みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 コンサルタント 鶴岡 茉佑子
- *本稿は、『月刊PHARM STAGE』 2019年4月号(発行:技術情報協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
3Dプリンタの最新市場動向
3Dプリンタの市場は年々拡大を続けており、特にここ10年間では企業の新規参入や技術開発の進展に伴って急激に応用範囲も広がってきた。契機となったのは2009年の樹脂造形技術(Fused Deposition Modeling/FDM、熱溶解積層法)に関する基本特許の失効であり、価格競争から装置の低価格化が進み、個人でも樹脂用の3Dプリンタを入手できるようになった。その結果、2012年頃には「3Dプリンタ」が一大ブームとなったことは記憶に新しい。近年では産業用の金属3Dプリンタの応用も進み量産に成功した製品も出てくるなど市場が急拡大している。コンシューマ向け装置、産業向け装置、派生するサービス産業を全て合わせた3Dプリンタ関連市場は、2017年時点で73億ドル(約8030億円)規模と言われている。このうち約11%(約883億円相当)は医療分野が占めており、3Dプリンタ自体としても医療分野としても、引続き成長が見込まれている*1。
なお「3Dプリンタ」という言葉は正式な用語ではなく、樹脂等を用いるコンシューマ向け装置の通称として使われることが多い。本稿では一般的に広く周知されている言葉として、産業用の装置に対しても「3Dプリンタ」を用いているが、本来はASTMの定義に則ってAdditive Manufacturing装置(AM装置)と呼称すべきである点は強調しておく。
拡大し続ける3Dプリンタ市場において、世界的な競争環境は3Dプリンタ専門企業間の競争から大手コングロマリット同士が鎬を削り合う段階に移ってきた。大手製造業のSiemens(ドイツ)は大手3DプリンタメーカのEOS(ドイツ)、Trumpf(ドイツ)、HP(米国)等と大手連合を組みながらトータルソリューション化を進めている。また2014年にはGE(米国)がいずれも大手3DプリンタメーカであるArcam(スウェーデン)とConcept Laser(ドイツ)を買収し、市場に参入した。現在はこれらのような大手企業が中心となって、3Dプリンタを本格的に製造現場に導入するための取組を進めているところである。
技術的にも、これまで3Dプリンタのネックとされてきた造形速度の短縮化をはじめとして、各社が様々な工夫を凝らしている。例えばEOSは2018年に造形時間を大幅に短縮した樹脂3Dプリンタを発表し、射出成型に匹敵する生産能力を達成できるとしている*2。産業的には試作や一部のハイエンド製品にしか使えなかった3Dプリンタが、生産ツールの一つとして実用化されつつあると言える。
医療における3Dプリンタで用いられる主な材料
3Dプリンタで用いられる材料は主に樹脂と金属であり、一部セラミックスや複合材料等も用いられる。造形手法や用いる装置によって使える材料が異なるため、基本的には目的の造形物に合わせて装置と材料を選ぶことになる。市場機会の獲得のため各社が様々な戦略で開発を進めており、最近は材料・装置ともに多様な選択肢が増えつつある。
材料の選択において医療分野に特有の観点となるのが生体適合性である。上述したとおり、3Dプリンタ市場全体を見ると材料の選択肢は増えつつあるものの、特に生体適合性材料は樹脂・金属ともに依然材料の選択肢が限られているのが実情である。以下に各社が販売している代表的な生体適合性材料の例を示す(表1)。
また医療に特有の材料選択としてはスキャフォールドとしての活用を前提としたPCL(ポリカプロラクトン)やヒドロキシアパタイトなどの生分解性材料や、生細胞自体を含む「バイオインク」が用いられる点も挙げられる。細胞の3次元造形を目的とする3Dプリンタは通称3Dバイオプリンタと呼ばれており、再生医療への応用可能性から近年注目を集めている。なお3Dバイオプリンタについては後章で詳しく取り上げる。
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表1 代表的な生体適合性材料の例
販売元 | 材料の種類 | 製品名 |
---|---|---|
Stratasys |
樹脂 |
ABS-M30i |
3D Systems |
樹脂 |
VisiJet M2R |
金属 |
LaserForm Ti |
|
EOS |
樹脂 |
Polyamide 12 2200 |
金属 |
CobaltChrome SP2 |
(注)材料名は商品名であり一般名称とは異なる。
(出所)各社公開情報をもとに筆者作成
医療における3Dプリンタの実用事例
3Dプリンタの活用先として、医療は大きな期待を集めている。これは3Dプリンタの持つ特徴が医療という分野に適しているためであり、ここでは医療において3Dプリンタが強みを発揮できる主な領域を「ユーザごとにカスタマイズした製品の生産」「複雑な構造の造形」「設計・試作・検証サイクルの短縮」の3つに分けて、国内外における応用事例を紹介する。
3.1 ユーザごとに個別化した製品の生産
3Dプリンタに世界的な注目が集まっている理由の一つとして、3Dプリンタがユーザごとにカスタマイズした製品の量産、即ちマスカスタマイゼーションに適したツールであることが挙げられる。患者一人一人に合わせたケアという医療ニーズに対して、3Dプリンタによるマスカスタマイゼーションは大きく貢献できる。
上記のメリットを活かした代表的な応用先として、手術ガイド(サージカルガイド)が挙げられる。手術ガイドとは患者の身体構造を模した造形物を用いて正確に施術をするための「ものさし」としてインプラントの埋め込み手術等に用いられる道具であり、比較的安価な樹脂で造形可能かつ装置も比較小型なことから、歯科や形成外科では早くから実用化されていた。
また発展形として、患者の診断画像を基に造形した高精細な手術モデル・臓器モデルも開発されている。実際の手術に臨む前に手術部位の立体構造を正確に把握しておくことで、より効率的かつ綿密な手術計画が立てられるほか、関係者間の情報共有やインフォームドコンセントの取得にも役立つと言われている。3Dプリンタの積極的な活用で知られるMayo Clinic(米国)では、手術モデルの造形から現場に届くまでの時間を最小限にするため、手術室の上階に3Dプリンタ装置を複数台保有しているという*3。
近年はインプラントの製造にも3Dプリンタの活用が進んでいる。これまでは身体をインプラントに合わせていたのに対して、3Dプリンタを用いることでインプラントの方を身体に合わせられるようになり、より患者の負担を軽減した治療ができるようになった。詳細は後述するが、埋入部位の回復を早めたり、長期使用に伴う損傷を軽減したりするような技術開発も進められており、単にカスタムメイドである以外でもメリットを発揮するような3Dプリンタ製インプラントの作製が可能になりつつある。インプラントには材料として樹脂ではなく生体適合性の高い金属であるチタンやコバルトクロム等が用いられることが多い。なお金属用の3Dプリンタ装置は価格や大きさの観点から医療機関自身が保有することは難しいため、インプラントメーカーや受託製造業者に発注する形になるだろう。
3.2 複雑な構造の造形
3Dプリンタは正式にはAdditive Manufacturing装置と呼ぶべきである旨は冒頭で述べたとおりだが、このAdditive Manufacturingという用語は日本では「付加加工」と訳されている。これは切削加工や研削加工など材料を削りだす「除去加工」、金属のプレス成形やプラスチックの射出成形・押出成形のように材料の変形を利用した「成形加工」と対比した名称であり、3Dプリンタは材料を付けたしていく(多くの場合は積層していく)ことで目的の構造を得ることに基づいている。3Dプリンタは除去加工や成形加工では作製が困難な中空構造や複雑な形状の造形を得意としている。
前項で紹介した手術モデルや臓器モデル、インプラントは3Dプリンタの有効な活用先だが、これらはカスタマイズ性だけではなく構造上でも3Dプリンタの強みを上手く利用することができる。
例えば手術モデル・臓器モデルにおいては、微細な血管など外からでは確認できない構造を正確に再現する、色分けによって腫瘍や動脈などの重要な部位の視認性を高めるなども可能である。更に物性の異なる材料や多孔構造を併用することで、実物に近い触感を再現することもできる。このような技術を利用した高精細な臓器モデルは教育用にも有用であり、例えば国内では株式会社ファソテックが触感や質感を再現した手術シミュレータを販売している。
インプラントにおいては、表面に微細構造を設けることで細胞や組織液の浸透率を高め、組織の再生を促すような工夫もされている。Stryker(米国)は2016年にFDAの承認を受けて3Dプリンタ製チタン合金インプラントを実用化しているが、これはインプラント内部の中空構造に骨細胞が入り込んで増殖していることがin vitroで確認されているという*4。更に大阪大学大学院では、多孔構造の密度や形状を最適化することで実際の骨と同様に方向によって材料特性が異なる(異方性を有する)金属人工骨を3Dプリンタで造形し、埋入部位へのダメージを軽減するための研究も行われている*5。
3Dプリンタの造形自由度の高さは上記にあげた臨床での活用の他にも様々な場面で活用可能である。例えば複雑に入り組んだLab-on-a-ChipやOrgan-on-a-Chipなどのマイクロ流路チップを3Dプリンタで作製することなどが検討されている。その他、組立工程が必要な製品を一体成型にして部品点数を削減する、金型の冷却管形状を最適化することで従来の射出成形金型では成形出来なかった複雑形状を作製するなど、3Dプリンタの活用領域は医療機器においても多く存在する。医薬品についても、一定時間後に医薬品を放出するマイクロカプセルを3Dプリンタで造形した事例がMassachusetts Institute of Technology(米国)から報告されている*6。また研究開発の初期段階ではあるが、大学発ベンチャーであるFabRx(英国)では医薬品を材料にした3Dプリンタを用いて複数種類の医薬品を一つの錠剤として造形したり、配分を変更することで医薬品の吸収性をコントロールするなどの技術開発が行なわれている。
3.3 設計・試作・検証サイクルの短縮
設計データと装置が揃えば実際の造形物が出力できる点も3Dプリンタの魅力の一つであり、プロトタイピング目的では既に広く3Dプリンタの活用が進んでいる。例えば設計試作を行う場合、樹脂製品であれば金型を作製する必要があるため試作品の完成までに多くの時間と費用がかかってしまう。試作を繰り返す場合はこの工程が繰り返す必要があるため、場合によっては開発途中で試作を断念することもありえる。一方、3Dプリンタ装置を使えば設計データから直接的に試作品を造形出来るため、時間的にも費用的にもメリットが出てくる可能性がある。本社で作製・編集した設計データを支社で出力し、現地のユーザから意見を収集する等の使い方もできる。医療分野での製品開発はエンドユーザとなる医師やパラメディカル、患者のレビューが非常に重要であり、最終製品と近い材料や形状、機能を持った試作品でモニター試験を行い、得られた意見をスピーディに反映しつつ設計のブラッシュアップが進められることは、製品開発の効率を大きく高めることに繋がると思われる。