経営・IT コンサルティング部 チーフコンサルタント 岡松 さやか
国内企業人事部におけるピープルアナリティクス実態調査の結果から(続き)
(3)ピープルアナリティクスの実施内容(実施企業のみの結果)
現在実施しているピープルアナリティクスの対象分野を見ると、人事・経営戦略立案が75.4%、採用が65.6%、異動・配置が54.1%、評価が50.8%と続き、約半数の企業でこれらの分析を行っている(図表4)。
分析に用いる情報を見ると、7割程度の企業において、育成研修情報、評価情報、勤怠情報、職務経歴情報、採用情報は、分析結果を社内で公表したり、新しい施策・制度策定や評価に活用している。その一方、保有資格・知識・スキル情報、個人意向情報、健康情報の活用度は下がり、3割程度の企業では「データ分析中(成果はなし)」であり、分析を始めたばかり、又は分析に何らかの課題を抱えていることが読み取れる。
次に、実施企業がピープルアナリティクスを行う理由を見ると、人事部門内の要請が59.0%と最も高く、これに経営層からの要請が47.5%で続く。また、人事課題・経営課題対する施策の検討が34.4%となっている。人事部門内の業務の質の向上は19.7%、人事部門内の業務改善は13.1%と低めの結果となった(図表5)。現状では、ピープルアナリティクスは日常業務の改善に繋がるいわゆる“守り”の戦略よりも、新しい施策や制度を創出する“攻め”の戦略に活用されていることが読み取れる。
図表4 ピープルアナリティクス実施の分野(複数回答)

(資料)みずほ情報総研「国内企業人事部におけるピープルアナリティクス実態調査(2019年12月)
図表5 ピープルアナリティクスを実施する理由(複数回答)

(資料)みずほ情報総研「国内企業人事部におけるピープルアナリティクス実態調査(2019年12月)
(4)ピープルアナリティクス実施における課題
ピープルアナリティクスを実施するにあたっての課題を図表6に示す。実施企業(6)、検討中企業、興味あり企業の全てにおいて、「人事関連情報の分析を行う人材の不足」「人事関連情報の分析を企画する人材の不足」といったデータアナリストの不足を指摘する割合が高い。特に、検討中企業と興味あり企業では、データアナリストの育成を課題とする割合が実施企業よりも高い結果となった。
興味あり企業に着目すると、情報が紙で管理されていることや、デジタル化したデータが点在し、一元管理されていないことが課題と捉えられている。また、ピープルアナリティクスの専門組織が整備されていないことも課題として認識されている。
次に、検討中企業の結果を見ると、概ね興味あり企業と類似した傾向が見られるが、「費用対効果が低い、費用対効果が不明」「人事関連情報を分析しても成果が得られない」といった成果に関わる課題を挙げている特徴がある。社内でピープルアナリティクスの実施を決定する際には、何らかの期待される成果の説明が必要であることが読み取れる。
実施企業は、検討中企業や興味あり企業と比較すると全体的に課題感は低い。ただし、検討中企業、興味あり企業では顕在化していない「個人情報の取り扱いの判断が難しい」という課題が高い傾向が見られた。
図表6 ピープルアナリティクス実施における課題(複数回答)

(資料)みずほ情報総研「国内企業人事部におけるピープルアナリティクス実態調査(2019年12月)
これから、ピープルアナリティクスを推進するための示唆
実態調査の結果から、ピープルアナリティクスの成果をもとに、採用や全社的な生産性向上等の各種施策や制度に反映させている国内企業はまだ少なく、人事関連情報をデジタル化したり、環境整備を進めている段階の企業が多い現状が明らかになった。そこで、導入を検討している企業や興味を持ちながらも未着手の企業等、主に潜在的にピープルアナリティクスを志向する企業に向けて、3つの取組のポイントを示したい。
(1)人事情報システム導入はピープルアナリティクスに取り組むチャンス
近年、国内では多様な人事情報システムが販売されており、人員規模の大きな企業だけでなく、特化した機能で手軽に導入するケースも多く見られる。人事情報システムの導入により、情報のデジタル化は加速度的に進む。システム導入の際に、情報のデジタル化は必ずしも主目的にならないと考えられるが、副次的な効果としてピープルアナリティクスの第一歩を踏み出す企業は増える。しかしながら、情報のデジタル化が主目的ではないだけに、ピープルアナリティクスを実施しようとしても、システム毎にデータが点在している等、データ整備にコストや時間を要するケースも多いと聞く。
そのため、人事情報システムを導入する段階で、何の情報からデジタル化してどのように活用していくか、自社の人事・経営戦略に対してピープルアナリティクスをどのように位置づけるのかといった「グランドデザイン」を検討することが有益である。
(2)着手できるところからピープルアナリティクスのサイクルを回す
ピープルアナリティクスは、「人事・経営戦略の策定」を起点に、これに基づいた「人事関連情報のデジタル化」を行い、「データアナリストの配置・育成」が進み、「ピープルアナリティクス実施」の結果から「人事施策・制度の策定」に繋げていく。人事関連情報のデジタル化、データアナリストの育成が進むと、例えば人材配置のマッチングやタレントマネジメントにおけるハイパフォーマー社員の特徴抽出等で、精度の高い予測が可能になる。しかしながら、どれだけ予測精度が向上しても、分析結果を解釈し、施策・制度を変える判断はこれからも人事部門や現場の管理職層が担うことになるだろう。結果を解釈し、判断に繋げられる人材育成の視点も重要になる。
実態調査の結果を踏まえながら作成した「ピープルアナリティクスの実施サイクル」を図表7に示す。このサイクルを各社の事情に合わせて詳細化すると、(1)のグランドデザインを策定できる。実態調査によると、実施企業の中にはピープルアナリティクスに着手した理由として、「身近にデータ分析の強みのある人材がいた」「社内で分析ツールの導入・活用が進んでいるから」といった回答が若干数見られた。「人事・経営戦略」から分析内容を定めて実施することが基本と想定されるが、人事関連情報のデジタル化、データアナリストの配置をきっかけにサイクルが回り始めることも十分にあり得る。
また、採用、異動・配置等の着手しやすい分野からピープルアナリティクスに取り掛かり、ある程度サイクルが回ると、分野を変えたり、新たな情報をデジタル化して、何度もサイクルを回しながら、人事・経営戦略への関与度を上げていくこともできる。まずは、着手できる局面から、実現可能な規模で、初めの一歩を踏み出すことが肝要である。
(3)人事関連情報取り扱いに関わるリテラシー向上が不可欠
2019年8月、ある就職情報サイトにおいて就活生の同意を得ずに内定辞退率の予測を顧客企業に販売した問題で、政府の個人情報保護委員会は是正勧告を出した(7)。ルールに基づいた個人情報の取り扱いが必須であることは言うまでもないが、当該報道から、企業において、データ分析から得られる知見の有用性が高いことも浮き彫りになった。従って、ピープルアナリティクスを自社で実施する企業のみならず、外部から得たデータ分析の結果を活用したい企業も含めて、一定程度の人事関連情報の取り扱いに関わるリテラシーが求められる。例えば、2019年11月、ピープルアナリティクス& HR テクノロジー協会より、人事データやAIを活用する際に留意すべき9原則として「人事データ利活用原則(案)」が公表(8)された。こうしたレギュレーション等を参照したうえで、運用することも必要であろう。
ピープルアナリティクスのサイクルが回ると、人事・経営戦略を起点に実施するだけでなく、ピープルアナリティクスが人事・経営戦略を変える可能性がある。既に実施している企業だけでなく、潜在的に志向する企業においても、ピープルアナリティクスのスモールステップを踏み出し、大きなサイクルに育てられるよう期待したい。
図表7 ピープルアナリティクスの実施サイクルとグランドデザイン策定のポイント

(資料)みずほ情報総研にて作成
注
- (1)職務等を限定した雇用契約のこと。
- (2)みずほ情報総研では、村田製作所、The ElegantMonkeys Ltd.(イスラエル)とトッパンフォームズと連携して、生産現場での「感情・ストレス分析サービス」の実証実験として、工場勤務者の人材配置、業務改革の検証を行っている。
生産現場での「感情・ストレス分析サービス」の実証実験を開始(参照2020年1月20日) - (3)データを統合して表示する管理画面のこと。
- (4)本調査では、データアナリストを「データ分析から、現状把握や課題の抽出を行い、課題解決の手段を提案する人のこと」と定義して実施した。
- (5)「部署内で育成したデータアナリストを配置している」には、特段の育成は無くても、部署内の人材で対応しているケースを含む。
- (6)実施企業のうち14.8%が「ピープルアナリティクス実施にあたっての課題はない」と回答している。これら企業は、「ピープルアナリティクス実施における課題」の結果に含まない。
- (7)日本経済新聞「リクナビ問題、個人情報保護委が初の是正勧告」(2019年8月26日)
個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」(参照2020年1月20日) - (8)一般社団法人ピープルアナリティクス& HR テクノロジー協会
「人事データ利活用原則(案)につきまして」(参照2020年1月20日)
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