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UPACSを活用したターボ機械分野向け流体解析システム開発(2/2)

技術動向レポート

情報通信研究部 シニアコンサルタント 松村 洋祐

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3成果(続き)

(3)遠心圧縮機用格子生成に際する技術課題の解決

遠心圧縮機のような3次元的に捩れた複雑な形状に対する大規模格子を効率的に生成する手法は確立されておらず、格子生成に熟達していない技術者がそのような格子を現実的な時間内に作成することは困難である。この課題に対応した。

まず、JAXAの開発した軸流ターボ機械用格子生成ツールMBGGを遠心圧縮機に対応させた。具体的には、流路断面の与え方が軸方向座標の関数となっていたものを、入口と出口を結ぶ曲線の関数に変更した。これにより、格子生成に熟達していない技術者でも、現実的な時間内に複雑形状に対する高品質な3次元格子の作成が可能となった。

また、MBGGは微分方程式法に基づく格子生成ツールであるため、DES解析等で必要とされる大規模な格子の作成には計算時間がかかる。そのため、JAXAの開発した代数的手法に基づく格子細分化ツールmodifyGridと連携させることとした。ただし、modifyGridでは格子ブロック境界への指定のみで格子密度の制御を行うため、拘束条件が多くなるO型格子や周期境界では制御が困難であることが分かった。そこで、modifyGridに新たな機能を拡充し、翼面に垂直な方向についてはすべての格子線の密度分布を直接制御できるように機能を追加した。

これにより、MBGGでつくられた高品質の格子をベースとして、modifyGridによってその格子密度分布を制御する、という両者のメリットを活かす考え方で、大規模な格子を作成する手法を確立した。

図表3 遠心圧縮機格子図(圧縮機形状はKrain ら(10)より引用)

図表3

(資料)みずほ情報総研作成

(4)チュートリアルデータの作成

UPACSによる遠心圧縮機内部流れ解析における、CFDソルバーおよびその前後処理を含む一連の計算手続きをまとめたチュートリアルデータを作成した。これにより、これまでUPACSを利用したことのないユーザでも、UPACSによる解析に必要な準備や操作を効率的に理解し、解析を容易に立ち上げることができる。また、チュートリアルデータに含まれる実行スクリプトを利用することにより、前処理から解析の実行、後処理までを一括で実行することも可能である。

(5)遠心圧縮機性能予測

改良したUPACSを使用して、遠心圧縮機のRANS解析を行い、実験結果と比較した。

その結果、回転数100%では、性能曲線の右上がり特性が再現できているが、市販の流体解析ソフトウェアと同様に、実験結果より圧力損失を過少に見積もる傾向があることがわかった。ただし、回転数80%では実験結果とより一致した。これらより、旋回方向の流れによって圧力損失を増やす要素が実験に含まれている可能性が示唆される。今後、より信頼性の高い実験データとの比較が必要と考える。

なお、SLAUスキームによるDES解析でも、性能曲線上の動作点はほぼ変化しなかった。DES解析を行わなくともRANS解析によって性能特性の予測自体は可能であることがわかったが、低流量域での振動現象などの非定常現象を捉えてユーザのニーズに対応するためには、DESによる非定常解析が必須である。

図表4 遠心圧縮機の性能曲線(実験値はKrain ら(10)より引用)

図表4

(資料)みずほ情報総研作成

(6)並列効率の評価

改良したUPACSのCFDソルバーについて、strong scaleのベンチマークテストを実施した。これにより、少なくとも1024コアという大規模まで実行性能がリニアに上がることを確認した。

DESによる非定常解析などの大規模な解析を行うためには、並列効率の高さが重要となる。UPACSはスーパーコンピュータでも高速に動作するよう設計されていることから、市販の流体解析ソフトウェアより高い並列性能を持つということが実証できた。

図表5 ベンチマークテスト結果

図表5

(資料)みずほ情報総研作成

4まとめ

JAXAが開発した流体解析ソフトウェアUPACSを基に、ターボ機械分野、特に遠心圧縮機向けの流体解析システムを開発した。

開発された流体解析システムのCFDソルバーは、市販の流体解析ソフトウェアと比較して高い並列性能を持ち、DESによる非定常解析などの大規模な解析も実行可能である。また、改良した格子生成ツールにより、格子生成に熟達していない技術者でも、遠心圧縮機のような3次元的に捩れた複雑な形状に対する大規模格子を効率的に生成する手法を確立した。さらに、チュートリアルデータの作成等のパッケージ整備により、これまでUPACSを利用したことのないユーザでも、解析を容易に立ち上げることを可能とした。これらにより、UPACSをターボ機械分野、特に遠心圧縮機に適用する基盤を構築できた。

なお、この流体解析システムは、2020年度内に販売を開始する予定である。

  • *1)流体を軸方向から流入させ、インペラと呼ばれる羽根車で流体にエネルギーを与え、半径方向に流出させて高圧にする圧縮機。
  • *2)ターボ機械の低流量域で起きる不安定現象の一つ。流量を低くしていくと、一部の翼列に失速が発生する。この失速が成長すると翼間の流路が閉塞される。この失速領域が翼列の回転方向に伝播していく現象。
  • *3)ターボ機械の低流量域で起きる不安定現象の一つ。ターボ機械と配管等を含めた系全体が自励振動を起こし、逆流を含む周期的な変動となる現象。
  • *4)DES(Detached Eddy Simulation)壁面近傍など乱流スケールが小さい領域はRANS(ReynoldsaveragedNavier-Stokes equation)、それ以外の領域はLES(Large Eddy Simulation)で計算する手法。非定常計算が可能であり、LESよりも格子点数を少なくできる。
    RANSは時間的に平均化された基礎方程式を解く手法。格子サイズにかかわらずすべての乱れがモデル化されて計算される。非定常計算には向かない。LESは空間的なフィルターをかけた基礎方程式を解く手法。格子サイズより大きな渦は直接計算で、小さな渦はモデル化されて計算される。非定常計算が可能であるが、RANSよりも格子点数が大幅に増加する
  • *5)山本 一臣,高木 亮治,山根 敬,榎本 俊治,山崎裕之,牧田 光正,岩宮 敏幸「CFD共通基盤プログラムUPACSの開発」第14回数値流体力学シンポジウム講演論文集D02-1(2000年)
  • *6)Yamamoto, K. and Engel, K.「Multi-block Grid Generation Using an Elliptic Differential Equation」AIAA Paper 97-0201 (1997年)
  • *7)Koizumi, H., Tsutsumi, S., Takaki, R., Yamamoto, K.,Ito, H., Abe, M. and Matsumura, Y. 「Automated Massively Refinement Technique for Multi-block Structured Grids Based on NURBS Volume」AIAA 2015-2295 (2015年)
  • *8)対流項の数値流束の算出方法の一つ。Riemann 流束の近似解としてRoe平均を使用する。
  • *9)対流項の数値流束の算出方法の一つ。流束を移流と圧力に分離して扱う。Roeスキームより数値粘性が小さい。
  • *10)Krain, H., and Hoffman, W.「Verification of an Impeller Design by Laser Measurements and 3DViscous Flow Calculations」ASME Paper 89-GT-159 (1989年)
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