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今春から中国人訪日観光客の回復本格化へ
─ 航空産業やサービス業の人手不足が課題に ─
2023年2月7日
調査部経済調査チーム エコノミスト 諏訪健太
同 小野寺莉乃
kenta.suwa@mizuho-rt.co.jp
水際対策の大幅緩和を受けて、インバウンドは2022年10月以降に急回復
日本のインバウンド需要は、昨年10月に水際対策が大幅に緩和されたことで回復ペースが急加速しつつある。1日当たり数万人に制限されていた入国者数の上限が撤廃されたほか、個人旅行客の受け入れ解禁、短期滞在者の査証(ビザ)取得免除も実施された結果、12月の訪日外客数は137万人(年率1,644万人)と、2019年平均対比52%まで回復した(図表1)。国籍別にみると、中国が引き続き低迷している一方で、韓国や台湾を中心に持ち直しが進んでおり、中国を除く訪日外客数でみると12月は2019年平均対比で72%まで達した。
また、足元のインバウンド需要の特徴として、購買単価の上昇がある。12月の百貨店免税売上高は、2019年同月比72%と訪日外客数以上に回復し(図表2)、一人あたりの購買単価は約11万円とコロナ禍前(2019年12月:6.8万円)を大きく上回っている。化粧品や高級ブランド、婦人服といった比較的高額な商品の人気が高まっているようだ。富裕層を中心として、円安やコロナ禍の反動を受けたリベンジ消費が押し上げ要因になっていると推察される。
図表1 2022年の国籍別訪日外客数
(出所)日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数・出国日本人数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 2022年の百貨店免税売上高と購買客数
(出所)日本百貨店協会、日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数・出国日本人数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
中国人訪日観光客は、中国国内の感染収束が見込まれる4~6月期から本格復調へ
回復が遅れていた中国人訪日観光客も、昨年12月に中国政府がゼロコロナ政策を実質的に解除したことで持ち直しへの期待が高まっている。中国側の水際対策が大きく緩和され、中国に入国する際のPCR検査や隔離措置が不要になったことで、中国人の海外旅行が容易になったためだ。
ただし、中国の新規感染者数は、1月後半に入りピークアウトの兆しがみられるものの、依然として高水準であると見込まれる1。感染が収束するまでは中国からの訪日旅行は抑制される状況が続くだろう。
タイなど東南アジア諸国では中国人観光客を歓迎する動きが見られる一方、新たな変異株の流入や感染再拡大への懸念から、日本や韓国、複数の欧米諸国が中国からの渡航者に対する水際対策を強化した。本稿執筆時点において、日本は中国出国前72時間以内の陰性証明書提出および日本入国時の検査に加え、航空会社に対して日中間の増便を行わないよう要請している。2022年冬スケジュール(2022年10月30日~2023年3月25日)の日中間の国際線便数は、2019年冬の4%程度の計画にとどまっており(中国以外の合計は50%まで回復)、増便がなされない限り中国人観光客の本格的な回復は期待できないだろう。こうした状況を踏まえると、2023年1~3月期の訪日中国人数は緩やかな増加にとどまると考えられる。
中国人観光客が戻ってこない状況下では、インバウンド回復の恩恵を十分に受けられない地域もあると考えられる。図表3は、主要な都道府県ごとに延べ宿泊者数に占める中国人客の割合を示している。関西や中部地方の一部では中国人観光客への依存度が高く、これらの地域は観光需要の回復が相対的に遅れる可能性があるだろう。
図表3 主要都道府県別・中国人観光客依存度(2019年)
(注)従業員数10人以上の施設、延べ宿泊者数ベースで計算
(出所)観光庁「宿泊旅行統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
一方、4~6月期以降は中国国内の感染状況が落ち着くに伴い、中国人観光客が本格的に回復し始めると予想される。これまでの他国の例をみると感染拡大が始まってから3カ月程度で収束する傾向があり、春先には中国の感染が収束に向かうことが見込まれる。感染収束後は、前述した中国人観光客への依存度が高い地域でもインバウンド需要の回復が加速するとみている。
こうした状況を踏まえれば、インバウンドの回復ペースは昨年12月時点のみずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)の想定から一段と前倒しになる可能性が高い。本稿では、インバウンド全体の回復ペースを図表4の通り予想した。まず、中国以外の訪日外客数は昨年末に急速に回復し、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)の想定から大きく上振れたため、2022年10~12月期の回復ペースを参考に2023年1~3月期も大幅増が続くと想定した。そして4~6月期からは、前述した通り中国国内の感染収束が見込まれ、中国からの訪日客が主な押し上げ要因になると想定した。インバウンド全体では、昨年末に想定した回復パスが半年近く前倒しになる格好だ。
図表4 訪日外客数の実績と見通し
(注)灰色の網掛けは見通し期間
(出所)日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数・出国日本人数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
2023年度のインバウンド客数は約2,600万人に達する見込みであり、2022年度(予想:約800万人)から大幅に増加することで、2023年度のGDP成長率に対し+1.0%Pt程度のプラス要因になると試算される。みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)による12月時点の想定対比でみると、インバウンド需要の上振れにより(波及効果を含めて)2022年度GDPを+0.1%、2023年度GDPを+0.3%押し上げると試算され、日本経済への影響は大きいと言えるだろう2。
航空関連の職種やサービス業の人手不足が今後の課題
このように、インバウンド需要の早期回復は2023年度の日本経済にとって大きなメリットがあると考えられるが、一方で、インバウンドを受け入れる観光関連産業では供給面の制約要因が残存している。特に、空港やサービス業における人手不足が、インバウンド回復のボトルネックになる可能性がある。
国内旅行とインバウンドの回復に伴い、空港における人員不足が問題になり始めている。例えばドイツでは、チェックイン担当の地上スタッフや客室乗務員、技術スタッフ等の熟練労働者が他産業に移動してしまった可能性が指摘されている(Burstedde and Koneberg(2022))。日本でも、空港の保安検査員や小売店、グランドハンドリング(航空機の誘導や荷物の積み下ろし等を行う職種)等の人手不足が深刻化しているようだ3。空港スタッフの人手不足はコロナ禍前から続く慢性的な課題であり、2019年には、グランドハンドリング能力の不足を理由に海外航空会社の就航を断ったケースもあったと報じられている4。こうした航空産業の供給制約を踏まえれば、インバウンド需要がコロナ禍前と同程度の水準まで回復するには時間を要するとみるべきだろう。オンライン会議の浸透に伴う出張需要の減少も相まって、図表4のとおり、2024年中も訪日外客数は2019年平均の水準に達しないとみている。
また、酒井他(2022)が指摘している通り、宿泊業等においても、人手不足が原因で今後稼働率を十分に上げられない可能性が高まっている。宿泊施設の客室稼働率はコロナ禍前の水準を下回っている一方、宿泊・飲食サービスの人手不足感は既にコロナ禍前と同等の水準まで深刻化しており(図表5)、需要の回復に見合った労働者を確保できていない状況がうかがえる。宿泊・飲食サービスなどの対人接触型サービスでは、感染リスクに対する忌避感や、感染動向に左右される不安定な雇用環境により、一旦退職した労働者が他業種に移動してしまったと考えられる。実際、総務省「労働力調査詳細集計」によれば、2022年7~9月期時点で、過去一年間で宿泊飲食業から他産業へ7万人が流出(転職)している(図表6)。今後、宿泊・飲食サービスにおける人手不足が容易に解消されず、観光需要の取りこぼしに繋がる懸念が大きいと言えるだろう。
図表5 宿泊飲食サービスの雇用人員判断DIと客室稼働率
(注)雇用人員判断DIは全規模ベース
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、観光庁「宿泊旅行統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表6 業種別の純流出入数(22年7~9月期)
(注)純流出入は、各産業の現職労働者数と前職労働者数の差を取って計算。対象は過去一年間に離職を経験した労働者
(出所)総務省「労働力調査詳細集計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
このように、2023年度にかけてインバウンドの回復前倒しが見込まれる点は日本経済の押し上げ要因になるものの、人手不足によって一部で機会損失が生じる可能性が大きい。そもそも、宿泊・飲食サービス等の人手不足はコロナ禍前から続く課題であり、今後、日本の観光産業が持続的に発展する上では、酒井他(2022)が指摘しているように単価の引き上げによる「量から質へ」の転換が重要になる。薄利多売のビジネスモデルから脱却するには、地域の伝統文化や自然等の魅力を活用して商品・サービスの差別化を図る等、地域が一体となって観光産業の高付加価値化を進める必要があるだろう。
[参考文献]
酒井才介・風間春香・小野寺莉乃・諏訪健太・中信達彦(2022)「人手不足がサービス業の回復の足かせに ~価格転嫁力の弱い企業は苦境に。サービスの高付加価値化が鍵~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年10月18日
松浦大将(2016)「雇用を下支えするインバウンド 約27万人の雇用誘発効果が徐々に顕在化」、みずほ総合研究所「みずほインサイト」、2016年2月17日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2022)「2023年 新春経済見通し」、2022年12月28日
Burstedde, Alexander and Koneberg, Filiz(2022) “Fachkraftemangel im Flugverkehr”, IW-Kurzbericht, Nr. 52, Institut der deutschen Wirtschaft, Koln, 2022年6月22日
- 1Airfinity社は、2月上旬の新規感染者数を300~350万人程度(ピーク時:480万人程度)と推計している(2023年1月17日時点)。https://www.airfinity.com/articles/china-to-see-one-longer-more-severe-covid-wave-as-lunar-festival-fuels
- 2経済効果は松浦(2016)と同様に、観光庁「訪日外国人消費動向調査」を用いてインバウンドによる品目別の購入総額を計算し、産業連関分析によって試算した。
- 3Yahooニュース「このところ異常に混んでいる『福岡空港』検査員の離職で人手不足に陥っていた」
https://news.yahoo.co.jp/articles/f0066547a5e7a578039b5b162c80d45f7dd2e830 - 4日経産業新聞「空港の地上業務「グラハン」改革 人手不足に挑む」、2022年10月6日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC241U30U2A920C2000000/