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Mizuho RT EXPRESS

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欧州における労働時間減少の背景

─ 高学歴層などで労働時間の削減志向強まる ─

2024年2月28日

調査部 経済調査チーム 上席主任エコノミスト 江頭勇太
yuta.egashira@mizuho-rt.co.jp

雇用が増加する一方で一人当たり労働時間は減少

ユーロ圏の2023年10~12月期就業者数は前期比+0.3%と11四半期連続の増加となった。コロナ禍以降、雇用が堅調に増加する一方で、一人当たりの労働時間は切り下がった状態が続いている(図表1)。就業形態別に見ると、パートタイム労働者の労働時間が2019年比+0.6%増加している一方、フルタイム労働者の労働時間は同▲3.0%減少している。フルタイム労働者についてさらに業種別に見ると、「卸小売・宿泊・運輸等」や「情報通信」、「学術・専門サービス」、「娯楽・芸術」で労働時間の減少率が特に大きい(図表2)。

図表1 ユーロ圏:就業者数と労働時間

(注)一人当たり労働時間の直近値は2023年7~9月期
(出所)Eurostatより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 ユーロ圏:労働時間の減少率(業種別)

(注)労働力調査ベースの週当たり労働時間。2023年1~3Q平均の2019年同期比。フルタイム労働者
(出所)Eurostatより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

こうした一人当たり労働時間の減少の背景についてECB(2023)は、企業による雇用保蔵や病欠の増加のほか、より長期的・構造的な要因として人口構成や産業構造の変化、労働者の選好の変化などを指摘している。また、このうち労働者の選好という点については欧州委員会(2023)が、コロナ禍以降、労働者の間で労働時間の削減を望む傾向が強まったことを指摘している。実際、欧州ではこのところ労働組合等から週休3日制への移行を要求する声が増えており、ドイツでは今年2月から、一部の企業を対象に半年間に亘って週休3日制を試験導入するプログラムが開始されている1

本稿では、こうした労働者の労働時間に関する選好の変化やその背景、及び欧州経済への影響について考察する。

若年~中高年の高学歴層を中心に希望労働時間が減少

欧州の労働者の労働時間に関する選好について、Eurofound(EUの機関の一つ)が2015年と2021年に実施したアンケート調査(「European Working Conditions Surveys」)を基に見ていきたい。同調査では回答者の年齢や学歴などの他、就業形態や現状の労働時間、希望する労働時間など労働に係る様々な質問を尋ねている。回答の個票データが公開されており、これを筆者が集計した(回答の総数は2015年調査が43,850件、2021年調査が71,758件)。なお、上述した欧州委員会(2023)の指摘も同調査の結果に依拠したものである。

まず、労働者全体(除く自営業者、以下同)の希望労働時間の分布を見ると、2015年から2021年にかけ、希望労働時間を週40時間とする割合が減少し、30~35時間程度とする割合が増加している(図表3)。具体的には、希望労働時間を40時間とする割合は2015年:41%から2021年:29%に減少している一方、35時間とする割合は2015年:8%から2021年:11%に増加、30時間とする割合は2015年:9%から2021年:15%に増加している。また、希望労働時間の中央値は、2015年:40時間から2021年:37時間に▲3時間減少している。(なお、平均値では36.1時間から35.6時間に減少。回答の中には0時間や100時間超といった極端な値も散見されるため、本稿ではこうした外れ値の影響を受けにくい中央値で見ていく。)

図表3 希望労働時間の分布

(注)点線は中央値。対象はEU27カ国の就業者(除く自営業者)
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 希望労働時間の分布:就業形態別

(注)幅の広さが当該回答の頻度を表す
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

次に、就業形態別に見ると、フルタイム労働者の希望労働時間の中央値は2015年:40時間から2021円:38時間に減少している。一方、パートタイム労働者はいずれの年も30時間で変わっておらず、希望労働時間の減少はフルタイム労働者で顕著である(図表4)。フルタイム労働者についてさらに年齢階級別に見ると、希望労働時間の減少は25~44歳や45~64歳といった若年~中高年層を中心に生じている(図表5)。この年齢層についてさらに最終学歴別に見ると、学士や修士・博士など相対的に高学歴な層において希望労働時間の減少が顕著である(図表6)。

そこで、さらにサンプルをこれら25~64歳・学士以上の層に絞って見ると、性別では女性の希望労働時間の減少幅(▲5時間)が男性(▲1時間)よりも大きく、また図表7の通り、業種別では「情報通信」(▲4時間)や「学術・専門サービス」(▲3時間)、「娯楽・芸術」(▲3時間)の減少幅が特に大きい。一方、図表は割愛するが、1人世帯の希望労働時間の減少幅(▲3時間)と2人以上の世帯(▲2時間)に大きな差はなく、同様に15歳以下の子供がいる世帯(▲3時間)といない世帯(▲2時間)にも大きな差はなかった。家計のやりくり別でも、やりくりが楽、困難とする層のいずれにおいても希望労働時間が減少しており、明確な傾向はみられなかった。

図表5 希望労働時間の分布:年齢階級別

(注)フルタイム労働者
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表6 希望労働時間の分布:最終学歴別

(注)フルタイム労働者かつ25~64歳
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表7 希望労働時間の分布:業種別

(注)フルタイム労働者かつ25~64歳かつ学士以上
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

以上をまとめると、希望労働時間の減少は、性別や業種別での濃淡はありつつも、若年~中高年の高学歴層を中心に、世帯構成や家計状況によらず広く生じていると言えそうだ。

希望労働時間減少の一因はモチベーションの低下

こうした希望労働時間の減少の背景には何があるのだろうか。同調査では希望労働時間に加え、仕事に対するモチベーションや職場での待遇などに関する複数の質問を尋ねている。これらが希望労働時間にどの程度影響するのかを回帰分析により推計した結果が図表8である2。希望労働時間に有意な影響を与えているのは、「仕事中にやる気を感じているか」と「適正な報酬を得ていると思うか」であり、特に前者の影響が突出して大きい。

この結果を踏まえ、両質問への回答の変化を、(希望労働時間の減少幅が大きい)25~64歳かつ最終学歴が学士以上の層とその他の層で比較したのが図表9である。「仕事中のやる気」に関しては、25~64歳・学士以上の層で肯定的な回答が2021年にかけ特に大きく減少しており、こうした仕事に対するモチベーションの低下がこの層における希望労働時間の減少に繋がっていると推察される。他方、興味深いことに、「適正な報酬」に関しては、25~64歳・学士以上の層も含め肯定的な回答が増加している。報酬に関しては満足しながらも仕事に対するモチベーションは低下し、これが希望労働時間の減少に繋がっている、と整理される。

図表8 希望労働時間に対する影響度合い

(注1)フルタイム労働者
(注2)希望労働時間の中央値への影響を分位点回帰により推計。白抜きは統計的に非有意
(注3)具体的な質問内容は以下の通り。「仕事中、やる気に満ちていると感じる」、「自分の仕事に情熱を持っている」、「自分の努力や実績に照らし、適正な報酬を得ている」、「自分の仕事のキャリアの展望は明るい」、「自分に相応しい適正な評価を受けている」
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表9 労働者のモチベーション等の変化

(注)フルタイム労働者
(出所)Eurofoundより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

無論、こうしたモチベーションの低下はあくまで希望労働時間の減少の一因に過ぎないであろうし、また、そもそもなぜモチベーションが低下しているのかという疑問も残る。同調査は最新の調査が現在行われているところであり、労働者の選好やモチベーションに関して追加的な示唆が得られるか、今後の結果の公表が注目される。

労働時間の減少はECBの金融政策にも影響

以上の通り、欧州では労働者の希望労働時間が減少しており、これがマクロの一人当たり労働時間の減少の一因になっているとみられる。こうした労働時間(労働供給)の減少は、労働需給の逼迫を通じて賃金や物価の押し上げ要因となるため、ECBの金融政策にも影響を及ぼし得る。市場は今年6月までの利下げ開始を完全に織り込んでいるが、労働需給の逼迫が長引き賃金が下げ渋れば、利下げのタイミングが後ずれする可能性がある。また、より中長期的には、労働供給の減少は潜在成長率の下押し要因となる。もちろん、労働時間減少の影響を打ち消すほどの労働生産性の改善が生じていれば話は別であるが、現実には欧州の労働生産性はコロナ禍以降、低下傾向にあり、賃金上昇と相まって単位労働コストの押し上げ要因となっている(図表10、11)。

2021年の調査はコロナ禍の最中に行われたものであり、それによる一時的な勤務日数の減少や在宅時間の増加が調査結果に影響を及ぼした可能性がある。また、なぜ情報通信や学術・専門サービスのようなホワイトカラーが多いと思われる業種や高学歴者の間で希望労働時間の減少幅が大きいのかなど、疑問点も多い。そして、マクロでみれば、コロナ禍後の調査で希望労働時間が増加に転じるのか、減少傾向が続くのかが重要になってくる。ワークライフバランスを重視するなど、不可逆的な価値観の変化が起きたのであれば、希望労働時間の減少が継続し、潜在成長率の低下やインフレ圧力につながりうる。今後、ECBの金融政策や欧州経済の中長期的な成長力を占う上でも、労働時間の動向は注視していく必要があろう。

図表10 ユーロ圏:時間当たり労働生産性

(出所)Eurostatより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表11 ユーロ圏:単位労働コストの要因分解

(出所)Eurostatより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

[参考文献]

ECB(2023)「More jobs but fewer working hours」

欧州委員会(2023)「Labour market and wage developments in Europe Annual review 2023」


  • 1Euronews “Germany launches major 4-day workweek trial amid labour shortage,” 04 Feb 2024
  • 2希望労働時間を被説明変数、図中の5つの質問項目への回答と現状の労働時間を説明変数とする回帰式により推定。質問項目への回答は1(否定的)~3(肯定的)の整数値を取る変数。2015年と2021年の双方のデータを使用。なお、希望労働時間の中央値への影響を見るため、通常の平均値回帰ではなく中央値回帰(50%分位点回帰)を用いた
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