GX推進法と成長志向型カーボンプライシング

2023年12月

みずほリサーチ&テクノロジーズ
サステナビリティコンサルティング第1部 主任コンサルタント

滝見 真穂

*本稿は、『研究開発リーダー』2023年8月号(発行:技術情報協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

1. はじめに

2023年5月12日、第211回通常国会において、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)が成立した(5月19日公布*1)。GX推進法は、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」(GX基本方針*2)のうち、「成長志向型カーボンプライシング構想等の実現・実行」に関する事項について定めたものであり、GX先行投資支援のための国債発行、GX投資にインセンティブを与えるカーボンプライシング施策の導入、施策運営を担う法人組織の設立等の項目から構成される。これらの項目を総合的に実施することで、GXを加速させ、産業競争力の強化や経済成長につなげるとのことから、成長志向型カーボンプライシング構想との名称となっている。なお、「GX」とは、グリーントランスフォーメーションの略であり、経済産業省によれば「化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動」と定義されている*3

また、GX基本方針のうち、原発の運転期間の延長等、非化石エネルギーの利用促進とエネルギー安定供給の確保に関するものは、「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」(GX脱炭素電源法案)として5月31日に成立している。

本稿では、2.においてGX推進法の全体像を説明したのち、3.において、新たに導入することが定められたカーボンプライシング施策(化石燃料賦課金及び排出量取引制度)を詳説する。そして、4.において上記を踏まえ本稿のまとめを行う。

2. GX推進法の概要

GX推進法は、表1のように、全7章・79条、及び附則(全18条)で構成されている。第1章(第1条~第5条)では、目的や基本理念等が定められており、世界的規模で脱炭素化が進む中、我が国においても脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を推進するという目的や、基本理念として、関連施策との整合性、中長期的なエネルギー負担の抑制、公正な移行の観点を踏まえること等が記されている。このうち、中長期的なエネルギー負担の抑制については、カーボンプライシングの導入に当たり、既に導入済みの石油石炭税や再エネ賦課金といったエネルギー関連の負担額が減少する範囲内でのみの負担とする旨が、第4章(第11条~第19条)に示されている。

第4章では、カーボンプライシング施策の詳細が定められている。これは、化石燃料賦課金と排出量取引制度の2つから成り、前者は、2028年度から化石燃料の輸入事業者等に対して、化石燃料由来のCO2排出量に応じ、賦課金を徴収するというものである。後者の排出量取引制度は、制度そのものとしてはGX-ETSとの名称で本年度(2023年度)より試行フェーズの開始となる。そして2026年頃度からの第2フェーズを経て、2033年度からは、発電事業者に対し、排出枠の一部をオークションにて販売し、排出枠1トン当たりの価格に有償割当量を乗じたものを特定事業者負担金という形で徴収する。

施策導入に基づく収入の使途は、第3章(第7条~第10条)で定められている。政府は2023年度からの10年間、GX先行投資の支援のため、脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)を発行し、化石燃料賦課金と特定事業者負担金の収入を活用して2050年度までに償還する。

表1 GX推進法の構成

項目 条番号
第1章 総則 第1条~第5条
第2章 脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 第6条
第3章 脱炭素成長型経済構造移行債 第7条~第10条
第4章 化石燃料賦課金及び特定事業者負担金 第11条~第19条
第5章 脱炭素成長型経済構造移行推進機構 第20条~第72条
第6章 雑則 第73条~第75条
第7章 罰則 第76条~第79条
附則 附則第1条~附則第18条

(出典)「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

GX経済移行債で支援を行う具体的な分野は表2のように整理されている*4。非化石エネルギー分野として、水素・アンモニアの需要拡大支援に約6~8兆円、産業構造・省エネの分野として約9~12兆円、資源循環・炭素固定の分野で約2~4兆円とされており、これら合計20兆円規模の政府支援を呼び水とし、官民あわせて今後10年間で150兆円を超えるGX投資の実現を目指す。

個別の支援分野は、今後、経済産業大臣を中心に策定される「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(GX推進戦略)の中で示される。GX推進法の第2章(第6条)では、同戦略において、移行に向けて高い政策効果を見込む事業分野、移行推進のための支援措置に関する事項等を定める旨が記載されている。

GX推進法の中で最も多くの条数が割かれているのが、第5章(第20条~第72条)である。この章では、カーボンプライシング施策の制度運営等を担う目的で新たに設立される法人組織、脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)について定めている。同機構の事業内容としては、化石燃料賦課金及び特定事業者負担金の徴収、排出量取引制度における排出枠の割り当てや入札、GXに資する事業活動を行う者に対する債務保証や出資等が挙げられている。同機構の理事長及び幹事は経済産業大臣が任命し、業務の監督も経済産業大臣が担う。なお、GX推進法全体としての施行日は公布日から3カ月以内であるが、GX推進機構に関する箇所についてのみ、公布日から9カ月以内とされており、GX推進機構は2024年以降の設立を見込んでいると考えられる。

最後に、附則において、GX投資等の実施状況や国内外の経済動向等を踏まえ、必要な見直しを行うこと、また化石燃料賦課金や排出量取引制度に関する詳細の制度設計について、本法施行後2年以内に、必要な法制上の措置を行うことが記されている。

表2 規制・支援一体型促進策の政府支援イメージ

分野 政府支援 官民投資全体
非化石エネルギーの推進 約6~8兆円
  • 水素・アンモニアの需要拡大支援
  • 新技術の研究開発
約60兆円~
  • 再生可能エネルギーの大量導入
  • 原子力(革新炉等の研究開発)
  • 水素・アンモニア 等
需給一体での産業構造転換・抜本的な省エネの推進 約9~12兆円
  • 製造業の構造改革・収益性向上を実現する省エネ・原/燃料転換
  • 抜本的な省エネを実現する全国規模の国内需要対策新技術の研究開発
約80兆円~
  • 製造業の省エネ・燃料転換
    (例:鉄鋼、化学、セメント、紙、自動車)
  • 脱炭素目的のデジタル投資
  • 蓄電池産業の確立
  • 船舶・航空機産業の構造転換
  • 次世代自動車
  • 住宅・建築物 等
資源循環・炭素固定技術など 約2~4兆円
新技術の研究開発・社会実装
約10兆円~
  • 資源循環産業
  • バイオものづくり
  • CCS 等
合計 約20兆円規模 150兆円超

(出典)クリーンエネルギー戦略検討合同会合事務局, GXを実現するための政策イニシアティブの具体化について, 2023年, よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

3. 化石燃料賦課金及び特定事業者負担金の導入

3.1 化石燃料賦課金

化石燃料賦課金は、化石燃料の輸入事業者等に対して、化石燃料由来のCO2排出量に応じ賦課金を徴収するというもので、2012年より導入されている地球温暖化対策のための税(温対税)と同じ上流課税である。温対税では、特定の原料等に使用される化石燃料に対して免税や還付措置が設けられているが、化石燃料賦課金における減免措置の扱いはGX推進法に記載されていないため、今後決定するものと考えられる。なお、2028年という開始時期について、経済産業省は、5年程度GXに集中的に取組む期間を設けること、またその間に石油石炭税の負担が減少していくことを想定するためと説明している*4

GX推進法の基本理念のひとつとして掲げられている、中長期的なエネルギー負担の抑制については、化石燃料賦課金単価への上限設定という形で条文に明示されている。具体的には、毎年の賦課金単価の上限は、「2022年度と比較した石油石炭税の税収の減少幅」に、「2032年度と比較した再エネ賦課金の減少幅」を加え、「当該年度の特定事業者負担金」を差し引いた額を算出し、その金額を「当該化石燃料に係るCO2排出量で割った値」と定められている。

再エネ賦課金の比較対象年が2032年度であることや、特定事業者負担金の開始が2033年度からであることを踏まえれば、制度開始の2028年度から2032年度までは、2022年度と比較した石油石炭税収の減少幅が化石燃料賦課金の総額としての上限となる。つまり、化石燃料賦課金の導入後も2032年度までは、石油石炭税と化石燃料賦課金の合計額は、2022年の石油石炭税収(予算額6600億円)の範囲内に収まることになる。一方で、炭素賦課金により、現在炭素比例になっていない石油石炭税の本則部分がCO2 排出量当たりに置き換わることとなり、日本におけるエネルギー税全体で見たときの炭素比例の割合が徐々に上昇することとなる。

3.2 特定事業者負担金

特定事業者負担金とは、排出量取引制度のGX-ETSにおいて2033年度より実施される、オークションにおける排出枠の販売金額を指す。GX-ETSは、経済産業省が中心となって推し進める、企業のGX推進に向けた取組み「GXリーグ」の活動のひとつであり、本年度より試行フェーズ(第1フェーズ)が開始される。第1フェーズでは、企業が自主的に削減目標を設定・開示し、目標に向けて自主的に取組みを行う。続く2026年頃からの第2フェーズでは、市場の本格稼働として、第三者認証の導入や、指導監督等の規律強化を行うことが検討されている。そして2033年度からの第3フェーズでは、制度の更なる発展として、発電事業者に対する排出枠の有償割当を開始する。特定事業者負担金の対象となるのは、特定事業者として定義されるCO2排出量の多い発電事業者であり、具体的には別途政令で定められる。

一般に、発電部門は他の業種と比べ国際競争に晒されるリスクが低いとされており、EU ETS(欧州排出量取引制度)等、諸外国で導入済の排出量取引制度において、オークションでの有償割当を原則とする事例が複数みられる。ただし、GX-ETSにおいては、関連する多様な事情を勘案し有償割当と無償割当の内訳を定めることとなっており、現時点では、有償割当される排出枠の割合は明示されていない。

負担金の価格については、国内外の経済動向や、GX投資を誘導する価格水準等を勘案し、上限価格と下限価格が設けられる。そして、その範囲内でオークションの落札価格が決定される。諸外国の排出量取引制度においても、価格安定化や炭素価格の予見性という観点から、オークションの上限価格や下限価格を設定している事例がある。

また、負担金の総額についても上限が設けられており、具体的には毎年の負担金の総額は、「2032年度と比較した再エネ賦課金の減少幅を超えない範囲」と定められている。化石燃料賦課金と特定事業者負担金とを合わせて考えると、今後、石油石炭税や再エネ賦課金が中期的に減少していく見通しの中、これらの新たな施策が導入されても、基本理念で示されているように、中期的なエネルギー関連の負担が拡大するわけではない。

3.3 GX経済移行債の償還

化石燃料賦課金と特定事業者負担金に基づく政府収入は、GX移行債が償還されるまでの間、当該債権の償還に充当される。このため、毎年の化石燃料賦課金と特定事業者負担金は、両者合わせて、2050年度までのGX移行債償還に必要な金額(下限値)以上となるように定められている。

施策の導入当初で、基準年比での石油石炭税や再エネ賦課金の減少幅が小さい場合、3.1、3.2で示した上限値が低く、債権償還に必要な金額(下限値)に達しない可能性がある。このような場合は、下限値は適用されないとの規定があり、必要な金額のうち不足分は、後年に繰り越される。

中期的には、GX進展等により石油石炭税や再エネ賦課金の減少幅が拡大する見込みであり、2050年度までのGX移行債償還に必要な金額を確保し、かつ中期的なエネルギー負担を抑制するような水準で、化石燃料賦課金と特定事業者負担金の負担額が決定される。

4. おわりに

日本は、2030年度に2013年度比で温室効果ガスを46%削減、2050年にカーボンニュートラルとする目標を掲げている。今回GX推進法が成立、成長志向型カーボンプライシングの導入が決定し、化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革に向け、一歩前進した。

世界では、カーボンプライシング施策は、1990年代から欧州を中心に導入が進み、2010年前後からは米国でも州レベルでの取組みが広がった。また東京都では、国に先んじて2010年より、大規模排出事業所を対象とした排出量取引制度が導入されている。近年は韓国や中国での導入が進み、東南アジア諸国において検討・導入の動きも活発化している。また、本年10月からはEUの炭素国境調整措置(CBAM)の移行期間に入る。世界的にカーボンプライシングが拡大する中、日本で導入される炭素賦課金と排出量取引制度について、今後も引き続き着目していくべき項目として、開始時期と価格水準の2点を取り上げたい。

まず、炭素賦課金が2028年度、排出量取引制度における特定事業者負担金が2033年度という開始時期を考慮すると、2030年度の削減目標達成に向けての追加的な貢献はほとんどないものと考えられる。本年3月に発表されたIPCC第6次評価報告書(AR6)統合報告書では、2035年に温室効果ガスを2019年比で60%削減する必要性が提示された。今後、より早期の大幅削減が世界的に求められていく中、脱炭素に向けたインセンティブの導入についても、より速やかな対応が求められる可能性がある。

また、価格水準について、中長期的なエネルギー負担の抑制という理念を踏まえ、石油石炭税の税収や再エネ賦課金の減少幅の範囲内に抑える旨が定められている。一方で、世界銀行によれば、パリ協定の目標達成には2030年までに61~122米ドル/tCO2が必要とされている*5。このことから、削減目標に向けた進捗状況次第では、これらの水準に向け価格引上げを検討する必要が生じる可能性がある。

GX推進法では、GX投資の実施状況や国内外の経済動向等を踏まえ、必要な見直しを行うこと、また詳細の制度設計について、施行後2年以内に、必要な法制上の措置を行うとされている。引き続き、化石燃料賦課金と排出量取引制度の詳細設計について注視していく必要がある。

参考文献

  1. *1
    脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(法律第三十二号(令五・五・一九)), 2023年
  2. *2
    経済産業省, GX実現に向けた基本方針, 2023年
  3. *3
    経済産業省, 知っておきたい経済の基礎知識~GXって何?, 2023年
  4. *4
    経済産業省, 第11回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 グリーントランスフォーメーション推進小委員会/総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 2050年カーボンニュートラルを見据えた次世代エネルギー需給構造検討小委員会 合同会合 資料1, 2022年
  5. *5
    World Bank, State and Trends of Carbon Pricing 2023

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