農業における環境負荷低減の手法とネイチャーベースの可能性

2025年12月19日

サステナビリティコンサルティング第1部

山口 圭太

はじめに

地球への環境負荷が深刻化するなか、人類が地球で持続可能な活動をするための環境影響の許容限界を示すプラネタリーバウンダリーでは、気候変動・土地利用変化・生物地球化学的フロー(窒素、リン)など、複数の項目で限界超過が示されている*1。農業起源の影響も大きく、農用地からの温室効果ガス排出、栽培のための土地利用変化、肥料利用による窒素やリンの流出などが挙げられる。こうした課題に対し現状では、農機の省エネ化や水稲栽培由来のメタン発生抑制など、温室効果ガス削減を中心に取り組みが進んでいる。しかし、依然として十分な水準に達しておらず、さらなる対応が求められる。農畜産物が事業上重要な企業にとっては、持続可能な調達に向けサプライチェーン上流での環境負荷の低減を進めることは重要な経営課題となり得る。

農業の環境影響低減には、テクノロジーを活用するアプローチと自然を活用するアプローチがある。本稿では前者をテックベース、後者をネイチャーベースと呼ぶ。テックベースは企業が提供する特定の技術・サービスを利用することが多く、得られる効果が明確である。ネイチャーベースは自然の機能を活用することで、複数の環境課題への同時対応や中長期的な環境改善への貢献が期待できるため、将来にわたり持続的な価値を生み出す取り組みとして重要である。自然由来の不確実性から導入ハードルは高いものの、その便益を踏まえれば、ネイチャーベースに取り組む意義は十分に大きい。以上の背景を踏まえ、本稿では両アプローチの特徴を整理し、ネイチャーベースに焦点を当て、企業がサプライチェーン上流を巻き込んで取り組む際の課題と対応のポイントを解説する。

ネイチャーベースとテックベースのアプローチの特徴

国際的に自然を活用して社会課題に対応するNbS(Nature-based Solutions)*2が注目されており、農業分野でも活用が進んでいる。本稿で扱うネイチャーベースは、NbSに該当するアプローチ方法の一種と位置づけられる。テックベースは、工学的手法、デジタル技術、バイオテクノロジーなどの人為的手法を活用して環境負荷の低減をめざすアプローチである。

個別の技術によっても異なるが、両アプローチの主な特徴を表1で整理する。どちらのアプローチも重要であり、両アプローチは対立ではなく効果を補完し合う関係である。現状では導入のしやすさや効果の安定性が高いテックベースの導入を進める企業が多く、ソリューションを提供する企業の技術開発や、農畜産物が事業上重要な企業の後押しにより、徐々に広がりつつある。

表1 ネイチャーベースとテックベースの特徴

表1

※シルボパスチャーは樹木と畜産を統合的に管理、シルボアブルは樹木と耕地作物を統合的に管理するアグロフォレストリーシステム。

ネイチャーベースアプローチの重要性と課題

ネイチャーベースアプローチは、次の点で重要性が高い。第一に、多面的な効果を生みやすく、複数の環境影響の低減や生態系への正の効果が期待できる。例えば、主作物の休閑期や栽培期間中にカバークロップを導入することで炭素貯留効果、保水効果、土壌侵食防止効果などが期待できる。樹木・飼料・家畜を統合的に管理するシルボパスチャーでは、生物多様性の向上、炭素貯留効果、土壌改善などが期待できる。第二に、自然を活用するため、適切に実施すれば継続的な取り組みが可能で、持続可能性の観点でも有効である。第三に、農地を超えて、流域や周辺地域の生態系といったランドスケープ全体の環境改善に貢献する可能性がある。地域内の複数箇所で取り組みを実施することで、副次的な効果や相乗効果も期待できる。

こうしたメリットがある反面、ネイチャーベースの導入・運用では課題も多い。企業がサプライチェーン上流を巻き込みながら取り組む場合には、課題の発生場所や顕在化時期が複雑になりやすい。そこで、発生し得る課題を、種類・発生場所・顕在化時期の側面で整理することが有効である。

表2 ネイチャーベースアプローチで生じる課題の整理

表2

主な課題は以下の3点である。

効果:地域や作物によって知見の蓄積に差があり、自然を活用するがゆえに効果のばらつきや不確実性が高い。中長期的な継続により徐々に効果が高まる技術もあり、初期段階では十分な効果が得られない可能性がある。また、正の効果が得られる一方で、負の影響を伴うトレードオフが生じることがある。例えば、カバークロップでは主作物との水資源・栄養の競合、土壌窒素の過剰蓄積、生物多様性の偏りなどが懸念される。シルボパスチャーでは管理が適切でないと、家畜による樹木被害(食害・踏圧など)、森林土壌の劣化、生産性の低下など、負の影響が指摘されている。

資金:農法の大きな転換が必要となる場合もあり、導入初期にまとまった資金を要し、継続にも費用がかかる。そのため、実施農場・支援企業の双方に資金面のハードルが生じる。

拡大可能性:取り組みを続けていく過程で課題があり、拡大に向けハードルが生じる可能性がある。例えば、ある地域で非常に効果の高い技術を導入しても、地形や気候の関係でその技術を他の地域で導入することが困難な場合、拡大が難しく限定的な取り組みとなってしまう。また、自社の事業戦略と取り組み内容が一致していないと、中長期的に取り組みを発展させていく意義が薄れる。

ネイチャーベースアプローチを進めるための対応策

上記の課題には、複数の対応策を組み合わせることが有効である。表3でねらいごとに想定される対応策を整理した。

表3 ネイチャーベースアプローチを進めるための対応策と対処できる課題

表3

※隅付き括弧内の番号は、表2の課題の項番に対応し、アプローチする課題を示す。

先行して取り組む企業は、資金・技術・外部連携などの工夫により、課題に対処しながら推進している。先行事例も参考にしながら、自社にとって有効な対応策を練ると良いだろう。

Nestléが国際的に進める「Agriculture Framework」*3では、公的補助金などを利用しつつ、農家に対して費用支援や技術支援を提供する。さらに、地域特性に応じてアプローチ方法を最適化し、リモートセンシングなどのテックベースも併用することで、効果の安定・向上を目指す。加えて、KPIによるスコア化と取り組みレベルに応じた段階評価を導入し、継続的な改善につながる設計としている。

PepsiCoとCargillが共同で実施する再生農業プログラム*4は、両社の事業上重要な原材料であるトウモロコシの栽培が盛んなアイオワ州に対象を絞り対応を進める。地元の非営利農業団体であるPractical Farmers of Iowaと連携し、取り組みの技術面を強化するとともに、農家への技術支援や費用支援を実施している。

明治は事業上重要な原材料であるカカオを対象に「メイジ・カカオ・サポート」*5に取り組む。同プログラムの施策の一つとしてブラジルのカカオ農園でアグロフォレストリーを導入している。環境改善に加え、農家の安定した経営に寄与し、取り組みを自社の持続可能な調達の戦略として位置づける。

終わりに

本稿では、農業の環境負荷低減のための二つのアプローチを示し、とりわけネイチャーベースに焦点を当て、その課題と取り組みのポイントを解説した。農畜産物が事業上重要な企業にとって、サプライチェーンの上流の環境課題は重要だが、アプローチが難しい。ネイチャーベースアプローチはポテンシャルが大きい一方、課題も多いため、戦略的に設計・推進する必要がある。まずは、自社にとって重要な地域や調達物を対象にミニマムスタートで始め、徐々に取り組みを拡大・深化させると良いだろう。また、外部連携やテックベースの併用も重要である。持続可能な調達は一朝一夕では実現しないため、早期の検討と着実な実行が鍵となる。

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