
社会動向レポート 現場へのコンサルティングから見えてくるデータ利活用の課題
2023年3月
デジタルコンサルティング部
主任コンサルタント
藤井 彰洋
現場へのコンサルティングから見えてくるデータ利活用の課題(PDF/595KB)データ利活用の実用化を進めるには、データの管理単位のようなデータ粒度の検討やデータ間の紐づけの十分な検討が重要である。データ分析・業務・システムを総合的に理解することが課題解決の突破口になる。
1. はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業数が増加する中で、データ利活用の期待が高まってきている。日本情報システムユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書2022」によると、データ利活用に取り組む企業は、全体の86.5%にも及んでいる。
経済産業省の「データ利活用のポイント集」では、"「新たなビジネスモデルの実現」や「収益性の向上」等、多様な課題が想定される中、これらの具体的な経営課題を解決するための手段の1つとしてデータ利活用がある"とされており、データ利活用は、もはや経営戦略上の重要な取り組みとなってきている。まずは「データ分析基盤の整備」や「分析基盤に収集したデータの可視化」から始め、将来的に「業務の最適化・高度化」まで実用化させることで、経営課題の解決を図るロードマップを策定する企業が増えてきた。
しかし、データ利活用が「収集したデータの可視化」に留まり、収集データの不足等により業務貢献に繋がる分析結果が得られず、その先まで進めていないと感じている企業も少なくない。不足データやそのデータの取得方法を明確にすることは簡単ではなく、「データの粒度」と「データ間の紐付け」を十分に検討しなければ、何が足りないのがはっきり見えてこない。
本稿では、データ粒度の検討事例(需要予測の精度向上への取り組み)やデータ間の紐づけの検討事例(売上データと顧客データの紐づけ)をもとにデータ利活用の推進に必要な要因を整理しながら、今後の実用化に向けての主要な対応策を考察したい。
2. データ粒度の検討の重要性(需要予測の精度向上への取り組み)
データをもとにした需要予測は、マーケティングや発注・生産業務の効率化等、製造業・物流業・小売業等で活用されている。各企業では、取引先や最終消費者の需要を予測し、それをもとに生産・販売活動を計画する。過去の売上履歴や在庫の推移状況といった過去データだけでなく、気象、季節や地域のイベント、SNS等の外部情報を含めることで予測精度の向上を図りながら、様々な概念実証(PoC)に取り組んでいる。
しかし、これらの概念実証は容易ではない。新たなデータを需要予測に追加しても、現場で期待される水準の精度まで届かないというケースは珍しくない。精度向上を図るためには、予測に活用するデータの種類等だけでなく、計画策定業務のプロセスにも着目し、策定する計画のデータ粒度(本稿では計画期間の長さ)を検討することが重要である。ここでは、製造業において受発注を事前に予約する業務プロセスを題材に考察してみよう(図表1)。
製造業では、需要予測や受注の予約・確定情報をもとに取引先や最終消費者の需要を把握し、それを踏まえて供給の各計画(生産計画・購買計画・物流計画等)を策定する。需給調整しながら各々の計画を策定することで生産活動と販売活動を整合させている。
特に生産計画では、長期・中期・短期のように段階的に策定するのが一般的である。企業によって各計画期間の定義が異なるが、本稿では長期を月次単位の年間計画、中期を週次単位の月間計画、短期を日次以下の単位の週次・日次計画とする。各計画では需給調整の対象となる需要側の情報に違いがあり、長期計画では需要予測を重視するが、中期・短期計画では、受注の予約を受け付けたり、その予約が確定したりするので、予測よりも受注の予約・確定情報を重視するのである。このように計画期間のデータ粒度を検討すると、予測において重視するべき情報の違いが見えてくる。
取引先や最終消費者の行動を完全に予測することは不可能であることから、需要と供給には差が生じる。そのため、各企業では、予めどれだけ需要と供給の差が発生するかを見越して計画を作っている。業態・業種や製品にもよるが、長期計画ではこの差をある程度見越した上で計画を策定するが、中期・短期計画ではより精度を上げることに注力する。
予測精度を向上させるためには、「これらの計画ごとの差をいかに縮めて、生産業務の効率化を図るか」が求められる。しかし、生産計画は、単純に予測精度だけを向上させれば良いわけではない。例えば、長期予測では、長期トレンド・季節等に起因する影響が大きいので、過去の売上履歴や在庫推移の傾向だけでも大筋をつかめる場合がある。この粗い把握方法でも生産活動の準備作業に概ね問題がなければ、長期計画を策定する時点で需要との差をさらに縮める必要性はそれ程大きくない。その後に続く中期・短期計画を作る時に詳細を検討すれば良い。また、中期・短期計画では予定通りに受注内容が確定されることが望ましいが、大口顧客からの急な予定変更等の突発的な要因により急に変更されることがある。この突発的要因は予兆がないことが多いので、事前に予測するのは極めて難しい。
このような「予測が長期計画にしか適用できず、生産活動の効率化につながらない」「短期計画を予測するための必要なデータが見当たらない」といった課題に直面した際に、予測に利用するデータのみに着目していると対応策が見えにくくなるが、生産計画のデータ粒度にも着目すれば、ターゲットとするべき生産計画がより明確になる。
その後は、過剰在庫時や欠品時の在庫量の詳細分析等により、需要と供給の差を明確にすることで、需要予測を活用した計画策定業務の自動化や計画策定者のサポート等が検討しやすくなる。
図表1 製造業の需要予測における生産計画等への影響

(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
拡大図3.データ間の紐づけの検討の重要性(売上データと顧客データの紐づけ)
データ分析環境を「データの可視化」や「業務の最適化・高度化」に活かそうとする取り組みは、DX推進を掲げる多くの企業で行われている。このデータ分析環境とは、データを業務システム等から収集・蓄積し、分析に必要なデータ構造へ加工した上で、BI(Business Intelligence)等により分析・共有する一連の環境のことである。BIツールは、データ分析の専門家向けのツールとしてだけでなく、現在ではダッシュボードのような企業内等の情報共有ツールとしても利用されている。また、データ分析環境では、クラウド上にデータレイクを構築し、そこに収集した大量データや非構造化データを蓄積するケースも増えてきている。
しかしながら、こうした各企業では、「可視化したデータを各業務の最適化・高度化にどのように活用するか」が課題になってきている。この課題を解決するには、分析に必要な各データを紐付けた上でデータを収集することが重要になるが、現状の業務・システムの延長線上でデータを収集するだけでは解決できないことが多い。つまり、データ活用を前提として、データの紐づけまで想定した業務・システムを設計段階から見直すことが重要になる。
このような事例として、小売業の取引・決済業務における各データの紐づけ方法を見てみよう(図表2)。実店舗やネット店舗では、顧客データや売上データを各業務システムのデータベースで管理している。そして、これらのデータに購買行動データを紐づけて、購買に至るまでの顧客行動を主にデータ分析環境で分析している。ネット店舗ではサイト上の履歴データ、実店舗ではGPSや画像データを活用している。
別々のシステムで生成されたデータには、そのままでは各データを紐づける情報がない。取引・決済時に他の業務システムとデータ連携し、売上データに顧客データの紐づけ作業(実店舗であれば提示された会員番号の登録)をする必要がある。こうして紐づけたデータを分析環境に収集することで、売上データを顧客別の軸で分析できるようになる。
また、実店舗の場合、監視カメラの画像データ等で人物の行動をデータ化できても、その人物の特定は困難であるため、その情報を顧客データと紐づけることは難しい。そのため、無人店舗では、入口/出口付近にゲート等を設置し、ICカード等を読み取ることで、それぞれのデータの紐づけを可能としていることが多い。このようにすることで決済作業の効率化や顧客の購買行動の分析ができるようになる。
上述のように、データを分析する際、「分析したいデータ同士をどのように紐づけるか」が課題になるが、分析基盤上だけで紐づけを検討するのは好ましくない。無人店舗の事例のように、データ収集前の業務やシステムも含めて検討することが必要になる。
図表2 データ間の紐づけの事例

(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
拡大図4. データ粒度とデータ間の紐づけの検討の重要性
データ利活用の取り組みでは、まず「データの粒度」と「データ間の紐づけ」の2つの観点で整理する必要がある(図表3)。この整理ができていると、現時点の取り組みの課題が把握しやすくなる。粒度が不足しているのであれば、対象のデータ項目の粒度を見直し、紐づけが不足しているのであれば、それらを補完する仕組みを検討することになる。
粒度の見直しでは、「必要な粒度まで細分化できるか」がポイントとなる。データ分析を「予測」に活用するときは対象期間を年次・月次・日次等、「データの分類」の場合は商品分類を大・中・小分類等のような粒度に整理する必要がある。例えば、顧客データの1つである居住地データ(粒度は都道府県–郵便番号–住所とする)をもとに、顧客を最寄りの駅・店舗別に分類したい場合、都道府県のデータだけでは粒度が不足しているため、適切に分類することが難しい。この場合では、郵便番号等のデータを含める必要がある。
紐づけの補完では、「分析したいデータの組み合わせが明確であるか」がポイントとなる。代表的な例は、小売業のID–POSデータ(顧客データと売上データの紐づけ)である。小売業では、ID–POSデータを顧客別の売上分析に活用するために、決済時に顧客から会員情報を提示させ、POSシステム上で各データを紐づけるような仕組みを構築している。
近年では、前述のような粒度と紐づけの全体構想をいかに上流フェーズで描いてくかが重要になってきている。業務プロセスを設計した後では、各データの紐づけは困難になることが多いため、新規に業務・システムを構築する際は、早い段階からデータの紐づけ方法も含めて検討をしたほうが良い。既に運用中の業務・システムの場合は、更改する際に、見えてきた課題を踏まえて検討することが肝要である。
先進的な事例として、デジタル庁等が公表した「教育データ利活用ロードマップ」を紹介したい。このロードマップでは、工程表だけではなく、教育データの流通、蓄積データの全体設計(アーキテクチャ(イメージ))も合わせて提示しているのが特徴的である。この全体設計では対象となる教育データ・システム・データ間の紐づけ方針を表しているため、今後の各施策の推進において必要となる対象データやシステム等の共通認識を構築しやすくなると考えられる。
このように、データ利活用に取り組む際には、データ分析の知識・知見だけでなく、業務やシステムも含めた総合的な理解力が必要である。業務知識・知見が不足していると適切な粒度が見極めにくくなり、システムの仕組みを理解していないと、データ間の紐付け方法の検討が進まない。前述のデジタル庁の事例のように、「データ間の紐付け」は重要性が認識されつつある。同様に「データ粒度」の重要性も今後認識されていくものと考えられる。
経済産業省の「デジタルトランスフォーメーション調査2022の分析結果」では、DX銘柄企業には「データ連携のアーキテクチャがある」「情報資産の分析・評価をしている」「全社情報システムの最適化が行われている」等の特徴があると指摘されている。DXに取り組み、成果を挙げていくためにはこのような整備が不可欠である。
図表3 データの粒度と紐づけイメージ

(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
拡大図5. まとめ
ここまでに述べてきたように、各企業においてデータ利活用の実用化がなかなか進まない要因は、「データの粒度」と「データ間の紐づけ」の2つの観点を十分に検討していないことにある。これらの観点を念頭に、データ分析・業務・システムを総合的に理解し、不足している課題を明確にした上で、「必要なデータの取得・分析方法」と「分析結果の各業務での活用方法」を設計し、業務やシステムに組み込むことが、突破口になると考えられる。これらの検討を通じて、データ利活用の実用化が進み、DXの推進が経営課題を解決するための有効な手段になることを期待する。
参考文献
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1.一般社団法人 日本情報システムユーザー協会(JUAS)「企業IT動向調査2022」(2022年3月31日)
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2.経済産業省「データ利活用のポイント集」(2020年6月3日)
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3.デジタル庁、総務省、文部科学省、経済産業省「教育データ利活用ロードマップ」(2022年1月7日)
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4.経済産業省「デジタルトランスフォーメーション調査2022の分析」(2022年6月7日)
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