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Mizuho RT EXPRESS

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3月危機の4つの予兆

─ 流動性リスクの広がりとソルベンシー・リスクに警戒 ─

2023年4月7日

調査部プリンシパル 小野 亮
makoto.ono@mizuho-rt.co.jp

残る3月危機の余波

2023年3月、国際金融市場に衝撃が走った(本稿では「3月危機」と呼ぶことにする)。米国でシルバーゲート・バンクが自己清算したことをきっかけに、米銀総資産ランキング16位(2022年末)のシリコンバレー・バンクと同29位のシグネチャー・バンクが相次いで破綻した。米金融当局は2行の破綻に際してシステミックリスクを警戒、異例の預金全額保護に踏み切らざるを得なかった。危機は欧州に飛び火し、長年にわたる一連の不祥事などから経営不安が高まっていたクレディ・スイスを直撃した。同行は、スイス政府当局の仲介によりライバルであるUBSに買収されることになった。

国際金融市場は落ち着きを取り戻したように見えるが、ストレスは残っている。

米銀からの預金流出は止まったようだが資金は戻っていない。その結果、FRB(米連邦準備制度理事会)が銀行に流動性を供給するための常設ファシリティであるプライマリー・クレジットと、3月危機への対応として創設されたBank Term Funding Program(BTFP)を合わせたFRBによる銀行向け流動性の残高は、1,500億ドル近傍で推移している。

こうした米銀向けの流動性供給と、破綻銀行の預金と資産を移したブリッジバンク向け貸出とに並行し、FRBに預けられる準備預金も急増した。3月初めと比較した準備預金の増加分の多くは、FRBが供給した資金がそのまま滞留したものとみられるが、上記増加分は流動性供給額を745億ドル(4/5時点)上回っている。この超過分は、米銀が保有資産の一部を処分し、最も安全で流動性が高い準備預金として危機の再燃に備えていることを示していると考えられる。

FRBから米銀が得た流動性にはコストがかかる。プライマリー・クレジットとBTFPの金利はそれぞれ5%、4.85%(4/4時点)である。プライマリー・クレジットの金利は2週間ごとのFRBの会合で決定され、金利面で米銀が利用しやすいようにFF金利誘導レンジの上限に等しい水準に定められている。一方、準備預金の金利は、FF金利が誘導レンジの中央近辺で安定的に推移するよう市場の資金需給を調整する役割を持ち、最近では誘導レンジの上限よりもやや低い水準に設定されている。そのため、プライマリー・クレジットで借り入れた資金を準備預金に預けても逆ザヤとなる。

BTFPの金利は、市場金利(1年物OIS)に0.1%上乗せした水準で借入期間を通じて固定される(4/4時点で4.9%)。FF金利誘導レンジと翌日物市場の資金需給、および1年物OIS次第では、BTFPの借り入れ資金を準備預金に預けることで、米銀は超過リターンを得られる場合がある。3月危機以降、日を追うごとにプライマリー・クレジットの残高が減少する一方、BTFPの残高はそれを相殺する大きさで増えている。プライマリー・クレジットからBTFPへの借り換えが示唆されるが、こうした金利面のインセンティブが働いているのかもしれない。

銀行セクターから逃避した資金は、ガバメントMMF(マネーマーケット・ミューチュアル・ファンド)に向かったとみられる。ガバメントMMFは、総資産の99.5%以上を現金、政府証券(米国債・エージェンシー証券)、及び現金と政府証券を担保としたレポ取引が占めるとされる。SEC(米証券取引委員会)によれば、満期まで179日を超える長期資産がガバメントMMFの総資産に占める割合は8%程度(2023/2時点)に過ぎない。さらに、預金の利回りは全米平均で0.5%にも満たない一方、市場金利に連動しているガバメントMMFの利回りは4%を超える。安全性、流動性、そして収益性の面で、ガバメントMMFは米銀の無保険預金の逃避先となったと言える。

3月危機の余波は欧州市場にもみられる。クレディ・スイスの救済で当局が同行のAT1債を無価値としたことで、欧州AT1債市場では利回り(資金調達コスト)が高止まりしている。また複数の欧銀に対するCDSスプレッドも3月危機以前よりも高い水準で推移している。

米中堅銀行の「問題銀行」化

3月危機には4つの予兆があった。決して青天の霹靂だった訳ではない。

1つめの予兆は、1年前の2022年3月にFDIC(米連邦預金保険公社)が公表した米銀セクターに関する四半期報告(通称QBP)で、米中堅銀行の1つが「問題銀行」に指定されたとみられることだ。

FDICは「財務、業務、経営上の弱点があり、継続的な財務的存続が危ぶまれる金融機関」を「問題銀行」と指定し、その数と総資産の合計をQBPで公表している。2021年第4四半期のQBPでは、問題銀行の数が46から44に減ったものの、総資産の合計は510億ドルから1,700億ドルに急増し、1,200億ドル相当の総資産を持つ米銀(中堅銀行)が、新たに「問題銀行」に指定されたことを示唆した。この見立てが正しいとすれば、2021年末の総資産ランキングで29位(1,203億ドル)のキャピタル・ワンと、30位(1,184億ドル)のシグネチャー・バンク(3月危機で破綻)が該当する。

後知恵ではあるが、これらの“危うい”銀行の業績発表や株価をモニタリングすれば、危機が迫っていることをより早く察知できたかもしれない。とりわけ上記の2行は、次に述べるように近年のビジネス・モデルの方向性に明確な違いがある点で、リスクの絞り込みに際し大いに参考になったはずだ。

キャピタル・ワンは、リテールバンキング・ビジネスを主軸に、デジタル化を急速に推し進めてきた。その結果、キャピタル・ワンは、モバイル・アプリやリテール・バンキングの顧客満足度調査(JDパワー)で全米トップクラスの評価を得ている。

シグネチャー・バンクは、プライベート・バンキングと不動産融資を主軸としてきたが、近年は暗号資産ビジネスに力を入れるようになった。同行が創設・運営する、暗号資産が利用できる決済プラットホームSignetは、(3月危機の発端となった)シルバーゲート銀行による同様の決済プラットホームSENと共に、暗号資産取引の拡大に大きな役割を果たしてきたと言われていた。

金利リスクの重要性を再認識させた英年金基金問題

2つめの予兆は、昨年9月下旬から10月にかけて発生した英年金基金問題である。低金利が続くことを前提とする運用戦略「債務主導投資」(LDI)を採用していた英年金基金が、英トラス政権の大規模減税策などをきっかけとした英国債価格の急落(金利上昇)によって大きな損失を被った出来事だ。そうした英年金基金は、取引相手である金融機関からマージンコール(追加担保の差し入れ要求)を受け、運用資産の売却を迫られたと言われている。

英国債価格の急落は無責任な財政運営に対する警鐘という面があったが、金融機関に対し、金利リスク管理の重要性を再認識させるものでもあった。

12月、FDICは2022年第3四半期のQBPを公表した。米銀が抱える保有証券の含み損が、利上げとインフレによる金利上昇を映じて膨らみ続け、第3四半期には約6,900億ドルに達したことが明らかとなった。米銀が監督当局に四半期ごとに報告するCall Reportを使って詳細に分析すれば、この時点で、どの米銀が資本対比で過剰な金利リスクを抱えているのか(金利リスク管理の巧拙は別として)を特定できたであろう。

例えば当時、自己資本を超える含み損を抱える総資産1,000億ドル以上の米銀は3行あった。チャールズ・シュワブ・バンク(369%)、USAA フェデラル・セービング・バンク(USAA FSB、271%)、シリコンバレー・バンク(124%)である。

このうちシリコンバレー・バンクはすでに破綻した。またUSAA FSBは、テキサス州を拠点とし、軍人及びその家族を主要顧客にしている非公開の米銀(貯蓄銀行)である。同行は長年にわたってリスク管理やガバナンス、マネーロンダリング対策などコンプライアンスの面で金融当局から問題を指摘されている。

FDICの統計には、満期保有目的(Held-To-Maturity, HTM)の証券の含み損が含まれる。チャールズ・シュワブ・バンクが3月13日に発表した2月活動報告の中で述べているように、「HTMの未実現損失に注目することは、2つの論理的な欠陥」がある。「第一に、これらの証券は額面で満期を迎え、他の流動性供給源への大きなアクセスを考えると、満期前に売却する必要がある可能性はほとんどない(HTMと称されている通りである)。第二に、HTM証券の含み損を調べ、伝統的な銀行のローン・ポートフォリオには同じこと(時価評価)をしないことで、シュワブのように、実際にはより質が高く、より流動性が高く、より透明性の高いバランスシートを持つ企業にペナルティを与える分析となる。」加えて、含み損だけではなく、純金利収入の大きさなど他の経営指標からリスクを総合的に判断する必要があるのは言うまでもない。

SNS発の流動性危機

3つめの予兆は、10月にクレディ・スイスが直面したSNS発の流動性危機である。SNS時代の取り付けのスピードと規模の大きさを知らしめる出来事だった。

10月27日、クレディ・スイスが公表した2022年第3四半期決算の業績発表資料には、次のように記されている。「2022年10月の最初の2週間は、誤った噂に基づく否定的な報道やソーシャルメディアのニュースを受けて、当行はかなりのレベルの預金と運用資産の流出を経験しました。」この資料には、クレディ・スイスがすでに第3四半期において129億フランの純資産の流出に直面していることが示されている。したがって上記のコメントは、10月初旬にそれをはるかに上回る規模の取り付けが起きたことを示唆している。

実際、3月危機の最中にクレディ・スイスが公表した年次報告書によれば、「現金預金の引き出しが著しく増加し、満期を迎えた定期預金の更新が行われなくなった」ことで、2022年第4四半期には顧客預金が1,380億スイスフラン流出したことが報告されている。また、純資産についても、第4四半期の流出額がグループ全体の運用資産の約8%(部門別にはウェルス・マネジメント部門で15%、スイス銀行で2%、アセット・マネジメント部門で3%)に相当したと報告されている。業績発表資料と年次報告から計算すると、その額は第4四半期だけで594億スイスフランにのぼったとみられる。

同じように、米銀の中にも異常とみられる預金流出に見舞われているところはなかったのか。先の分析と同じく、2022年第3四半期時点で調べると、前年末対比で預金が減少していた米銀(総資産1,000億ドル以上)は19行あった。

米銀には流動性がひっ迫した際の「駆け込み寺」として、FRBだけではなく、政府系金融機関の1つであるFHLB(連邦住宅貸付機関)があり、その資金はAdvance(貸付金)と呼ばれる。当時、FRBのプライマリー・クレジットは低水準ながら増えつつあり、Advanceも同様だった。そこで、Call Reportを使って、自行の預金流出額に見合う規模でFHLBからAdvanceを借り入れた米銀を絞り込んでみると、PNCバンク、シリコンバレー・バンク、TRUISTバンク(2019年にBB&Tとサントラスト・バンクが合併した銀行)の3行が浮かび上がる。

暗号資産市場の崩壊

4つめの予兆は、11月に発生した暗号資産の大手取引業者FTXトレーディングの破綻である。この破綻は、創業者であるサム・バンクマン-フリード氏が詐欺などの容疑で逮捕され、杜撰な経営実態が明らかにされたように、個別企業・グループのガバナンス問題に帰着する。暗号資産のアルゴリズムや同資産を担保とする金融の脆弱性が露呈した5月の「テラ・ショック」や6月の「セルシウス・ショック」とは質が異なる。それでも暗号資産市場で注目されてきた大手業者が破綻したことで、同市場・業界に対する投資家の不信が高まり、暗号資産価値の下落に拍車がかかった。

暗号資産ビジネスに注力していた前掲シルバーゲート・バンクの株価は、暗号資産価格に1対1で追随するように推移した。2020年から2021年にかけての株価上昇率は暗号資産とほぼ同じで、銀行株とは考えられない動きをみせた。2022年には逆に、暗号資産市場の崩壊とともにシルバーゲート・バンクの株価も暴落した。同じく暗号資産ビジネスに関わっていたシグネチャー・バンクの株価も、変化の度合いはシルバーゲート・バンクほどではないが、暗号資産市場の栄枯盛衰を映じた動きを見せた。

こうした中、米金融当局(FRB、OCC(米通貨監督庁)、FDIC)は暗号資産市場の“メルトダウン”による銀行セクターへの影響を懸念し、2023年1月3日に「米銀に対する暗号資産リスク」という声明文を発表した。大きく8つのリスクが列挙されている。

①暗号資産セクターの参加者による不正や詐欺、②預け入れ資産に関する法的不確実性、③FDIC保証に関する虚偽説明など、不正確、不公正、欺瞞的、あるいは搾取的な慣行による個人、機関投資家、顧客、カウンターパーティに対する大きな経済的損失、④暗号資産市場における著しい変動で、暗号資産企業に関連する預金フローへの潜在的影響を含む、⑤本来安定的とされるステーブルコインの脆弱性による取り付けリスクと、それによるステーブルコインの準備金を有する銀行からの潜在的な預金流出、である。

その後2月23日には、上記米金融当局が「暗号資産市場の脆弱性による銀行の流動性リスク」という声明文を発表した。上記の8つのリスクのうち、④と⑤に焦点を絞ったものだ。声明文の中で、「預金の安定性は、銀行にとっての直接のカウンターパーティである暗号資産関連事業体だけではなく、同事業体の最終顧客の行動や暗号資産セクターのダイナミクスによって左右される可能性がある」と警告した。

「このような預金は、暗号資産セクター関連の市場イベント、メディア報道、及び不確実性の高まりに最終顧客が反応した場合、大規模かつ急速に変動する可能性がある。このような不確実性と、それに伴う預金の変動は、暗号資産関連事業体による預金保険の不正確または誤解を招く表現に関連した最終顧客の混乱によって悪化する可能性がある。」

米金融当局の警告は残念ながら遅すぎた。

流動性リスクの広がりとソルベンシー・リスクへの波及に警戒

今後は、ノンバンク・セクターにおける流動性リスクとソルベンシー・リスクに警戒が必要だろう。

3月危機を受けて、米銀に対する規制や監督の在り方に厳しい目が注がれるようになった。そのため米銀は、流動性管理に加えて与信管理にもこれまで以上に慎重な姿勢で臨むようになるとみられる。3月危機以前の段階で、すでに米銀の貸出姿勢は急速に厳格化していたが、その動きに拍車がかかるだろう。それは玉突きのような形でノンバンク・セクターの流動性にネガティブな影響をもたらし、米国経済に対する金融面からの下押し圧力も高まるだろう。

一方、3月危機が「過去のもの」になったとしても、その分、米国経済には高いインフレ圧力が残り、金融引き締めが長期化するとみられる。

米国経済のソフトランディングへの道は狭い。

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