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コロナ禍でも堅調なソフトウェア投資

─ 設備投資の本格回復に向けた嚆矢になるか? ─

2023年3月29日

調査部経済調査チーム エコノミスト 諏訪健太
kenta.suwa@mizuho-rt.co.jp

2018年以降、企業のソフトウェア投資が大幅に増加

民間企業のソフトウェア投資(法人企業統計ベース)は、コロナ禍前の2018~19年に急増した(図表1)1。2020年以降は感染拡大による経済活動の停滞を受けてやや減速したものの、ソフトウェア投資は増加傾向を維持している。ソフトウェアを除く設備投資(主に機械・建設投資)がコロナ禍で落ち込み、その後の回復ペースも弱いこととは対照的な動きだ。

図表1 設備投資(実質値)の推移

(注)1.季節調整値
2.物価指数を用いて筆者が実質化した値。詳細は文末脚注
(出所)財務省「法人企業統計」、日本銀行「企業物価指数」「企業向けサービス価格指数」「最終需要・中間需要物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 業種別設備投資(2017~22年の変化)

(注)全規模、名目ベース
(出所)財務省「法人企業統計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ソフトウェア投資の拡大は、業種別にみると、特に建設業や小売業等の非製造業で顕著である(図表2)。これらの業種ではソフトウェアを除く設備投資が伸び悩んでいることから、企業は業容拡大(能力増強)以外の目的でソフトウェア投資を実行している可能性がある。例えば、建設業では建設機械の自動化・遠隔化、小売業ではセルフレジの導入等、効率化・省力化を目的とした投資が行われているようだ2

このように、企業が効率化・省力化を目的としたソフトウェア投資を積極化している背景には、深刻な人手不足がある3。日銀短観の雇用人員判断DI(プラスが人手余剰、マイナスが人手不足を示す)をみると、2010年代後半にかけて急速にマイナス幅が拡大し、2018~19年のピーク時には企業の人手不足感が1990年代初頭と同等の強さであったことがうかがえる(図表3)。その後、新型コロナウイルス感染拡大に伴って人手不足感は一時的に緩和したものの、経済活動の再開を受けて再び逼迫した。特に人手不足が深刻なのは非製造業である。水際対策の緩和により昨年末以降にインバウンド客が急回復したことに加えて、飲食や宿泊といった一部の対人接触型サービスではコロナ禍で雇用環境が不安定化したことから労働者の離職が進み、人手の確保を難しくしている可能性がある。

中長期的にも、人手不足はさらに進行する可能性が高い。生産年齢人口(15~64歳)は2000年頃から減少局面に突入しており、2025年頃から減少ペースが一段と加速すると見込まれている4。パーソル総合研究所・中央大学(2020)は、2030年時点で労働供給が6,429万人まで減少し、644万人もの人手不足(需要超過)が発生すると推計している。この大幅な人手不足を補うには、女性や高齢者のさらなる労働参加を促すことに加えて、労働生産性の向上が避けて通れない。労働生産性を引き上げるには効率化・省力化が必要であり、企業の積極的なソフトウェア投資が求められる5

また、コロナ禍を機にリモートワークやECといったデジタル化への対応が加速した点も、ソフトウェア投資の押し上げ要因になっているとみられる。実際、2020年における日本のデータ通信量は前年比+49.8%と大きく増加した(2017~19年の3年間は平均して前年比+20%程度)6。こうしたデジタル化へ対応するための具体的な取り組みとして、企業は既存システムの更新、情報のデータ化、プロセス改善、全社的なデータ連携等を進めているとのアンケート調査があり(図表4)、それにあわせてソフトウェア投資が増加しているとみられる。

図表3 雇用人員判断DI

(注)全規模ベース、2003年9月調査以前は旧基準系列を接続
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 デジタル化の取り組み内容

(出所)日本政策投資銀行「全国設備投資計画調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ソフトウェア投資の増加は、将来の設備投資を構造的に押し上げる要因に

ソフトウェア投資の増加により、企業の設備投資全体に占めるソフトウェア投資の比率が高まっている。法人企業統計から計算したソフトウェア投資比率(図表1と同様に実質化)は、2015~17年は7%台だったが2022年末には10%超まで上昇した。こうしたソフトウェア投資比率の上昇は、将来の設備投資にプラスの影響があると考えられる。

ソフトウェアの償却率は、機械や建物といった他の形態の設備に比べて高く(図表5)、ソフトウェア投資比率が高まれば企業設備全体の平均的な償却率も上昇する。高い償却率のもとで同じ生産能力を維持するには、より多くの設備投資を実行して償却分を回復しなければならない。すなわち、ソフトウェア投資比率の上昇によって構造的に更新投資が出やすくなるということだ。実際、企業によるデジタル化の取り組み内容も、「既存システムの更新」が最多の回答割合を占めている(図表4)。

設備投資の本格回復に向けた好循環実現には、人的資本投資等の政策支援も重要

人手不足・デジタル化に対応するためのソフトウェア投資に加え、カーボンニュートラルの達成に向けた脱炭素対応の加速も相まって、企業の設備投資意欲は強い。3月に公表された2023年1~3月期の法人企業景気予測調査では、2023年度の設備投資計画(ソフトウェア含む・土地購入額除く、全規模・全産業)が前年比+9.1%と、2022年度計画(2022年1~3月期調査:同+8.2%)同様に高い伸びとなった7。また、内閣府が実施した「企業行動に関するアンケート調査」では、先行き3年間の設備投資額の平均増減率が2010年代には+4%強だったが、2021・2022年度調査では+6%超まで上昇した(図表6)。この結果は、企業の設備投資意欲が短期的だけでなく、中期的にも積極化しつつある可能性を示唆している。

図表5 設備投資の形態別償却率(2021年)

(出所)内閣府「国民経済計算」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表6 今後3年間の設備投資見通し

(注)名目値
(出所)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

1990年代にバブル崩壊と金融危機を経験した日本企業の課題として、過剰雇用・設備・債務のいわゆる「3つの過剰」(1999年度経済白書)が指摘されてから、およそ四半世紀が経過した。その間、リーマンショックやコロナ禍もあって設備投資は緩慢な伸びにとどまったが、ここにきてようやく本格的な回復の兆しがうかがえるようになった。もちろん、現時点では深刻な人手不足への対応のように、必要に迫られて設備投資を実施している面も大きいとみられる。今後は、そうした投資が生産性の上昇を通じて企業の収益拡大につながる好循環を実現できるかが、設備投資回復の持続性を見極める上で重要になるだろう。

ソフトウェア投資の拡大を通じ生産性を向上させるには、利用する労働者に十分なITスキル・ノウハウが求められる8。それゆえ、ソフトウェア投資は、IT人材を育成するための人的資本投資と両輪で進める必要があるだろう。とりわけ、中小企業では人的資本投資を実施する経営体力がない事業者も一定数存在すると見られ、公的職業訓練を始めとする政策的支援の拡充が望まれる。

[参考文献]

パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計 2030」、2020年12月25日

有田賢太郎「IT投資は今も生産性改善を促すか 中堅以下企業、非製造業で特に投資効果は大きい」、みずほ総合研究所「みずほインサイト」、2018年10月29日

有田賢太郎・風間春香・酒井才介・大野晴香「IT化・デジタル化の効果と課題 人材が最大の課題。失業予防型職業訓練制度創設を」、みずほ総合研究所「みずほインサイト」、2019年5月13日

白井斗京「人件費増加は設備投資につながるか ULCとGDP設備投資比率の国際比較」、みずほリサーチ&テクノロジーズ「Mizuho RT EXPRESS」、2022年9月16日


  • 1ソフトウェア投資は企業向けサービス価格指数のソフトウェア開発、ソフトウェア除く投資は需要段階別・用途別指数の資本財で実質化。需要段階別・用途別指数の公表が停止された2022年5月以降は、最終需要・中間需要物価指数の資本財(国内品)や輸入物価指数のはん用・生産用・業務用機器で国内品・輸入品をそれぞれ延伸し、加重平均して使用。
  • 2全国スーパーマーケット協会「スーパーマーケット年次統計調査」によれば、2022年のセルフレジ設置率は25.2%と2019年(11.4%)から2倍以上に上昇。セミセルフレジ(セルフ清算レジ)の設置率も75.1%(2019年:57.9%)まで高まった。
  • 3白井(2022)は、日本において単位労働コスト(人件費)の上昇が設備投資の拡大に繋がった可能性を指摘している。人手不足、すなわち労働需給の引き締まりは賃金の上昇圧力となり、単位労働コストを押し上げる要因になる。
  • 4国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」(出生中位・死亡中位推計)参照。
  • 5有田(2018)は、1人当たりソフトウェア資産額の増加が労働生産性引き上げに有意な影響があり、特に、IT投資が遅れている中堅・中小企業や非製造業で効果が大きいことを示している。
  • 6総務省「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計結果(2022年11月分)」より、ブロードバンドサービス契約者の総トラヒック(推定値)のうち、ダウンロードトラヒックを参照。なお、2021~22年も前年比+20%程度の伸びが継続。
  • 7ただし、2023年度の設備投資計画は物価上昇により押し上げられていると見られる点に留意する必要がある。例えば、2022年10~12月期のGDP設備投資デフレーターは前年比+4.4%と前年同時期(同+3.1%)から伸び幅が拡大しており、実質ベースの2023年度設備投資計画は2022年度計画よりも伸び率が縮小している可能性が高い。
  • 8有田他(2019)によれば、中小企業はITを導入できる人材や理解の不足といった課題を抱えている。また、IT化・デジタル化の進展の中で必要なスキルを身につける上でOFF―JT(社外研修)が重要であるが、従業員の高齢化が企業の人的資本投資を抑制する要因になることから、政策的支援が必要と述べている。
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