Mizuho RT EXPRESS
史上最も右寄りの欧州議会成立へ
─ 各国国政への影響を要注視 ─
2024年6月12日
調査部 経済調査チーム エコノミスト 川畑大地
同 エコノミスト 諏訪健太
daichi.kawabata@mizuho-rt.co.jp
EUの今後5年を左右する欧州議会選挙
6月6日から9日にかけて、欧州議会選挙(定員720)の投票がEU各国で実施された。欧州議会選挙は、欧州連合(EU)の立法機関である欧州議会の議員(任期5年)を選出するために、5年に一度実施される。欧州議会は各加盟国民から選ばれた代表(議員)で構成されるため、EU市民の利益を代表する機関と位置づけられており1、EU市民がEU政治に直接民意を伝えられる数少ない機会とされている。
また、欧州議会選挙の結果は、今年10月に任期満了となる欧州委員長をはじめとする欧州委員会(任期5年)の人事も左右する2。次期欧州議会・委員会の任期である2024年から2029年は、脱炭素化や、ロシアによるウクライナ侵攻への対応、移民問題など、EUレベルの難題への一層の取り組みが求められる見込みであり、選挙結果は各種課題に対するEUの今後5年間の方針を決定づけるため、極めて重要だ。
本稿では欧州議会選挙の現時点での結果を概観するとともに、今回の選挙が欧州の政治・経済に与える影響について考察する。
史上最も右寄りの欧州議会成立へ。投票率は前回選挙に続き上昇した模様
結果は事前の世論調査や川畑他(2024)の予想に概ね整合するものとなった。また、前回2019年の選挙に続き、今回も小幅ではあるが投票率が上昇した模様である。
本稿執筆時点で判明している各会派の議席占有率をみると、中道二大会派の欧州人民党(EPP)と社会民主進歩同盟(S&D)が概ね勢力を維持する中、極右会派である欧州保守改革(ECR)やアイデンティティと民主主義(ID)が勢力を拡大した(図表1)。また、選挙直前にIDから除名され無所属となったドイツのための選択肢(AfD)が前回から議席を増やしたこと等に伴い、無所属も増加している。一方で、環境会派の緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)や中道リベラル会派の欧州刷新(Renew Europe)が大幅に勢力を落としたほか、急進左派の欧州統一左派・北方緑の左派 (Left-GUE/NGL)も議席を減らした。このように、右派が勢力を伸ばす一方、中道リベラルや左派、環境会派が議席を減らしたため、史上最も右寄りの欧州議会が成立することになる。
図表1 欧州議会選挙の会派別議席占有率
(注)選挙結果は6月12日時点
(出所)欧州議会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
選挙後も中道二大会派と中道リベラル会派を合わせれば過半数を維持することから、これまで通りEPP、S&D、Renew Europeの連立が続くとみられるが、極右会派の勢力拡大を受けて、法案によっては中道会派とECR(時にはIDとも)との協力も予想される。川畑他(2024)が指摘する通り、議会の右傾化によってESG分野の法案成立が一部難しくなるなどの影響が見込まれる。また、第二会派のS&Dは極右会派との連携に否定的なことや、主要二大会派間では移民管理やEU財政など一部の政策に対するスタンスが異なるため、会派間の調整や他会派との連携・協力を巡る駆け引きが活発化・複雑化し、政策決定スピードが低下したり、政策不確実性が高まったりするリスクがある。もっとも、中道二大会派が勢力を維持したことに加えて、引き続きEPPが最大会派となり同会派所属のフォン・デア・ライエン氏の欧州委員長続投の可能性が高いことを踏まえれば、EU政策の方向性が大きく転換することはないだろう。
また、今回の選挙では、小幅ではあるが前回に続き投票率が上昇したとみられることも重要なポイントだ(図表2)。EUは、拡大・統合深化の過程で加盟国からの権限移譲を行ってきことや、選挙による選出を経ていない官僚機構の存在、政策決定過程の見えづらさ、組織の複雑さなどが長年批判されてきた。これらがEUと加盟国民の心理的距離を生み、EU政治への関心を低下させ、有権者の間で欧州議会選挙が国政の二等選挙のように位置づけられる一因となった。こうした状況を裏付けるかのように、EU政治に直接民意を反映する数少ない機会であるはずの欧州議会選挙の投票率は2014年まで低下の一途をたどり、EU民主主義のインプット面(政策決定における民主的手続)の正当性欠如が「民主主義の赤字」と呼ばれ問題視されてきた。
図表2 欧州議会選挙の投票率
(注)2024年は6月12日時点で判明している値
(出所)欧州議会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
しかしながら、近年は欧州議会の権限強化や、移民・難民問題、環境政策等の欧州ワイドな課題の存在のほか、これらの課題をポピュリスト政党が争点化していること等も手伝い、EU政治への注目度が以前に比べて高まっている3。EU市民にとって欧州議会選挙への関心は依然として国政選挙に比べて低いものの(図表3)、投票率の高まりや図表4が示す通りEU市民としての意識が強まる傾向にあることは、EUとEU市民の心理的距離が縮まっていることを意味し、長らく指摘されてきた「民主主義の赤字」は多少なりとも改善に向かいつつあると解釈できるだろう4。加えて、コロナ禍やウクライナ戦争を経て、近年はEU市民のEUへの信頼度も向上している(図表4再掲)。これらの事実を踏まえれば、欧州ではかつてほどEU離脱論等の極端な主張が支持されにくい環境が生まれつつあるのかもしれない5。EU民主主義の強化や欧州統合の深化という観点から、EU政治への関心の高まりやEU市民としてのアイデンティティ形成がさらに進むのか、引き続き注目される6。
図表3 EU市民が感じる欧州議会選挙と
国政選挙の重要度
(注) 調査期間は2024年2月~3月。それぞれの選挙に投票することの重要度を問う調査
(出所)Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表4 EU市民意識とEUへの信頼度
(注)各系列はそれぞれ、「自分がEU市民であると感じるか」、「EUを信頼しているか」を問う質問に対して肯定的に回答した人の割合
(出所)Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
各国政治・選挙への影響を要注視
前述の通り、今回の選挙結果によってEUの政策方針が大きく変わることはないとみられるが、各国政治・選挙への影響には注意を払う必要がある。
欧州議会選挙は国政の中間評価・信任投票的な意味も持ち、政権への不満などが表出しやすい。景気低迷やインフレ、移民の増加等への不満を背景に、今回の選挙では各国の政権与党の勢力が後退し、極右が議席を増やすケースが目立った。欧州議会選挙での躍進をきっかけに、各国の極右政党は一層勢いづく可能性がある。特に、今年から来年にかけて国政選挙が予定されているオーストリア、ドイツ、フランスの政局には要注意だ。
現時点の世論調査では、上記三カ国のいずれも現政権与党の勢力後退や極右政党の議席増加が予想されている(図表5)。特にオーストリアとフランスでは極右ポピュリスト政党が支持率で首位を走っており、極右の首脳が誕生する可能性が浮上している。
図表5 オーストリア・ドイツ・フランスの欧州議会選挙結果と次回国政選挙の世論調査
(注)赤字は極右ポピュリスト政党。国政選挙の各政党支持率は5月末から6月初旬時点の世論調査。欧州議会選挙の得票率は6月12日時点
(出所) Politico、欧州議会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
オーストリアでは、極右の自由党が欧州議会選挙で躍進し、国政選挙の世論調査でも首位を走っている。かつてドイツに併合され、ナチスドイツを構成した同国で、極右の首相が誕生する事態になれば欧州政治に大きな衝撃を与えるだろう。
また、フランスでは、マクロン大統領が欧州議会選挙の結果を受けて、国民議会(下院)を解散し、6月から7月にかけて総選挙を行うと発表した7。欧州議会選挙では、大統領会派が大きく議席を減らす一方、極右政党でマリーヌ・ルペン氏が所属する国民連合が躍進し、フランス選出の欧州議会議員で最大勢力となった。2022年の国民議会選挙以降、大統領会派は議会で過半数を失う中で難しい議会運営を強いられており、憲法の規定に基づく法案の強行採択をたびたび行ってきたことなどが野党の反発や内政の停滞を招き、国民の支持離れの一因になっている。直近では、財政赤字の継続などを理由に大手格付け会社S&Pがフランス国債の格付けを引き下げたことも、政権の打撃になった。中間評価的な意味を持つ欧州議会選挙での与党会派大敗は、有権者の政権批判を加速させ、国民議会選挙での与党勢力の更なる後退と国民連合の躍進につながる可能性が高い。仮に国民連合が国民議会第一党となれば、マクロン大統領は同党から首相を選ばざるを得なくなり、コアビタシオン(大統領と首相の所属勢力が異なる状態)が発生するリスクがある。そうなれば、内政は一段と停滞するとともに、(正式に出馬は表明していないものの)ルペン氏が次回2027年の大統領選挙で勝利するシナリオも現実味を帯びてくるだろう。
また、ドイツでは、来年10月までに連邦議会選挙が実施される予定だ。現在の世論調査を踏まえれば、キリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)が第一党になる見込みだが、単独過半数の議席獲得は難しく、少なくとも三党で連立を組む必要に迫られる可能性が高い。こうした中、今年9月には、連邦議会選挙の前哨戦として注目されている旧東ドイツの三州(ザクセン、チューリンゲン、ブランデンブルク)で州議会選挙が行われる。AfDはこのところ不祥事が続き、所属していた欧州議会会派のIDから除名されたこと等が痛手となり支持率が下がっているが、三州はもともとAfDの支持が高い地域であることから、いずれの州でも第一党になると予想される。欧州議会選挙で着実に勢力を拡大したことをきっかけに、州議会選挙で予想外に議席を伸ばす可能性もある。主要政党はAfDや極左政党との連立を拒否しているため、AfDが過半数を取らない限り政権入りして過激な政策がとられるリスクは低いが、欧州議会選挙や地方選挙をきっかけにAfDが勢いづけば、国政選挙後の議会過半数形成に向けた連立交渉が難航する恐れがある。
こうした極右ポピュリスト政党の勢力伸長は、社会の不安定化・分断化や財政規律の弛緩、EU内の足並みの乱れを招くリスクがある。ポピュリズムの定義はいくつかあるが、水島(2016)や稗田(2019)では、善良な人民と、既存の政治権力である腐敗したエリートの対立を前提とし、前者を「われわれ」、後者を「彼ら」とする二元論的思考であると指摘している。右派ポピュリストは「われわれ以外」の存在として政治エリートやEUの官僚組織のほか、国外から押し寄せる移民等を攻撃する傾向がある。また、ポピュリストは人民の一体性を前提とし、何らかの同質な特徴を共有する人々の集団を「われわれ」とみなすことから、多様な民意を前提にする多元主義の対極に位置する。そのため、「われわれ」の中の異論や異分子は認めず(水島(2016))、他者への攻撃や批判により分断を煽る傾向がある。
このところ、欧州では政治家やその関係者が襲撃される事案が相次いでいる。ドイツでは政治的動機による犯罪が増加しており、政党別の被害件数は緑の党が最も多く、その次にAfDと社会民主党(SPD)が続いていることから、左右の政党支持者が攻撃の応酬を行っていることが示唆される。また、スロバキアのフィツォ首相が政治的動機により銃撃され重傷を負う事件も発生した。これらの事件は、必ずしも極右ポピュリスト政党の支持拡大が主因とは言えないが、こうした政党が過激な主張を繰り返せば、社会や政治を不安定化させる恐れがある。
加えて、ポピュリスト政党は時にバラマキや減税等の政策を打ち出すことで支持拡大を目指すケースがあることから、財政規律の緩みや、それに伴う金融市場への影響も懸念される。自国優先的な政策をとることでEU内の足並みが乱れるリスクにも警戒が必要になるだろう。
今回の欧州議会選挙で勢力を拡大した極右ポピュリスト政党が今後、各国の国政においてどの程度勢力を伸ばすか。今後数年の欧州の政治・経済を不安定化させかねないリスク・ファクターとして注視していく必要があろう。
[参考文献]
川畑大地、山本武人、江頭勇太(2024)「今後5年を左右する欧州議会選挙~右派台頭・地政学踏まえEUは軌道修正~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほリポート』、2024年4月30日
田中素香(2019)「2019年欧州議会選挙をどう見るか~EU新体制人事を含めて~」、国際貿易投資研究所『ITI調査研究シリーズ』No.91、2019年9月
根岸隆史(2019)「2019 年欧州議会選挙結果の影響」『立法と調査』7月号No.414、2019年7月
水島治郎(2016)「ポピュリズムとは何か~民主主義の敵か、改革の希望か~」、中公新書、中央公論社
稗田健志(2019)「西欧諸国におけるポピュリスト政党支持の職業階層的基盤」、『年報政治学』2019-Ⅱ.109-142
- 1なお、欧州委員会はEU全体の利益を代表する機関、EU理事会は各加盟国を代表するという位置づけである
- 2選挙結果を踏まえて欧州理事会が提案
- 3こうした種々の欧州的課題とポピュリスト政党や環境政党等による争点化が、中道二大会派の退潮とそれ以外の会派の勢力伸長を引き起こし、議会のフラグメンテーション(分断化)につながっているとの指摘もある
- 4根岸(2019)は、欧州的課題に関する政党間競争や欧州統合に異を唱える欧州懐疑派の存在が、EUに討議の民主主義をもたらし、EU政治への関心の高まりやEUとEU市民との距離を縮めることに寄与したと分析している
- 5近年、反EU政党がEU離脱論を封印し、EUという枠組みの中で自らの政策実現を目指す傾向にある。この背景には、EUへの信頼度やEU市民としての意識の高まりなど、EU市民の間でEUへの肯定的な意見が強まっていることがある
- 6田中(2019)は、2019年欧州議会選挙における投票率上昇は、環境問題や地政学リスクの高まり等の新たな課題の存在を受けてEUへの役割期待が高まったことで、若者を中心に「ヨーロッパ意識」が盛り上がった結果であると指摘している
- 7フランスで大統領が議会を解散するのは、1997年に当時のシラク大統領が行って以来だ。同氏は右派与党連合の安定多数確保を図って解散したものの、思惑に反して社会党を中心とする左派勢力に敗れ、コアビタシオン(社会党のジョスパン氏が首相に就任)となった