
サプライヤーと共に脱炭素へ向けた取組みを進めるサプライヤー協働について、現状や課題、取組み方について考察する。
1. はじめに
「観測史上初めての自然災害」という表現が幾度となく聞かれるようになった現在、気候変動対応の重要性が増しており、脱炭素社会の実現に向けて世界が大きく動いている。多くの企業が気候変動への対応を迫られ、その取組みの一つとして、自社の事業活動に関わるバリューチェーン全体の温室効果ガス排出量(以降、GHG排出量)の算定・開示や、排出量の実質ゼロ化を検討する動きが活発化している。こうした中、急速に注目を集めているのが自社の取引先であるサプライヤー企業との協働(以降、サプライヤー協働)である。具体的には、サプライヤー企業各社に排出量の算定や報告を促す、あるいは排出量の削減目標の策定や実際の削減取組みを促す、といった取組みである。しかし関心が高まる一方、本格化してから間もない取組みであるため、実務化において困難に直面する企業が少なく無い。
本稿では、サプライヤー協働にこれから取り組むことをお考えの企業関係者、あるいは取引先から協働を求められているサプライヤー企業の関係者を主な対象と想定し、取組みの進め方や陥りやすい課題、そして対応の考え方について紹介したい。
2. 求められる背景と現状の課題
まず、サプライヤー企業との協働が、注目を集めるようになった背景について触れておきたい。
背景の一つは、今日、世界の大手企業は取引のあるサプライヤー企業の活動領域を含めて排出量の算定・開示を行うことが当然視される状況になったことだ。企業のGHG排出量の算定・開示のスタンダードを開発するイニシアティブである「GHGプロトコル」*1が、バリューチェーン領域の排出量「スコープ3」を対象とする「スコープ3スタンダード」*2を発行したのは2011年のことである。スコープ3には、サプライヤー企業の活動領域の排出量も含まれる*3。以来、10年の年月を経て同スタンダードの考え方はESG投資の世界に浸透し、スコープ3排出量データは投資先企業のビジネスモデルが孕む気候リスクを可視化する手段として定着しつつある*4。
もう一つの背景は、2050年以前に温室効果ガス排出量を実質的にゼロとする、いわゆるカーボンニュートラル目標(あるいはネットゼロ目標)への対応が、企業にとって大きな課題として突き付けられたことである。企業のカーボンニュートラル目標には「スコープ3」も含めるべき、とする考え方は徐々に影響力を増している*5。
スコープ3を単に算定するためであれば、サプライヤー企業からのデータ収集は不要である。製品・サービス別に、それらの供給に伴う平均的な排出原単位はデータベース化されている。これらに自社の購入量データを組み合わせれば、サプライヤー企業から購入する製品・サービスの排出量も粗々ながら算定できるのだ。しかし、実質ゼロ化を目指した急ピッチな削減を目指すのであれば話は変わる。そこでは、データベースが提供する平均的な排出原単位ではなく、サプライヤー企業の削減取組みが反映された固有の排出原単位の利用が必要となる。そのため、サプライヤー企業に削減取組みを促し、その結果を基にサプライヤー企業が自社固有の排出原単位を算定し、顧客企業に対して報告する、サプライヤー協働が求められるになったのだ。
もっとも、スコープ3算定にサプライヤー企業固有の排出量データを利用することについてはGHGプロトコルでも説明されている。GHGプロトコルは、サプライチェーンにおける固有活動に関してサプライヤーによって与えられるデータを一次データ、産業平均データや排出原単位データベースから得られるデータを二次データと定義し、スコープ3算定において一次データの利用を推奨している。算定に利用するすべてのデータが一次データであることが最も望ましいが、現実的には難しく、一次データが利用できない場合に二次データを利用して算定を進めることは「ハイブリッド手法」として認められている*6。
現在は多くの企業が一次データの利用を模索する過渡期にあると言え、将来的には、一次データの利用が主流になると考えられる。スコープ3排出量を含めて実質ゼロ化を目指す削減を進めるためにはサプライヤーデータの利用が必要であり、サプライヤー協働の重要性は今後も増加するだろう。
サプライヤー協働の重要性が増しているものの、その取組み方を示したガイダンスは、国内のみならず海外においても十分に整備されたとは言えない状況だ。例えば、GHGプロトコルの「スコープ3スタンダード」も、サプライヤー協働を推奨し、ある程度の概念整理までは行うものの、実務に使えるレベルの具体的なアプローチは示していない。また、こうした状況を踏まえサプライヤー協働のため新ガイダンス策定やデータ交換のためのプラットフォームを作ろうとする動きが急速に広がったことも一時的な混乱を招いている。これからサプライヤー協働を実践したいと考える企業にしてみればどの動きに乗ればよいか分からない状況となっているのだ。
図表1 スコープ3算定に関する変化とサプライヤー協働
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
3. 陥りやすい失敗と対応
本稿では、サプライヤー協働の進め方・段取りに入る前に、多くの企業が直面する課題について紹介したい。筆者のコンサルティングの経験上、以下の2種の差異に関する考慮が不十分であることが、実務としてのサプライヤー協働の設計を誤らせていることが多い。
- 目標設定優先と成果把握優先の差異
- データ収集における製品ベースと組織ベースの差異
以下、それぞれについて解説する。
(1)目標設定優先と成果把握優先
サプライヤー協働の究極のゴールは、サプライヤー各社が排出量の実質ゼロ化を見据えた野心的な目標を設定し、それを着実に進捗させている状況である。しかし、こうした状況は一足飛びには実現しない。実務としては、(a)実質ゼロ化を見据えた野心的な削減目標を設定してもらうことを優先するか、(b)削減取組みを実施しその成果を確実に算定・報告してもらうことを優先するか、そのどちらかを選ばなければならない。
どの考え方を取るかでサプライヤー協働の働きかけは異なる。(a)目標設定重視ならば、サプライヤー企業に求めるのは将来的な削減余地の検討である。排出量算定の精度は多少粗くてもよいので、脱炭素化に係る今後の技術展望(系統電力の低炭素化や脱炭素燃料等の商業化)を重ね合わせて、将来的に可能となる削減の限界を見通すことが必要となる。(b)成果把握重視ならば、緻密な排出量算定が必要である。足元の削減取組みの成果が排出量に反映されるには、取組みの進捗指標が排出量の算定に使用されていなければならない。サプライヤー企業への要請内容は、2つの考え方で大きく異なることになる。
目標設定優先の長所は、パリ協定に整合した削減目標「SBT」の認定取得を目指す際に、比較的取り組みやすい手段となることである。SBT認定はESG投資においても一定の評価対象となる*7が、そこには、スコープ1・2排出量の削減目標の設定の他、条件に該当する場合にスコープ3排出量に関する目標の設定も求められる。スコープ3目標の設定は2通りの手法があり、スコープ3排出量の削減率を宣言する手法に加え、サプライヤー企業に対してSBT相当の排出削減目標の設定を促す手法も認められている。サプライヤー企業に野心的な目標設定を促すことができれば、後者の条件を満たすことができる。サプライヤー1社1社が緻密な排出量算定を行うことや、削減取組みの成果を経年報告することは、次の課題としていわば先送りすることが許される。
ただし、最終的にはサプライヤー企業の排出量が、目標通りに実質ゼロ化に向けた削減を進捗させているかが問われることは避けられない。サプライヤーの削減取組みの成果を把握し、結果を踏まえて次の取組みを促す関係性を構築するには、成果把握優先のアプローチの方が、向いている。
サプライヤー協働を働きかける顧客企業も、働きかけを受けるサプライヤー企業も、協働の当座の目的が目標設定なのか、成果把握なのかを明確にしておくことが重要である。
図表2 目標設定優先と成果把握優先
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(2)組織ベースと製品ベースのデータ収集
企業が直面することが多い課題の二つ目は、データ収集のフォーマットの問題である。先述の成果把握優先アプローチを採用する場合、買い手側はサプライヤーに対して自身の排出量データの提示を求めることになる。
サプライヤーに対してデータの提示を求める時、どのようなフォーマットでデータを収集するかが課題となるのだが、ここで多くの企業が直面するのは、収集する排出量データを製品ベースとするか、組織ベースとするか、という問題である。
①製品ベースのデータ収集
製品ベースのデータ収集は、サプライヤー企業が個々のモノ・サービスを製造・提供する際に排出されるGHG排出量を個々のモノ・サービス単位で積み上げ、顧客企業に報告するアプローチである。サプライヤー企業は自社工場内での製造時の排出量(サプライヤー企業のスコープ1・2排出量)のみならず、更に上流のサプライヤー企業から調達する素材や部品の製造時の排出量データを収集して加算することになる。製品ベースのデータ収集は、製品単位でライフサイクルアセスメント(LCA)を行い、その結果(GHG排出量に関するインベントリ分析結果)を顧客企業に提示することに相当する。
こうして算定される製品単位の排出量データは、工場での脱炭素化の取組みに加え、製品の薄肉化による素材使用量の削減等の設計上の工夫による削減効果が反映しやすい点が特徴である。製品単位のLCAの実施実績のあるサプライヤー企業であれば、取組みのハードルも低い。
加えて、現在広く採用されているサプライチェーン排出量(スコープ3カテゴリ1「購入した製品・サービス」等)の算定式を、そのまま活用できる点も大きなメリットである。現状、多くの企業は、スコープ3カテゴリ1排出量の算定において、調達する製品・サービス単位で、活動量(製品・サービスの調達量・調達額)×排出原単位(製品・サービスの単位量供給に伴う排出量)という算定式を使用している。この排出原単位は、現時点では各種の排出原単位データベースから値が参照されるケースが多いが、サプライヤー企業が製品ベースのデータ収集に基づく固有の排出原単位を顧客企業に提供することになれば、顧客企業はより実態を反映した値としてデータベースの排出原単位を代替し、利用できることになる。同じ算定式を使ったまま、顧客企業はスコープ3カテゴリ1排出量を、サプライヤー企業の削減取組みの成果が反映されるデータで置き換えることができる。
ただし、デメリットも存在する。最も大きなデメリットはデータ収集プロセスの複雑さである。特に、製品単位のLCAの実施実績がないサプライヤー企業にとっては、データ収集方法の理解と確立に多くの労力を要する可能性が高い。また、複雑さはデータ収集を継続的に実施する上での正確性にも影響を与える。データ収集を継続的に実施する中では、サプライヤー企業の担当者が変わる可能性や、製造拠点の物理的な構成や製造方法等が変わる可能性もある。この場合、報告開始時点に確立された方法が次の担当者に正確に伝わらない、製造拠点の変化に応じてデータ収集を適時変更することは難しい等の理由から、提出データの正確性に疑問が生じる場合も考えられる。
②組織ベースのデータ収集
これに対して、組織ベースのデータ収集は、サプライヤー企業が組織単位で排出量を収集し、組織単位の排出量から売上高あたり排出原単位を算定、顧客企業に報告するアプローチである。自社の排出量と調達物の排出量を個々のモノ・サービスごとに積み上げる必要性がなく、組織全体として捉えることができることから、製品ベースほどの複雑さはない。従って、顧客企業への報告開始以降に担当者や拠点の変更等が生じた場合にも、比較的容易に対応することができる。ただし、モノ・サービス単位でGHG排出量の削減取組みを行った場合の削減成果が製品ベースほどは反映されない。
③製品ベースと組織ベースの議論が求められる理由
製品ベースと組織ベースの議論はなぜ重要なのであろうか。企業が直面する課題と共にその理由について解説したい。
経営層がスコープ3を含めたGHG排出量の削減活動を推進する決断を行った後、実務面ではサステナビリティ関連等担当部署が対応することとなる。担当部署は通常業務としてスコープ3を算定し、CDP*8等の情報開示対応を行っている。
スコープ3を削減するために、サプライヤーデータを利用する算定方式へ変更したいと考え、サプライヤーデータの収集方法について担当部署内で議論が始まる。この時に担当者間で認識の齟齬が生じるケースがある。
排出構造の分析に着手する担当者は、排出量の大きな調達物を特定し、その調達物に係る原単位を低下させたいと考える。そのため、製品単位のLCAを想起し、サプライヤーに製品ベースでのデータ提供を依頼したいと考えるだろう。
一方、普段からCDPの情報開示対応を行っている担当者は、CDPサプライチェーンプログラム*9によってサプライヤーデータが手に入ることを知っている。同プログラムは組織ベースのアプローチを採用しているため、サプライヤーデータの収集は組織ベースと考える担当者もいるだろう。
このように、担当者によって描いているデータ収集の方法が製品ベースと組織ベースで分かれてしまうケースが少なくない。認識の齟齬が生じたまま実務に移行した場合、混乱が生じることは想像に難くない。
本稿で示した製品ベースと組織ベースの議論をサプライヤーデータの収集方法を見極める際の一助として頂きたい。
図表3 製品ベースと組織ベースの算定アプローチ
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
4. サプライヤー協働のステップ
それでは、サプライヤー協働の全体的な流れについて解説したい。
サプライヤー協働の進め方の大きな流れは図表4に示す通りである。紙幅の都合上それぞれのステップについて本稿で詳細に解説することは叶わないため、大まかな流れを提示するに留める。
図表4 サプライヤー協働の進め方
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(1)ステップ1 排出構造分析
ステップ1はスコープ3の排出構造を分析するプロセスである。サプライヤー協働の究極のゴールである排出量の実質ゼロ化を達成するためには、排出量のホットスポットを分析し、そこに対して優先的に働きかけを行うことが効率的な進め方となる。ステップ1は成果把握優先の場合必須のプロセスであるが、目標設定優先の場合にも実施することをお勧めしたい。排出構造を把握することで、サプライヤーとのコミュニケーションの円滑化につながり、また、サプライヤー協働を進める中での手戻りの発生を防ぐことができる。
(2)ステップ2 対象サプライヤーの選定
ステップ2では働きかけを行う対象サプライヤーを選定する。本来は自社と取引関係のあるすべてのサプライヤーを対象とできれば良いが、数多くのサプライヤーと取引を行う中、すべてのサプライヤーを一度に対象とすることは現実的ではない。そのため、優先順位をつけてサプライヤー協働を行う対象を選定するプロセスが必要となる。例えば、調達量または調達額が大きいサプライヤーや、GHG排出量が多いサプライヤー等が優先順位の基準として考えられる。
(3)ステップ3 目標設定・削減活動の要請
ステップ3はサプライヤーに対してGHG排出量の削減目標の設定を要請し、削減取組みを喚起するプロセスである。目標設定優先の場合はこのステップがサプライヤー協働の根幹ともいえるプロセスとなるが、成果把握優先の場合はステップ4を先に実行しても構わない。
(4)ステップ4 サプライヤーデータの収集
ステップ4はサプライヤーデータを収集するプロセスである。製品ベース、組織ベースどちらのフォーマットとするかを検討し、サプライヤーに対してデータ収集と報告を依頼する。成果把握優先では、サプライヤー協働の成果を占う重要なプロセスであり、ステップ1で実施した排出構造分析の結果も含めて十分に議論し、データ収集方法を決定したい。目標設定優先の場合でもステップ4の実施をお勧めする。目標の設定要請を行ったからには、その進捗を確認することがサプライヤー協働を実施する企業の責任とも捉えられ、進捗状況についてはいずれ問われる。そのため、目標設定優先でもステップ4は実施し、サプライヤーの進捗によって削減活動の要請を再度促すという継続した活動が必要である。
(5)ステップ5 スコープ3上流カテゴリに反映
ステップ5は収集したサプライヤーデータを利用して自社のスコープ3上流カテゴリを算定し、サプライヤー協働の成果を反映させるプロセスである。ステップ4と5はその結果が情報開示に利用されるため、毎年実施するプロセスとなる。
5. サプライチェーンの階層構造への対応
ここまで、サプライヤー協働を開始する際に注意すべきポイントや大まかな流れ等、サプライヤー協働の基本事項について解説した。
読者の皆様には、ここまでの解説を基にサプライヤー協働に取り組んで頂けるものと考えるが、サプライヤー協働を進める上ではサプライチェーンの階層構造という自社だけでは解決が難しい課題が存在することをお伝えしておきたい。この課題は各所で認識され、現在議論が進んでおり、今後構造的な変化が求められる可能性がある。本稿は、そのような変化の中で事態を見極め対応するための俯瞰的な視座についてご提供するものである。
本章ではサプライヤー協働とサプライチェーンの階層構造について、外部動向の紹介と併せて解説したい。
(1)サプライヤー協働とサプライチェーンの階層構造
サプライチェーンは図表5のように原料採掘から自社に至るまで何段階もの階層から構築され、多数の企業が複雑に関係しながら構成されている。調達品の排出量は原料採掘から製造・出荷されるまでの全てのGHG排出量が対象であり、サプライヤー協働の対象は自社の調達品の原料採掘から製造・販売企業まで全てのサプライヤー企業を対象とすることが求められる。
しかし、現実には、膨大な数のサプライヤー全てに対してサプライヤー協働を行うことは非現実的であり、現在サプライヤー協働に取り組む企業の多くが、自社にとって直接のサプライヤーとなるTier1サプライヤーへの働きかけに留まっている。大きな排出源がTier2やTier3等上流に存在する場合でもリーチできていないのが現状である。本稿がこれまで論じた考察もTier1サプライヤーへのアプローチを主としている。
この課題については各所で認識され、サプライチェーン全体でGHG排出量データを共有するプラットフォームの構築に関する議論が始まっている。代表的な動きを次節でいくつか紹介するが、その前に、プラットフォームが構築されたとしてもデータ連携に関する基本的な考え方が依然重要である点はお伝えしておきたい。
基本的な考え方とは、あらゆる企業が自社にとってのTier1サプライヤーにサプライヤー協働を行い、その結果として上流サプライヤーが顧客企業である下流サプライヤーにデータを提示することでデータは連携される、ということである。プラットフォームに全てを委ねることは難しく、プラットフォームは基本的な考え方の基、データ連携をサポートするためのツールと捉えることが重要である。
また、プラットフォームの構築が進展したとしても、サプライヤーデータを収集し、算定に利用する場合、利用する側の確かな理解が必要である点もお伝えしたい。自社の目的を達成するためにデータをいかに利用するかについては個社ごとに考えるべき領域である。本稿でご提示した製品ベースや組織ベースのデータ収集アプローチ等の考察はその一助としてご活用頂けるものと考える。
図表5 サプライチェーンの階層構造のイメージ
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(2)GHG排出量データの共有を図る代表的な動き
①WBCSD「Carbon Transparency Partnership」
GHGプロトコルの作成団体の一つであるWBCSD の活動は注目度が高い。WBCSD は2021年3月にスコープ3排出量の透明性を高めるためのイニチアティブである「Value Chain Carbon Transparency Pathfinder」を立ち上げた。同イニシアティブは同年6月に「Carbon Transparency Partnership」に発展。CarbonTransparency Partnershipはサプライヤーデータを利用したGHG排出量の算定を図る上での以下のような課題を提示し、2050年ネットゼロに向けた気候変動対応を進めることを目的としている。
- 製品レベルでGHG排出量を算定し、配分するための一貫した方法論の欠如
- GHG排出量に関する正確で詳細な製品固有データの欠如
- 組織間での排出量データの交換が限定されるバリューチェーンの複雑性
同パートナーシップは2021年11月に、バリューチェーンでの製品レベルのGHG排出量の算定と交換に関するガイダンスである「PathfinderFramework」を公表した。11月発表文書はバージョン1であり、今後バージョン2の発表を予定している。Pathfinder Frameworkは本稿の分類上、製品ベースのアプローチである。
②「GAIA-X」と「Catena-XAutomotive Network」
データ共有基盤を構築し、サプライチェーン全体でのデータ共有を図ろうとする動きでは欧州の「GAIA-X」と「Catena-XAutomotiveNetwork」(以降Catena-X)が注目される。
GAIA-Xは2019年10月にドイツ政府とフランス政府がその構想を発表し、2020年6月に正式発足が発表された。GAIA-Xはセキュアで、オープン、かつデータ主権が確保されたデータ流通基盤構築を行うインフラ構想である。欧州を中心に世界中の企業、政府、研究機関と共に活動を進めている。
GAIA-Xのデータ流通基盤は農業やエネルギー等様々な分野のユースケースが想定されている。次に説明するCatena-Xはデータ共有基盤としてGAIA-Xの利用を表明している。
Catena-Xは2021年5月に設立が正式発表された自動車産業を中心としたアライアンスであり、BMW
やVolkswagen等の自動車メーカーの他、SiemensやBASF、SAP、Microsoft等多様なセクターの企業が参加している。Catena-Xの目的は自動車産業のバリューチェーン上でセキュアなデータ共有を図ることである。スタートポイントとして10のユースケースが設定され、その中に「CO2
FOOTPRINT PROOF」が含まれている。
前述したWBCSD のCarbon Transparency
Partnershipは、2021年11月10日にCatena-Xとの協業を発表した。自動車産業のサプライチェーンでスコープ3データを算定・共有するためのアプローチを開発することを目的としている。
③JEITA「Green x Digitalコンソーシアム」
国内でも動きは始まっている。JEITA(電子情報技術産業協会)は「Green x Digitalコンソーシアム」を2021年10月19日に設立*10。サプライチェーン全体のCO2データを可視化するプラットフォーム構築(データ連携基盤)に向けた活動を行う「見える化WG」を設置し、会員企業と共に活動を推進している。なお、当社も会員企業として同コンソーシアムに参画している。
6. サプライヤー協働に取り組む先のアウトカム
サプライヤー協働に取り組む企業は増加し、外部動向の動きも激しく、現在黎明期にあるといえる。
黎明期にある現在においては特に、サプライヤー協働によるアウトプットと、その先に生み出されるアウトカムを意識して活動することが必要だと筆者は考える。
アウトプットは、目標設定優先であれば目標設定を行ったサプライヤー数等であり、成果把握優先の場合は自社のスコープ3排出量の削減であろう。さらには、サプライヤー協働によるリスクの回避も含まれる。金融機関による投融資先の脱炭素化を進める動きが活発化する中、脱炭素への要求に応えられない企業は投融資の機会を失うリスクがある。気候変動の影響はサプライチェーン上にも多くのリスクを孕むため、これらのリスクをサプライヤー協働によって管理することにより、持続的な事業運営が可能となる。
サプライヤー協働は自社の成長や機会獲得にもつながるアウトカムも生み出す。
サプライヤーに対して自社の方向性を共有し、意見を交わすことで、サプライヤーとの強固なパートナーシップを築くきっかけになると考える。
また、スコープ3を削減するということは、より低炭素なモノづくりのために、調達品の素材や製造プロセスを見直すことでもある。低炭素なモノづくりは従来の製品開発とは全く異なる発想が必要となる場合もあり、新たなイノベーションが求められる。サプライヤー協働を通じて、スコープ3を削減する試みはイノベーションの源泉となり、新たな市場獲得の機会となる可能性がある。
サプライヤー協働への取組みは容易ではない。しかし、容易ではない分自社の気候変動に対する真剣な姿勢を対外的にも示すことができる。その結果、ステークホルダーからの評価獲得や、更なる投融資の呼び込みにもつながると考えられる。
7. おわりに
脱炭素社会の実現に向けて、社会構造の大きな転換が起ころうとしている現在、気候変動対応は企業の経営・存続に直結するものとなっており、サプライヤーと共に脱炭素化に向けた活動を進めるサプライヤー協働の重要性は今後さらに高まるものと想定される。
サプライヤー協働は気候変動対応の一つではあるが、企業に大きな成長をもたらす機会でもある。多くの企業がサプライヤー協働に取り組むことによって、自社の更なる成長につなげて頂き、その結果社会全体の気候変動対応が進むことを期待し、本稿の締め括りとしたい。
注
-
*1世界資源研究所(WRI:World Resource Institute)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD: World Business Council for Sustainable Development)が共催するイニシアティブ。企業や都市の温室効果ガス排出量の算定・開示のスタンダード及びガイダンスを多数発行し、その多くがデファクトスタンダードとなっている。
-
*2Corporate Value Chain (Scope3) Accounting and Reporting Standard。同スタンダードの内容については、環境省とみずほリサーチ&テクノロジーズが連名で公表する解説資料「サプライチェーン排出量の算定と削減に向けて」をご参照いただきたい。
- *3カテゴリ1「調達した製品・サービス」が、サプライヤー企業の活動量の排出量をカバーする代表的なスコープ3カテゴリである。その他、建物・生産機械等の資本財を製造するサプライヤー企業の排出量はカテゴリ2「資本財」に、物流事業者も物流サービスを提供するサプライヤー企業と位置付ける場合の、その排出量はカテゴリ4「輸送・流通(上流)」に分類されることになる。
- *4年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する取組みとその効果を報告するために、2018年に「平成29年度ESG活動報告」を刊行。「2019年度ESG活動報告」からは、気候変動リスクと機会がもたらす株式・社債の証券価値へのインパクトを分析するために気候バリューアットリスク(Climate Value-at-Risk:CVaR)という手法を用いて分析。「2020年度ESG活動報告」からCVaRの分析対象をスコープ3に拡大した。
- *5例えば、パリ協定に整合する企業の排出削減目標「SBT」を提唱したイニシアティブであるSBTiは、「ネットゼロ」の宣言にはスコープ3を含めた排出量の実質ゼロ化が必要との立場を取る(森史也「企業に求められるネットゼロ目標とは?―SBTiによる新基準開発―」(みずほリサーチ&テクノロジーズ コンサルティングレポートvol.2 2022)を参照されたい)。企業の気候関連の財務情報開示にフレームワークを作成するタスクフォースTCFDも、2021年10月に発行した附属書において、目標設定の理想的な事例として「2035年までに2015年のベースラインと比較して70%排出量を削減する中間目標を設定し、2050年までにScope1・2・3の実質排出量をゼロに削減する」が提示されている。
-
*6WRI/WBCSD GHGProtocol.“Technical Guidancefor Calculating Scope3 Emissions”2013
- *7格付機関であるCDPの評価ではSBT認定を受けていると「リーダーシップ」の得点を獲得することができる。
- *8CDPは2020年にロンドンで設立されたNPO。機関投資家の代理人として企業に気候関連のリスク・機会や対応戦略、排出量データなどの開示を求める活動を行う。気候変動の他にも水セキュリティや森林なども取り扱う。
- *9CDPサプライチェーンプログラムはCDPが提供するサービスの一つである。同プログラムに参加するメンバーはエンゲージメントを行いたいサプライヤー企業を選定し、そのサプライヤー企業に対してCDPが質問書を送付、情報を集約、分析し、その結果をメンバー企業に提供する。
-
*10一般社団法人電子情報技術産業協会「Green xDigitalコンソーシアムが発足」(2021年10月19日)
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