コンサルティング第2部
コンサルタント 長島 敏大
コンサルタント 中村 駿介
各社の事例(続き)
(3)日立製作所・アンサルドの事例
日立製作所は複数事業を展開しており、ビジネスユニット(以下、BU)制により事業管理している。そのうちの1つである鉄道BUは、主に鉄道車両、車両用制御装置、運行管理システムなどを手掛けている。鉄道BUは2015年度に、海外M&Aにより欧州のアンサルドブレダ、およびアンサルドSTSを買収した(以下、2社合わせてアンサルド)。この影響で、買収前の2014年度には売上の74%を日本・アジア太平洋地域が占めていたが、2018年度には同地域は28%まで低下し、欧州・米州・中東アフリカの地域売上構成が増加した。(「Hitachi IR Day2015鉄道システム事業戦略」、「Hitachi IR Day2019モビリティセクター説明資料」)
鉄道車両ビジネスは重工業領域のため規模の経済が働きやすく、買収前の2014年当時は車両製造専業で圧倒的な規模を持つ中国中車が誕生するなど、業界再編が進む厳しい競争環境にあった。総合プロバイダーとして差別化・規模拡大を図るボンバルディア・シーメンス・アルストムに対抗し、日立製作所はアンサルドの買収により当時世界4位の総合プロバイダーのポジションを確立した。
現在鉄道BUは、国・地域別の本社・営業機能と、総合プロバイダーとしての車両・メンテナンス・車両制御・デジタル・調達といった商品・オペレーション機能のマトリクス組織を採用している。これは、世界各地を跨いでプロジェクト単位で進む鉄道ビジネスに対してグローバルにOne Hitachiで業務を執行するためである。また現在、鉄道BUのコア拠点は日本ではなく、イギリスが担っている。
2014年にアンサルドを買収した当初から2017年までの生産体制は、日本をマザー工場に据えており、日本から技術指導員を欧州に派遣することでグローバル生産を展開していた。しかし、本来鉄道ビジネスは世界的に製品規格が標準化されており、世界各地に顧客獲得が可能なため、受注・生産などのグローバルな統合が差別化要因となる。そのため日立製作所と旧アンサルドは摺り合わせを進め、グローバルなプロジェクトへの挑戦を進めた。事例として、「カラバッジオ」という鉄道車両プロジェクトでは、イタリアで入札し、日本・イタリアが協力して設計した後に、日本がコア部品製造、イタリアが車両製造、英国がプロジェクトマネジメントを担当し、グローバル連携に成功している。
その後鉄道BUは徹底してサプライチェーンの統合を進めることで競争力向上を図っている。調達においては、地域横断最安値を目指すグローバル価格交渉やグローバル・ローカル両面でのパートナリング確保、生産においては2018年以降にGlobal Product Lifecycle ManagementというITを駆使したグローバル生産管理により、3大陸11か所の製造拠点において製造プロセスの統合や、ベストプラクティスを共有し、グローバル各拠点を活用したプロジェクト進行を可能とした。営業においては、新規市場開拓や受注戦略を全拠点で議論・検討してグローバルで一致した方針のもと営業をしている。また、これらのグローバル統合戦略を支える制度として、日立製作所が導入しているグローバル共通の人材マネジメント施策がある。グローバルのポジション等級制度である「日立グローバルグレード」や、グローバルで人材・スキルを可視化する「グローバル人材データベース」が有効的に作用している。
日立製作所の鉄道BUは、「戦略からサプライチェーンに至る徹底したグローバル統合経営」により、事業再編の競争下にある世界の鉄道ビジネスにおいても世界屈指のポジション確立に成功していると言える。
図表3 日立製作所・鉄道ビジネスユニットの生産体制

(資料)光冨眞哉氏(日立製作所)基調講演「日立における鉄道ビジネスのグローバル化」(明治大学第31回社会科学研究所公開シンポジウム)よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
各社のグローバル経営体制に影響を与えたそれぞれの事業特性
これまで見てきたように、JT、アサヒグループHD、日立・アンサルドの3社では、それぞれグローバルでの経営体制が大きく異なっている。その要因として、各社が展開する事業特性の相違があると考えられる。
JTの主力製品であるたばこの場合、国ごとにレギュレーションが設けられており、土地によって味や強さの嗜好も異なる。したがって、たばこ事業は極めて地域性の高く、日本国内の市場で培った経験やノウハウを活かすことが難しい事業であると言える。また、たばこには高い関税が各国で課されているため、事業の採算性を確保するには、調達から製造・販売までのバリューチェーンを一国内で完結させる必要がある。このため、JT・JTIの関係のように、日本本社による適切なガバナンス体制を構築しつつ、海外事業の意思決定権限を海外統括会社に委譲するとともに、ローカルのマーケットに関しても各国のトップに任せる経営体制が適合したのである。ただし、近年ではグローバルでの経営体制に変化も生じてきている。従来の紙巻きたばこ市場が大きく縮小し、加熱式たばこ市場が拡大する等の事業環境の変化を受け、加熱式たばこのグローバルでの競争力を強化するため、2022年1月から海外たばこ事業、国内たばこ事業の2事業体制を一本化。JTIのジュネーブ本社が日本市場も含むたばこ事業の戦略策定・業績管理・意思決定を行うこととなっている。
アサヒグループHDが展開するビール・飲料も、国ごとに嗜好が異なり地域性が高いと言える一方、プレミアムブランドを中心に、グローバルレベルでの需要獲得を狙える商品も存在している。このため、各国市場でのローカライゼーションを実現させる一方、日本を含めたグローバルでの事業戦略立案、サプライチェーン最適化も同時に追求する必要があり、現地での事業執行を行う地域統括会社をHDがグリップする経営体制が適合した。
日立・アンサルドが展開する鉄道事業は、たばこやビール・飲料とは異なり、世界全体での標準化が進んでいるグローバル性が高い事業である。したがって、グローバルレベルでの規模拡大がコスト優位につながり、結果として顧客を独占するというメカニズムが働く。このため、各国市場で独立した体制では国際競争上不利となり、グローバルベースでの徹底した事業戦略、サプライチェーンの統合を行う体制が適合したのである。
図表4 各社のグローバル経営体制の特徴とその体制が適合した事業特性上の要因

(資料)各種公開資料をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
まとめ
これまで述べてきたように、どのようなグローバル経営体制を構築すべきかは、その事業特性に応じて決まってくると考えられる。海外企業のM&Aの実施、その後の経営体制のあり方を検討されている場合は、まず自社が展開する事業がどのような特性を有するかの分析・整理を行うことが必要となるであろう。
参考文献
- 1.新貝康司『JTのM&A日本企業が世界企業に飛躍する教科書』日経BP社、(2015年)
- 2.日本たばこ産業株式会社「アニュアルレポート2009」
- 3.日本たばこ産業ホームページ(2021年12月1日アクセス)
- 4.「日経ビジネス」(2016年6月13日号)
- 5.「PRESIDENT」(2018年9月17日号)
- 6.アサヒグループホールディングスホームページ(2021年12月1日アクセス)
- 7.日立製作所ホームページ(2021年12月1日アクセス)
- 8.日立評論ホームページ(2021年12月1日アクセス)
- 9.光冨眞哉「日立における鉄道ビジネスのグローバル化」明治大学社会科学研究所紀要(第57巻第2号2019年3月)
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