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Mizuho RT EXPRESS

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拡大が続く日本の「デジタル赤字」

─ 2023年経常収支は改善も、今後はIT関連の対外支払増が重石 ─

2024年2月26日

調査部 経済調査チーム 上席主任エコノミスト 坂中弥生
yayoi.sakanaka@mizuho-rt.co.jp

2023年の経常収支は大幅に改善

日本の2023年の経常収支は20.6兆円と、2022年(10.7兆円)対比で黒字幅が大幅に拡大した(図表1)。内訳をみると、貿易収支が▲6.6兆円(2022年▲15.7兆円)と赤字幅が9.1兆円縮小したことが主因だが、インバウンド需要拡大に伴う旅行収支(サービス収支に含まれる)の黒字拡大も、経常収支改善に寄与した(図表2)。

2023年の貿易赤字縮小は、鉱物性燃料の輸入金額減少(前年差▲6.4兆円)によるところが大きい。2023年は鉱物性燃料の輸入価格が前年比▲14%と下落したことに加え、輸入量も同▲6%と減少した。原子力発電所の稼働率上昇を受けた火力発電比率の低下により、液化天然ガスや石炭の輸入量が減少したことや、ガソリン車の保有台数減少・燃費改善1などを受け原油の輸入量が減少したことが背景にあると考えられる。

サービス収支に含まれる旅行収支は、黒字幅が2.8兆円拡大した(図表2)。2023年は訪日外客数が順調に回復し、10月以降はコロナ禍前の2019年並みの水準で推移しているほか、一人当たり消費支出も高水準を維持している。2023年の訪日外国人旅行消費総額は5.3兆円となり、政府が2023年3月に策定した観光立国推進基本計画で「早期に5兆円にする」とした目標が早くも達成された。

図表1 経常収支

(出所)財務省・日本銀行「国際収支統計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 サービス収支

(注)その他は委託加工、維持修理、建設、金融、文化・娯楽サービスなど
(出所)財務省・日本銀行「国際収支統計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

サービス収支は項目により二極化

サービス収支の内訳をみると、黒字・赤字の傾向が項目により大きく分かれている。

黒字を稼いでいるのは、旅行と産業財産権等使用料だ。産業財産権等使用料には、特許権や商標権、情報技術の使用料などが含まれている。総務省「科学技術研究調査」における技術貿易から業種別の動向を確認すると、海外生産を強化してきた自動車・同附属部品製造業の受取が大きく、医薬品製造業がそれに続く格好となっている(図表3)。

一方で、赤字となっているのは、年金・保険サービスや、デジタル関連項目(著作権等使用料、専門・経営コンサルティング、通信・コンピュータ・情報サービス)だ。

年金・保険サービスには、再保険料、貨物保険料、その他の損害保険料などが計上されており、このうち再保険料の支払い拡大が赤字拡大要因として指摘されている2。金利・為替変動などの影響を受ける投資性が強い保険商品(変額個人年金保険等)の再保険利用が増加しているほか、自然災害の大規模化や世界的なインフレの影響、地政学的リスクの高まりなどを背景に、損害保険の再保険料が上昇し、海外への再保険料支払いも拡大しているようだ(図表4)。

図表3 技術貿易(ネット)

(注)輸出額から輸入額を除外したネットの金額
(出所)総務省「科学技術研究調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 損害保険会社の再保険収支

(注)1.一般社団法人日本損害保険協会の会員企業が集計対象
2.2018年・2019年は台風等自然災害被害で多額の保険金支払いがあり、再保険金の受け取りも大きかったものと思われる
(出所)一般社団法人日本損害保険協会「日本の損害保険-ファクトブック」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

デジタル関連項目の推移をみると、専門・経営コンサルティングサービス(ウェブサイト広告スペースの売買等)の赤字拡大が大きいほか、著作権等使用料(ライセンス料支払い等)や通信・コンピュータ・情報サービス(ソフトウェアの委託開発費やクラウドサービスの利用料等)の赤字も徐々に増加している(図表2)。デジタル分野における海外企業のシェアの高さが日本市場でも目立っており、コロナ禍を経てデジタルサービスの利用が増えたことが赤字拡大につながっているとみられる。

通信・コンピュータ・情報サービスとその他業務サービス(研究開発サービス、専門・経営コンサルティングサービスを含む)の収支合算値を国・地域別にみると、米国向け支払いのシェアの大きさが目立つ(図表5)。なお、サービス収支全体を国・地域別にみると、通信・コンピュータ・情報サービスとその他業務サービスの赤字が主因となり、米国やシンガポールの赤字幅が大きくなっている。次いで赤字幅が大きい地域は中南米(輸送や年金・保険サービスが主因)、欧州(通信・コンピュータ・情報サービス、知的財産権等使用料が主因)で、シンガポールを除くアジアについては、知的財産権等使用料や旅行の黒字により、サービス黒字が続いている。

図表5 地域別国際収支

<サービス収支>

(出所)財務省・日本銀行「国際収支統計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

<通信・コンピュータ・情報サービスとその他業務サービスの合算値>

(注)その他業務サービスには研究開発サービス、専門・経営コンサルティングサービス、技術・貿易関連・その他業務サービスが含まれており、2023年のその他業務サービスの赤字に占める割合は研究開発サービスが36%、専門・経営コンサルティングサービスが46%となっている
(出所)財務省・日本銀行「国際収支統計」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

デジタル関連支払増により2024年のサービス収支は小幅な赤字拡大を予想

2023年はインバウンド需要拡大によりサービス収支の赤字拡大が一旦止まったが、2024年は再び赤字が増加すると予想する。産業財産権等使用料の大幅な黒字は継続するとみられるものの、コロナ禍での繰り越し需要が一巡するなかでインバウンド需要の増勢が鈍化し、旅行収支の黒字拡大ペースが減速するだろう3

一方、サービス収支の赤字項目では、赤字幅の拡大傾向が続く見込みだ。年金・保険サービスでは、日米欧の金融政策修正への思惑などもあり金融市場の環境変化への警戒感が高いとみられ、引き続き市場リスクヘッジのための再保険ニーズが強いと考えられる。加えて、米格付会社フィッチ・レーティングスによれば、2024年1月の更改においては、ほとんどの保険種目で再保険料が5~10%上昇したという4。2024年も再保険料の上昇を受けて年金・保険サービスの赤字が膨らみそうだ。また、デジタル関連項目については、AI関連のサービス利用拡大などもあり、赤字増大が続くとみられる。トータルでみれば、サービス収支は2023年対比で赤字幅が拡大すると予想される。

日本の経常収支は、海外からの利子・配当金等の純受取額を表す第一次所得収支に支えられ、現在のところ大幅な黒字になっている。しかし、人手不足も相まって、国内企業が省力化等を目的としたIT投資を増やす動きが加速しつつあることを踏まえると、デジタル関連項目を中心とする海外企業への支払増5が先々の経常収支黒字を抑制する可能性もある。生産拠点の海外シフトや産業競争力の低下等に伴い日本がかつてのように貿易黒字を稼げる国ではなくなってきている中、デジタル関連等のサービス赤字の拡大が実需面からみた構造的な円安要因になり得る点にも注意が必要だ。

[参考文献]

経済産業省(2023)「2023~2027年度石油製品需要見通し」、2023年3月31日

松瀬澪奈・齋藤誠・森下謙太郎(2023)「国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」、日銀レビュー、2023年8月10日

坂中弥生(2023)「インバウンドの政府目標は達成可能か~オーバーツーリズム対策と高付加価値化が急務~」、MIZUHO RT Express、2023年12月15日


  • 1経済産業省(2023)では、ハイブリッド車の普及等によりガソリン車の保有台数が減少することや、燃費の良い車への乗り換えが進むことなどから、2023~2027年度のガソリン需要は減少が続くと予想している。
  • 2松瀬・齋藤・森下(2023)は、国内で投資性の強い保険商品の契約が増え、市場リスク抑制のため、保険会社において再保険ニーズが高まっていることを指摘している。なお、自己グループ内に再保険事業を営む海外子会社を保有しているケースもあり、当該子会社への再保険料支払いは海外への支払いとして計上される一方、当該海外子会社の収益が第一次所得収支として計上されている面もある。
  • 3みずほリサーチ&テクノロジーズでは、2024年の訪日外国人旅行消費額は5.6兆円と、2023年対比小幅増を予想している。詳細は坂中(2023)。
  • 4Fitch Ratings (2024), “Reinsurers’ Underwriting Margins to Peak in 2024”, 23rd of January.
  • 5ライセンス料(PCやタブレット端末のOS、AI等)やクラウドサービスの利用料、ソフトウェア委託開発費の支払い拡大といったことが考えられる。
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