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デンマーク型の行政サービスデザインからの示唆

行政のデジタル化

2022年1月24日 経営・ITコンサルティング部 栗山 緋都美

電子政府ランキング1位のデンマーク

2021年9月、デジタル庁が発足し、日本でも行政のデジタル化を推進する動きが加速している。同庁は2021年11月、デンマーク王国との間でデジタル分野における協力関係の構築を目的とする覚書を交わした。なぜ、デンマークが選ばれたのか。それは、デンマークが、国連経済社会局(UNDESA)が実施する「世界電子政府ランキング」において、2018年に続き2020年も第1位の評価を受けており、デジタル先進国として注目を集めていることも一因であろう*1

ここでは、デンマークが電子政府として取り組む行政のデジタル化を紹介し、その成功要因としてサービスデザインに注目したい。

デンマークの行政サービスのデジタル化

デンマークでは、長年にわたって行政サービスのデジタル化が進められてきた。その歴史は、1968年に開始された全ての国内在住者を管理するCPR番号(Central Persons Registration)の導入にまでさかのぼる。CPR番号は、日本のマイナンバーに相当する個人識別番号であり、現在では、行政サービスを利用する際や銀行口座の開設など、日常生活のあらゆる場面で利用されている。

さらに2001年以降、デンマークを構成する国・地域・地方自治体の協働により行政サービスのデジタル基盤の構築が進められてきた。その代表例が、2007年に導入された「Borger.dk」と呼ばれる国・地域・地方自治体の共同運営による市民ポータルである。この市民ポータルの特徴として、行政サービス窓口を一元化するだけでなく、利用者の使いやすさを重視した「ユーザー中心のサービスデザイン」に基づいて設計されていることが挙げられる。各種申請や個人に紐づく情報(医療機関での受診記録等)の閲覧など、この市民ポータルを通じてさまざまな行政サービスをオンライン上で完結できる。欧州委員会のレポートによると、この市民ポータルは、毎月390万回以上アクセスされ、利用者の91%が市民ポータルに「満足している」あるいは「非常に満足している」と回答*2しており、国民の生活に広く浸透しているといえよう。

行政における参加型のサービスデザイン

デンマークで行政デジタル化が順調に進んだ背景として、ユーザーがさまざまなステークホルダーとともに能動的に開発や評価に関与する「参加型デザイン」という取り組みがもたらした効果は無視できない。たとえば、市民ポータルのサービス開発では、想定される利用者の詳細な人物像を複数描き、その利用者一人ひとりの視点に立ってサービスをデザインする「ペルソナ」というデザイン手法が用いられた。2006年の市民ポータル構築の際には、デンマークの統計局が保有するデータに基づき、12人もの架空の利用者の人物像(ペルソナ)として、年齢、性別、家族構成、住所、職業から思考パターンに至るまで詳細に設定された。この人物像を関係者間で共有し、利用シーンをイメージしながらプロセスを設計することで、開発の際のコミュニケーションを円滑に進められたという。

また、2011年に当時のIT電気通信庁とIT業界が協力して開催した市民参加型のアプリケーション開発イベント「イノベーションズ・キャンプ」では、市民ポータルの操作性の改善を目的として、公務員やIT企業の従業員、一般の市民等を含む約100名が参加し、チーム対抗で市民ポータルの2機能をテーマとしたアプリケーション開発が行われた。2012年にはペルソナの見直しが行われ、その構築過程においては、関係者を集めたワークショップの開催や途中段階での関係者間の合意形成、利用者へのインタビュー調査など、利害関係者を積極的に巻き込む参加型のプロセスを通じて、ペルソナの妥当性をさらに高めるに至った。

行政におけるデジタル化の推進体制

こうしたデザインを推進するデンマークの電子政府のガバナンスは財務省の主導で実施されており、行動計画の策定を含むデジタル戦略遂行の中心的な役割を担うデジタル化庁(DIGST:Agency for Digitization)が同省内に設置されている。ここで特徴的な組織は、デジタル化庁が議長を務めるポートフォリオ運営委員会(PSC:Portfolio Steering Committee)である。PSCは、個々のイニシアチブの策定と実行において強い権限を有しているが、中央政府に加えて、地域および地方自治体の合意により意思決定され、ITセクターや公共団体、民間団体も間接的にそのプロセスに参画する組織運営を行っている。このPSCを通じて、各ステークホルダー間におけるデジタル化戦略や行動計画、その実施状況の共有、組織やプロジェクト間の調整が行われるなど、行政のデジタル化のガバナンスにおいても、参加型のプロセスを採っているという特徴がみられる。

さらに、行政サービスのデザインにおいては、企業省や税務省、雇用省、自治体が出資する省庁横断的な組織である「マインドラボ(MIND LAB)」も大きな役割を果たしてきた。マインドラボは、デンマークの公共部門において本格的にデザイン思考を取り入れるための新たな取り組みとして2001年に創設され、省庁横断の協働型のプロセスの構築と国内外への取り組みの発信を担ってきた。

具体例としては、2007年に開始された「企業手続き負荷の軽減プロジェクト(Burden Hunter)」や2010年の大規模プロジェクトである「官僚主義的手続きの見直し(Away with the Red Tape)」の取り組みが挙げられる。前者では、マインドラボが規制所管省庁や民間企業、研究機関等を巻き込み、企業インタビューや実際の行政手続きの観察、ジャーニーマップの作成等のデザイン思考のアプローチを通じた解決策の検討が進められ、その結果は行政内でのワークフローの見直しや手続きに関するガイドラインの作成等の施策決定に活用された。後者では、行政サービスを利用する市民へのインタビュー調査結果をデザイン思考に基づいて分析し、行政における不要なルールの排除、複雑化した手続きのデジタル化の実現に活かしてきた。

現在、マインドラボは、15年以上にわたる活動を終了し、2018年より新たにデジタルに特化した組織である「Disruption Task Force(破壊的タスクフォース)」として改組され、企業省、産業省、財務省の3省共同で設置・運用されている。

行政サービスのデジタル化における課題

デンマークでは、行政サービスのデジタル化が進む一方、デジタルデバイドが課題となっている。たとえば、行政機関からの連絡を電子的に受領できる「Digital post」の利用率は90%を超える。この利用率は驚くべき数値である。しかしながら、行政サービスであるがゆえに残る約10%の利用していない層を無視することはできない。

その属性は、①デジタルにあまり精通していない高齢者、②行政から届く情報の重要性を理解していない若者層、③西欧諸国以外からの移民(言語の問題)、④さまざまな社会的に不利な条件を持っている人(肉体的なハンディキャップ、認知機能のハンディキャップ、失読症などの文字を読むことへのハンディキャップ)とされる。つまり、デンマークでは、一般的にデジタルデバイドの当事者として考えられる高齢者や移民、ハンディキャップを持つ人々だけではなく、デジタル化に苦手意識を持っていないはずの若者の無関心から生じる新たな課題にも着目されているのである。

このようなデジタルデバイドの課題に対して、紙媒体による連絡を望む高齢者には免除申請を可能にしているだけでなく、市民団体や自治体と協力しながら図書館での高齢者向けの無料講習を行っており、移民向けには多言語で、ハンディキャップのある人には個別に対応している。他方で、行政からのメールの開封率が特に低い傾向にある若者層に対しては、Digital Postの利用を促すYouTube動画の配信や、若者向けにDigital Post等の使い方を説明するウェブサイトを作成し利用を促している。現在、デンマークのデジタル庁ではデジタルインクルージョン部門を設置し、全ての利用者に配慮して継続的な利用促進に取り組んでいる。

日本の行政サービスにおけるデジタル化への期待

2018年、デンマークでは「デジタル対応の法律(Digital-ready legislation)」が制定され、①簡潔で明確なルール、②デジタルコミュニケーション、③デジタルによる案件処理の自動化、④公共機関間の一貫性:概念の統一とデータの再利用、⑤安全で安心なデータ管理、⑥公共のITインフラの使用、⑦法律による詐欺やエラーの防止――という7原則を全ての法律で遵守することが求められている。日本においても、2021年11月にデジタル臨時行政調査会が開催され、デジタル改革・規制改革・行政改革など全ての改革に通底する共通の指針としてのデジタル原則の策定が目指されることとなった。

デンマークでは、2020年以降のコロナ禍においても行政のデジタル化が功を奏し、接触確認アプリや検査予約機能など、感染症対策としてさまざまな新しいデジタルサービスが立ち上げられた。また、デジタル対応の法律やデジタル基盤が整備されていたため、政府はコロナ禍において220万人を対象とした給付金の処理を8日以内に自動で完了させている*3

デンマークの行政サービスのデジタル化においては、地方自治体との協働による取り組みや、さまざまなステークホルダーの巻き込みなど、利用者の使いやすさを追求するサービスデザインの考え方が、あらゆるデジタル化において重要な要素となっている。日本でもデジタル庁の発足を起点に、今後さらに行政サービスのデジタル化が推進されていく中で、地方自治体との協働や「利用者の使いやすさ」を追求するデンマーク型のサービスデザインが有効なアプローチとなり得るのではないか。前述したデジタル庁における同国との協力関係の構築が、こうしたアプローチの促進につながっていくことを期待したい。

  1. *1 国連経済局「E-Government Survey 2020」(PDF/15,700KB)
  2. *2 European Commission「Digital Public Administration factsheet 2020: Denmark」(PDF/3,400KB)
  3. *3 European Commission「Digital Public Administration factsheet 2021: Denmark」(PDF/4,300KB)

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