Introduction

2020年、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを宣言した。その後、全国各地の地方公共団体が「カーボンニュートラルシティ宣言」を行っているが、とくに小規模な地方公共団体におけるカーボンニュートラル施策の推進には、その担い手となる人材不足に加え、個々の部署が限られた財源のなかで単年度主義による予算・対策の執行を行うことを基本とする従来型の公共事業では限界が想定される。現状打破に向け、当社が伴走するA市のカーボンニュートラル実現に向けたプロジェクトは、EBPM*という、地方公共団体における新たな課題解決へのアプローチに一石を投じる取り組みとしても注目を集めつつある。

EBPM*:Evidence-based Policy Making

コンサルタント

森山 浩行

戦略コンサルティング部

森山 浩行Hiroyuki Moriyama

2007年入社

官民連携イノベーションチームに所属。同チームのCo.ヘッドとしてチーム内に新設された「イノベーションライン」のリーダーを担当し、官民連携×SX・DXという新たな価値提供に向けたコンサルティングを牽引する。

コンサルタント

小川 拓弥

戦略コンサルティング部

小川 拓弥Takumi Ogawa

2017年入社

官民連携イノベーションチームに所属。「イノベーションライン」の中核メンバーとして、地方公共団体のカーボンニュートラル推進、民間企業の官民連携によるSX戦略策定の支援、及び公共セクターのDXによる官民連携プロジェクトの推進などのコンサルティングに携わる。

小規模な地方公共団体における
カーボンニュートラルの取り組み。
全国でも先駆けとなる推進体制の
構築を目指す。

A市は、人口数万という小規模な地方公共団体だ。自然豊かな地域でありながら、市内には大手製造メーカをはじめとする様々な規模の産業拠点が存在する。そのA市がカーボンニュートラルシティを宣言したのは2021年のこと——。

「宣言はしたものの、A市はどのように取り組みを進めていくかについては模索している状況でした。そこで、サステナブルなまちづくりに向けA市と連携している企業から、当社に対して新たな挑戦の伴走者となってくれないかとの相談があったのです。」(森山)

このように語る森山は、戦略コンサルティング部の官民連携イノベーションチームに所属する。SX*やDXの推進などの官民連携プロジェクトを加速するために立ち上げた「イノベーションライン」を率いるのが森山であり、今回のプロジェクトでもリーダーを務める。また、同じくプロジェクトチームの中核メンバーである小川は、今回のコンサルティングについて次のように話す。

「マンパワーや財源の不足といった小規模な地方公共団体ならではの制約への対応策となり得る、全国でも先駆けとなるような取り組みにチャレンジしています。データに基づいて課題を捉え、これまでの手法に依らない対策の試行や、その効果を確認し、本支援プロジェクトが終了した後も、持続的に推進していける対策やそれを可能とする地域体制の構築を目指しています。」(小川)

2022年度からスタートしたプロジェクトでは、まず活動の前提となるロードマップづくりが進められた。地域特性の分析や他の地方公共団体における事例調査などをベースに、A市の職員をはじめ多様な関係者との議論を重ねた。
そして1年が過ぎた2023年3月、A市はカーボンニュートラルの実現に向けたロードマップを発表した。地域住民に向けて分かりやすくまとめられた資料には、独自の手法でCO2排出量を算定するといった他の地方公共団体にはない新たなアプローチが盛り込まれた。

SX*:サステイナビリティー・トランスフォーメーション。社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)

独自の指標によるCO2排出量の
「見える化」を進め、
エビデンスに基づく施策立案に
チャレンジする。

地方公共団体が対策を講じるべきCO2の排出源のうち、A市がロードマップ策定を経て実証実験に着手したのが「家庭部門」と「産業部門」だ。

家庭部門のCO2排出量の算出には、標準的には「世帯数」が指標として使用される。しかし、本プロジェクトでは、地域世帯のリアルな排出状況を把握すること、そして、対策を打った場合の効果を捉えることを狙いとし、「地域・住居形態・世帯特性ごとのCO2排出量の見える化」を試行した。その上で、CO2排出量削減のため、財源が限られている中でもA市として実施しうる新たな取り組みについても検討を進めている。

「CO2排出量の試算にあたっては、ご協力頂く家庭の負担を減らすために、電気やガスの使用料金も活用しています。また、「ナッジ(nudge)」*を活用した取り組みの試行も先進的と言えます。温暖化対策に係る啓発や情報提供に加え、同じ地域・属性グループでの行動やCO2排出量の差を市民の皆さんにご確認いただくことで、省エネ行動に対する同調性や、ある省エネ行動を取った場合にどれだけ家計にもエコとなるのかといった損失回避性の意識に働きかけを行っています。」(森山)

また、産業部門においても、A市の特徴を捉えたCO2排出量削減の推進体制構築に取り組んでいる。小川は次のように語る。

「標準的な手法では、地方公共団体は製造品出荷額等を指標にCO2排出量を算出しますが、本プロジェクトでは企業から提供いただくデータを活用した新たな指標づくりを模索しています。また、これを踏まえた実効的な行政施策や、A市の産業発展と企業の脱炭素化推進とを有機的に連携させる官民連携の仕組みづくりも検討しています。」(小川)

最近、日本ではEBPMと呼ばれる新たな政策アプローチが推進されている。これは、あらかじめ目的を明確化したうえで、エビデンスに基づいて政策を立案していく手法である。本プロジェクトで進める独自指標によるCO2排出量の「見える化」も、このEBPMを意識したものだ。CO2排出量の推計結果をもとに目標を立て、バックキャスト思考で施策を立案し実行する。そして効果検証を繰り返し、課題設定と対策の精度を高めていく。こうした意味で、今回のプロジェクトは、A市の政策立案プロセスそのものに一石を投じる役割も担っているのである。

ナッジ(nudge)*:行動経済学における手法の一つであり、「そっと後押しすること」を意味する。人が意思決定する際の環境をデザインすることで、自発的な行動変容を促すことを目的とする。

持続的な推進体制をどのように
整えていくか?
意識の改革も含め、関係者と
日々議論を重ねる。

「現在取り組んでいる実証実験では、取得したデータを分析して『地域の特徴を捉えたうえで、どのような施策に実効性があるのか?』という検証を進めるとともに、『市の実情を踏まえ、取り組みに持続性・発展性を持たせるためには、どのような仕組みや体制を整えるべきか?』についても日々議論を重ねています。」(森山)

このように、今回のプロジェクトの最終的な目標は、カーボンニュートラルの取り組みを、A市が持続的に推進していく体制の構築にある。そのために意識の改革や、DX推進までも視野に入れた支援活動を行っている。森山と小川が言葉を続ける。

「地方公共団体における省エネ推進施策として一般的なものが補助金の活用です。しかし、補助金は特定の対象者やモノに対するスポット的な施策であり、地域全体を捉えた指数関数的効果は期待できません。一方、市民一人ひとりの環境意識に効果的に働きかける仕組みを構築できれば、社会規範的行動がヒトからヒトへ、そして脱炭素に向けて努力している企業活動への応援にも繋がり、カーボンニュートラルシティへの道筋が開けるのではないかと考えます。さらに、こうした補助金以外の施策による効果がデータにより確認できれば、市は限られた財源を他の施策に活用する選択肢も生まれます。このようなビジョンを示し、目的と手法の考え方の転換も含め、A市のとるべき変革の方向性について、日々市政に携わる多様な関係者に訴求しています。」(森山)

「目的達成に向けて戦略とロジックを明確にしていくには、対策と有効性の仮説を立て、データを様々な視点から分析することが必要です。民間企業では本格的なBIツール*を用いる企業が多くありますが、財源が限られる小規模な地方公共団体の場合、そうしたデジタルツールの活用に大きな予算を割くことは簡単にはできません。そこで、本プロジェクトでは無償のBIツールを活用して分析を行っています。さらに、担当職員が異動となっても、新たな担当者が継続してデータを取り扱えるように、レガシーとして分析の手引きやBIツールの活用マニュアル等も準備しています。」(小川)

BIツール*:Business Intelligenceツール。大量に蓄積しているデータから必要な情報を集約・分析し、経営や業務への活用を可能とするソフトウェア。

地方創生やまちづくりも
視野に入れながら、
これからも
地域の挑戦に伴走していく。

このように、森山と小川が所属する官民連携イノベーションチームがA市と伴走してきた今回のプロジェクト期間は3ヵ年。その最終年度となる2024年を迎え、カーボンニュートラルシティの実現に向けたCO2排出量の「見える化」や、新たな施策の導出とその持続可能な推進体制づくりはいよいよ佳境を迎える。
A市との官民連携プロジェクト、そしてその先の展開について、2人は次のように語る。

「カーボンニュートラルは2050年をゴールとした長期的な取り組みです。その目標に向けて、A市の職員の皆さんが自走していける体制の構築方法は一つではなく、様々な選択肢を検討しています。また、同じような悩みを抱えている地方公共団体は全国にも多いはずです。今回のプロジェクトで培った知見を活かして、さらに支援の輪を広げていきたいと思っています。」(小川)

「ヒト・モノ・コト・データに着目したカーボンニュートラルの推進は、私たちのチームが専門とする社会資本インフラ等の持続的な維持・発展のための官民連携事業や、地域毎のビジョン実現のための地方創生やまちづくりへのコンサルティングと密接に関わります。本プロジェクトでは、当チームが培ってきた知見やノウハウを発揮するだけでなく、EBPMを活用したイノベイティブな政策立案に挑戦するA市の取り組みに、様々な企業と連携しつつ伴走できることに大きな意義を感じています。今後も地域それぞれの想いを丁寧に汲み取りながら、サステナブルなまちづくりに貢献していきます。」(森山)

我が国における地方公共団体の数は1,700余り。カーボンニュートラルのみならず様々な課題に直面しながら行政の最前線を担い、地域の人々の生活を支えている。持続可能な地域社会の実現に貢献するために、これからも当社は地域の挑戦への伴走支援を続けていく。

※所属部署は取材当時のものになります。