みずほ情報総研 環境エネルギー第1部 貴志 孝洋
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本稿は、『環境と測定技術』 No.11 Vol.45 (一般社団法人日本環境測定分析協会、2018年11月20日発行)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
個人サンプラーに係る今後の動向
3.1.個人サンプラーと作業環境測定及び個人ばく露測定
個人サンプラーとは、呼吸域の作業場の空気を測定する機器を指している。この機器を用いて行う測定の目的が、[1] 個人ばく露濃度の把握の場合に「個人ばく露測定」であり、[2] 労働者の作業環境中の気中濃度の把握の場合に「作業環境測定」である。つまり、測定方法及び得られるデータはどちらも同じであるが、評価の対象が異なることに注意されたい。
そのため、個人サンプラーによる測定データを用いることで、作業環境測定と個人ばく露測定(リスクアセスメント)を同時に行うことが可能となり、どちらも作業環境の改善に用いられる。
3.2.個人サンプラーの導入に係る基本方針
現行の労働安全衛生法第65条に基づく作業環境測定の手法として、作業環境に加え個人サンプラーが導入される見通しが、個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会の検討会資料において示されており、2021年度には先行導入の施行を目指すこととなっている。詳細については、平成30年10月頃に報告書として取りまとめられる予定である。
3.2.1.基本方針(概要)
同資料における個人サンプラーの導入に係る主な基本方針として、[1] 将来的には、作業環境測定と同様に、安衛法令で義務付けられたより広範な作業場に個人サンプラーによる測定を導入できるものとすることが望ましい、[2] 一定の期間を設け、個人サンプラーによる測定もできる作業環境測定士の養成を推進、[3] 個人サンプラーの特性が特に発揮できる作業を対象に先行して部分的に導入し、作業環境測定と個人サンプラー測定のいずれかを選択可能とするなどが挙げられている。そのため、今後は2021年度の先行導入を目指し、作業環境測定士の養成のための研修等が進められていくと考えられ、個人サンプラー技術がますます注目されることになる。
なお、個人サンプラーの特性が特に発揮できる作業として、[1] 溶接や吹付け塗装など発散源が作業者とともに移動し、発散源と作業者との間に測定点(B測定の定点)を置くことが困難な作業と、[2] 有害性が高い物質(管理濃度が低い物質)を取扱うため、作業者の動きにより呼吸域付近の測定結果が大きく変動する作業が挙げられている。
3.2.2.具体的な検討内容(概要)
個人サンプラーの導入にあたり、当該検討会において、測定基準や評価基準など主な検討内容は、図表1のとおり。
図表1 個人サンプラー導入における主な検討内容案(抜粋)
左右スクロールで表全体を閲覧できます
検討項目 | 検討内容 | |
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測定基準 |
測定対象の範囲 |
作業者の移動範囲を対象 |
測定対象作業者 |
原則として、同一の作業場所・区域での移動範囲内で対象作業に従事する者の全員を対象。(一定の場合に絞り込み可) |
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測定時間 |
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測定方法 |
原則として、現行の作業環境測定基準別表と同じ。ただし、個人サンプラーの場合の検証が必要。 |
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評価基準 |
評価基準 |
現行の「管理濃度」を基本とする。 |
評価方法 |
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作業環境測定士の要件・養成 |
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B測定の技術的見直し |
B測定として、個人サンプラー用測定機器を作業者に着用させて測定することを可能とする。 |
諸外国における個人ばく露測定の現状
我が国ではまさに個人サンプラー導入に向けて大きく前進しているところであるが、欧米ではすでに、労働者の化学物質へのばく露管理(リスク管理)には個人ばく露測定が多用されている状況にある。
我が国と諸外国との大きく異なる点は、我が国では作業環境を把握するため作業環境測定の実施を義務付けているのに対し、欧米では健康障害が発生する可能性のあるばく露を受ける状態で就業させることを法律違反としている点にあり、個人ばく露測定とその結果の評価がリスクアセスメントの基本的な手段として位置づけられている。リスクアセスメントとばく露防止措置を実施できる能力と技術を有する専門家として、オキュペイショナルハイジニスト(米国ではインダストリアルハイジニスト)が認知されている。
我が国と欧米の個人ばく露測定の現状の比較を図表2に示す。なお、我が国の状況については前節3.2.のとおり個人サンプラーの導入が予定されていることに注意されたい。
図表2 我が国と諸外国の個人ばく露測定の現状の比較3)
左右スクロールで表全体を閲覧できます
項目 | 日本 | 米国 | 英国 | EU |
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規制根拠 |
労働安全衛生法第65条で有害物取扱い作業場の作業環境測定を事業者に義務付け |
米国労働安全衛生法に基づく労働安全衛生基準サブパートZにおいて、事業者による個人ばく露測定の実施を定めている |
英国労働安全衛生法を基に規制が定められ、具体的内容は実施基準と指針で定め、細部は事業者に委ねている |
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測定手法の根拠、位置づけ等 |
測定対象、測定頻度を法令で定め、詳細な測定手法は厚労大臣が基準告示で定めている |
ばく露管理の方法はNIOSHマニュアルで、サンプリング計画、測定データの評価についてガイドラインを公表している |
欧州規格EN-689の指針をもとに規則が定められ、定期測定の間隔は前回までの結果によって決まる |
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測定対象 |
法令で対象屋内作業場(物質、業務)を定めている |
労働安全衛生基準サブパートZの表Z-1~3に危険・有害物質とばく露限界が示されている |
HSG173に示された指針は強制されないが、法令順守とみなされる。職業ばく露限界値が示されている物質を測定対象としている |
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測定の質の確保 |
作業環境測定法において測定士、測定機関の要件を定めている(業務独占) |
ばく露濃度測定の必要の有無、サンプリング計画、判定・評価はインダストリアルハイジニストが行う |
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測定結果に基づく事業者の措置 |
労働安全衛生法第65条の2に基づき必要な措置を義務付け |
欧州規格EN-689ではばく露アセスメントの結論として、ばく露量が限界値を超える場合、改善のための措置を講じなければならない |
おわりに
従来の個人サンプラーは、吸着ばく露総量を把握するため個体捕集法やろ過捕集法などのサンプリング方法が採用されているところであるが、近年は新コスモス電機株式会社や理研計器株式会社などから、小型かつ軽量なポータブル型個人ばく露測定器(新コスモス電機株式会社:個人ばく露濃度計XV-3895)および理研計器株式会社:個人用PID式モニターCub6)など)が開発されている。両測定機器とも「化学物質の個人ばく露測定のガイドライン7)」に沿った測定が可能であり、前者は熱線型半導体式のセンサー、後者は光イオン化検知器(PID)を採用している。また、データロガー機能を有していることから、化学物質へのばく露状態がトレンドグラフで確認することも可能となっており、作業の変化に伴うばく露状態の変化などを視覚的にとらえることも可能であるため、作業のリスク管理など幅広い活用が期待される。
このように、作業環境測定の手法として個人サンプラーが導入される見通しにあり、かつポータブル型個人ばく露測定器が開発されるなど近年測定技術に関する動向は目まぐるしいものにある。ポータブル型個人ばく露測定器などを用いることで事業者でも簡易にデータを入手することは可能となったものの、より正確な測定やデータの収集、得られた結果の解釈などは決して簡単ではない。そのためリスクアセスメントなどリスク管理の担当者は、現場の作業者だけではなく、より一層のリスク低減や適切なリスク管理のため、統括管理者、や事業の経営者だけではなく、作業環境測定士などの専門家に相談するなど、多角的な視点でリスクアセスメントを精緻化するとともに現場の状況に則したリスク低減措置の検討などを進めることが望ましいと考えている。
参考文献
- *1)本間弘明、ガス検知管の基礎と検知管を用いた化学物質のリスクアセスメントについて、環境と測定技術、Vol.45 No.8 24-31頁(2018)
- *2)
- *3)中央労働災害防止協会「作業環境における個人ばく露測定に関する実証的検証事業報告書」(2014)
- *4)
- *5)
- *6)
- *7)日本産業衛生学会、化学物質の個人ばく露測定のガイドライン、産衛誌、57巻(2015)