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Mizuho RT EXPRESS

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政府の総合経済対策の評価と今後の課題

─ 2023年度GDPは+1.1%増加。2023年CPIは▲1.3%Pt低下 ─

2022年11月1日

調査部経済調査チーム 主席エコノミスト 酒井才介
     同               南陸斗
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

政府は総合経済対策を閣議決定。財政支出の規模は39兆円

10月の都区部コアCPIは前年比+3.4%と、消費税の影響を除くと1982年6月(同+3.4%)以来、40年ぶりの伸びに達した。生鮮食品を除く食料の伸びがさらに加速している(9月同+4.5%→10月同+5.9%)ことに加え、衣料や生活雑貨等の品目でもコスト増加分の転嫁が進み値上げが進行している。飲食料品等の日用品を対象とした日次物価指数の動きをみると、10月入り後に一斉値上げを受けて上昇幅が急拡大している(図表1)。

図表1 日次物価指数 (前年比、7日間移動平均)

(出所)株式会社ナウキャスト「日経CPINow」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

CPI採用品目の調査日は毎月中旬が多いことを踏まえると、10月後半以降の値上げで11月のCPIは更に押し上げられるとみられる。10~12月期の全国コアCPIは前年比+3%台後半まで伸びが高まる公算が大きくなった。

こうした中、政府は10月28日に物価高対応を中心とした「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(以下、総合経済対策)を閣議決定した。①物価高騰・賃上げへの取組(財政支出12.2兆円)、②円安を活かした地域の「稼ぐ力」の回復・強化(同4.8兆円)、③「新しい資本主義」の加速(同6.7兆円)、④国民の安全・安心の確保(同10.6兆円)の4本柱で構成され、今後の備えとしての予備費(同4.7兆円)を含めて財政支出は全体で39.0兆円となり、民間資金分も含めた事業規模は71.6兆円に上る(図表2)。

図表2 総合経済対策の概要

(出所)内閣府資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

「30兆円の規模が必要」と与党幹部が発言する等、「予算規模ありき」の議論が先行する形で財政支出の規模が膨張した感が否めないほか、財政制度等審議会が指摘しているように、潜在GDPの推計方法によって数字が大きく異なる需給ギャップに基づいて財政支出の規模を決める考え方にも疑問の余地はある。一方で、物価高が人々の生活を圧迫しているのは事実であり、資源価格や円安(あるいはその背景にある海外の利上げ)そのものを政府が制御することが困難である中で、財政支出で家計・企業に対する支援を拡充するほか、リスキリング支援等の「人への投資」の予算規模拡充や省エネ投資支援等の中期的に必要な対策を講じる姿勢は評価出来るだろう。

経済効果:GDPを2022年度で+0.1%、2023年度で+1.1%押し上げ

今回の経済対策の経済効果(GDP押し上げ効果)はどの程度だろうか。事業規模は巨額であるが、図表3のとおり、「真水」(国・地方の歳出)は、そのうちの一部(37.6兆円)に限られる。

図表3 総合経済対策の事業規模・真水

(出所)内閣府資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

さらに、真水の中でも予算計上額がそのまま新規需要につながるわけではなく、消費性向・投資性向などを勘案すればGDPを押し上げる効果は一部にとどまる。現時点では、金額ベースで7兆円程度の経済効果が2022~23年度に発現するとみている。

電気・ガス代の2~3割の上昇を抑制する施策に加え、燃料油価格の激変緩和措置(ガソリン等元売り事業者への補助金)が延長されることで、2023年1月以降の企業・家計向けの負担が軽減される。これにより、2022年度GDPを+0.1%、2023年度GDPを+0.2%程度押し上げると見込んだ(家計の限界消費性向を0.25と想定したほか、企業の投資性向は設備投資のキャッシュフロー弾性値を推計した川畑(2021)を参考にして計算)。

そのほか、防災・減災、国土強靭化関連の公共事業が2023年度GDPを+0.5%、インバウンド受入支援のためのサービス業等の施設リノベーション支援、輸出産業支援等で2023年度GDPを+0.3%押し上げると見込んだ。グリーン化・デジタル化・経済安全保障関連については、基金の創設などを受けて中長期的に支出され、予算規模に比して短期的な経済効果(設備投資などの押し上げ幅)は大きくないと考えた。円安を活かした地域の「稼ぐ力」の回復・強化は重要だが、小野寺他(2022)が指摘しているように海外経済の減速や中国のゼロコロナ政策継続等が制約要因になるとみている。国内回帰支援については、国内市場の成長期待の低さ、人手不足等といった構造的な課題を解消しない限りは円安や政府の補助金だけで国内回帰に動く企業は一部にとどまるとみている1。また、ウクライナ情勢などへの対応として積み増しされた予備費(4.7兆円)については支出の有無や使途が不透明であることから経済効果の算定に加えていない。

以上を踏まえ、現時点では、今回の経済対策によるGDP押し上げ効果は、トータルで7兆円程度が見込まれ(図表3)、2022年度で+0.1%(企業・家計向けのエネルギー価格抑制や子育て世帯への給付等が押し上げに寄与)、2023年度で+1.1%(企業・家計向けのエネルギー価格抑制や子育て世帯への給付の効果が引き続き発現することに加え、公共事業の進捗やインバウンド・輸出促進支援を受けた設備投資需要などが押し上げに寄与)と試算した(図表4)2

図表4 総合経済対策の経済効果

(出所)内閣府資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

盛り込まれた施策の多くは規定路線に位置づけられる内容で、10月に公表したみずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)の成長率予測ではこれらの大部分を織り込み済みであり、2023年度成長率(今回対策公表前は+0.9%と予測)の上振れ幅は+0.3%Pt程度とみている(みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)が想定していたよりも企業・家計向けのガス・電気代の抑制策の規模が大きかったこと等による上振れである)。

なお、10月28日に公表された政府資料では細かな施策ごとの支出規模が把握できないため、本稿での試算はこれまでの各種報道等に基づいて行った概算であり、幅をもってみる必要がある点に留意されたい。

2023年コアCPIを▲1.3%Pt下押しも、賃上げ促進による構造対策が急務

前述のとおり今回の対策は物価高対応が中心であり、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)の原油価格の予測等を踏まえると、ガソリン・電気・ガス代の抑制により2023年全体のコアCPIを▲1.3%Pt程度下押しすると見込まれる(図表5。ガソリン代で▲0.2%Pt、電気代で▲0.9%Pt、ガス代で▲0.2%Pt程度の下押しと試算)。

図表5 コアCPIの下押し効果

(注)2023年10月以降もガソリン・電気・ガス代抑制策が延長されると想定
(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

政府の対策が無ければ、2023年1~3月期のコアCPI前年比は+3%台後半の高い伸びになると予想されたが、対策効果(2023年1~3月期の下押し幅は▲1.4%Pt程度と試算)により+2%前半まで抑制される見通しだ。先行きの原油価格については、世界的な景気減速を背景に下落基調での推移が見込まれる一方、米国の戦略備蓄買戻し、継続的なOPECプラスの供給コントロール方針、インフレを受けた生産コスト増といった価格の下支え要因が複数見込まれることから、価格の下落ペースは緩慢なものに留まるとみている。今回の対策では9月までの価格抑制策の実施が予定されているが3、商品市況高騰の一服に伴い補助額は徐々に縮小されるとみられるものの、2023年10月以降もガソリン・電気・ガス代抑制策は延長される可能性が高いだろう。燃料油価格の激変緩和措置についてもこれまで延長が繰り返されてきており、こうした価格抑制策の停止に係る判断(出口戦略)が今後の課題となりそうだ。

今回の対策により、2023年の家計負担は▲4.9万円程度(電気代で▲3.2万円、ガス代で▲1.0万円、ガソリン・灯油代で▲0.7万円)抑制されると試算している(図表6。電気・ガス・ガソリン代価格抑制策について2023年10月以降の延長を織り込んでいる)。

図表6 家計負担の抑制効果(2023年)

(注)2023年10月以降もガソリン・電気・ガス代抑制策が延長されると想定
(出所)内閣府資料等により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

なお、今回の物価高対策は2023年以降の(特に本格改定値上げが見込まれる来春以降の4)追加的な電気・ガス代価格上昇による影響を抑制することに主眼が置かれた内容であることから、足元の負担感が大きく減少するものではない。2022年度について、みずほリサーチ&テクノロジーズは年度後半にドル円相場が1ドル=150円程度の水準で推移した場合、2022年度の家計の支出負担増が前年度対比で1世帯当たり平均+8.6万円程度増加すると試算している。来春の電気・ガス代の値上げによる影響を今回の対策が相殺したとしても、2023年度も家計の体感物価は高止まりが続く可能性が高く、節約志向の高まりが個人消費の回復ペースを阻害する状況が続くだろう。

また、こうした対策はあくまで一時的な「止血策」であり、中期的には、賃上げの促進等を通じてコスト高に対する日本経済の耐性を構造的に強化する必要がある。前述したとおり今回の対策でリスキリング支援等の「人への投資」の施策パッケージを5年間で1兆円に拡充する方針が掲げられたが、方向感としては歓迎すべきである一方、経済成長率を欧米並みに引き上げるには依然として力不足である(服部(2022)は、日本の成長率を欧米並みに引き上げるために、官民で年間4兆円程度の人的資本投資が必要であると試算し、現状対比の追加額は年間2.3兆円、うち1.3兆円を公費負担すべきであると指摘している)。服部他(2022)が指摘しているように、現在の職業訓練政策の課題(特に非正規雇用者、雇用保険の受給資格がない個人向けの職業訓練プログラムの不足)を踏まえて拡充内容を設計する必要があるだろう。

さらに、ガソリン代・電気代・ガス代の抑制策は高所得者を含めて一律に恩恵が広く及ぶため(この点は野党が主張する消費税減税も同様である)、物価高に対する生活支援策としては低所得者に対象を絞った施策の方が費用対効果は大きい。自治体と連携して行政のデジタル化を推進し、家計の所得状況を行政がタイムリーに把握し、真に支援が必要な層にピンポイントでプッシュ型給付を実現する仕組み(インフラ)を構築することが急務であろう。

[参考文献]

小野寺莉乃・酒井才介・坂本明日香・諏訪健太(2022)「水際対策緩和でインバウンドは回復前倒しへ~2022年度GDPを+0.2%押し上げ。円安抑制効果は限定的」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年9月21日
川畑大地(2021)「製造業に交易条件悪化の試練~原料輸入増で先行きの収益・投資に下振れリスク~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2021年10月14日
服部直樹(2022)「「新しい資本主義」と人的資本投資~生産性と所得格差からみる日本の長期停滞要因と処方箋」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほリポート』、2022年5月20日
服部直樹・風間春香・中信達彦(2022)「日本の職業訓練政策の現状と課題~成長と分配の好循環実現に向けた制度改革の方向性~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほリポート』、2022年8月10日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)「2022・2023年度 内外経済見通し~政策が高める不確実性。蓋然性増すインフレ下の景気後退リスク」、2022年10月24日


  • 1 日本政策投資銀行「全国設備投資計画調査」(2022年6月)では、原材料高等を受けてサプライチェーンの見直しを検討する企業が多いことが示されている。しかし、見直しの内容としては「海外調達先の分散、多様化」や「製品・部品の標準化・規格化」、「戦略在庫の確保」を挙げる企業が多く、「海外拠点の国内回帰」を挙げる企業は過去2年間と同様の5%程度にとどまっている。
  • 2 政府は総合経済対策の効果として実質GDPを+4.6%押し上げると試算しているが、本稿とは消費性向・投資性向の想定が異なる可能性があるほか、本稿で織り込んでいない中長期的に発現する効果も織り込んでいるとみられる。
  • 3 岸田首相は10月28日の会見において、エネルギーの価格抑制策について「来年9月以降のことは何も決まってない。その時点でのエネルギー価格の動向を踏まえながら予断をもたず判断していく」と説明している。
  • 4 一部の電力会社が規制料金を来年4月以降に値上げする方針を発表している。値上げ幅等について具体的な内容を固めた上で国に料金認可の申請を行う見通しである。
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