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Mizuho RT EXPRESS

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米国:最低賃金引き上げの経済効果

─ 2024年は個人消費を70億ドル押し上げ ─

2024年3月1日

調査部経済調査チーム エコノミスト 菅井郁
kaoru.sugai@mizuho-rt.co.jp

存在感を増す州最低賃金。2024年1月の引き上げは約1,080万人の労働者に影響

高インフレと高金利環境が続く米国では、長らく据え置かれている連邦最低賃金に代わり、事実上、各州の最低賃金が家計消費を支える役割を担っている。

米国の最低賃金には公正労働基準法(FLSA)に基づいて連邦政府が設定する連邦最低賃金とは別に、各州政府が独自に最低賃金を設定しており、両者に差異がある場合はより高い方が適用される。連邦最低賃金は2009年の引き上げ以降7.25ドルで据え置かれてきた一方、州最低賃金は2010年代以降も多くの州で継続的に引き上げられてきた。直近の2024年1月1日には22州が引き上げを実施し、州最低賃金(就業者数による全米加重平均値)は11.28ドルに到達している。これは平均時給対比で約30%台後半の水準であり(図表1)、州最低賃金は事実上、労働者の生活水準を保証する賃金の下限としての役割を果たしていると考えられる。一方、連邦最低賃金は、2009年の引き上げ直後には平均時給対比で35%超の水準であったが、直近では同25%程度まで低下するなど、2010年以降その役割は低下している。

図表1 連邦最低賃金と州最低賃金の推移

(注)州最低賃金は就業者数による50州の加重平均値であり、連邦最低賃金以下に最低賃金を設定している州を含む
(出所)米国労働省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 最低賃金引上げの影響を受ける労働者数

(注)州最低賃金は就業者数による50州の加重平均値であり、連邦最低賃金以下に最低賃金を設定している州を含む
(出所) 米国労働省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

また、図表2は最低賃金引上げの影響を受ける労働者数(ここでは最低賃金以下の就業者数と定義)を、代表的な米国の労働力調査である(Current Population Survey)のミクロデータを用いて推計した結果である。連邦最低賃金以下の賃金水準で働く労働者数は2010年には約380万人(就業者全体の約2.3%)であったが、2024年時点では約160万人(同1.0%)まで減少している。一方で、州最低賃金以下で働く労働者数は増加を続け、2024年1月時点では約1,080万人(同6.6%)となっている。

以上のように、足元では連邦最低賃金の存在意義が薄れる一方で、州最低賃金の重要性が増していると言える。では、州最低賃金の引き上げは米国経済に対してどれほどの効果をもたらすのだろうか。最低賃金引き上げの効果に関しては膨大な先行研究が存在するが、本稿ではその経済効果を検証するために個人消費への影響に着目した。具体的な波及の経路としては、最低賃金が引き上げられることで、相対的に消費性向が高い低賃金労働者の賃金が底上げされ、個人消費の増加をもたらす可能性などが考えられる。

先行研究では Card & Kruger (1994) などの雇用に対する負の影響を検証した文献が特に多く存在するが、近年では個人消費に対する正の効果も明らかにされている。Aaronson et al. (2012) は最低賃金の引き上げが、家計の収入・支出・債務の増加をもたらすことを示した。また、Alonso (2022) は郡別の小売売上高に関するデータを用い、最低賃金の引き上げが特に家計の非耐久財消費の増加をもたらすことを見出している。

本稿では2024年1月に行われた最低賃金の引き上げが米国の個人消費に与える影響を分析する。

2024年1月の州最低賃金引き上げは70億ドルの個人消費押し上げ効果

本分析では2012~2019年を対象期間として、全米50州の州別パネルデータを構築した。データは州最低賃金、失業率、1人当たり個人消費を用いた。推計に際しては、州ごとの制度、政治情勢、経済構造などの諸要因を考慮するため、州固有の効果を含む固定効果モデルを用いた。なお、最低賃金および1人当たり個人消費はPCEデフレーターを用いて実質化した値である。

推計結果は以下に示す通りである。各説明変数はいずれも対数階差をとり、添え字のiは州、tは年、αiは各州固有の効果、δtは時間効果、uitは誤差項を表す。

N=400

決定係数=0.01

期間:2012~2019年

(括弧内は標準誤差)

推計結果からは、州最低賃金の増加が個人消費を押し上げる正の効果が認められ、統計的にも十分な説明力があることが示された。推計された係数は、最低賃金1%の引き上げに対して約+0.03%ptの個人消費押し上げ効果があることを示唆している。この推計結果を用いて、2023・2024年の最低賃金引上げが個人消費に与える影響を試算すると、2024年1月に実施された前年比+3.6%(実質ベース)の州最低賃金の引き上げは実質個人消費を約70億ドル押し上げた計算になる(図表3)。また、2023年に実施された前年比+6.7%の引き上げは84億ドルの押し上げ効果を伴っていた。これらはいずれも総消費の0.05%相当の規模であり、高インフレと高金利が続く米国経済において、州最低賃金が家計消費を支える上である程度の役割を果たしてきたと評価できる。

図表3 最低賃金引き上げによる消費の押し上げ効果

(注)固定効果モデルによる推計値
(出所)米国商務省、米国労働省よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

州最低賃金については、2024年4月以降も一部の州で引き上げが予定されている。例えば、カリフォルニア州ではニューサム知事がファストフードチェーンの最低賃金を4月1日から時給20.00ドルに引き上げる法案に署名している。現在、同州のファストフードチェーン就労者の平均時給は16.21ドルであり、50万人の労働者が恩恵を受けるとされている。これは全米の宿泊・外食サービス雇用者数の約3.5%にあたる規模である。また、カリフォルニア州の他にもオレゴン州、ネバダ州、フロリダ州で引き上げが予定されているため、2024年の個人消費押し上げ効果はさらに大きくなる見通しである。

連邦最低賃金が大幅に引き上げられれば影響は大きいが、実現の公算は小

一方、連邦最低賃金については、本稿の冒頭でその存在感が低下していることを指摘したが、仮に(多くの州の最低賃金を上回るような)大幅引き上げが実現した場合には、より大きな効果が見込まれる。最近では2021年にバイデン政権が現行の7.25ドルから15.00ドルへの大幅引き上げを検討し、頓挫した経緯がある。

2024年1月現在、30州が連邦最低賃金を上回る最低賃金を設定しているが、残る20州には連邦最低賃金が適用されている(図表4)。仮に現時点で連邦最低賃金が15.00ドルに大きく引き上げられた場合、残る30州のうち24州の州最低賃金が連邦最低賃金を下回る計算となる。前章の推計結果をもとに連邦最低賃金が15.00ドルまで引き上げられたケースを試算すると、州最低賃金(全米加重平均)は15.16ドルに達し、約2,120億ドル、総消費の1.4%程度の規模に相当する個人消費の押し上げ効果が見込まれる1

図表4 連邦最低賃金以下の州数

(出所) 米国労働省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表5 連邦最低賃金15ドルに対する賛否

(出所) Pew Research Centerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ただし、以下の二つの理由から、近い将来のうちに連邦最低賃金の15.00ドルへの大幅な引き上げが実現する公算は小さいと考えられる。

第一に、連邦最低賃金の大幅引き上げが広範な企業や労働者に対して影響力を持つと予想される中で、人件費の増加に直面した企業がコストカットのために人員削減を行うことで生じる雇用喪失に対する懸念の声は根強い。雇用政策研究所(EPI)が2015年に米国のエコノミスト166人を対象に行った調査では、若者の雇用喪失の懸念などから75%が15ドルへの引き上げに反対している。また、Neumark (2021)は約30年間の雇用に対する負の効果を推定した主要な実証文献をレビューし、雇用にマイナスの影響があるとの研究が大半であることを指摘している。

第二に、新たな連邦最低賃金の設定には公正労働基準法(FLSA)の法改正が必要となるため、引き上げの行方はその時々の政治情勢にも左右されやすい。特に足元では、米政治の分極化が連邦最低賃金引き上げの障壁となっている。パンデミック下の2021年に行われた米シンクタンクの調査では、連邦最低賃金引き上げに対する賛否は支持政党によって対極的な結果となっており(図表5)、民主党支持者の87%が賛意を示す一方、共和党支持者では28%に留まる。前述の通り、同年にバイデン政権が連邦最低賃金を15.00ドルまで引き上げることを試みたが、上院での民主党単独可決には至らず最終的には頓挫した。

今後大統領選を控えるなかで、連邦最低賃金の引き上げが再び議論の俎上に載る可能性はあるが、以上の理由から、当面、大幅な引き上げは実現しそうもない。

[参考文献]

Aaronson, D., Agarwal, S. and French, E. (2012), “The Spending and Debt Response to Minimum Wage Hikes.”, American Economic Review, 102 (7), 3111-39.

Alonso, C. (2022), “Beyond Labor Market Outcomes The Impact of the Minimum Wage on Nondurable Consumption”, Journal of Human Resources, September 2022, 57 (5),1690-1714.

Card, D. and Krueger, A, B. (1994), “Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast Food Industry in New Jersey and Pennsylvania.”, American Economic Review, Vol. 84, No. 5 (December), 772-93.

Neumark, D. and Shirley, P. (2021), “ Myth or Measurement: What Does the New Minimum Wage Research Say about Minimum Wages and Job Loss in the United States ?”, National Bureau of Economic Research, Working Paper No.28388.


  • 1本稿の試算はいずれも雇用の喪失効果などの最低賃金引き上げに伴う経済に対する負の効果を加味していないため、その結果は幅を持って見る必要がある。なお、米議会予算局(CBO)は2021年から2025年までに段階的に最低賃金を引き上げた場合、約140万人の雇用が失われるとの試算結果を公表している。
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