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コロナ禍を経て求められるBCP

2022年3月30日 経営・ITコンサルティング部 鈴木 大介

2020年の初めから広がり始めた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、流行開始から3度目の春を迎えた2022年3月現在、感染収束は未だ見通せない状況である。コロナ禍により、感染者や濃厚接触者などに対する行動制限が義務付けられた結果、出勤可能な従業員が不足し、業務が停止・中断した企業も決して少なくない。

コロナ禍における企業の事業継続については、本年1月に、東京都や経済産業省がBCP(事業継続計画、Business Continuity Plan)の点検・策定を求めている。そこで本稿では、コロナ禍を踏まえながら、企業に求められるBCPとは何かということを改めて整理してみたい。

BCPの現状

BCPとは、「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義されている*1。端的に表現するならば、「緊急時に重要な事業を継続するための計画」である。

日本では、内閣府が2005年に同ガイドラインの第1版を公表し、東日本大震災(2011年)を契機にBCPを策定する企業も増えてきた。内閣府の調査*2では、2019年時点でBCPを策定済みと答えた企業は大企業で68.4%、中堅企業で34.4%となっており、中堅企業における策定状況はまだ途上段階ではあるが、大企業を中心にBCPは徐々に浸透してきているとはいえる。

しかし、BCPを策定していても、実効性が伴わないケースが多く見られる。2020年7月に当社が実施した調査*3では、27.6%の企業がコロナ禍においてBCPが想定通りに機能しなかったと回答している。その理由としては「想定外」であったという意見が多くを占めていた。


新型コロナウイルス感染症におけるBCPの効果
図1

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ「新型コロナウイルス感染症流行を踏まえたBCPに関する調査」報告書

BCPの課題

ではなぜBCPは有事において満足に機能しないのだろうか。これまで、日本企業において策定されていたBCPの多くは、地震を想定したものであった。これは、前述の事業継続ガイドラインをはじめとする多くのガイドラインや指南本において、日本において高い頻度で発生する(または発生が予想される)大規模地震を中心にBCPの策定を解説してきたことが一因であったと考える。その結果、多くの日本企業が策定したBCPは、地震以外の事象に対しての応用ができない内容になってしまったのではないかと推察する。

コロナ禍では、地震などを対象としたBCPが想定する自社設備などの物理的な損壊やライフラインの停止は発生せず、多数の従業員の出勤停止やサプライチェーンの混乱が広範囲かつ長期的に発生した。その結果、地震などの自然災害リスクを想定した「代替拠点への移動」や「予備設備の活用」などの事業継続策は機能せず、前述の調査の回答に見られる「想定外」につながったことは想像に難くない。

つまり、多くの企業において策定されていた、地震などの特定事象を対象とする形式のBCPが、想定外の事態に弱いBCPを生む原因となってしまっているのである。

今、求められるオールハザードBCP

ここで、改めて東京都や経済産業省などが求めるBCPの点検について考えてみたい。求められているのは、当然コロナ禍での事業継続を可能とするBCPの策定・見直しである。新型コロナウイルス感染症では全世界で累計4億人以上の感染者(2022年2月27日時点、厚生労働省検疫所発表)が発生し、隔離環境での療養を余儀なくされた。感染拡大防止の観点から濃厚接触者にも同様の隔離が求められており、リモートワークが可能な職種を除き、多数の労働者が仕事に従事できない状況に陥った。また、港湾などの物流要所における労働者不足により、サプライチェーンにおける大きな混乱が発生した。このような状況を踏まえると、必要なBCPとは、多数の従業員が勤務できない状況や、サプライチェーンの停止を想定したBCPであるといえる。

しかし、ここで、これまでのように「感染症のためのBCP」として新たに整備するとどうなるだろうか。感染症のために整備したBCPは、別の危機事象(たとえば、大規模な風水害など)には活用できないのではないだろうか。また、地震用、風水害用、感染症用など、新たな危機事象が増えるたびに文書を整備していたら、管理しきれなくなって形骸化していくことも考えらえる。

そこで、筆者は「オールハザードBCP」の策定を提案したい。オールハザードBCPとは、その名の通り全ての危機事象に対応するためのBCPである。具体的には、地震や風水害、感染症といった事業活動に影響を及ぼす原因となるさまざまな危機事象(原因事象)ごとにBCPを考えるのではなく、原因事象によって引き起こされる社内設備の損壊・喪失や、従業員の勤務不可(人的資源の喪失)、サプライチェーンの喪失などの具体的な影響(結果事象)に基づいて継続策を検討する。たとえば、「従業員が勤務できない」という結果事象は、地震や風水害による従業員の被災や感染症による隔離など、さまざまな原因事象で共通的に発生するし、「情報システムの喪失」という結果事象は、地震や風水害だけでなく、大規模システム障害やサイバー攻撃などの原因事象でも共通的に発生する。そのため、「従業員が勤務できない」「基幹システムが停止する」ことなどの結果事象を想定したBCPが整理されていれば、地震、風水害、感染症などさまざまな原因事象に対応することができる。

近年では、経団連もコロナ禍を踏まえたBCPとして、オールハザードBCPへの転換を提言*4しており、今後のBCPの主流となっていくことが想定される。オールハザードBCPは、さまざまな危機事象に脅かされている今こそ、求められているBCPといえるのではないだろうか。


結果事象と原因事象との関係
図2

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

おわりに

日本では、南海トラフ地震や首都直下地震などの大規模地震の発生が高い確率で予測されている。3月16日には東北地方で震度6強の地震が発生しており、日本は今なお「地震大国」であることに疑いの余地はない。豪雨災害や豪雪災害などの気象災害も年々激甚化し、毎年のように大規模な浸水被害や豪雪による物流網の混乱などが発生している。さらに、近年ではこうした自然災害だけでなく、ランサムウェアなどのサイバー攻撃や世界的な半導体不足によるサプライチェーンの混乱などの事業活動を脅かす危機事象が発生している。今回猛威を振るった新型コロナウイルス感染症のような未知なるウイルスの大流行が今後も発生するかもしれない。改めて列記するだけでもこれだけ多種多様な危機事象が存在しており、これまで想定してこなかった危機が企業や従業員に襲いかかり、事業停止に陥る事態を迎えるリスクは、すぐ近くにあると思って差し支えはないだろう。

本稿で述べた通り、これまで多くの企業で策定されてきたBCPは、地震などの特定事象(原因事象)ごとに策定されているため、想定外への対応力に乏しい。企業のBCP担当者(またはリスク対策の担当者)は、今はコロナ対策で忙しいかもしれないが、状況が落ち着いてきた際には、胸をなでおろしておしまいということにせず、自社のBCPの見直し・新規策定に取り組んでほしい。その際には、特定の事象にとどまらず、「想定外の危機事象」に備えたオールハザード型のBCPとして整備することをお奨めしたい。

  1. *1 内閣府「事業継続ガイドライン ―あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応―」(2021年4月)(PDF/999KB)
  2. *2 内閣府「令和元年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(2020年3月)(PDF/4,000KB)
  3. *3新型コロナウイルス感染症流行を踏まえたBCPに関する調査(みずほリサーチ&テクノロジーズ、2020年9月8日)
  4. *4非常事態に対してレジリエントな経済社会の構築に向けて(日本経済団体連合会、2021年2月16日)

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