みずほリサーチ&テクノロジーズ 経営・ITコンサルティング部 上席主任コンサルタント 桂本 真由
- *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.115(みずほ銀行、2021年9月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。
遅れている日本のDX
日本においても、DX(デジタルトランスフォーメーション)というキーワードが注目されるようになってしばらく経つ。近年、AI(人工知能)等に代表される新たな技術の活用(デジタル化)が進み、様々な領域において市場競争が激化しているが、DXとは、そのような急速な変化の中でも勝ち残っていけるように、組織やビジネスモデルを変革することであり、近年、世界的な規模でその流れが加速している。
日本におけるDXは、数年前と比較すると格段に進展しているものの、世界的な水準でみると、その進展度はまだそれほど高くはない。国際的に有名なスイスの国際経営開発研究所IMD(International Institute for Management Development)が、「世界デジタル競争力ランキング」を毎年公表しているが、このランキングの最新版(2020年10月)を見ても、全63カ国・地域中、1位の米国や2位のシンガポール等と比べて、日本は27位にとどまっている。G7を構成する7カ国の中では6位であり、欧米諸国にもかなり遅れを取っているほか、アジア・太平洋地域の14カ国・地域の中でも9位と、中位にとどまっている(図表1)。
図表1 2020年世界デジタル競争力ランキング
(出所)IMD「World Digital Competitiveness Ranking 2020」(2020年10月)
日本のDXの強みと弱み
IMDの世界デジタル競争力ランキングは、全部で51の指標を用いて総合的な評価が行われているが、これらの指標は図表2のようにカテゴリ別に整理されており、それぞれの分類別・指標別にも順位が公表されている。
図表2は、各分類および一部の指標について、63カ国・地域中の日本の順位を示したものであるが、「技術インフラ」(5位)や「研究開発」(11位)の順位は高い一方、「人材・能力」(46位)や「規制環境」(44位)、「ビジネス速度」(56位)等は順位が低い。
「技術インフラ」の中分類には、「モバイルブロードバンド加入者比率」(1位)のほか、「ワイヤレスブロードバンド普及率」(2位)、「インターネット利用者数」(5位)等の指標が含まれているが、これらはいずれも世界トップクラスとなっている。また、「研究開発」の中分類には、「先端技術の特許取得」(4位)や「教育や研究開発におけるロボット導入数」(4位)等の指標が含まれている。
このような整備された通信環境や高い技術力を活用した研究開発成果は、日本企業がDXを進めるうえでの強みとなり得る。これに対して、「人材・能力」(46位)や「規制環境」(44位)、「ビジネス速度」(56位)等の順位の低い中分類は、日本の弱みであると考えられる。グローバルな基準で見た日本のDXの特徴を整理すれば、高い技術力や整備されたインフラを持ちながらも、規制環境や人材の活用、迅速なビジネス展開に課題があると言えるだろう。
「規制環境」については、法制度等の企業単位での取り組みを超える事項も含まれるため、以下では、「ビジネス速度」と「人材・能力」に焦点をあて、日本企業に求められる具体的な取り組みの方向性について考えてみたい。
図表2 IMD世界デジタル競争力ランキングにおける日本の評価結果(一部抜粋)
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総合 | 分類 | 中分類 | 51指標のうちの一部の指標例 |
---|---|---|---|
日本 |
知識 |
人材・能力(46位) |
デジタル・技術スキル(62位) |
教育環境(18位) |
|
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研究開発(11位) |
先端技術の特許取得(4位) |
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技術・環境 |
規制環境(44位) |
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投資環境(33位) |
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技術インフラ(5位) |
モバイルブロードバンド加入者比率(1位) |
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将来への対応度 |
デジタル適応(19位) |
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ビジネス速度(56位) |
企業の俊敏性(63位) |
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IT基盤(23位) |
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(出所)IMD「World Digital Competitiveness Ranking 2020」を基に、筆者作成
日本企業のDXの現状と課題
ここで、デジタル時代に向けて競争力を高めるためのDXとして、日本企業が具体的にどのような取り組みを行っているのかという観点から、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)による調査結果を紹介する(図表3)。
日本企業が取り組んでいるDXの具体的な内容を見ると、「業務の効率化による生産性の向上」が最も多く、「取り組んでいない」を除くほぼすべての企業が取り組んでいるほか、約4分の3の企業は何らかの成果をあげている。また、「既存製品・サービスの高付加価値化」にも約9割の企業が取り組んでおり、半数近くが何らかの成果をあげたと回答している。
これに対して、「新規製品・サービスの創出」のほか、DXにおける大きな目標とされる「現在のビジネスモデルの根本的な変革」や「企業文化や組織マインドの根本的な変革」については、9割前後の企業が取り組んでいるものの、成果をあげている企業はまだ少なく、いずれも3割程度にとどまっている。
DXというキーワードが日本でも注目され始めて既に数年が経過しているが、DXの本来の目的であるビジネスモデルや組織の大きな変革については、まだそれほどの成果はあがっていない。この結果には、既存の業務やビジネスの「改善」は得意だが、「創造」や「変革」には時間がかかるという日本企業の傾向が示されていると言える。
前掲のIMD世界デジタル競争力ランキングでは、日本企業の「ビジネス速度」が低いと評されていた。「ビジネス速度」のカテゴリの中でも特に「企業の俊敏性」については、日本は対象国・地域中最下位の63位となっている。
変革に対して慎重な日本企業の経営は、安定的であるという利点も有する。しかし、トップダウンで大規模な変革に迅速に取り組みやすい海外企業との競争においては、それが致命的な欠点となってしまう可能性もある。
図表4は、日米企業のDXにおける経営層の関与状況を比較した結果であるが、米国企業の半数以上が、DXの戦略策定や実行に「経営層自ら携わっている」と回答しているのに対し、日本企業では半数近くの経営層がDXの戦略や実施に対して「承認をしている」と回答している。
このようにDXに対する経営層の関与が少ないことが、日本企業の「ビジネス速度」の低さにつながっている可能性がある。今後、日本企業がDXを成功させるためには、経営層の強力なリーダーシップに基づく迅速な意思決定と戦略の断行が強く期待される状況にある。
図表3. 日本企業におけるDXの取り組み状況と成果
(出所)独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「デジタル時代のスキル変革等に関する調査」(2021年4月)
図表4. 日米企業のDXにおける経営層の関与状況
(出所)一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA/IDC Japan「日米企業のDXに関する調査」(2021年1月)