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Mizuho RT EXPRESS

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台湾総統選挙は与党が政権維持

─ 台湾の「現状維持」は不変も、両岸関係は緊張高まる懸念 ─

2024年1月18日

調査部アジア調査チーム 主任エコノミスト 鎌田晃輔
kosuke.kamata@mizuho-rt.co.jp

「台湾独立」の持論を封印した与党の頼氏が勝利、対中政策は「現状維持」へ

2024年1月13日に実施された台湾総統選挙では、与党・民進党の頼清徳氏が勝利した。現職の蔡英文氏は規定により3期目に出馬できなかったが、民進党は台湾史上初めて3期連続で政権を担う。新総統は5月20日に就任し、任期は4年である。

総統選には3人の候補が立候補し、頼氏の得票率は40.05%、国民党の候友宜氏が33.49%、台湾民衆党の柯文哲氏が26.46%だった。前回の総統選では民進党と国民党の二大政党が直接対決し、それぞれの候補は57.13%と38.61%を獲得したが、今回は新興政党が加わる3つ巴選挙となったため、二大政党の候補はいずれも得票率を減らした。

頼氏は、対中政策に関して「台湾独立」を主張する強硬派だったが、総統選では「現状維持」を公約に掲げた。台湾世論において「台湾独立」は主流でなく、「現状維持」が主流であることを意識したためとみられる。台湾の政治大学選挙研究センターによれば、現時点、あるいは永遠に両岸関係の「現状維持」を望む見方が6割を占める。これに対し、「台湾独立」という意見は5%にも満たない(図表1)。

図表1 対中関係に係る意識調査(2023年6月)

(出所)國立政治大學選舉研究中心「重要政治態度分佈趨勢圖」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

一方、ライバルの国民党陣営では、同党出身で親中派の馬英九前総統が選挙直前に「(中国の)習近平氏を信じなければならない」と発言する一幕があった。台湾世論では「中台統一」を望む声は2%以下と少ないため、同党の親中姿勢に対する有権者の懸念が高まり、候氏の終盤の追い上げに悪影響を及ぼした可能性がある。

話を頼氏に戻すと、総統就任後も公約どおりに台湾の「現状維持」を続けると予想する。台湾世論の多数が「現状維持」を望むだけでなく、台湾の貿易における対中依存度は依然として高く(図表2)、対中関係の悪化は経済に無視できない影響を及ぼすとみられるからだ。現在の蔡英文政権も、中国へ進出した企業へ台湾回帰投資を促すなど対中依存度の低下を目指しつつ、基本的には台湾の「現状維持」を支持してきた。頼氏も、「台湾独立」が持論だっただけに中国に対し強硬な態度を見せる場面もあろうが、蔡氏の路線を基本的には継承すると考えられる。

図表2 台湾の対中輸出入シェア

(出所)台湾財政部、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

議会選挙では野党が過半数奪還、ねじれ議会も台湾の「現状維持」を促す要素

民進党は総統選に勝利したものの、同日に実施された立法委員選挙(議会選挙・定数113議席)では単独過半数を割った。同党は11議席減の51議席に後退し、国民党(15議席増の52議席)に議会第1党を譲る形となった。政権を担う政党と議会の最大勢力が異なる「ねじれ議会」となり、民進党は過半数(57議席)を得るために国民党もしくは台湾民衆党(8議席)との協力が不可欠になる。

頼氏は「選挙戦を終え、意見の違いや衝突に代わって協力が始まる」と述べ、野党と協力して議会運営を図る姿勢を示しているが、キャスティングボートを握る野党の動向次第で慎重な政策運営を強いられるだろう。特に、頼氏が「台湾独立」を視野に入れて国防を強化する場合には、軍事予算の拡大に対して議会のチェックが強まると考えられる。

台湾の有権者は頼氏を総統に選出する一方、議会ではフリーハンドを与えなかったことで、頼氏の対中強硬姿勢にクギを刺し、自重を促すバランス感覚を示したといえる。

中国は民進党政権の継続に反発。中国側の圧力強化で両岸関係の緊張が増す懸念も

中国は、「台湾独立」を持論としていた頼氏の当選に反発している。対台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室は、総統選の結果について「民進党は(台湾)島内の主流の民意を代表していない」との見解を示した。また、米国の政府元高官らで構成される代表団が1月15日に台湾で頼・蔡の両氏と面会すると中国政府は米国を強く非難し、同日には南太平洋の島国ナウルが台湾との断交と中国との国交樹立を発表した。ナウルの断交により、台湾が国交を持つ国は12か国と、2016年の蔡政権1期目発足時(22か国)の約半分にまで減少し、台湾に対する中国からの外交圧力が早速加わる格好となった。

民進党政権の継続が確定したことにより、今後、外交のみならず経済でも中国からの圧力が増す懸念がある。中国政府は2023年に入り、台湾からの輸入に対する関税優遇措置の停止等を通じ、選挙期間を通じて台湾へ圧力を加えてきた(図表3)。選挙を目前に控えた2023年12月には、中国政府は台湾との経済協力枠組み協定(ECFA)に基づき優遇関税が適用されている一部の化学製品について、関税優遇措置を停止すると発表した。対象品目は現時点で12品目に留まり、台湾経済への影響は今のところ限定的だが、中国政府は1月に入り優遇措置の停止対象品目の拡大を検討していると発表している。今回の選挙結果を受け、貿易規制を通じた中国からの圧力が一段と強化される懸念がある。

図表3 中国政府による台湾への貿易規制動向

(出所)各種報道より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

台湾のインバウンド需要への影響も気がかりだ。中国は2018年時点で訪台旅行者数の24.4%を占める主要国であったが、中国政府が2020年の総統選を控えた2019年8月に同国から台湾への個人旅行を停止したことに伴い減少に転じ、足元も回復が見られない(図表4)。民進党政権への反発から中国政府が今後も台湾への旅行を制限すれば、台湾経済の回復の足かせになりかねない。

図表4 訪台旅行者数

(注)2020年5月~2021年12月はコロナ禍の影響を考慮し非表示
(出所)台湾交通部、CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

当面は、3月の中国全人代(国会に相当)、5月の台湾総統就任式に合わせて、中国による台湾への圧力が強まるか注目される。また、11月の米大統領選挙の結果、台湾の「現状維持」を支持してきた米国が台湾への関与を弱める兆しを窺わせる場合も、中国が圧力を強めるきっかけとなりうる。

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