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Mizuho RT EXPRESS

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中央銀行の苦悩

─ 試練の時を迎える2023年 ─

2022年12月22日

調査部プリンシパル 小野 亮
makoto.ono@mizuho-rt.co.jp

中央銀行の苦悩

2021年12月のイングランド銀行(BOE)による利上げで幕を開けた欧米中銀の利上げレースに、ちょうど周回遅れながら日銀も加わることとなった(筆者の私見であり、日銀は利上げであることを否定している)。2022年、欧米中銀は「座してインフレの沈静化を待つことは誤り」と気づき、大幅かつ連続の利上げを進めてきたが、2023年もまだ追加利上げが必要(かもしれない)と考えている。これは、2023年には物価安定の回復に目途をつけることを中銀があきらめている、ということだ。金融政策の効果が表れるまでには時間差(ラグ)があるため仕方ない、と言えばその通りだが、であればなおのこと、2022年に利上げをもっと急ぐべきであったはずである。それが出来なかったのは、景気や雇用への配慮であり、金融市場の不安定化への警戒のためだ。

数十年前、当時の米連邦準備制度理事会(FRB)議長が残した言葉が思い起こされる。「なぜ世界的なインフレという病はこれほどまでに頑強なのか。なぜ、世界的なインフレという病は、様々な努力、断固とした努力に屈しないのか。特に、インフレ対策が本業であるはずの中央銀行が、なぜこの世界的な問題に対してこれほどまでに無力なのだろうか。」「インフレを嫌い、インフレに対して強力な武器を持っているにもかかわらず、近年、中央銀行はこの使命を全く果たせずにいる。このパラドックスにこそ、中央銀行の苦悩がある。」

2023年、欧米中銀の苦悩は一層深まるとみられる。

焦るFRB

パウエル議長率いる現在のFRBは、2021年10月末から11月中旬にかけて発表された賃金、雇用、物価の動きに異変を感じ、「インフレは供給要因による一時的なもの」「需要要因でなければ金融政策では対応できない」というそれまでのスタンスを撤回。インフレ退治を最優先とする方針転換を行った。

しかし、実際に利上げに踏み切ったのは2022年3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)である。その時点で明らかになっていた米消費者物価指数(CPI)はすでに前年比+7.9%と、1982年1月以来もっとも高い水準に悪化していた。エネルギー物価が同25.6%、食品物価が同7.9%と大幅に上昇していたことに加え、コアもまた「ほぼすべての主要品目の値上がりによって」(米国労働省)同+6.9%の高さに達した。引き締めの遅れは否めない。

その遅れを取り戻すかのように、3月から12月までの間にFRBは計4.25%もの利上げを行った。40年ぶりの高インフレに、同じく40年ぶりの急速かつ大幅利上げで対応した形である。

最初の3月は0.25%と通常の利上げ幅だったが、続く5月に0.5%の「大幅」利上げを実施。さらに6月から11月までは4回連続で0.75%という「3倍速」利上げに踏み切った。12月の利上げ幅は0.5%にスローダウンしたが、2023年も追加利上げが続く。2022年12月会合でFOMC参加者のほとんどが、2023年末の米政策金利見通しについて5%を超える水準を示しており、パウエル議長はこの見通しを「2023年は利下げを行わない(引き締め姿勢を維持する)という意味だ」と解説している。

不況の恐怖

しかし、2023年の米国経済には厳しい引き締めによるハードランディングが待っているとみられる。景気や雇用の悪化が現実になれば、国内世論や政治家をはじめとして、FOMC内でもハト派を中心に「行き過ぎた利上げ」を修正すべきだとの声が強まるだろう。財物価のディスインフレ圧力を中心として、インフレ率が緩やかな低下基調を辿るとみられることも、利下げ派の正当性を高めよう。

インフレ退治を優先するか、景気・雇用に配慮するかで簡単に意見対立が生じてしまうことは、最近のBOEをみれば分かる。12月に開催された英金融政策委員会(MPC)は、0.5%の利上げを決定したが、6対3と大きく意見が分かれた。反対派のうち1人は0.75%の利上げを支持したが、残る2人は金融政策の据え置きを支持した。後者の言い分はこうだ。

「実質所得の低下と金融引き締めの結果、実体経済は依然として弱い。景気後退が労働市場に影響を及ぼし始めている兆候が強まっている。一方、金融政策の効果は遅れて出るという事実は、過去の利上げによる大きな影響がまだ出ていないことを意味する。つまり、現在の政策金利は、すでにインフレ率を目標に戻すには十分すぎるほどであり、中期的には目標値を下回ることになる。政策スタンスは一段と制限的になっており、リスク管理を理由にさらなる引き締めを行う強力な理由はもはや存在しない。」

2023年に入れば、FOMCでも、ブレイナード副議長を筆頭とするハト派から、こうしたロジックに基づいた利下げ要求が強まっていくことは想像に難くない。「目先の失業に対する恐怖が、現在あるいは将来のインフレに対する恐怖よりも経済政策立案を支配する」(元FRB議長)ようになるだろう。

時間との戦い

一方、金融市場参加者が、中銀の引き締め姿勢の強さを見誤り、その結果として金融コンディションが中銀の意図・期待よりも緩和し、インフレ圧力の再燃と一段の引き締めを促すリスクもある。2022年12月の欧州中央銀行(ECB)の政策理事会が示した予想外のタカ派姿勢は、その一例と言えよう。

ECBは今夏以降、金利のフォワードガイダンスを止め、会合ごとに政策金利を決定していく方針をとるようになった。12月の理事会でも「経済指標次第で会合ごとに決定する」姿勢は維持されたが、「金利はなお安定したペースで大幅に上昇する必要がある」と事実上のフォワードガイダンス回帰、タカ派姿勢の復活となった。ECBは、2023年3月から量的引き締めに着手することも発表した。

ECBがわずか数カ月で方針転換を迫られた背景にあるのは、ECBスタッフによるインフレ予測が示した悪夢のシナリオである。ECBスタッフによれば、ユーロ圏のインフレ率は2025年にようやく2%台半ばに戻る。この予測は、金融市場参加者の政策金利予想を使っているため、「このまま期待を放置すれば、賃金が加速し、ECBが望む2%の物価安定は達しえない」という警告を発することになった。

高インフレが長く続くほど、人々は「持続的な高インフレ」を前提にした経済活動(値決めや賃金交渉など)を行うようになってしまう。「人々は、経済活動が好調であろうと後退していようと、一般に将来もインフレが続くと予想して行動するようになる。このような心理が一旦支配的になると、インフレを激化させる中央銀行の誤りの影響は、景気後退が始まった後でも、何年にもわたって続く可能性がある。」(元FRB議長)

インフレとの戦いは時間との戦いということだ。

健全性の罠

欧米中銀がインフレ退治に成功するのかどうかは、緩やかにせよディスインフレが進行し、景気後退リスクが高まる2023年に、どれだけ引き締め姿勢を維持し続けられるのかにかかっている。特に世界経済・金融市場に影響が大きい米国については、構造的な労働需給の引き締まりと金融的健全性の相乗効果を念頭に、金融政策を運営していく必要があり、FRBは難しい判断を迫られる。

米国の労働市場では、高齢者の早期引退等を主因とした構造的な労働供給不足と、企業経営環境の激変やイノベーションの活用に対応できる高スキル人材に対する構造的な労働需要の強まりが併存している。景気後退でいったんは労働需給が緩むとみられるが、景気回復の合図と共に労働需給が急速に引き締まる可能性がある。

コロナ禍前の3度の景気後退はいずれも深刻な資産・債務バブルの崩壊を伴った。その後遺症として、景気が回復に転じても、雇用が十分には生まれない「ジョブレス・リカバリー」や「ジョブロス・リカバリー」という状況が長く続いた。一方、少なくとも現時点の米国経済には、かつてのような資産・債務バブルはみられず、そのため景気後退が起きたとしても経済・金融的な傷は比較的浅いだろう。結果として、来るべき回復は、40年前に見られたような、雇用創出を伴う(伝統的な)「ジョブフル・リカバリー」が期待される。その分、賃金・インフレ圧力の再燃に注意が必要な回復となる。

そのため、政策金利もかつての回復期のようにゼロ金利などではなく、高い水準にとどまるだろう。すでにノンバンクの住宅金融業など、引き締めによってビジネスモデルの見直しを迫られるセクターが出ているが、むしろそうした動きが景気回復過程の中で続くことで、新たなバブルの芽ができる可能性もある。

かつてグリーンスパン議長下のFRB(1987~2006年)が進めた利上げとソフトランディングの成功が、サブプライムローン問題の新局面を生むきっかけとなったことはあまり知られていない。2000年代半ば、当時のFRBがゼロ金利政策を解除し、利上げを進め、ソフトランディングに成功する中、ノンバンクの住宅金融業者は、高金利でも住宅ローンの借り手が減らないように、借入当初は金利負担のみとするインタレスト・オンリー・ローンを信用力の低い借り手に売り込むようになった。そして金利優遇期間が過ぎると、その持続不可能性が露見していき始めたのである。

韻を踏む金融政策

2022年、欧米中銀はインフレ退治の難しさを思い知ることになった。パウエル議長は、インフレ退治に成功したボルカー元議長(1979~1987年)の回顧録のタイトル「諦めずに頑張ること」(Keep it at)を教訓として胸に刻んでいる。しかし、その置かれた環境、制約、そして行動は、もう1人の元議長と瓜二つだ。インフレ退治に失敗し、史上最悪の議長と言われたバーンズ元議長(1970~1978年)であり、先に引用した言葉も全て、バーンズ元議長の退任講演等からの引用である。

バーンズ元議長によれば、「中央銀行の苦悩」はFRBが置かれている時代の潮流に原因がある。当時は、世界恐慌と第二次世界大戦を経て、政府にこそ雇用の維持と創出の絶対的責任があるとされるようになっていた。中銀もその役割を負い、政府は財政金融政策を積極活用し、景気変動を平準化することが是とされた。そしてそのツケが、高インフレの定着だった。

こうした考察に基づくバーンズ元議長のインフレ退治の処方箋は、政府と中銀による総合的な対応が不可欠というものだ。具体的には、財政健全化、物価・賃金の硬直化を招いている各種制度・規制の見直し、中銀のインフレ退治に対する揺るぎのない支持、供給力強化のための法人税減税、の4本柱である。物価安定に向かうベクトルは真逆だが、日本の政府・日銀の共同声明(2013年1月)と本質は同じだ。

2023年、雇用重視という現実に欧米中銀は抗えるのか。米国では翌年に大統領選を控えてもいる。40年前と比べればまだ“短く低い高インフレ”が、かえってボルカー的な極めて厳しい引き締めの実践を困難にするとすれば、皮肉としか言いようがない。欧米中銀は試練の時を迎える。

[参考文献ほか]

小野亮(2021)「インフレ抑制なくして雇用なし~FRB次期体制と当面の米金融政策の展望~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『みずほインサイト』、11月26日
―――(2022)「困難な調整が待ち受ける米国経済~迅速な引き締めでもインフレ抑制には高い壁」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、4月7日
―――(2022)「焦りを見せる5月FOMC~期待を通じた引き締め前倒しは米物価情勢の深刻さの裏返し~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、5月10日
―――(2022)「政策的逆風下でも米家計の流動性は潤沢~巨額の現金保有と構造変化を受けた米企業の積極採用が支え~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、6月3日
―――(2022)「3倍速利上げも視野?~米金融政策の引き締め強化と景気後退リスクの高まり~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、6月14日
―――(2022)「米政策金利は4%を睨むが終着点は見えず~6月FOMCは0.75%利上げ、引き締めは長期化~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、6月16日
―――(2022)「険しさ増す米ソフトランディングへの道~景気後退によるデフレ効果はわずか~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、6月24日
―――(2022)「9月0.75%利上げも示唆した7月FOMC~2四半期マイナス成長でも物価安定の回復が最優先~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、7月29日
―――(2022)「楽観論を退けるインフレ力学の3つの教訓~パウエルFRB議長のジャクソンホール講演~」みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、8月29日

Burns, Arthur F.(1987)“Anguish of Central Banking,” Palgrave Macmillan Books, in: Pierluigi Ciocca (ed.), Money and the Economy: Central Bankers’ Views, chapter 7, pages 147-166, Palgrave Macmillan.
Feldstein, Martin(2013)“An Interview with Paul Volcker,” Journal of Economic Perspectives, 27 (4): 105-20.
Meltzer, Allan H.(2006) “From Inflation to More Inflation, Disinflation, and Low Inflation,” The American Economic Review, May, 2006, Vol. 96, No. 2 (May, 2006), pp. 185-188
Volcker, Paul A.(1979)“A Time of Testing,”Remarks before the American Bankers Association, New Orleans, Louisiana, October 9

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