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政府の物価高対策・賃上げが家計の追い風に

─ 実質賃金は2023年度後半にプラスに浮上 ─

2023年3月30日

調査部経済調査チーム 主席エコノミスト 酒井才介
      同     主任エコノミスト 風間春香
      同       エコノミスト 中信達彦
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

政府の物価高対策は2023年度GDPを+0.1%押し上げ、コアCPIを▲0.3%下押し

2023年2月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下「コアCPI」)は、これまでの資源高・円安を背景とした輸入コスト高騰の影響が食料品等の小売価格に波及する動きが続く一方1、政府の総合経済対策により電気代・都市ガス代が抑制されたことで、前年比+3.1%に鈍化した(図表1。総務省によれば、総合経済対策によるCPI総合の押し下げ効果は電気代▲0.84%pt、都市ガス▲0.17%ptで計▲1.0%ptの下押し影響となっている)。もっとも、制度要因で鈍化したといっても依然として高い伸び率であることに変わりはなく(燃料油価格・電気代・都市ガス代の激変緩和措置、全国旅行支援といった制度要因を除けば2月のコアCPI前年比は+4.6%での推移が続いたと試算している)、生鮮食品・エネルギーを除く総合(日銀版コア)は前年比+3.5%(1月同+3.2%)と伸び幅が拡大しており、実勢としての物価上昇圧力は依然として弱まっていないと言えるだろう。

この先もコアCPI前年比は前年比+3%前後での推移が当面続くことが見込まれる。帝国データバンク『「食品主要 195社」価格改定動向調査―2023年3月』において2023年の食品の値上げ品目数累計は8月にも2万品目を超える可能性が指摘されるなど、これまでの原材料費高騰を受けた価格転嫁の動きが食料品を中心に当面続くとみられるほか、春以降には電気代値上げも予定されている。さらに、人手不足が深刻化する外食・宿泊等のサービス分野では、パート・アルバイトを中心とした人件費の上昇が価格上昇圧力になることに加え、人手不足で稼働率を十分に引き上げられない中で客単価を引き上げて売上を確保する動きが広がることで、当面は価格上昇が持続する可能性が高い。こうした状況を踏まえれば、値上げに伴う家計の負担感の解消は当面見込み難い。中信他(2023)は、2024年まで物価上昇率が名目賃金上昇率を上回ることで実質賃金が前年比マイナスで推移し、物価高が個人消費の重石になる状況が続くとの見方を示している。

こうした中、政府は、3月22日に「物価・賃金・生活総合対策本部」を開き、追加の物価高対策を決定した上で、3月28日に予備費の支出について閣議決定した。2022年度予算の予備費から2.2兆円を財源として地方創生臨時交付金向けに1.2兆円を追加的に支出する等により(図表2)、住民税非課税世帯を対象とした3万円の給付、低所得のひとり親世帯や住民税非課税の子育て世帯を対象とした子ども1人当たり5万円の給付、LPガスや大規模工場向け電力の負担軽減、輸入小麦の政府売渡価格の抑制等を行うほか、電気代の値上げ幅の圧縮を行うこと等が柱となる。

図表1 コアCPI前年比(寄与度分解)

(注)制度要因除く系列は、燃料油価格・電気代・都市ガス代の激変緩和措置、全国旅行支援の影響を除いたもの
(出所)総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 追加の物価高対策に係る予備費支出

(出所)内閣官房資料等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

これらの対策の効果を試算した結果が図表3だ。低所得世帯向けの給付策については、酒井・南(2023)が示しているように、日用品を中心とした物価上昇を受けて特に低所得世帯では収入対比でみた負担が大きいことから、低所得世帯に対象を絞って給付策を講じることには家計の生活支援策として合理性があると言えよう。今回の低所得世帯への給付による2023年度GDPの押し上げ効果は+0.1%程度と限定的になるとみているが、本政策は景気刺激策というよりも困窮対策としての位置づけとして理解するべきだろう(この点で、多額の金融資産等を有する高齢者世帯も給付対象となる場合があり、真に支援が必要な世帯に給付を行うという観点からは課題が残ると言えよう)。

電気代については、電力・ガス取引監視等委員会からの指摘を受け、直近の燃料価格の動向等を踏まえて必要な値上げ幅の再計算を電力会社に求めたほか、市場価格の高騰に伴う事業者の再生可能エネルギーの販売収入の増加を踏まえ、再生可能エネルギー普及のための賦課金単価の低下により標準的な家庭で月平均800円以上の負担軽減が見込まれている。これらの施策により、コアCPIを▲0.27%程度下押しすることが見込まれる。

LPガスについては、地方を中心に約2,200万世帯(全国の4割弱)が使用しているが、これまでの政府による負担軽減策の対象外となっていたため、今回手当てされた格好だ。都市ガス代と比較して伸び率が低いことから(2月では都市ガス代が前年比+16.6%に対し、プロパンガスは前年比+5.4%にとどまっている)、仮に前年対比での上昇を完全に抑制するとしてもコアCPIへの影響は小さい。本稿では前年同月水準以下まで価格が抑制されると想定し、CPIへの影響を▲0.04%程度と見込んだ。

輸入小麦の政府売渡価格については、1年間の買付価格により算定した価格(82,060円/t、対前期比+13.1%)に対して、ウクライナ情勢直後の急騰による影響を受けた期間を除く直近6カ月間の買付価格を反映した水準まで上昇幅を抑制し、76,750円/t(対前期比+5.8%)とする方針だ。パンや麺等の小麦粉関連製品の小売価格に占める原料小麦代金の割合は、うどん(外食)で3%、食パンで8%、割合の大きい小麦粉でも29%程度にとどまり、政府売渡価格の抑制がこれらの小売価格に直接的に与える影響は限定的だ。CPIへの影響については▲0.01%程度と試算される。

以上より、今回の追加の物価高対策により、2023年度GDPが+0.1%程度押し上げられ、コアCPIが▲0.3%程度下押しされると考えられる。物価上昇が抑制されることで、2023年度の家計の支出負担が1世帯当たり平均で約1.2万円程度抑制されることが見込まれる(図表4。ここでの試算とは別に低所得世帯については前述したとおり給付措置が講じられる)。酒井・南(2023)は物価上昇による2023年度の家計の支出負担増を+5.1万円と試算しているが(政府による電気・ガス・ガソリン代の価格抑制策が2023年9月以降補助額を徐々に縮小し、2024年9月末で終了すると想定)、今回の物価高対策で2割分程度の支出負担が抑制される計算だ。今回の対策による家計の負担軽減効果は低所得者を中心に相当程度に大きいと言えるだろう。

図表3 物価高対策の効果

(注)GDP・CPIの押し上げ・押し下げ効果は2023年度の影響を表示
(出所)報道等により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 家計の支出負担軽減効果の概算

(注)家計負担抑制効果は2023年度の影響を概算
(出所)報道等により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

春闘賃上げ率は予想以上の高い伸びに。実質賃金は2023年度後半にプラス転化

家計にとっての追い風は政府の物価高対策だけではない。2023年の春闘賃上げ率(連合ベース:第1回集計値)は3.80%と、前年(第1回集計値)の2.14%を大きく上回った(図表5)。第2回集計でも同等程度の高い伸び率を維持しており、春闘賃上げ率の指標になる厚生労働省ベース(大企業、8月公表)の結果も3%台後半で着地する見込みである。中信他(2023)では2023年春闘賃上げ率を2.8%と予測していたが、これを大きく上回った格好だ。ベースアップ分でも2%を上回る上昇であり、非常に強い内容だ(100人未満の従業員規模の企業でも2%超の上昇となっているのはサプライズである)。物価高や人手不足を受けて、企業間で賃上げの同調圧力が予想以上に働いたことが大きいだろう。

図表5 春闘賃上げ率

(注)2023年は連合の第1回集計値。2022~23年の定昇分は2021年賃金事情等総合調査結果(1.81%)で横ばいと仮定
(出所)厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」、日本労働組合総連合会「春季生活闘争最終回答集計結果」、中央労働委員会「賃金事情等総合調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

仮に3.8%の賃上げ率(ベースアップ分で約2%)を前提にすると、2023年度の名目賃金上昇率(みずほリサーチ&テクノロジーズによる断層調整値)は前年比+2.7%になる計算だ。物価上昇率は当面は前年比+3%前後の高い伸びが続くことが見込まれるため、年度前半までは実質賃金はマイナスでの推移が続くことが見込まれるが、年度後半には物価上昇率の鈍化に伴い実質賃金のプラス転化が予想され、個人消費を押し上げる材料になるだろう(図表6。賃金上昇による物価への波及影響も考慮している2)。2023年度の名目賃金が前年比+2.7%で上昇した場合、名目ベースで2023年度の個人消費を+0.6%、GDPを+0.4%程度押し上げると試算される(図表7)。物価高による家計の負担感が軽減されるだけでなく、個人消費の増加を通じて日本経済の回復力を高めるという意味でも今回の賃上げの意義は大きいと言えるだろう。

図表6 実質賃金見通し(3.8%の賃上げ率を前提とした試算値)

(注)名目賃金はみずほリサーチ&テクノロジーズによる断層調整値。持家の帰属家賃を除く総合の消費者物価指数にて実質化
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表7 名目賃金上昇による2023年度の個人消費・GDPの影響(名目ベース)

(注)2023年度に名目賃金が前年比2.7%上昇すると想定し、名目雇用者報酬の増加を通じた名目個人消費の増加率を試算(家計の限界消費性向を0.25と仮定)
(出所)内閣府等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

重要なのは、2024年以降もこの賃上げ気運を継続させることである。事業者への補助金支給による小売価格の抑制や低所得者への給付措置といったこれまでの政府による対策はあくまで対処療法的な止血策であり、いつまでもこうした財政措置を伴う対応を続けていくというわけにはいかない。また、今回の対策の財源として予備費が活用されたが、多額の予備費を計上することが恒常化することは財政ガバナンスの観点からも望ましくない(予備費を使用しない場合であっても、当初予算を抑制して補正予算で支出を拡大させる「補正回し」が恒常化することは同様に避けるべきだ)。輸入インフレの一服に伴いCPI上昇率も2023年度後半から2024年度にかけて1%台に鈍化するとみているが、地政学リスク(紛争激化等)による資源インフレ、米中対立激化によるサプライチェーン分断等に伴う供給制約・コスト上昇等をトリガーとして物価上昇率が今後も上昇するリスクは残存している。物価上昇を上回るだけの十分な賃上げ率を2024年以降も実現させていくことが根本的な物価高対策であり、それこそが政府・日本銀行が目指している姿であろう。

サービス業を中心に人手不足が深刻化することで、例年対比で高い賃上げ率が2024年も見込まれる。2023年の春闘賃上げ率の上振れに伴い個人消費や消費者物価も上振れが見込まれることを踏まえれば、2024年の春闘賃上げ率も中信他(2023)の予測(2.7%)からは上振れる可能性が高まったとみている。

一方で、中信他(2023)が指摘しているように、2024年の賃上げ率を企業が検討する上で重要な土台となる2023年の企業業績については、欧米を中心とした海外経済の減速により製造業を中心に下押しされることに加え、輸入インフレが鈍化すれば企業・家計の期待インフレ率も低下し、物価高に配慮した賃上げの気運は後退する可能性が高い。さらに、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」(2022年度)をみると、企業の今後5年間の業界需要伸び率は+1.7%(前年調査:+1.3%)と改善しているものの、4~5%台の賃上げ率が実現していた90年代前半と比べると依然として力不足である(図表8)。将来の十分な成長(売上増加)が見込みづらい中では、固定費である人件費の上昇は企業収益の下押し要因になるため、持続的に2023年と同等以上の賃上げ率を実現するハードルは高いだろう。

図表8 企業の期待成長率と賃上げ率

(出所)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」、厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

特に中小企業において十分な賃上げ率が継続するかどうかが大きな課題になる。日本商工会議所・東京商工会議所が3月28日に公表した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」によれば、2023年度に賃上げを実施する予定の企業は58.2%と前年同時期調査(45.8%)から増加した一方、そのうち「業績の改善がみられないが賃上げを実施予定(防衛的な賃上げ)」は62.2%を占めており、歯を食いしばって賃上げに踏み切っている企業が多いことがわかる。中小企業を含めて賃上げ気運を持続させるためには、その原資となる付加価値の増加が不可欠であることから、売上増加に向けた企業の業態転換・ビジネスモデル変革を政府・金融機関が連携して資金繰り面等で支援したり(事業再構築補助金の活用等)、ビジネスノウハウやベストプラクティスの共有を業界・地域ごとに図ったりすること等の取組が求められる。人への投資(非正規雇用を含めた労働者のスキル獲得の支援など)の拡充等により労働生産性の引き上げを進めることも重要だ。

2024年春闘でも2023年並以上に高い賃上げ率を実現出来るかどうかが、「賃金上昇→家計の購買力増加→個人消費増加→物価上昇・企業収益増加→賃金上昇」という好循環を実現出来るかどうか、あるいは日本銀行の2%物価目標が達成できるかどうかの分岐点になるだろう。

[参考文献]

酒井才介・南陸斗(2023)「日本の高インフレはいつまで続くのか~複合的要因でCPI前年比は2023年度後半には1%台へ鈍化」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2023年1月25日
中信達彦・風間春香・酒井才介・南陸斗(2023)「物価高による個人消費抑制はいつまで続くのか~2024年まで実質賃金の減少が続き、消費の下押し要因に」、みずほリサーチ&テクノロジーズ、『Mizuho RT EXPRESS』、2023年3月7日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2023)「2023・2024年度 内外経済見通し─ 根強いインフレ圧力。財政・金融の引き締めが世界経済の重石に─」、2023年2月11日


  • 1生鮮食品を除く食料は鶏卵や食料油等を中心に前年比+7.8%上昇と伸び率が一段と高まったほか、電気冷蔵庫など家庭用耐久財や携帯電話機でも高い上昇率となっており、これまでの資源高・円安の影響が幅広い品目に波及している。
  • 2中信他(2023)やみずほリサーチ&テクノロジーズ(2023)の予測対比で名目賃金が+1%Pt以上上振れることで、2023年度CPIも+0.4%程度上振れると試算している。人件費の上昇でサービス物価の上昇が見込まれるほか、可処分所得の増加で個人消費が回復することで財分野でも物価上昇圧力が働くとみている。
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