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Mizuho RT EXPRESS

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政府は物価高対策を策定も円安が懸念材料

─ 燃料油価格等を抑制しても、2022年度家計負担は約8万円増 ─

2022年9月12日

調査部経済調査チーム 主席エコノミスト 酒井才介
     同               南陸斗
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

食料品や耐久財等で広がる値上げの動き。5割の消費者が5%以上の物価上昇を予想

4月以降のコア消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下「コアCPI」)は、2021年春に実施された携帯電話通信料金値下げによる下押し影響の大部分が剥落したことに加え、歴史的な資源高・円安の同時進行を受けて食料品やエネルギー(ガソリン代・電気代等)、家具・家事用品(ルームエアコンやテレビ、ソファーやベッド等)が値上がりし、前年比+2%台での推移が継続している。

足元のCPIについて、財・サービス別に上昇・下落品目割合をみると、上昇品目の割合は2008年の資源高局面(コモディティのスーパーサイクル局面と呼ばれ、夏場にコアCPI前年比が+2%台で推移した)を大きく上回る状況だ(図表1)。

図表1 財・サービス別にみた上昇・下落品目割合

(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

食料の上昇品目割合(2008年7月:70%→2022年7月:77%)が高まっていることに加え、家具・家電等の耐久財で上昇品目割合の増加が顕著であり(2008年7月:29%→2022年7月:88%)、半導体不足などの部品の供給制約に加え、円安進展が影響している模様だ。

9月以降も飲食料品をはじめ、幅広い品目で値上げの動きが継続する見通しだ(図表2)。

図表2 9月以降の値上げ予定品目

(出所)各社プレスリリース等により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

帝国データバンク調査によると、10月に飲食料品の値上げ品目数がピークを迎える見通しである。さらには、多くの保険会社が10月に火災保険料の引き上げを予定しており、コアCPIを+0.1%Pt程度押し上げる見込みである。

こうした値上げの広がりを受け、内閣府「消費動向調査」によれば約5割の消費者が1年先の物価について5%以上の上昇を見込んでいる(図表3)。

図表3 消費者が予想する1年先の物価見通し(構成割合)

(注)二人以上世帯。「分からない」の回答を除いたもの
(出所)内閣府「消費動向調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

消費者の間で物価上昇を覚悟せざるを得ない空気感が強まっている様子がうかがえる。

政府は物価高対策を策定。ガソリン価格抑制等によりCPIを▲0.6%Pt下押しの効果

こうした中、政府は9月9日に「物価・賃金・生活総合対策本部」を開き、物価高対策を取りまとめた。①食料品対策(輸入小麦の政府売渡価格の据置き、飼料価格の高騰対策、食品ロス削減対策等)、②エネルギー対策(ガソリン等燃料油価格の激変緩和措置の10月以降の延長等)、③地域の実情に応じた生活者・事業者支援(地方創生臨時交付金の増額)、④低所得世帯に対する支援(電力・ガス・食料品等価格高騰緊急支援給付金)が柱となり、3兆円半ばを予備費から支出する予定だ。

対策のメニューは概ね酒井・南(2022)が想定していた通りであり、燃料油価格の激変緩和措置が10月以降も延長されることでガソリン価格が1リットルあたり(自然体では190円台での推移が見込まれるところ)168円程度に抑制されることが見込まれる(図表4)。

図表4 ガソリン価格の見通し

(注)燃料油価格の激変緩和事業について、2023年6月までの延長を想定。2023年1月以降は1カ月に5円ずつ、現行35円の補助上限額が引き下げられると仮定した
(出所)資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和補助金」等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

政府は年末までの実施としているが、2023年入り後もガソリン価格は自然体では190円台での推移が見込まれ、措置が再延長される可能性が高いだろう。措置の1~3月期までの再延長(1月以降は1カ月に5円ずつ補助上限額が引き下げられると仮定。この場合2023年6月に措置が終了となる見込み)を想定した場合、政府の物価高対策により2022年度コアCPI前年比は▲0.6%Pt程度下押しされることが見込まれる。

輸入小麦の政府売渡価格については、次回改定期の10月にはロシアによるウクライナ侵攻以降の小麦価格高騰が反映されることで大幅上昇が見込まれていたが、緊急措置として、前回4月改定額を据え置くことが決定された。図表5のとおり、農林水産省によれば従来通り直近6か月の算定期間により算定した場合2022年10月期に小麦売渡価格は1トン当たり86,850円程度まで上昇(4月期比+19.7%上昇)すると試算されるが、今回の対策により10月以降も2022年4月期の価格水準(1トン当たり72,530円)で据え置かれることになる。

図表5 輸入小麦の政府売渡価格

(注)点線は政府施策による価格抑制が実施されなかった場合
(出所)農林水産省等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

小麦関係商品(食パン、麺類、菓子類等)の値上げが抑制されることで(政府売渡価格を抑制しない場合に比して)2022年10月以降のコアCPIが▲0.02%程度下押しされ、2022年度でみた家計負担は約0.2万円軽減されると試算される(農林水産省によれば小麦関連商品の小売価格に占める原料小麦代金の割合は食パンで8%、うどん・中華そば(外食)で1%、小麦粉(家庭用薄力粉)で29%程度であり、燃料油価格の激変緩和措置に比べてCPI・家計負担への影響は小さい)。

加えて、住民税非課税世帯に対しては1世帯当たり5万円の給付措置が講じられる。酒井・南(2022)は、2022年度の家計負担(食料品、エネルギー、家具・家事用品の価格上昇に伴う支出負担)を収入階級別に試算し、低所得世帯ほど収入対比でみた負担増が大きいことを指摘している。物価高の打撃が特に大きい低所得世帯に対象を絞って給付措置を拡充することは、家計の生活支援策として妥当と言えるだろう(住民税非課税世帯への給付による2022年度GDPの押し上げ効果は+0.1%程度と限定的だが、本政策は景気刺激策というよりも困窮対策としての位置づけとして理解するべきだろう)。

物価高対策を考慮してもコアCPI前年比は10~12月期に+3%に達する見通し

こうした政府の物価高対策による効果を考慮しても、先行きの消費者物価はさらに伸び幅を高める見通しだ。仕入価格が高騰する中、これまで価格転嫁を控えてきた企業においても、値上げ・再値上げに踏み切らざるを得なくなる動きが今後も広がっていくとみられる。値上げを表明する企業が増えてくれば、同調して値上げを行う同業他社も多く出てくるだろう。

前述したように飲食料品に加えて耐久財や火災保険料など幅広い品目で値上げの動きが継続することに加え、昨年の通信料値下げの影響の剥落も重なり、10~12月期にはコアCPI前年比が+3%台に達する可能性が高まっている(図表6。食料品を中心とした値上げの広がりが想定よりも早いことや、後述の円安の進展等を踏まえ、酒井・南(2022)の予測値から上方修正している。政府による物価高対策がなければコアCPI前年比は+3%台半ばまで上昇する見通しだ)。

図表6 コアCPIの見通し

(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

なお、感染第7波の収束後に実施が見込まれる政府の「全国旅行支援」が(消費者の平均的な消費行動に該当しないとの整理で)CPIに反映されない場合、10~12月期以降のコアCPI前年比はここでの予測値からさらに+0.2%Pt程度上振れることが見込まれる。

懸念材料は円安進展。1ドル=145円の円安が続けば今年度家計負担増は8万円超

懸念材料は足元の急な円安である。内外金利差の拡大、経常収支の悪化等を背景に、ドル円相場は8月以降再び円安方向に動いており、足元では日米金融政策の違いを意識した投機筋の円売り等を受けて1ドル=140円台半ばまで急速に円安が進展している。米国では高インフレを受けてFRB(連邦準備制度理事会)が2022年内に4.0%近傍まで政策金利を引き上げることが予想され、こうした円安地合いは年末にかけて続くとみられる。坂本(2022)が指摘しているように、一時的に1ドル=150円を試す展開もあり得るだろう。

みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)が整理しているように、円安による日本経済への影響についてはメリット・デメリットの双方がある。例えば、海外への輸出が多い製造業ではプラス効果が大きいだろう。一方、消費者の側からみれば、円安の進展は輸入物価の高まりを通じて消費者物価の上昇につながり、実質所得の目減りという形で負担になる。

そこで本稿では、酒井・南(2022)と同様の手法を用いて、仮に9月以降2022年度末まで為替が1ドル=145円程度での推移が続いた場合の家計負担(食料品、エネルギー、家具・家事用品の価格上昇に伴う支出負担)について以下のように試算した。なお、原油価格等の想定については、酒井・南(2022)と同様とした。

この場合の2022年度の家計負担は、政府の物価高対策(4月の物価高対策と今回の追加対策)が実施されない場合、前年度対比で1世帯当たり約10.3万円増加する結果になった(図表7)。

図表7 食料・エネルギー・家具家事用品の価格上昇に伴う年収階級別の負担増(2022年度)
※9月以降、1ドル=145円の円安が続いた場合

(注)2022年度の2021年度に対する負担増額を試算。二人以上世帯(世帯人員の平均は2.95人)を想定。「物価高対策なし」は、輸入小麦の政府売渡価格の抑制(2022年10月~)及び、燃料油価格の激変緩和措置(2023年1月以降も延長を想定)、節電ポイント、肥料支援の影響を除いた試算。負担増額は食料、エネルギー、家具・家事用品の負担増額の合計。負担率は年間収入に対する負担額の比率
(出所)総務省「家計調査」等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

内訳では、食料品が約4.2万円、エネルギーが約5.3万円、家具・家事用品が約0.9万円増加するとみている。酒井・南(2022)の試算(10~12月期に1ドル=140円台前半まで円安が進展し、2023年入り後に1ドル=130円台後半まで円高が進むと想定)と比べ、1世帯当たり約0.5万円負担が増加する計算になる。

政府の物価高対策を考慮した場合の家計の負担増は、図表7のとおり、前年度対比で1世帯当たり約8.2万円となる計算だ。燃料油価格の激変緩和措置で1.7万円、小麦の政府売渡価格抑制で0.2万円、節電ポイントで0.2万円、肥料代支援で0.1万円、これらを合わせて計2.2万円の家計負担軽減効果を見込んでいるが、それでも家計の負担増が8万円を上回る格好になる。酒井・南(2022)と比べて約0.3万円の負担増となる計算だ。低所得世帯(年収300万円未満)の収入対比でみた負担増は消費税率3%引き上げによるインパクトを上回り1、今回の物価高対策において、低所得世帯(住民税非課税世帯)を対象として給付措置を実施する点には合理性があると言えるだろう。

10月の「総合経済対策」では中期的な物価高対策の策定が重要

先行きの日本経済を考える上で、物価高は大きな懸念材料である。名目賃金はプラスで推移しているものの物価の伸びが上回り、足元の実質賃金は前年比マイナス幅が拡大傾向で推移している(図表8。サンプル替え等を踏まえた断層調整済みの実質賃金は7月で前年比▲1.7%)。

図表8 実質賃金の推移(6カ月平均)

(注)サンプル調整やベンチマーク切り替えの影響を踏まえた断層調整済み。帰属家賃を除く総合CPIにて実質化
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

感染第7波の収束に伴いサービス消費の回復が見込まれることに加え、コロナ禍で積み上がった超過貯蓄(コロナ禍前(2019年)対比でみた家計貯蓄の増分は2021年度末時点で50兆円超)が物価高の影響をある程度和らげると期待され、個人消費が腰折れするまでには至らないとみているが、超過貯蓄の大半は高所得者層が蓄積しており、貯蓄が増えておらずバッファーが薄い低所得者層は物価高が消費抑制につながりやすい。

内閣府「消費動向調査」で8月の消費者態度指数を収入階級別にみると、高所得者層が大きく改善した一方、中低所得者層の戻りは鈍く、物価高がマインド改善の足かせになっている(図表9)。

図表9 世帯の年収階級別消費者態度指数の推移

(注)収入階級別の指数はみずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値。全体の指数は内閣府による季節調整値
(出所)内閣府「消費動向調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

先行きも低所得者層を中心に支出削減を余儀なくされる状況が続くことで、個人消費の回復を抑制する要因になろう2

今回の物価高対策は家計の生活支援を中心とした「止血策」としての意味合いが強いものだ。物価高への対応が必要だからと言って、こうした事業者への補助金支給や低所得者への給付をいつまでも続けるというわけにはいかない。物価高に対する日本経済の耐性を構造的に強化する取り組みが不可欠であり、岸田首相が10月の策定を表明した「総合経済対策」においては、中期的な視野に立ってグリーン化の進展等により燃料依存度を引き下げる政策、「人への投資」を拡充する政策(職業訓練、リカレント教育の拡充等)等の一層の推進が求められる(酒井・服部(2022)を参照)。

[参考文献]

酒井才介・服部直樹(2022)「新しい資本主義・骨太方針をどう見るか?~人への投資の方向性は正しいが力不足。負担の議論は先送り、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年6月6日
酒井才介・南陸斗(2022)「政府の対策を考慮しても物価高の家計負担大~食品ロス削減など家計の工夫も重要に」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年8月2日
坂本明日香(2022)「まだ続く円安。先行きを占う3要因~22年末にかけ150円を試す可能性。23年以降緩やかな円高」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年7月27日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)「2022・2023年度 内外経済見通し~ウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰で世界経済は減速」、2022年4月26日


  • 1 2014年に消費税率が5%から8%に引き上げられた際の年収300万円未満世帯の収入対比の税負担率の増分は2.4%Ptと試算される。
  • 2 日本生活協同組合連合会が6月に行ったアンケート調査によると、「直近3カ月でどのような項目の節約を行ったか」という設問に対し、「ふだんの食事(食料品・菓子・飲料・テイクアウトなど)」と回答した割合は56.5%と全項目中最多で、2021年7月調査時(22.0%)と比べ、回答割合が2倍以上増加している。また、具体的に節約したい食品について聞いた設問に対する回答の上位3つを見ると、「菓子・おやつ」、「デザート・スイーツ・アイス」、「調理済みの総菜やお弁当」が入っており、菓子やデザート等の嗜好品を我慢し、弁当も手作りを増やして支出を抑えようという行動がみてとれる。娯楽品やブランド品だけでなく、食料品のような生活に身近なものについても節約意識が高まっている様子がうかがえる。
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