運用機関のスチュワードシップ活動(企業IR向けアンケートを受けて)

2024年11月18日

年金コンサルティング部

田上 亜希子

1. はじめに

アセットオーナーにおいて運用機関のスチュワードシップ活動をモニタリングする重要性が高まっている*1。こうした中、運用機関の実施するスチュワードシップ活動について、各取り組み(対話や議決権行使)の対象先である企業からはどのように捉えられているかを明らかにすることを目的として、みずほリサーチ&テクノロジーズでは、企業のIR・SR担当者向けにアンケートを実施した。その概要は図表1の通りである。

図表1 企業IR向けアンケートの概要

図表1

2. 運用機関全般のスチュワードシップ活動

運用機関全般のスチュワードシップ活動についての設問及び回答は図表2の通りである。「運用機関からの有益な提案が得られたか」という設問に対して9割超の企業が「得られている」と回答し、「運用機関からの提案を実際に経営判断に反映したか」という設問に対して8割の企業が「年に1回以上反映した」と回答した。また、これらの企業の割合は増加傾向にある。2023年3月の東証「株主との対話の推進と開示について」*2でも、企業が運用機関との対話内容を経営判断に活用することの有用性に言及しているが、こうした認識が企業において広がっていることが伺える。

企業が運用機関のスチュワードシップ活動について改善を期待する点については、図表2の通り「短期的な視点での対話」との回答が最も多くなり、一部の運用機関において短期的視点での対話が実施されている状況が確認される。ただし、こうした意見は2022年度のアンケート調査と比較して大幅に減少しており、運用機関側における取り組みの改善が進んでいると言えるだろう。

次いで回答が多かった「対話の機会が少ない」や「企業に対する理解不足」については、企業・運用機関の双方で認識している課題と言えるだろう。運用機関側では対話のためのリソース不足を認識しているとの調査もある*3。2023年3月に東証が「株主との対話の推進と開示」を要請したことを受けて、企業側から運用機関に対し対話を要請するケースが増加することも想定され、運用機関側が全ての要請に応えられないもしくは1社あたりのエンゲージメントの質を維持することが難しくなることも懸念される。運用機関のリソースに関する課題は、必要なリソースを確保するためのコストを(間接的に)負担するアセットオーナーにも関連する課題であると言えよう。

図表2 アンケート結果(運用機関全般の活動について)

図表2

3. 各運用機関のスチュワードシップ活動

企業から「総合的に有益なスチュワードシップ活動を行っている」と評価された運用機関については図表3の通りである。各運用機関のスチュワードシップ活動が有益である理由として、「投資先企業の理解」が最も多く挙げられており、図表2において企業が運用機関のスチュワードシップ活動に最も期待する点として「企業への理解の深化」「対話を通じた株式の購入・継続保有」を挙げている結果と整合的である。

また、2022年度との比較では、「企業価値向上に資する具体的な提案」を理由として挙げる企業の割合が増加した。「市場区分見直しに関するフォローアップ会議」において、「投資者との対話を通じて、自らの経営力を高度化するための気づきを得ることが重要」である*4と指摘されており、こうした考え方が企業においても浸透していることが推察される。

図表3 アンケート結果(個別運用機関の活動について)

図表3_1

図表3_2

企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上というスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードの目的に立ち返り、収益性や成長性を意識した経営の実現に向けた取り組みも重視される中*5、運用機関においてはより企業価値の向上に重きを置いた取り組みもみられている。

例えば、今回最も高い評価を得た野村アセットマネジメントでは、企業価値の向上に資する「深い」エンゲージメントへの取り組みを積極化している。ここでいう「深い」とは、例えば投資先企業の個別事業に至るまで詳細に分析を行い事業ポートフォリオ再編や経営戦略、財務・資本戦略等の議論を通じ、企業価値向上に関する対話を行うこと等を指す。「有益であった対話事例(自由回答)」のアンケート回答においても、野村アセットマネジメントの経営戦略や資本戦略に関する対話が有益であったとの企業の意見が複数挙げられており、優れた取り組みと言えるだろう。

アセットマネジメントOneでも、企業をリサーチするセクターアナリストの財務視点とESG・非財務をリサーチするESGアナリストの視点の融合により、中長期での企業価値向上に重点を置いたエンゲージメントを実施している。両者が協働して企業を分析し、エンゲージメントのアジェンダ設定等を実施する取り組みを積極化しており、より多面的な観点でのスチュワードシップ活動が期待される。

また、東証が上場企業に求めている「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について、2024年8月に「今後の施策」が公表されたが、この中で企業の目標・取り組みと投資家の目線とのギャップがある点が課題として挙げられている*6。こうした課題に対しても運用機関で新たな取り組みが開始されており、例えば三菱UFJ信託銀行では投資家が企業に求める資本コストを独自モデルで推計し、これを既に約180社の企業とのエンゲージメントに活用している。こうした取り組みは市場全体の底上げにも寄与すると考えられ、今後の更なる進展が期待されよう。

こうした企業の深い理解やそれに基づく企業価値向上に資する提案等を行うには、幅広い知見・対話の相手方との信頼関係等多様なスキル・経験が必要であり、「人材」が重要な要素である。この点、昨年度のレポート*7でも多様な取り組みを紹介したが、各運用機関では更なる取り組みが進められている。

例えば、野村アセットマネジメントでは、各アナリストの評価体系において、リサーチ(企業評価)だけではなく、エンゲージメントもその評価対象としているが、前述の「深い」エンゲージメントを実施している場合はより高く評価する仕組み(インセンティブ体系)が構築されており、アナリストに実効的なエンゲージメントを促している。また、三井住友DSアセットマネジメントにおいては、優れたエンゲージメントを表彰する社内制度を創設しており、運用部門とスチュワードシップ担当者が協働することや投資リターンの観点でも効果が認められることを評価ポイントとしている。質の高いエンゲージメントを促す上で有益な取り組みであろう。

前述の通り、企業側のエンゲージメントへの姿勢も変化してきていると考えられるが、企業に対峙する運用機関もより質の高いエンゲージメントを行うため、プロセス面・組織面での工夫が進められていると言えるだろう。

5. まとめ

今回本レポートでは、一部の運用機関の取り組みしか紹介していないが、多くの運用機関においてスチュワードシップ活動の質を高めるための取り組み・工夫が確認されたところである。こうした取り組みを運用機関が継続的に実施していくためには、運用機関のスチュワードシップ活動を評価・モニタリングする側のアセットオーナーにおいても、モニタリングを行う能力を高める(外部知見の活用を含む)ことが非常に重要と言えるだろう。インベストメントチェーン全体で、運用機関のスチュワードシップ活動をより積極化させ、市場全体の価値向上が一層促されることに期待したい。

  1. *1
    弊社レポート「アセットオーナーのスチュワードシップ活動」をご参照。
    https://www.mizuho-rt.co.jp/business/consulting/articles/2024-k0036/index.html
  2. *2
    東京証券取引所「株主との対話の推進と開示について」において、投資家との対話や投資家からのフィードバックを経営の意思決定に活かして企業価値向上に向けた取り組みをブラッシュアップすることが企業にとって重要であると言及されている。
    https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a7.pdf
  3. *3
    金融庁「機関投資家等のスチュワードシップ活動に関する実態調査」
    https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20230630/20230630.html
  4. *4
    東京証券取引所「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理」
    https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/jr4eth0000004utt-att/jr4eth0000004vg3.pdf
  5. *5
    金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」
    https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20240418.html
  6. *6
    東京証券取引所「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する今後の施策について」
    https://www.jpx.co.jp/news/1020/mklp77000000fi3d-att/mklp77000000fi60.pdf
  7. *7
    みずほリサーチ&テクノロジーズ「実効的なスチュワードシップ活動について考える」
    https://www.mizuho-rt.co.jp/business/consulting/articles/2023-k0046/index.html

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