サイエンスソリューション部 コンサルタント 今野 彰
ロケットの運用
ここではロケットの打ち上げから最終目的である軌道への投入までの流れを見ることにする。ロケットの打ち上げ方法には大きく分けて[1]地上発射、[2]空中発射、[3]海上発射の3つがある。
[1] 地上発射
ロケット打ち上げで最もオーソドックスな手法である。地上発射のためには、ロケット専用の打ち上げ施設である射場が地上に必要である。有名どころでは、アメリカのケネディ宇宙センター/ケープカナベラル空軍基地、フランス領ギアナにあるギアナ宇宙センター、カザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地、そして日本の種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所がある(15)。これらの射場は、効率性と安全性の観点から幾つかの地理的条件を満たしていることが多い。1つ目が「赤道に近いこと」である。なるべく赤道近くからロケットを打ち上げると、地球の自転由来の遠心力がロケットに最も強く働くため、高緯度で打ち上げるより少ないエネルギーで済ませられる。また、地球は西から東に向かって自転しているため、赤道付近で東の方角にロケットを打ち上げれば、地球の自転が「追い風」となり、さらに効率の良いロケット発射を実現できる。2つ目が「周りが開けていること」である。先述の通り、ロケットは東の方角に打ち上げれば効率的だが、投入する軌道(例えば後述する太陽同期準回帰軌道など)によっては北あるいは南の方角に打ち上げることもある。したがって周囲の環境の安全性から、射場の近辺、特にロケットが飛行する北、東、南のいずれかの方角は人里離れた、海や砂漠などに覆われていることが多い(16)。
[2] 空中発射
2節でロケットに必要な速度(秒速7.91km)について触れたが、実際は空気抵抗等で減速させられるため秒速7.91kmでは宇宙へ飛ぶことができず、実質秒速10kmほどの速度が必要である。空気抵抗という「向かい風」の影響をなるべく取り除くために、この空中発射のアイディアが生まれた。具体的には、まずロケットを航空機(場合によっては気球)に乗せて、通常の空港から出発する。そして飛行機が高度10km程度に達した時に、ロケットを発射する。空中発射の利点として、空気抵抗や重力の影響を低減できる他に、地上で射場を整備する必要がないことが挙げられる。一方で、航空機に搭載できるほどの小さなペイロードでは限界があるという欠点もある。
[3] 海上発射
今後、ロケット開発が進み、特に小型ロケットが高頻度で打ち上げられるようになる未来を見据えた発射方法もある。それが海上発射であり、地上の射場が不足した際の補完的な役割を果たす。海上での打ち上げは、地上に固定された射場からの発射とは異なり、発射地点をある程度自由に移動させることができる。したがって地上発射では実現できないような安全性が高く、効率の良いロケットの打ち上げを実施できる。実際、2019年6月には中国で、民間船舶を移動式発射台としてロケットの打ち上げに成功している(17)。一方、海上発射も地上の射場と同様に発射台を整備する必要がある。この整備を効率的に行うため、日本の新興企業では、海底油田の掘削リグを発射台として活用する事業が進められている(18)。これが実現できれば、従来種子島と内之浦の2か所しか無かった射場の選択肢が増え、小型ロケット発射の需要に応えられることになるだろう。
射場から打ち上げられたロケットは宇宙を目指すが、その際ロケットが目的の位置と時間に正確に到達するために、事前に決められたコースを飛行するよう誘導、制御する必要がある。誘導では、地上からのレーダやロケットに搭載されたセンサ(ジャイロや加速度計、GPS受信機など)によって、予定のコースと実際のコースのずれを検出し修正させる。ここでレーダを使う場合を電波誘導、センサを使う場合を慣性誘導といい、後者が使われることが多い。コースのずれを修正するとき、ロケットの姿勢や進行方向を細かく制御する必要がある。制御の方法としては、ロケットエンジンそのものを動かすジンバル(首振り)システムが採用されることが多く、他にもメインエンジンの周りに取り付けられた小型エンジンで制御する副エンジンシステムなどがある。
さて、人工衛星などを積載したロケットはこうして宇宙へ向かうが、人工衛星は最終的に地球を周回する「軌道」に到達する。この軌道にも様々な種類があるが、例えば、気象衛星「ひまわり」などは「静止軌道」に配置されている。静止軌道は赤道上空36,000kmで、地球の自転と同期するように周回することで、常に日本とその周辺の上空に留まることができる。他にも、太陽光が常に同じ角度で当たり、かつ数日~数週間周期で同一地点を観測できるような「太陽同期準回帰軌道」(多くの地球観測衛星はこの軌道をとる)や、特定の地域の上空に一定時間留まることができる「準天頂軌道」(日本の測位衛星システム「みちびき」はこの軌道をとる)などがあり、どの軌道を選ぶかは衛星の目的に依る。
まとめ
本稿を通して、ロケットの基本原理から構造、打ち上げ、運用まで幅広く解説した。1節で月旅行とその困難性について触れた。ロケットの仕組み自体は単純である一方で、それを実現するための一つ一つの細かな要素に対して様々な知見が含まれているため、技術とコストがかさみ、ロケット開発(そしてその先にある月旅行)のハードルが上がるのである。そのハードルを下げるためには2つの考え方が重要になるだろう。ひとつが「過去の技術の引継ぎ」である。アメリカの新興企業では、過去に開発されたロケットエンジンの技術がうまく継承され、低コストでも高性能なロケットを生み出すことに成功している(19)。もうひとつが「最新の技術の取り込み」である。最近では3Dプリンタや炭素繊維強化プラスチックをロケット開発に導入している民間企業(20)も存在し、既存の技術にとらわれない斬新なアイディアもロケット開発にとって肝要になるだろう。設計最適化における人工知能の活用なども「最新の技術の取り込み」に含まれるだろう。「過去の技術の引継ぎ」と「最新の技術の取り込み」という一見相対する考え方の融合がロケット開発のさらなる隆盛に繋がると考えている。
とは言え、月旅行はまだまだ先と思われるだろう。そんな中2020年1月、アメリカの新興企業が、開発中の有人宇宙船の緊急脱出テスト(ロケットに異常が発生した際に乗組員の安全を確保させるための試験)に成功したと発表した(21)。同時に、2名の宇宙飛行士を搭乗させた有人宇宙船の初飛行が2020年4月~6月に行われる予定であることも発表された。民間企業による有人宇宙飛行計画は着実に歩みを進めている。月への旅行が身近になる時代は案外すぐそこかもしれない。
注
- (1)https://www.atpress.ne.jp/news/168399
- (2)https://news.yahoo.co.jp/byline/akiyamaayano/20180918-00097322/
- (3)https://gigazine.net/news/20180724-nobodyvisited-moon/
- (4)月までは到達しないものの、放物線を描くように高度100kmの宇宙空間まで上昇し、数分ほどの無重力状態を体感しながら青い地球を見下ろせる弾道宇宙飛行もあるが、それでも数千万円程度の費用が必要とされている。
出典:https://diamond.jp/articles/-/169669 - (5)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/6880/
- (6)https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1606/17/news041.html
- (7)http://www.istellartech.com/
- (8)なおこの速さのことを「第一宇宙速度」と呼ぶ。第一宇宙速度は物体と地球中心との距離の1/2乗に反比例するため、厳密には第一宇宙速度は、物体が海抜ゼロの状態を保ったまま地球を周回するために必要な速度と定義され、物体と地球中心までの距離は地球の半径として計算される。また「第一」宇宙速度があるならば、「第二」・「第三」宇宙速度も存在し、それぞれ地球重力を振り切って脱出するために必要な速度(秒速11.2km)、太陽重力を振り切って太陽系を脱出するのに必要な速度(秒速16.7km)である。
- (9)19世紀のスウェーデンの技術者の名に因み、この形状のノズルを「ラバール・ノズル(あるいはラバール管)」と呼ぶ。気体が高速で流れるような圧縮性流体に見られる現象である。
- (10)厳密に言えば、打ち上げ後の速度は、打ち上げ前後のロケットの質量比だけでなく、ガスの噴射速度にも依存するため、ツィオルコフスキーの公式には噴射速度も含まれている。またツィオルコフスキーの公式では、ロケット打ち上げ後の速度は、ガスの噴射速度に比例し、ロケットの質量比(通常6~20程度をとる)の自然対数に比例するため、ロケットの質量比を倍にするよりガスの噴射速度を倍にした方がロケットの速度を大きくすることができる。
- (11)燃焼室やノズルでは高温のガス(約3,000度)に晒されるため、壁面を厚くしたり、断熱材や再生冷却システムで冷やしたりすることで、エンジンが高温に耐えられるようにしている。
- (12)このため固体燃料ロケットは日本では「火薬類取締法」の対象となり、法的な観点でもロケット花火と同等である。これが管理コストの増加に繋がるとされている。
出典:https://ascii.jp/elem/000/001/131/1131534/ - (13)ターボポンプ式には、タービンを回す方法として「ガス発生器サイクル」「2段燃焼サイクル」「膨張サイクル」「電動サイクル」などがある。
- (14)ロケットの推力は燃焼される固体燃料の量(表面積)に比例するため、端面燃焼型・内面燃焼型・側面燃焼型ではロケットが得られる推力の大きさの時間変化がそれぞれ異なる。端面燃焼型では一定の推力は得られ、内面燃焼型では徐々に推力が大きくなり、側面燃焼型では逆に徐々に推力が小さくなる性質がある。どの方法を適用するかはロケットの目的に依存し、その燃焼方法にも多くの知見が潜む。
- (15)日本では他に、北海道大樹町や和歌山県串本町でもロケット射場の整備が進んでいる。いずれの射場も海(太平洋)に面している。
- (16)イスラエルは西にしか海が開けていないため、西の方角へロケットを打ち上げたことがある。また、海のある方角に打ち上げるとしても地元の漁業関係者の協力も安全性の観点から必要である。
出典:NASAの日本人エンジニアのウェブサイト - (17)https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190611/mcb1906110500003-n1.htm
- (18)https://s-net.space/special/frontrunner/15.html
- (19)アメリカのロケットエンジン部品製造会社のウェブサイトより引用
- (20)https://idarts.co.jp/3dp/rocket-lab-launch-electron-rocket/
- (21)https://gigazine.net/news/20200120-spacex-crewdragon-escape-demonstration/
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