケース)の2パターンを試算。2022年4月時点の失業率抑制効果は、休業ケースで0.8%ポイント、教育訓練含む休業ケースで0.6%ポイントとなる。図表4は休業ケースを図示したもの。
  • 6 日本商工会議所・東京商工会議所「人手不足の状況および従業員への研修・教育訓練に関する調査」(2022年4月)による。中小企業6,007社を対象とした調査(回答率53.6%)。「社員の能力開発による生産性向上」「IT化、設備投資による業務効率化・自動化」「業務プロセスの改善による効率化」のうちいずれかを回答した企業割合。
  • 7 日経MJ「第48回 日本の飲食業調査」(2022年6月22日)による。
  • 8 戸田(2022)による。
  • 9 経済産業省未来人材会議はデジタル化や脱炭素化を受けた能力等の需要変化を検討し、「未来人材ビジョン」(2022年5月)の中で、現在は「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」が重視されるが、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」が一層求められると述べている。
  • 10 酒井(2022)による。
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