[連載]こども・子育て支援連載オピニオン 第2回:こどものWell–being向上が注目される背景と課題

2024年8月27日

社会政策コンサルティング部

風間志門

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1. こどものWell–being向上が求められる社会的背景

近年、日本においても、こどものWell–being向上に関する取組が注目されている。その背景として、1)こども基本法の成立とこども家庭庁の発足、2)国際機関の取組の進展、3)一部のWell–being項目で日本のこどもの実態が著しく悪い状態にあることが明らかになった点が挙げられる。

そもそもWell–beingとは、「肉体的にも、精神的にも、社会的にも、すべてが満たされた状態」であり、世界保健機関憲章前文における健康の定義がよく用いられる。

これまで成人のWell–beingを推進する取組が先行してきたが、成人とこどもでは、目指すべきWell–beingの具体的な状態や、それを達成するために取りうる施策が異なる*1ため、“こどものWell–being”として成人のWell–beingとは別個に議論される傾向にある*2

具体的には、国内では、2023年に「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を総括的な基本方針として掲げた「第4期教育振興基本計画」と、「こどもまんなか社会」*3の実現を掲げた「こども大綱」が閣議決定された。また、2024年5月に自由民主党が取りまとめた「日本Well–being計画推進特命委員会 第七次提言」においても、こどものWell–being向上に関する提言がなされた。国外では、こどものWell–being指標や各国の実際のデータを示したOECD(2021)やUNICEF(2020=2021)等の報告書が発行された。

また、行政だけでなく、民間企業や第三セクターが、母子保健や成育医療、身体的・精神的健康、認知能力・非認知能力の発達等に貢献する事業を展開しており、こどものWell–beingを向上させていくために、多様なステークホルダーが協業するエコシステムが形成されつつあるといえる。

2. グローバル指標から見る日本のこどものWell–beingの特徴

日本のこどものWell–beingの特徴は、国際機関が公表している統一的な指標から確認できる。

OECDやUNICEF等の国際機関は、世界中のこどもに共通して重要な要素を抽出、Well–being指標を設定し、統一的な方法でのデータ収集によって、世界規模のモニタリングと国際政策のPDCAを推進する役割を担っている。共通の指標で異なる国のこどもの状態を比較することで、日本のこどもの特徴を明らかにできる。ここでは、OECDとUNICEFが構築したWell–being指標の「アウトカム」の各国の実態を確認する。

【OECD Child Well–Being Dashboard】

OECD Child Well–Being Dashboardの“Outcomes”のデータを確認すると、日本のこどもは、自己効力感、人生の意義・目的の感覚、生活満足度の項目が、諸外国の値と比較して低い状態にある*4。また、これらの3項目について属性間の差を確認すると、男子よりも女子の方が、自己効力感が低く(困難に直面した時に解決策を見つけることができると感じておらず)、生活全般に満足していない傾向にあること、家庭の社会経済的な状況が厳しいと想定されるこどもの方が、自己効力感が低い(困難に直面した時に解決策を見つけることができると感じていない)傾向にあることが示されている(下表)。

表 「自己効力感」「人生の意義・目的の感覚」「生活満足度」の内、属性間の有意差が確認された属性ペア

項目 属性間で有意差が確認された属性ペア
自己効力感
  • 女子(55%)<男子(62%)
  • 社会経済的地位低(54%)<中(57%)<高(66%)
生活満足度
  • 女子(19%)<男子(21%)

※有意差(p<0.05)が確認された属性ペア
※社会経済的地位は高低間の検定の結果

【UNICEF イノチェンティ レポートカード16】

次に、UNICEF(2020=2021)の「結果(Outcomes)」のデータを確認すると、日本が諸外国の値と比較して低い項目は、精神的幸福度(生活満足度、自殺率)、スキル(すぐに友達ができるか)であった(自殺率は諸外国よりも高い)*5

これらを踏まえると、日本のこどもは、他国のこどもに比べて、特に主観的な満足度や社会的・情緒的な心理特性に困難を抱えている可能性があり、特に、女子や、社会経済的に困難を抱えている家庭のこどもが課題を抱えていると考えられる*6

これらは「主観的Well–being」や「非認知能力」と呼ばれる要素であるが、学力や体力、身体的健康等の育成、観察・評価が重視されてきたこれまでの日本においては、十分に着目されてこなかった要素である。

早急に諸概念の整理、データの収集・分析、改善策の検討・実施・評価等、PDCAを推進していくことが必要であるといえる。

3. こどものWell–being向上に係る今後の取組課題

(1)日本におけるこどものWell–being指標の開発

すでに国外では様々なこどものWell–being指標が構築されており、その枠組みには一定のコンセンサスが形成されている。こどものWell–being指標は、大きく「アウトカム」と「アウトカムを促進/抑制する要因」の2つの要素によって構成される。

図 UNICEFのこどものWell–beingのフレームワーク

図

出典:UNICEF(2020=2021)

「アウトカム」(上図の「結果」)は、最終的な目標となるこどもの状態である。ここには、大きく2つの要素が含まれると考えられる。1つは、「生活満足度」等、現在のこどもにとって良い状態である。この要素の設定においては、こども本人の声を聞くことが重要である。もう1つは、「非認知能力」等、将来のWell–beingの基盤となる要素であり、これは成人においては論点とならないこどものWell–being特有の要素である。この要素の設定においては、こどもの頃の状態・特性・能力が成人後のWell–beingに影響することを示すエビデンスが参考になる*7

「アウトカムを促進/抑制する要因」(上図の「結果」以外の要素)は、アウトカムに影響を与える点で重要な要素であり、多層構造で示されることが多い(上図では、「行動」「人間関係」「ネットワーク」「資源」「政策」「状況」から成っている)。この要素をWell–being指標に含めて位置づける理由は、施策の影響の経路が明確になるからである。特に、国の政策等、こどもの現場から遠い取組ほど、どのような経路で最終的なアウトカムに影響を与えているのかが不明瞭になりやすい。そこで、「アウトカム」と各「要因」の関係性についてのエビデンスを踏まえて事前に経路を設定しておくことで、各施策がアウトカムに影響する過程を可視化できるようになる。

国外で示されている様々なこどものWell–being指標は大いに参考になるが、それらをそのまま導入するのでなく、「日本のこども」にとってのWell–being指標を検討することには意味がある*8。なぜなら、そもそも目指すべき「アウトカム」が集団間で異なる可能性*9や、「アウトカム」に影響を与える「要因」が集団間で異なる可能性*10があり、Well–being指標は一定の同質な集団ごとに設定することが有用だからだ。例えば、OECD Child Well–Being Dashboardには身体的健康や運動習慣の指標は含まれているものの、体力・運動能力の指標は含まれていないが、日本では「体力・運動能力調査」や「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」等のデータを用いて、体力・運動能力の指標を組み込むことも可能である。

また、実際の指標の検討においては、分布から統計量を算出する方法(平均・該当者割合等)や属性別の集計、主観的尺度の信頼性・妥当性の確認、測定・データ収集の実現可能性等、細部の検討が求められる。

(2)Well–being指標に基づいたデータの収集

指標を開発した後は、各指標の測定・データ収集に移行するが、調査方式(面接・郵送・電話・オンライン等)、データ収集頻度、調査対象(回答が困難な乳幼児や障害児等)・回答者(本人回答・他者評価等)、パネル調査か否か、標本抽出方法・サンプルサイズ、調査票構成、データ収集過程で発生する様々なバイアスへの対処等、様々な論点があり、場合によっては指標を設計する段階で考慮すべきものもある*11

(3)こどものWell–being向上を実現する対応策の検討

日本のこどもが他国のこどもと比べて状態が悪い要素(主観的Well–beingや非認知能力等)について、「どのような環境下にあるこどもはそれらが良好なのか」「どのような介入をするとそれらが改善するのか」等のエビデンスを収集・蓄積し、エビデンスに基づいて学校や家庭、地域の環境の改善を図っていくことが必要である。例えば、一部の先行研究では、体験活動や主体的・対話的で深い学び、SEL(Social Emotional Learning)等が非認知能力向上に効果的である可能性が示唆されている。

以上より、こどものWell–being向上にあたっては、①こども本人を含む多様な関係者の声を取り入れながら、内容的及び統計的な検討を蓄積し、日本のこどものWell–being指標・フレームワークを設定すること、②各指標のデータを収集し、値をダッシュボード形式で公開していくこと、③指標に基づいて、官民がこども関連の取組のPDCAサイクルを回し、より効果的な対応策を協力して実践していくことが必要であると考える。

  1. *1
    例えば、OECDのBetter Life Index(主に成人を対象)には「投票率」が指標として含まれているが、OECD Child Well-being dashboard(こどもを対象)には含まれていない。多くの国で、こどもには投票権がないためである。
  2. *2
    本稿では大きく「成人(18歳以上)」と「こども(18歳未満)」に二分して議論するが、こども(成人)の中でも、年齢・発達段階によって心身の状態や生活環境は異なるため、ヒトの発達過程に即したより精緻な検討を行っていくことは重要である。
  3. *3
    「こどもまんなか社会」とは、「全てのこども・若者が、日本国憲法、こども基本法及びこどもの権利条約の精神にのっとり、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、ひとしくその権利の擁護が図られ、身体的・精神的・社会的に将来にわたって幸せな状態(ウェルビーイング)で生活を送ることができる社会」と定義されている。
  4. *4
    3つの項目のデータの出典は「PISA 2018」である。自己効力感は「困難に直面したとき、たいてい解決策を見つけることができる」に対し「その通りだ」「まったくその通りだ」を選んだ者の割合、人生の意義・目的の感覚は「自分の人生には明確な意義や目的がある」に対し「その通りだ」「まったくその通りだ」を選んだ者の割合、生活満足度は「全体として、あなたはあなたの最近の生活全般に、どのくらい満足していますか」に対し「0まったく満足していない」~「10十分に満足している」で9以上を選んだ者の割合である。
  5. *5
    「生活満足度」「すぐに友達ができるか」のデータの出典は「PISA 2018」であり、「自殺率」のデータの出典は「WHO Mortality Database 2015」(2013年〜2015年の3年間の平均)である。生活満足度は「全体として、あなたはあなたの最近の生活全般に、どのくらい満足していますか」に対し「0まったく満足していない」~「10十分に満足している」で6以上を選んだ者の割合、すぐに友達ができるかは「学校ではすぐに友達ができる」に対し「その通りだ」「まったくその通りだ」を選んだ者の割合である。
  6. *6
    (人格特性的)自己効力感の形成過程に関する研究が少ない(三好・大野 2011)ため、性別や社会経済的地位によって自己効力感に差がある理由は定かではない。養護的な親の態度や拒否的な親の態度、学業成績等と自己効力感の関連を示唆する研究や、①制御(成功)体験、②代理体験、③社会的(言語的)説得、④生理的・感情的状態によって領域固有の自己効力感が変化するという社会的学習理論の知見を踏まえると(三好・大野 2011)、女子は親から「できる」と言われることが少ない可能性や、社会経済的地位が低いこどもは学業成績が悪いことで成功体験が少ない可能性があり、それらに起因して自己効力感が低くなっている可能性がある。
  7. *7
    例えば、OECD(2015)では、縦断的分析の結果や実証的文献を踏まえ、こどもの頃の認知的スキルや社会情動的スキルが成人後の広範な社会経済的アウトカムに影響を与えることが示されている。
  8. *8
    場合によっては、自治体ごと、学校ごとにこどものWell-being指標を設定することも考えられる。
  9. *9
    社会生態学的環境や宗教・倫理的背景などにより、人々が実際に追求する幸福の内容は異なっている可能性があり、「文化的幸福観」とも呼ばれる(内田 2020)。
  10. *10
    例えば、UNICEF(2020=2021)では、「生活満足度」の差に対する「体型イメージ」の寄与率には国間でばらつきがあることが示されている。
  11. *11
    すでに、全国のこどもの状態を把握できる調査として、「全国学力・学習状況調査」や「こども・若者の意識と生活に関する調査」、「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」等があり、既存調査の活用方法の検討も重要である。

参考文献

  1. 1.
    自由民主党, 2024,「日本Well-being計画推進特命委員会 第七次提言」,(2024年6月26日取得)
    https://www.jimin.jp/news/policy/208433.html
  2. 2.
    こども家庭庁, 2023,「こども大綱」,(2024年6月26日取得)
    https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-taikou
  3. 3.
    三好昭子・大野久,2011,「人格特性的自己効力感研究の動向と漸成発達理論導入の試み」『心理学研究』81(6): 631-645.
  4. 4.
    文部科学省, 2023,「第4期教育振興基本計画」,(2024年6月26日取得)
    https://www.mext.go.jp/a_menu/keikaku/index.htm
  5. 5.
    OECD, 2021, Measuring What Matters for Child Well-being and Policies, OECD Publishing, Paris, (Retrieved June 26, 2024)
    https://doi.org/10.1787/e82fded1-en
  6. 6.
    OECD, 2015, Skills for Social Progress: The Power of Social and Emotional Skills, OECD Skills Studies, OECD Publishing, Paris, (Retrieved June 26, 2024)
    https://doi.org/10.1787/9789264226159-en
  7. 7.
    OECD, 2024, “OECD Child Well-being Dashboard”, (Retrieved June 26, 2024)
    https://www.oecd.org/en/data/dashboards/oecd-child-well-being-dashboard.html
  8. 8.
    内田由紀子, 2020, 『これからの幸福について: 文化的幸福観のすすめ』新曜社.
  9. 9.
    UNICEF, 2020, ‘Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries’, Innocenti Report Card 16, UNICEF Office of Research – Innocenti, Florence, (公益財団法人日本ユニセフ協会広報室訳, 2021, 『イノチェンティ レポートカード16 子どもたちに影響する世界 先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か』公益財団法人日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会).)

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