
2021年3月、富士山防災対策協議会が富士山の噴火を想定した「富士山ハザードマップ」を17年ぶりに更新した*1。このハザードマップによると、火山灰による影響は、首都圏の広い範囲に及ぶ可能性があり、首都圏で事業を営む企業にとって富士山噴火が遠方の災害で終わるものではないといっても過言ではないだろう。
富士山は、1707年の噴火(宝永噴火)以降300年以上噴火しておらず、「いつ噴火してもおかしくない」とみる専門家もいる。本稿では、富士山噴火が首都圏に及ぼす影響について確認し、防災やBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の観点から企業が備えるべき対策について解説したい。
富士山噴火が首都圏に及ぼすリスク
前述の富士山ハザードマップには、富士山周辺地域における溶岩流や火砕流、噴石などに関するものと、首都圏を含む広域を対象とした火山灰に関するものがある。本稿では、富士山噴火が首都圏に与える影響について述べるため、火山灰に関するハザードマップを主眼に置いている。図1は、富士山防災対策協議会が作成した「降灰の可能性マップ」である。これによると、富士山周辺はもちろんのこと、首都圏の広域で2㎝以上の降灰が予想されている(なお、一度の噴火でこれらのエリアすべてに降灰が発生するということではない)。このことからわかる通り、富士山が噴火した場合は、首都圏のどの地域にいても火山灰の影響を受ける可能性がある。
図1 降灰の可能性マップ
出所:富士山ハザードマップ(令和3年3月改訂)*1
では、火山灰による影響にはどのようなものがあるのだろうか。2020年4月に中央防災会議・防災対策実行会議の大規模噴火時の広域降灰対策検討WGが発表した「大規模噴火時の広域降灰対策について ―首都圏における降灰の影響と対策―」*2(以下、報告書)では、鉄道や道路などの交通網、電力や水道などのライフライン等への影響が報告されている(表1)。
報告書がまとめた交通網への影響では、微量でも降灰があると鉄道の地上部分で運行停止が発生し、道路では通行不能や速度低下などによる渋滞等が予測されている。さらに、飛行機は関東周辺の空路が一定期間使用できなくなるおそれがあるほか、船舶についても航行困難が予測されている。このように、広範囲で降灰がある首都圏においては、大規模な交通障害・物流障害の発生が危惧されている。こうした事態が発生した場合、従業員の出社不能や、原材料・部品調達、製品出荷の停止・大幅な遅延等が生じ、企業の事業活動に多大な影響を及ぼすことは想像に難くない。また、ライフラインへの影響は、火力発電所における発電量の低下や発電停止、火山灰の流入による水道水の水質汚染などが挙げられているほか、降雨時には停電や通信障害、下水道の閉塞などが予測されている。特に、電力供給については、火力発電所の性能低下(または停止)による電力不足が懸念され、東日本大震災時にも実施された計画停電等による電力供給の抑制が行われることも考えられる。
このように火山灰が首都圏に及ぼす影響は非常に大きなものであり、首都圏の企業では富士山噴火による影響を他人事として捉えず、備えるべき災害として対策を講じていく必要がある。
表1 降灰による影響一覧
区分 | 対象 | 想定される影響 |
---|---|---|
交通網 | 鉄道 | 微量の降灰で地上路線の運航が停止。大部分が地下の路線でも、地上路線の運行停止による需要増加や、車両・作業員の不足等により運行停止や輸送力低下が発生。 |
道路 | 乾燥時 10cm以上、降雨時 3cm以上の降灰で二輪駆動車が通行不能。当該値未満でも、視界不良による安全通行困難等による速度低下や渋滞が発生。 | |
航空 | 微量の降灰により、火山灰が存在する空域の迂回が発生。空港は、0.04~0.2cm以上の降灰で滑走路が使用不可。 | |
船舶 | 降灰中は視界不良が発生し、海上交通安全法の規定に基づいて航行不能。停電エリアの港湾では荷役機械は使用停止となり、貨物の積み降ろしが停止。 | |
ライフライン | 電力 | 数cm 以上の降灰で火力発電所の吸気フィルタの交換頻度の増加等による発電量の低下や発電停止が発生。降雨時 は0.3cm以上の降灰で碍子の絶縁低下による停電が発生。 |
上水道 | 原水の水質悪化により浄水施設の処理能力を超過し、水質悪化により飲用に適した水の供給停止、または断水が発生。 | |
下水道 | 降雨時に火山灰を含んだ雨水が下水道へ流入することで下水道が閉塞し、雨水があふれる可能性がある。 | |
通信 | 噴火直後には利用者増による電話の輻輳が生じるが、降灰による電波障害等は発生しない見込み。降雨時には、基地局等の通信アンテナへの火山灰付着により通信障害が発生。 |
出所:「大規模噴火時の広域降灰対策について ―首都圏における降灰の影響と対策―」*2に基づきみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
企業が備えるべき対策
首都圏の広域で被害が想定される状況において、企業は富士山噴火に対して何を備える必要があるだろうか。本稿では、企業への影響が大きいと考えられる人流停止、物流停止、停電への備えと、個別対策を取りまとめた事業継続タイムラインについて解説する。
人流停止への備え
交通網の停止に伴う従業員の出社困難などの人流停止に対する備えとしては、コロナ禍を経て一般的となった「リモートワーク」が効果的である。リモートワークは交通網の状況に左右されずに業務を行えることから、企業においてはリモートワーク環境の整備や、出社必須となっている作業をリモート環境で行えるように業務見直しを進めるとよい。
一方、製造ラインでの業務や接客業務など、出社が不可欠である業務ではリモートワークによる業務継続はできない。そこで、「代替地での業務継続」や「勤務地周辺での宿泊拠点の確保」が考えられる。代替地での業務継続については、代替拠点の確保が前提になるが、噴火警報の発令等をきっかけに、降灰による影響が懸念されない場所に業務拠点を一時的に移す方法である。代替地での業務継続は、後述する物流への影響や停電に伴う影響に対しても効果的な対策となるため、代替拠点を確保できる企業は、対策手段としてあらかじめ計画しておくことが望ましい。勤務地周辺での宿泊拠点の確保については、従来の場所で業務を継続する場合、公共交通手段による通勤が難しくなることを踏まえ、最低限必要となる従業員が公共交通機関に頼らずに通勤できる範囲に宿泊先を確保する方法である。緊急時の宿泊先については、同じように宿泊先を確保しようとする企業などの集中や、宿泊先自体の業務停止が想定されるため、あらかじめ候補先を複数リストアップしておくこと、噴火警報の発令等をきっかけに迅速な確保が行えるよう準備しておくことなどが必要である。
物流停止への備え
物流停止の備えとしては、「代替地での業務継続や在庫保管」「在庫量の見直し」「代替調達先の確保」が考えられる。代替地での業務継続は人流停止への備えで前述しているが、物流停止への備えとして代替地での在庫保管も併せて検討したい。降灰による影響を受けない地域に製品在庫を確保していた場合、そこを拠点とした製品出荷を一定期間継続することができ、除灰作業などによる交通網の再開まで耐えしのぐ手段となりうる。また、原材料・部品の在庫量の見直しを行い、調達先から原材料・部品が供給されない期間があっても業務を継続できるよう備えておくことも効果的だ。なお、噴火警報等に基づいて、被災が予想される拠点から代替業務拠点に原材料・部品在庫や製品在庫を移動させることで、より長期的な業務継続につなげられるため、物流拠点間の迅速な在庫の移動手順などをあらかじめ定めておくとよい。代替調達先の確保は、昨今の事業継続策として標準的な手段となってきているが、サプライチェーンを冗長化し、物流停止による影響を受けない地域から資源調達ができるよう備え、部品や原材料などの調達ができずに業務停止に陥ることを防ぐ対策である。代替調達先の確保は、富士山噴火に限らず、地震や風水害、調達先の閉業などのさまざまな危機的事象に効果的な手段となるため、優先的に取り組むことをお勧めしたい。
停電への備え
昨今、いかなる事業でも電力は不可欠となっており、停電発生時には事業継続が困難となる。富士山噴火による影響の場合、複数の発電所が一斉に停止となることは考えにくいため、全面的な停電(ブラックアウト)となる可能性は低い。しかし、火力発電所の性能低下や停止が発生すると、電力供給不足に陥るため、東日本大震災の際にも行われた計画停電が実施される可能性がある。全国規模で需給調整機能を担っている電力広域的運営推進機関においても災害時等における計画停電の実施を計画している*3。
万が一計画停電が実施された場合、東京電力管内では、「原則、1グループあたり1日1回、2時間程度」「9時30分~20時までの間で実施(状況に応じて拡大の可能性あり)」とする考え方が示されている*4。このことから、企業では1日2時間程度の停電を想定した対策を講じる必要がある。最もシンプルな対策としては、非常用電源を備え、停電時間帯の電力供給を代替する手段である。しかし、大型機械などに電力を継続して供給できる非常用電源を備える場合、大きな投資となる可能性があることや、オフィスビルなどの非常用電源はエレベーターや空調などの共有部分に限定して供給され、事業継続に必要な機器への電力供給はできないことが多いことなどから、非常用電源による備えは簡単な方法ではない。そこで、「勤務時間帯のスライド」による対策を提案したい。状況により変更となるが、東京電力管内における計画停電は、9時30分から20時までの間の2時間に限定される方針であるため、停電時間帯を避け、その前後の時間帯を勤務時間帯としてスライドすることで、停電による中断なく業務を行うことができる。なお、勤務時間帯の変更には、従業員の合意が不可欠であるため、企業はあらかじめ緊急時における勤務時間帯の調整について、就業規則等で定め、円滑な調整が行えるような仕組みを作っておくことが望ましい。また、製造ラインなどの機械・システムについても稼働時間帯の調整をスムーズに行うための手順をあらかじめ定めておくとよい。
事業継続タイムラインの制定
ここまで、富士山噴火に伴う火山灰の降灰により生じる影響を踏まえ、企業があらかじめ備えておくべき対策について紹介した。では、これらの対策について、事業継続計画(BCP)としてどのように整理すればよいだろうか。
気象庁では富士山を含めた50の火山を「火山防災のために監視・観測体制の充実等が必要な火山」と位置づけて噴火の兆候を監視しており、噴火が懸念される際には噴火警報・予報を発表することを定めている*5。突発的な噴火を否定することはできないものの、多くのケースでは警報・予報を受けてから被害に備えることができると考えられる。そこで、警報・予報の発令を起点とした時間経過や周辺地域への降灰状況など、あらかじめアクションのトリガーとなる要素・タイミングを決め、その時々で実施すべき対策を定義した「事業継続タイムライン」(図2)を定め、状況に応じて前述した対策の実施などができるように備えておくことを推奨する。
図2 事業継続タイムライン(イメージ)
出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
おわりに
気象庁が発表する富士山の動向において、噴火を懸念するような状況は2023年3月初旬の時点では確認されておらず、富士山噴火は喫緊のリスクであるとはいえない。しかし、過去の大噴火(宝永噴火、1707年)は、南海トラフ地域を震源とする大規模地震(宝永地震、1707年)の49日後に発生しており、30年以内に70~80%で発生するとされている南海トラフ地震が発生した場合に、連動して噴火することは十分に考えられる。
日本の象徴として壮大な姿を見せる富士山だが、ひとたび牙をむけば、遠く離れた首都圏にも影響を及ぼし、企業活動に多大な被害を与える存在となる。「遠くの災害」「いつ起こるかわからない災害」と、他人事のように捉えるのではなく、万が一噴火した場合に、自社にどのような影響が生じるか、業務を継続するためには何が必要か、改めて確認しておくことが望まれる。
注
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*1
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*2中央防災会議 防災対策実行会議 大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ
「大規模噴火時の広域降灰対策について ―首都圏における降灰の影響と対策― ―富士山噴火をモデルケースに―(報告)」(PDF/4.100KB) -
*3
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*4
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